小説『西郷の首』  書籍関係

[書籍紹介]

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幕末維新の歴史の嵐に翻弄される
加賀藩の若者二人を描く
伊東潤による歴史小説。
「小説野生時代」に2016年3月号から2017年1月号まで連載。

若者二人とは、足軽の島田一郎千田文次郎
共に実在の人物である。

千田文次郎は、西南の役で、
切腹した西郷隆盛の隠匿された首を発見した人。
島田一郎は紀尾井坂の変の主犯。

西南の役・・・
1877年(明治10年)に
現在の熊本県・宮崎県・大分県・鹿児島県において
西郷隆盛を盟主にして起こった
士族による武力反乱。
明治初期に起こった一連の士族反乱の中でも最大規模のもので、
日本国内で最後の内戦である。
官軍死者は6403人、
西郷軍死者は6765人に及んだ。
西郷隆盛は、最後の城山籠城戦で命を落とした。
西南戦争ともいう。

紀尾井坂の変・・・
1878年(明治11年)5月14日、
内務卿大久保利通が麹町紀尾井町清水谷で、
不平士族6名によって暗殺された事件。
犯人の6人は自首し、2カ月後に斬首刑に処された。
「紀尾井坂事件」「大久保利通暗殺事件」ともいう。
    
混沌とした幕末。
開国を迫る諸外国に幕府の対応は揺れ動き、
攘夷の議論が国挙げての激論となっていた頃。
加賀藩を舞台に、
幼なじみの文次郎と一郎も
その奔流に飲み込まれようとしていた。
加賀藩は「百万石」という誇りと重圧から
その方針が定まらず、
朝敵の批判を避けるために、
藩内の尊皇攘夷派の粛清に走る。

文次郎と一郎の尊敬する福岡惣助もその一人で、
生胴という過酷な刑罰が下される。
切腹や斬死ではなく、
武士の名誉を剥奪した胴切りの刑だ。
福岡の頼みで、
文次郎が胴斬りを、
一郎が斬首を担当させられる。

水戸藩の天狗党が加賀藩を通行する時、
加賀藩は天狗党を預かるが、
幕府の決定は全員死罪で、
加賀藩はその決定に従う。
文次郎と一郎は武田耕雲斎と藤田小四郎に付き、
その人格と潔さに感銘を受ける。

その後も東北戊辰戦争で莫大な軍事費を負担した加賀藩は、
深刻な財政危機に陥る。
更に版籍奉還で家禄を大幅に削減され、困窮のどん底に陥る。
それでも文次郎や一郎らは、
藩を信じ、一足軽としての立場を守っていく。

そして、明治維新が成り、
廃藩置県が発布され、
従来の価値が百八十度変わってしまう。
武士の立場も喪失し、
士分の者たちの不満が鬱積する。

そういう中、文次郎は軍人の道を選び、
一郎は政治結社に進み、
おさななじみの道は大きく別れ離れになっていくが・・・

明治維新という、
日本の歴史における大変換点
加賀藩の足軽二人の軌跡の中で描こうとするこの作品、
大変面白かった。
加賀藩が百万石という大藩だっただけに、
時代の変化に対応できない姿が興味深い。

明治幕府が出来てからも、
その中枢に入れなかった加賀藩の者たちが、
「なぜ、わが藩の出身者がおらぬ!」
と悲憤慷慨する姿に、
幕藩体制から抜け出せない姿勢が伺える。

文次郎と一郎の会話。

「先ほどの話、おぬしはどう思う」
「先ほどの話とは、家柄や門閥で生涯が決まるという話か」
「そうではない。福岡さんの話だ」
「思うも何も,われらは世子様や同行する家老衆のご指示に従うだけだ」
「それは分かっている。だが、われらも自覚を持たねばならん」
「何の自覚だ」
「加賀百万石の藩士という自覚だ」
「われらは足軽だぞ」
「そんなことは分かっている。
ただな、身分などというものが
意味を成さなくなる世が来る、
と福岡さんも言っていた」

他の会話。

「よいか、一郎。
そなたは何かといえば志ばかり持ち出すが、
志で飯は食えぬ。
先祖から託されたお勤めを滞りなくこなすことで、
われらは藩主様から禄をいただいているのではないか」
「そんな当たり前の講釈は聞きたくない。
今、時代は大きく動こうとしている。
そんな時に、われらだけのんびりとしていられるか」


一郎と藤田小四郎との会話。

「で、何が聞きたい」
「志士としての心構えです」
それを聞いた藤田が、腹を抱えて笑う。
「そんなものはないよ」
「えっ、そんな・・・」
「『志士とはこういうものだ』なんて
講釈を垂れる御仁に、
真の志士はいないよ」


