小説『転生』  書籍関係

[書籍紹介]

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講談社が発行する月刊の文芸PR誌・文庫情報誌
「IN★POCKET」に、
2007年1月号から9月号に掲載された作品を
2007年10月に講談社ノベルスとして刊行。

篠田節子の小説はほぼ読んだと思っていたが、
これは未読。
どうして今まで目に触れなかったのか。
ノベルスだからだろうか。

チベット第2の都市、
シガツェ市にあるタルシンボ僧院の雑役夫ロプサンが
霊塔に異変を感じるところから物語は始まる。
霊塔には、パンチェンラマ10世のミイラが納められているが、
そのミイラが復活してしまったのだ。

という荒唐無稽な始まり方だが、
この物語を理解するには、
パンチェンラマという存在をしっかり把握する必要がある。

パンチェンラマは、チベット仏教において、
ダライラマに次ぐ宗教指導者の称号。
つまり、2番目に偉い人
阿弥陀如来の化身で、死後は転生するとされる。
シガツェにあるタシルンポ僧院↓の座主を代々務めている。

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パンチェンラマ10世(本名チューキ・ギャルツェン)は
1938年12月生まれ。
9世が1937年に死去したことを受け、
41年に転生者として認められた。

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59年にダライラマ14世がインドに亡命した後もチベットに残った。
↓は、ダライラマとのツーショット写真。

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文化大革命の際には紅衛兵に拘束されて
68年から78年まで10年も投獄され、
出獄が許された後も82年まで4年間、北京で軟禁された。

中華人民共和国および中国共産党は
パンチェンラマ10世を厚遇し、
亡命したダライラマ14世に対抗する
親中国派のチベット民族指導者に仕立て上げようとした。
従って、亡命チベット人社会からは
中国共産党の傀儡であるとみなされることもあった。
しかし、パンチェンラマ10世は、
チベット仏教の保護に尽力し、
文化大革命で荒廃したタシルンポ寺を復興させた。
こうした誠実さと手腕はチベット人社会から高く評価され、
パンチェンラマ10世を中国共産党の傀儡とする見方は
後を絶った。

やがて、
チベットに対する中国政府の抑圧政策の実状に触れるにつれ、
パンチェンラマ10世は次第に自立性を発揮することになる。

1962年、パンチェンラマ10世は
中国のチベット支配を批判した内容の諌言
七万言上書(7万字の覚書])」を上奏したが、
中国政府によって黙殺された。
「七万言上書」は長らく極秘文書であったが、のちに発見された。

1989年、公の場において
「チベットは過去30年間、
その発展のために記録した進歩よりも大きな代価を支払った。
二度と繰り返してはならない一つの過ち」
と自説を述べた。
これは中国政府の用意した演説原稿を無視した演説であった。

その発言のわずか5日後の1月28日、
寝室で「心筋梗塞」で倒れ、
約15時間後に死去したとされる。

パンチェンラマ10世の遺体は
歴代パンチェンラマと同様にミイラ化され、
金箔を貼られ、その上から目と口が描かれ、
タシルンポ寺の霊塔殿に安置された。

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チベット政府は
ゲンドゥン・チューキ・ニマという少年(当時6歳)を
転生した11世に認定するが、
中国政府はチベット亡命政府の認定を承認せず、ニマ少年を拉致。
中国政府が承認した6歳のギェンツェン・ノルブ少年が、
パンチェンラマ11世として即位した。
ニマは以来、現在にいたるまで行方不明。

という知識を前提にして──

パンチェンラマの復活を見たロプサンは
寺院からほうほうのていで逃亡するが、
ラマのミイラはロプサンの後をついて、寺院を逃げ出し、
ロプサンの母親のところに居ついてしまう。

しかし、ラマは下品で食い気と色気の権化みたいな人物で、
ロプサンは、
「どこかの卑しい男の魂が、蠅に生まれ変わるかわりに、
尊いパンチェンラマ10世の体に入ってしまったのだ」と思う。

ところがそんなラマでも人々はありがたがり、
ラマのいるロプサンの狭い家に押しかける。
ラマの存在を危険と感じた共産党の工作員は、
ラマを捕まえようとやってくる。
そこで、国境を越え、ダライラマ14世の亡命政府がある
インドに行こうとするが、
途中、ラマは昔の記憶が蘇ったのか、
次第に高僧然としてきて、
ありがたい説教もするようになり、
チベットへと引き返す。
その過程で、行商人のサムドゥと
バイク乗りのサンボが
ラマの移動に協力することになる。
その間に、ラマ復活の話がチベット中に流布し、
チベットのあちこちに出没したという噂が広がる。

やがて、一行は、
中国政府の「チベット高原自然大改造計画」を知ることとなる。
それは、ヒマラヤに風穴を開けて、
インド側から湿った空気を送り、
乾燥するチベットに雨を降らせて、
大穀倉地帯に変えよようというものだった。
その上、ヒマラヤの高峰シシャパンマを破壊するのには、
核を使用するのだという。
チベットが核で汚染され、
自然界がバランスを崩して大災害を引き起こしかねないため、
危惧を抱くラマたちは、政府の計画を阻止しようとするが・・・

パンチェンラマ10世は、写真↓

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のように巨漢。
何だか金正恩にも似ている。
だが、その性格は豪快奔放で、
俗的なものを愛し、鷹揚だ。
なかなか魅力的な人物に描かれる。
一方短気で、
「私はダライラマより気が短い」
などという。

生き返ったミイラという設定がユニークで、
ミイラだから暑さ寒さも感じず、
痛みも感じない。
トラックの上に絨毯にくるまれて隠されしても平気。
銃で撃たれても、穴が開く程度で、
命に(既に死んでいるのだが)別状ない。

深刻な題材だが、
物語は終始、ユーモラスに展開する。
改造計画の立案者の博士など、
滑稽な人物も登場し、
日本のテレビ局の取材陣も関わる。

中国がチベットでどんなひどいことをしたか、
が根底的に描かれており、
篠田節子、中国で入国拒否されるのではないか、
と心配するほどだ。

最後に、ある手段でラマは中国政府に一矢を報いるのだが、
瞑想に入る前に、このように言う。

「私は短気だ。
ダライラマのように我慢強くはない。
正しくないものを正しいとは言えないし、
正しいものを正しくないとも言えない。
だからこそかつて、
大衆の面前に引き出され、縛り上げられ、
殴られ、十年もの間、監獄に入れられた。
私は変わっていないし、変わりたくもない。
彼らは山の形を変え、
川の流れを変えるのはたやすいと思っているが、
私を変えることはできない。
私を変えられぬ以上、
彼らは山の形を変えることも、
川の流れを変えることもできない」

初めから終わりまでチベットが舞台。
篠田節子はこのあたりの地方を題材にした作品が多いが、
その面目躍如たる一篇である。





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