『朝鮮総督府官吏の最後の証言』  書籍関係

[書籍紹介]

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日本は1910年から1945年まで
35年間、朝鮮を統治した。
その時代のことを韓国人は「日帝植民地時代」と呼ぶが、
実際は「併合」であり、
それは、ロシアの植民地になることを避けるために
朝鮮側から求めてきたのが事実である。

そして、韓国人では「日帝植民地時代」は次のように教えられる。

○日本は朝鮮人から搾取し、
 奴隷のように扱い、非道の限りを尽くした。
○創氏改名で、朝鮮人から名字を奪った。
○何十万もの女子を拉致し、従軍慰安婦にし、最後は殺害した。
○徴用工として日本に送り込み、奴隷労働をさせた。
○日本語を押しつけ、朝鮮語を奪った。

本書は、朝鮮総督府官吏だった西川清氏↓による
朝鮮の日本統治時代の実態に関する証言の書。

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西川氏は、日韓併合時の朝鮮において、
朝鮮人の知事が統括する地方行政で内務課長を勤めていた。
上記のような、韓国人による日本統治の決めつけが、
いかに間違いであるかを実例を挙げて証言する。
西川氏は、朝鮮を第二の故郷と呼んでおり、
だからこそ西川氏は、
数々の虚偽で日本の尊厳が汚される現状に
義憤を覚えている。
平成26年の出版当時99歳であった前川氏の証言は、
実際に行政を行った側からののものとしては、
最後になる、貴重なものである。

目次は、

第1章 朝鮮総督府官吏の仕事
第2章 朝鮮人の仲間達
第3章 朝鮮総督府の組織解説
第4章 終戦時の朝鮮
第5章 日本統治と日韓の未来

で、実際の日韓併合による統治がどのようなものであったかを
詳細につづる。

まとめると、大体、次の様なものだ。

○朝鮮総督府の方針は「内鮮一体」で、
 日本人と朝鮮人の間に差別はなかった。
 その証拠に、日本人の上に朝鮮人の上司がいた。
 給与も日本人と朝鮮人の間に差別はなかった。
○「内鮮一体」ということは
 過去には差別があったということでもある。
 それを否定するつもりはない。
 しかし、差別を日本人は無くそう、
 朝鮮人も同じ権利にしようと努力していた。
 この努力を日本人は懸命にしていた事実を知ってほしい。
○職場で日本人と朝鮮人は大変仲が良かった。
○たとえば国有林の払い下げについても、
 日本人に有利になるような措置はせず、
 縁故林といって、その土地に縁がある人に払い下げるようにした。
 つまり、朝鮮人を優先して払い下げた。
○徴用は面長(村長)等にきちんと説明し、
 本人にも納得してもらって集めた。
 だから、私(前川)は割り当てを充足することが出来、
 割り当てを集められない人から見本にされた。
 日本に行って、日本人と同じ仕事をして、
 賃金もきちんともらえる、と説明した。
○慰安婦連行を行政機関が命令して行ったということは
 絶対にない。
 そんなことを公的機関がしていたら、
 必ず文書で残っているはず。
 組織は文書で命令が下りて来るのだから。
 統制の取れた戦前の厳しい組織で、
 しかも官吏や警察に多くの朝鮮人がいる中で、
 強制的に連れて行こうと思っても不可能。
 女衒(ぜげん)は朝鮮人がやっていた。
 どこに娘がいて、どこに売るかとなれば、
 朝鮮人でなければできない。
 日本人がいきなり行って、
 言葉も土地もよく知らぬままではできない。
○皇民化政策というが、
 当時は日本にいる日本人全員が皇民化政策の対象で、
 朝鮮人のみに押しつけたということはない。
○総督府は朝鮮人に自由を認めていた。
 創氏改名もしても、しなくてもいい。
 戦場に行かなくてもいい。
 志願してもいい。
 (実際、朝鮮に徴兵制が敷かれたのは、
  終戦間際で、徴兵された朝鮮人は戦場には行っていない)
○日本の統治が始まると、
 教育に力を入れ、
 就学率を上げた。
 学校では朝鮮語も教えた。
 ハングル文字を奪ったことはない。
○役所の中では、基本的に日本語で話していたが、
 朝鮮人同士は日本語か朝鮮語。
 自然なことだから、誰かが何か言うこともなかった。
 「朝鮮語を使うな」なんて言うこともなかった。
○朝鮮では「姓」と「氏」は異なるもので、
 「姓」は父系の血統を表し、
 「氏」は家族を表す。
 「創氏改名」とは、
 朝鮮になかった「氏」という家族名を新たに創り、
 従来の「姓」も戸籍に残す制度で、
 届け出をしなければ、
 朝鮮名の「姓」がそのまま「氏」になった。
 「創氏改名」は本人が日本名を希望すれば改名できるもので、
 任意だった。
 強制だったら、朝鮮人の官吏が真っ先に改名するはずだが、
 実際は改名する人もおり、しない人もいるという現状だった。
 つまり、
 「内鮮一体」を目標としてかかげている朝鮮総督府としては、
 朝鮮人に日本人と同じ権利を与える、 
 つまり日本名を名乗る権利を与える、という性質のものだった。
 南次郎総督は、「創氏改名は強制と誤解するな」
 という注意をうながしており、
 当時の新聞でも報じられている。

