短編連作集『会津執権の栄誉』  書籍関係

[書籍紹介]

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鎌倉幕府の有力御家人三浦氏の流れをくむ会津守護名門芦名家
四百年以上続いた名門が
伊達政宗によって滅ぼされるまでの歳月を描く連作短編集。

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凋落の遠因は、
第十八代当主盛国が家臣の手で殺害され、
生後1カ月で後を継いだ亀王丸も
3歳の時疱瘡で死去。
男子嫡流が途絶えたため、養子を取ることになったが、
伊達政宗の弟小次郎か
常陸佐竹義重次男義弘かで家内に亀裂が走る。

家臣筆頭、会津執権金上盛備は、
関白秀吉と誼のある佐竹義弘を第二十代当主とするが、
連れて来た佐竹家家老と芦名家譜代重臣との間で確執が起こる。

そんな時、奥州に覇権を窺う伊達政宗の侵攻が始まり、
家内に裏切りに対する疑心暗鬼が横行する・・・

「湖の武将」

芦名家重臣の富田将監隆実が主人公。
芦名家の内紛を鎮静化するため、
隆実は奔走し、その成果を執権の金上盛備に報告する。
金上から猪苗代左馬介が伊達に寝返るという噂の
確認を命じられた隆実は
調査の上、謀叛の恐れなしと報告する。
半月後、左馬介と父親の猪苗代盛国の間に紛争が起こり、
盛国が伊達に寝返ったことを知った隆実は・・・

登場人物が多く、しかもあまり有名でない人ばかりなので、
巻頭の人物紹介を何度もめくっては確認しなければならなかった。

「報復の仕来り」

佐竹家から来た家老の大縄讃岐の足軽大将が斬られ、
大縄が怒り心頭に達していた。
芦名家古株の重臣たちも放ってはおけず、
斬った者の首を差し出して大縄の怒りを収めようとした。

犯人と目されているのは、芦名直参の家系の組頭、松尾玄番
その詮議役を任命されたのは、
玄番と因縁のある桑原新次郎だった。
松尾玄番は過去において須貝平馬という家臣を殺しており、
それは、供応の席での不始末をとがめられた末の措置だったが、
自家伝来の短刀での切腹を望む平馬を
無理やり刺殺したものだった。
短刀を届ける役目を受け、間に合わなかったのが新次郎であった。

その新次郎を一人の侍が訪ねて来る。
野村銀次郎という浪人で汚いなりをしており、
足軽大将惨殺の目撃談は詳細をきわめる。
しかし、銀次郎の不作法さと金への汚さは新次郎を辟易させる。
銀次郎を連れて現場検証をしている時、
仲間を連れて玄番が現れる。
証人の口止めをしようというのだ。
剣を向けられた銀次郎と玄番。
その結果は、意外なものだった。
そして、新次郎は、更に意外な背景を知るのだった。

芦名家滅亡の本流の話ではないが、
人物がよく立っており、
話の意外性もなかなかのもので、
本作中の佳作。

「芦名の陣立て」

執権・金上盛備の補佐役、白川芳正が主人公。
猪苗代弾正盛国の裏切りにより、戦局は急展開を迎えていた。
伊達家の動きを探るための敵陣の偵察を
大縄は買って出る。
伊達本体に内通者を配置してあるからというのだ。

しかし、伊達政宗が盛国の城に入ったという情報が入る。
芳正は大縄の担当者を詰問し、
内通者がいるという話がまやかしだったことを白状させる。
偵察隊を送ると、待ち伏せされて全滅し、
芳正はただ一人信頼できる部下の喜左衛門を失う。

「退路の果ての橋」

前章で待ち伏せに遇い全滅した偵察隊の
生き残りの小源太が主人公。
逃亡していた小源太は、
伊達家の軍勢に紛れ込み、
その目的が目橋川の橋を落とすことだと知る。
小源太には、その橋に思い入れがあった。
橋の普請の時、
失策を犯した小源太が20回の打擲の罰を受けたのを、
半分の10回を代わりに受けてくれた侍がいたのだ。
それが橋の建設を上申した市川誠士郎だった。

市川は、小源太を不憫に思い、
同情していた。
同情心から身代わりを申し出たのだ。
そんな理由で人を庇って犠牲になる人間が
この世に存在することを、
小源太はあの時、初めて知った。


その後、市川は異例の出世をとげ、
今では侍大将になっているという。

その橋が落とされると聞いた時、小源太は涙を流す。

慣れない労役に不手際をやらかし、
周りから馬鹿にされたこともあった。
満足に文字も書けずに、
人から笑われたこともあった。
足軽のみが命のやり取りを強いられる戦さ場で、
勝手な命令を下す馬上武士たちを
苦々しい思いで見上げたこともあった。
いかに悲しくとも、
だが涙が流れたことはない。
それなのに、あの橋が落とされると気づいた途端、
小源太の目からは涙があふれ出た。


小源太は芦名の軍勢に注進し、橋が落とされることを告げる。
しかし、その軍勢は伊達に寝返った兵であり、
しかも、その侍大将が市川だったのだ。

かつて、激流に堅固な橋を渡した男は、
二十年後、橋の破壊を容認し、放置しようとしている。
二十年というのは、そういう月日だ。
二十年経てば、橋脚の丸木も腐ってしまうものだ。
失望が身体の力を奪っていた。
市川が憧れだった。
小源太に生き方らしきものを教えてくれた人は、ほかにはいない。
(市川のような存在になりたかった──)
 