続いて、こうも言う。

「島田君、世の中というものはな、
草芥の屍(しかばね)が重なりに重なり、
どうにもならなくなる時まで
動かないもんさ。
そういう意味では、われわれの死は無駄ではない」

「島田君、われわれの屍を越えていけ」
「もちろん君も力尽きるかもしれない。
それでも、君の屍を乗り越えていく者が出てくれば、
君の死は無駄ではなかったことになる」
「それが志士の心構えというものだ。
つまり、屍になる覚悟のある者だけが志士と呼ばれる」

                                        
文次郎は、次の境地に至る。

──もはや、藩などという枠組みは要らないのだ。
目の前にいるのは、
藩の壁が取り払われ、
志だけで一つになった男たちだった。


東京で学んで帰国した長小次郎と一郎の会話。

「これからの時代は、
広く会議を起こし、
万機公論に決せねばありません。
つまり、われわれ一人ひとりが
正しい見識と意見を持ち、
政府に対して物申すことが大切なのです」
「それは、どういうことだ」
「欧米社会では、政府が民意にかしずくのです。
ルソーというフランス人は、
デモクラシーという言葉で、
人民に主権があると唱えています」
「デモクラシーとは何だ」
「簡単に言えば、
思想、言論、表現、結社などが自由となり、
選挙によって代表が選ばれ、
議会で政策が決定されることです」
「そんなことをすれば、国は乱れる」
「ところが、そうではないのです。
民衆は政治への参画意識によって、
国民である自覚ができ、
国家のために尽くすようになるのです」
「つまり、それが西洋の国家だと言いたいのだな」
「その通りです」
「大したものだ」


それにしても、
廃藩置県とはすさまじいことを明治政府はしたものだ。
それによって、藩主という地位も藩士という概念もなくなってしまう。
それまでは、藩のために、
とお家大事でやってきたのが、
その基盤を失ってしまうのだ。
それは、家柄によって藩の職が決まるという、
不動の体制までも瓦解させてしまう。
藩にいる限り、家が続く限り、
禄をいただいていた武士たちが
一斉に職を失い、収入の道を閉ざされてしまうのだから、
武士にとっては、驚天動地の出来事だっただろう。

「本を正せば、
御一新は武士によって成りました。
そのため敵味方多くの武士が死にました。
その戦費も、諸大名が自腹を切りました。
ところが蓋を開けてみたら、
殿様は領地を取り上げられ、
家臣たちは失業し、
何らよいことはありませんでした」
「石川県に限らず、
各地の士族はすべての特権を取り上げられ、
路頭に迷ったり、
娘を女衒の売ったりする者まで出ている始末です」


やがて明治政府は廃刀令を発布。
武士の魂とも言える帯刀を禁じることで、
士族たちの誇りを著しく傷つけた。
士族の不満がすさまじく、
明治政府は、それへの対応に迫られ、
大部分は軍隊で鎮圧した。

軍人となった文次郎は、
西郷隆盛の閲兵に参列し、
西郷から言葉を賜る。
その魅力に打たれた文次郎は、
この人のために死にたい、とまで思う。

しかし、運命の不条理で、
文次郎は西南の役に従軍し、
城山で西郷軍と対峙することになる。
そして、西郷の死体を発見し、
隠匿された西郷の首を発見することになる。
もし首が発見されなければ、
「西郷は生きている」
という神話が生まれ、後を引くことになるが、
それを遮断したのだ。

──一つの時代が終ったのだ。
西郷の死と共に、何かが終った気がした。
──もう武士の時代には戻れぬ。
西郷の首を見つけたことで、
文次郎は、己が
武士の時代の死に水を取る役割を果たしたことに気づいた。


これがこの本の題名の意味である。

──わしが西郷大将の首を見つけてしまったことで、
士族たちの夢は潰えた。
もし、わしが首を見つけられなかったら、
皆、『西郷大将はどこかで活きている』と信じ、
これほど絶望しなかったかもしれない。
武士の世にとどめを刺してしまったわしは、
その責めを負わねばならぬ。


一方、大久保利通の暗殺という道を選んだ一郎の
暗殺の描写は非常にリアリティがある。
そして、処刑の場面も。
その親友との別れの場面は涙なくしては読めない。

──われらは、幕末から維新を経て、
かけがえのない大切なものを失ってきた。
文次郎は、失われたものの大きさを思い出していた。
それは、西郷の首のように
重く大きなものだった。
──だが、もう後戻りはできないのだ。
生きている者は、
どんなに辛くとも前に進まねばならぬ。


明治維新という歴史の激流の中で揺れ動く
武士階級の悲哀を描く、
奥行きの深い本だった。





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