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○日本は朝鮮人から搾取などしていない。
 大体、搾取するような資源も農産物もなかった。
 逆に日本は国家予算を使って学校を立て、
 鉄道を作り、ダムを作り、道路を作り、
 植林をし、田畑を警備した。


西川氏は、このように述べる。

12年間朝鮮で働いていて今思うことは、
朝鮮統治に関して
日本人としては模範的な立派な統治をしたと思います。
誰かに後ろ指を差されるところは
どこにもないと思っています。
殖産、工業、教育、衛生、
日本人は「朝鮮人と共に全力を挙げて、
朝鮮の為に力を注ぎました。
そして、日本人は差別なく取り組みました。
差別を無くすことは総督府の大方針でした。
アメリカにおけるように、
黒人を差別するようなことはなかったのです。
こんな立派な施政をした国はないと思います。

日本が朝鮮や台湾で統治した実績は、
世界でも珍しい事例だと思います。
皆、(植民地にした国から)搾取して、
そこの住民は苦しんだというのに、
日本は朝鮮でも、台湾でも、
同じ日本人だとしました。
一緒に懸命になって幸せになろうと努力しました。
日本が搾取しようとしたわけではないのです。
こんな事例は、世界で日本以外にありますかと問いたいです。

インフラ整備も
朝鮮の為にやったことばかりです。
むしろ、日本にとっては財政的に大きな負担でした。
“搾取”の為にしたインフラ整備などとは
到底いえない莫大な金額と労力の投資でした。
興南の窒素工場や水豊ダムは巨大なもので、
世界でも有数の施設です。

日本は台湾と朝鮮で善政をしいた。
台湾のそれは、「内地延長主義」といい、
台湾を日本と同じ豊かな国にしようと、
教育をほどこし、インフラを整備した。
だから台湾の人は、
今も当時のインフラ整備などに感謝している。
台湾総督府がそうであれば、
朝鮮総督府が正反対のことをやったなどとは、
まず事実に反する。
なのに、なぜ韓国ではなぜ、
日本の統治時代が暗黒時代のようにいうのか。

アジアを植民地とした西欧列強が去った後も、
インドもインドネシアもベトナムも、
いつまでも植民地時代の列強の悪を言い募ったりはしない。
それより、未来を指向する。
その方が賢いからだ。

では、なぜ韓国だけが、
いつまでも過去のことを問題にするのか。
つまり、相手が特殊だったのだ。
韓国を「恨」の国というが、
自分たちより下と思っていた日本に
統治されたことがくやしくてくやしくてたまらない。
だから、過去を暗く塗り込め、
そこから恨みだけを抽出したのである。
それで歴史を捏造し、
慰安婦も徴用工も
被害者として創作したのである。
韓国は「歴史を直視せよ」とことあるごとに言うが、
それは、「韓国が言う歴史に同調せよ」ということだ。
歴史を直視すれば、
日本統治時代の真実が見えるはずなのに、そうはしない。
日本の統治時代は良いことをした、などと言おうものなら、
激しい糾弾と社会的抹殺が待っている。
「日本の時代の方がよかった」
と言った老人を若者が撲殺した、
という事件さえ起こっている。

本書における西川氏の証言は、
実体験に基づいて、その真実を語っている。
しかし、その経験者は次第にいなくなっている。
その意味で、この証言は貴重で、
大事に語り継がれるべきだろう。
 
前書きに相当する「取材記」には次のような一文がある。

従軍慰安婦問題などは
記憶が鮮明なはずの終戦直後には話題にすらならなかった。
何故なら当時は実態を知っていた人が日韓で数多くおり、
強制連行などが嘘であことがすぐに分かってしまうからである。
初代大統領の李承晩や
日韓国交正常化時の朴正煕・元大統領も問題にしていない。
この事実が何より真実を雄弁に語っている。

日韓併合の実態を行政側から解説できる
朝鮮総督府官吏としての証言はおそらく西川氏が最後であろう。
他に朝鮮で生活した方がいたとしても終戦時は幼少であったり、
当時を知る家族から伝え聞いた話が殆どになる筈である。
それは一つの貴重な体験ではあるが、
「朝鮮総督府の施政がどういうものであったか」
という視点で語ることは難しい。
だからこそ、
この元官吏である西川氏の証言及びその写真、資料は
日韓併合時の実態を知る上で貴重な記録である。
ここに証言されている内容は、
戦後教育を受けた人にとっては、驚きであるに違いない。
取材に於いて西川氏は、朝鮮のごく平穏な生活と日常に触れ、
そこで語られるのは幸せな朝鮮人と日本人の姿であった。
また、貴重な写真からも朝鮮人と日本人とが
普通に仲が良かったことが分かる。
朝鮮人が日本人の上司になることも普通であり、
職場の仲間と日朝合同の野球チームを作り他のチームと戦ったり、
時に桜の下で酒を酌み交わした楽しい想い出も多く、
朝鮮人と日本人は共に
朝鮮の発展を願い職務に精励していたという。
まるで現代社会と変わらないような錯覚を覚えるが、
正にこれが歴史の真実である。

その歴史の真実を変え、捏造する韓国。
真心を踏みにじって恥じない国。
まさに、相手が悪かったというしかない。





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