名古屋へ・その2  旅行関係

一夜明けると、
前夜は暗くて見えなかった景観が
窓の外に広がります。

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矢作川沿いに建てられたホテルだと分かります。

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笹戸温泉は愛知県下最古の温泉。
発見されたのは室町時代後期(1500年前後)といわれており、
その歴史は600年以上

釣りに出掛けた村人が、
傷ついて動くことのできない白鷺が
数日後、元気に飛び立っていくところを目にし、
白鷺が羽を休めていた泉から
湯の花が湧き出ていることに気付いた、
という伝説が残されています。

今朝も昨夜同様貸し切り状態の湯につかります。
↓は殿方大浴場。とうふやの公式サイトの画像を拝借。

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ちょっと小さい露天風呂。

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↓は婦人用大浴場。

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このホテルは、正式名称を「旬樹庵 -紫翠閣-とうふや」といい、
昭和13年に豆腐屋として開業。
開業から2年ほど経ったころから、
このあたりに行商に来る商人の宿を兼ねるようになり、
昭和28年に本格的に旅館としてスタート。

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朝食。

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これは、

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ジュレをサラダにかける道具です。

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窓から下を見ると、人が集まっています。

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合鴨にエサを与える人たち。

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私たちも、エサをあげたかったのですが、

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人が去ると、川で泳ぎ、

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私たちがエサ(100円)を買って下りていく頃には、
影も形も見えませんでした。
どこに行ったのでしょう。

↓河原から見たホテル。

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帰りのエレベーターにあった、
忘れ物の注意書き。

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やはり、携帯電話関係が一番多いようです。

再び甥の運転で名古屋市内へ。
せっかくのお休みなのに、ありがとうございました。

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で、名古屋城へ。

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入場券売り場。

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大人500円は、安い。

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ここが入り口。

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かなり広い敷地です。

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ボランティアの方が解説しています。

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西南隅櫓と天守閣。

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ここは、11月8日放送のNHK「ブラタモリ」の冒頭で、
タモリが説明を受けたところ。

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名古屋城は、
今川氏・織田氏の那古野城(なごやじょう)の跡周辺に、
徳川家康が九男義直のために築城したもの。
以降は徳川御三家の一つである
尾張徳川家17代の居城として明治まで利用されました。

大阪城、熊本城とともに日本三名城に数えられ、
伊勢音頭にも
「伊勢は津でもつ、
津は伊勢でもつ、
尾張名古屋は城でもつ」
と詠われています。

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1945年(昭和20年)5月14日の名古屋空襲により、
本丸御殿、大天守、小天守、東北隅櫓、正門、金鯱などが
焼夷弾の直撃を受けて焼失しましたが、
天守は、地元商店街の尽力や全国からの寄付により
1959年(昭和34年)に再建されました。

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そして、ここ、本丸御殿

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2009年に復元着工。
2013年、玄関と表書院を一般公開、
2016年からは対面所と下御膳所を一般公開。
今年中に工事を完了し、
来年には全体公開を予定しています。

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玄関で靴を預け、中へ。

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建築材として木曽山のヒノキが使われていますが、
木曽の山林地帯はかつて尾張藩の領地で、
尾張藩は将来の為に森林保護や伐採抑制政策を進めていたのです。

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玄関
訪れた人がまず通され、
取り次ぎを待つ部屋。

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玄関といっても、一之間(18畳)と二之間(28畳)の
2部屋からなっています。

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虎や豹を描いた襖絵が素晴らしい。

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ここは、表書院

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正規の謁見に用いられたもの。
5部屋からなります。

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本丸御殿は、元々
城主(藩主)が居住する御殿でしたが、
1620年(元和6年)、将軍上洛時の御成専用とすることになり、
以後藩主は二之丸御殿に居住しました。

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本丸御殿を使った将軍は秀忠、家光、家茂の3人で、
上洛の途中に宿泊しています。

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御成御殿となった後の本丸御殿は、
尾張藩士により警備と手入れが行われるのみで、
名古屋城主である尾張藩主ですら
本丸に立ち入るのは巡覧の時のみだったといいます。

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もったいない。

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御成専用とするだけあって、
二条城本丸御殿に匹敵した豪華な作りです。

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こころない仕業。

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再び、カミさんのセリフ。
「そんなもの撮って、どうするの」

対面所

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4部屋あり、
藩主と身内や家臣との私的な対面や
宴席に用いられました。

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京都と和歌山の名所が

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多くの人物と共に描かれています。

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黒漆塗折上げ小組格天井。

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格天井。

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下御膳所
料理の配膳や温め直しのための部屋。

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天井には、煙出しがあります。

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こんな立派なパンフレットが無料配布されています。

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完成公開は、来年の6月8日。

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次は、天守閣へ。

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日本のお城は、本当に美しい。

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大天守の高さは55.6m(天守台19.5m、建屋36.1m)と、
18階建ての高層建築に相当。
高さでは江戸城や徳川大坂城の天守に及びませんが、
延べ床面積では4424.5uと史上最大の規模。
体積では姫路城天守の約2.5倍あり、
柱の数・窓の数・破風の数・最上階の規模・
総高・防弾壁・防火区画など
14項目で日本一。

空襲で焼失した後、1959年に再建。
コンクリート構造であったため、
今、木造復元化の計画が進められています。

この車椅子用エレベーター施設は、
もう少し向こう側に出来なかったものか。

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天守閣には、こちらから入ります。

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下から見上げたところ。

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ここが入り口。

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7階建てで、

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5階まではエレベーターで上がれます。

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その上へは、階段で。

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7階から下を覗いたところ。

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天守閣最上階。

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名古屋の町を見下ろします。

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下の階には、様々な展示物が。

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金のシャチホコの実物大模型。

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高さは北側のもの2.621m、南側のが2.579m。
重さは1272sと1215s、
金の量は44.69sと43.39s。

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江戸時代の町並み。

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食卓。

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祝い膳なので、豪華です。

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暗くなっているのは、

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こういう仕掛けのため。

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ジオラマ。

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警備員の方も、
雰囲気を壊さないため、
このような衣装を身につけています。

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「清正石」を横目で見ながら、

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旧二の丸東三之門へ。

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「ブラタモリ」では、本丸御殿はスルー、
天守閣もシャチホコの金製ウロコの盗難事件に触れただけで、

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この門を抜けます。

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そして、搦手馬出(からめてうまだし)の説明などした後、
修復工事中の空堀へ行き、

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タモリの得意分野、地形について考察。

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名古屋城が台地の上に造られたということが分かります。

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ここの堀には、
ビニールに包まれた石垣が沢山あり、異様。

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加藤清正は、ここでは別格。

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元の場所を通って、退場。

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いやあ、いいものを見せてもらいました。

名古屋駅に到着。

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地下街の矢場とんで味噌カツ丼をたべようと思いましたが、

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ご覧のとおりの行列でしたので、

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このお店で、

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名古屋コーチンの親子丼を。

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美味でした。

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帰りの新幹線は、
指定席はずっと満席。
すごいね、新幹線。
自由席車両に並んで、
別々な席に座って、東京に戻りました。

わずか2日間なのに、
一週間もいたような
密度の濃い実家訪問旅行でした。





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