一人の足軽の憧れと失望を描く一篇。
これも佳作である。
この作者は名も無き末端の人物を描いた方が輝くようだ。

「会津執権の栄誉」

執権・金上盛備が主人公。
かつて盛備は関白秀吉と相まみえる時があった。
その時、秀吉から「慢心は、禁物ぞ」という言葉をもらう。

この一篇は、変わった構成を取る。
盛備討死の小半刻前から
二刻前、八カ月前、十一カ月前、二年半前とさかのぼり、
再び討死の時に戻って来る。
「利休にたずねよ」と似た手法だが、
あまり効果があったとは思われない。

「政宗の代償」

書き下ろし。
秀吉の大名同士の戦闘禁止の命令に反して
芦名家を滅ぼした伊達政宗は、
その咎を責められるために、
小田原城詰めの秀吉を訪ねる。
対応を誤れば命も失う立場で、
政宗は死装束でおもむく。

秀吉に会う前に家康と会った時の家康の話。

「主家との関わり方は身に染みている。
波風をたてることなく
家風に溶け込もうとする。
主家の意志に従おうとする。
それが生き延びるために必要なことだからだ。
そのために、自らの行動を規律するようになる」
政宗の知らない世界だった。
他人とは自分の意に従う存在であって、
それを当然とみなす立場に生まれついている。
初めから当主の座を約束された政宗は、
誰かに従うために自己を規律した経験がない。


そして、秀吉からも、こう言われる。

「そのほうに命令の何がわかる。
生まれた時から、
誰かの命令を受ける立場になく、
そのまま今に及んでいる」


また、秀吉に関東への国替えを命じられた家康が
それを受け入れたことを、秀康(家康の息子)と話す会話。

「しかし、本領を失ってまで、
なにゆえ移封に応じるのでござろうか」
「いま関白殿下と争って戦さをしても、勝ち目はない。
戦さに及べば、無駄に家臣を失うことになる。
わが父はそれを避けたのだろう」
「先祖伝来の地を奪われたのでは、元も子もないと存ずるが」
「伊達殿。
土地よりも、重要なのは
家臣であろう。
家臣のため。
わが父の真意はそこにある」


こうして、政宗は、自分の中にある空洞が
満たされるのを感ずるのである。

2013年から「オール読物」誌上に
1年に1作のペースで掲載されたものを単行本化。
その際、書き下ろしを1篇追加。

芦名家の滅亡という、
今まで誰も扱ったことのない地味な題材を通じて
描いた戦国時代の人間像。
全編が良い出来ではないが、
いくつか佳編がある。
先の直木賞候補作

選考委員の評は、好意的に厳しい。

浅田次郎
著者初の単行本にしては垢抜けた作品である。
御家滅亡という悲劇の中で苦悩する
登場人物のそれぞれが有機的に結びつかず、
結局は群像劇で終わってしまったきらいがあった。

伊集院静
文章の丁寧さもそうだが、
昨今の小説に欠落しているように思える、
気骨、小説の品性が感じられた。
ただもう少し自分の故郷を見直し、
ちいさな棚田、雪解けの小川を見つめる少女、
老人の目のようなものを養って欲しい。

北方謙三
題材に取り組む姿勢に好感が持て、作者の誠実さも見えた。
小説的な視線を持っている人だが、
その小説性が拡がりを欠く。
会津という狭い地域を扱ったからでなく、
描写される人物が、どこか拡がりを欠いているのだ。

林真理子
正直読みづらかった。
登場人物が多いうえに、あまり有名な人がいない。
武士の美学がやや平凡なような気がするが、
整正な文章は歴史小説の書き手にふさわしい。

桐野夏生
文章は簡潔で毅然としている。
が、人物描写があまりに少ないので、
登場人物を一人一人思い浮かべることができない。

宮部みゆき
(「敵の名は、宮本武蔵」と共に)一読者としての感想をまとめたら、
どちらの作品にも「序盤を読むのがしんどい」という評が
出てきてしまいました。
どれほど重厚な題材を扱っていても、
エンタテイメント小説は
「楽しい川下り」であってほしいと私は思います。

東野圭吾
舞台のスケールは大きいが、
描かれている人間ドラマは案外卑小だ。
それをどう評価するかだが、
私は物足りなさを感じた。
視点人物の内面描写が長々と続くのも、
エピソードの小ささを補うためのように感じた。

宮城谷昌光
福島県の外にいる人々にとって、
それら(各短編の主役)の名は
伊達政宗をのぞいてすべて無名にひとしい。
そういう深刻な認識から
作者は小説をたちあげていったか、と問いたい。
この短編集の陰の柱は、
佐竹家から芦名家にはいった佐竹義広であったはずだ。
芦名家の家主をなおざりにしたのは、
どうしてであろうか。
私にとって最大の不満はそれである。

高村薫
まさに王道のザ・時代小説であるが、
評者は、戦国武将の行動原理を
人間の心の闇という近代の発想で捉える時代感覚に
馴染めなかった。
戦国武将たちは、もっと能動的で
動物的な血の臭気に包まれていてほしい。






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