小説『夜行』  書籍関係

[書籍紹介]

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学生時代に通っていた
英会話サークルの仲間が
鞍馬の火祭りを見るため
10年ぶりに京都に集まる。
大橋、中井、武田、田辺、藤村(女性)の5人だ。
10年前は6人で同様の集まりを持った。
1人欠けているのは、
その夜、長谷川という女性が
謎の失踪を遂げたからだ。
消えた長谷川の消息は全く分からない。

宿で泊まり、夕食の後、
順に旅先で出会った不思議な体験を語り始める。
それが、
尾道、奥飛騨、
津軽、天竜峠
と名付けられた話で、
最後に、鞍馬で終結を迎える。

たとえば、中井が語る「尾道」は、こんな話。
ある日中井が家に戻ると、妻がいなくなっていた。
電話をかけると、「今、尾道にいる」と妻は言う。
妻を迎えに、中井は尾道まで旅をし、
妻が滞在しているという一軒家に辿り着くと、
そこにいたのは、妻と瓜二つの女性だが、別人で、
この家の2階に閉じ込められているという。
しかし、ホテルマンの夫は、妻は不在だと告げる・・・

武田が語る「奥飛騨」は、
勤め先の増田という先輩と
その恋人の川上美弥と、彼女の妹の瑠璃
の4名で旅に出かける。
飛騨高山を車で下っていく途中、
一行は「ミシマ」と名乗る中年女性を乗せる
ミシマはある種の超能力者で、目的地で降りる時、
「お二人の方に死相が出ています」と言い残した。
四人は奥飛騨の平湯温泉につくが・・・

藤村の語る「津軽」は、
夫とその後輩の児島の3人で
夜行列車で津軽に向かう旅に出かける。
ある駅で降りると、
児島が何かに憑かれたように歩いていった先には、
派手な三角屋根の二階家があった。
しかし、その家の前で児島は消えてしまい・・・

田辺の語る「天竜峠」では、
伊那市の伯母夫婦のところに遊びにいき、
帰る途中、ボックス席の反対側に
中年のお坊さんと女子高生が乗っていた。
その坊さん・佐伯は、画家の岸田の死に関わっており、
そして女子高校生は・・・

こうした話に共通するのが、
旅の話であること、
失踪した長谷川への思い、
岸田道生という亡くなった銅版作家の
夜行」という48枚の作品と、
幻の「曙光」という作品にまつわる話。
特に、絵の中にたたずむ
顔のない女性が手を振る姿・・・

最後の「鞍馬」で、4つの物語はひとつの決着を迎える。
そこで、今までの話の陽画が陰画に転換する。
10年前の長谷川の失踪が
バラレルワールドの分岐点だと分かり、
そして、「夜行」と「曙光」の表裏一体の関係は・・・

怪談、恐怖小説、幻想小説、
ホラー、ファンタジー、SF
と分類することは可能だが、
しかし、仮にそうだとしても
小説としての整合性はほしい。
どの話も謎を投げかけたまま、
結末を見ずに放り出される。
そして、最終章で明らかになる新事実は、
面白いことは面白いが、
消化不良は残る。

こういう小説を望む人にはいいだろうが、
私のような、苦手の部類に入る読者には、
ちょっと狐につままれたような気分になってしまう。

先の直木賞候補
選考委員の評は厳しい。

浅田次郎
シンプルで正確な文章を駆使して、
一種の古典的な小説世界の構築に成功していた。
しかるに、小説家は常住不断の肉体労働者であるから、
本作はいかにも膂力に欠くるの観を否めぬ。
しいて言うならば、
豊かな海が岬の向こうに豁けているにもかかわらず、
目の前の入江を海だと信じている。
小舟を漕ぎ出すわずかな勇気さえあればよいのである。

宮城谷昌光
最後に、陰画が陽画に変わるようなしかけがほどこされている。
だが、それは小細工にすぎないであろう。
私は氏の作品を読みながら、
この人は奇をてらわずに正攻法で
読み手を圧倒するものが書けるはずだとおもった。
小手先にこだわっていると、
歳月はおどろくべき速さですぎてゆくので、
才能の浪費になりかねない。

宮部みゆき
基本的にこぢんまりした「お話の会」の器に、
SF的に大きなパラレルワールドを押し込み、
一話ごとに不吉で鮮烈な幻想場面を惜しげなく盛り込んだことで、
具が多すぎる鍋物みたいに生煮えの部分が出てきてしまいました。
私は選評でよくこの表現を使いますが、
「もったいない!」。
それと、この上品な幻想小説にこの装丁は合わないと感じました。

北方謙三
表と裏、光と影があって、
世界が二重になっているという設定だったが、
私にはうまく入ってこなかった。
最後に、裏から表に出て、また裏に帰るあたりで、
いくらか心が騒いだが、それだけだった。


高村薫
怪奇小説なので、人間の手触りなどは求めないが、
怪談は怪談なりに仕掛けの整合性が欠かせない。
思いつきで繰り出した異界の仕掛けが
あちこちで放置されたままになっており、
描きかけの習作を見せられているようだった。

林真理子
読者は読んでいるうちに時々迷路にはまってしまう。
それが狙いかもしれないが、
このはかなさ、ふわふわとした感触は、
他の候補作の力強さに負けてしまう。
やはり抽象画の世界なのである。

東野圭吾
私の苦手なジャンルの小説だ。
おそらく合理性を求めるのは野暮で、
作者の描く風景が好きか嫌いかという問題だろうが、
私は最後まで疑問がいくつも頭に残ったままになる読書は、
あまり好きではない。
しかし文学性という点でほかの委員が高評価をつけるなら、
反対はしないつもりだった。

桐野夏生
十年前の女性の失踪という始まりに期待を持ったが、
悪い夢のとりとめのなさが、やや単調に感じられる。
特に、重要なアイテムとなっている
岸田の銅版画の描写が、
それぞれを夜の世界に閉じ込めるほど魅力的には書かれていない。

伊集院静
私には幻想世界とは別に、
このシーンは好きだなと思える文節がいくつかあって、
その才能に感心した。
しかし小説全体を通して、
いかなるものを自分がこの作品から見つけられたか、
出逢えたのか、を読後に思い起こそうとしたが、
私には見つけることができなかった。
                                        

これで、先の直木賞候補作は全て読了。

順位を付けると、
1.恩田陸「蜜蜂と遠雷」[受賞作]
2.垣根涼介「室町無頼」
3.須賀しのぶ「また、桜の国で」
4.森見登美彦「夜行」
5.冲方丁「十二人の死にたい子どもたち」

それぞれの作品の感想ブログは、↓をクリック。

蜜蜂と遠雷

また、桜の国で

十二人の死にたい子どもたち

「夜行」は、本日参照。

「室町無頼」は、パソコンのデータ消失により未掲載。






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