エッセイ『米、麺、魚の国から』  書籍関係

[書籍紹介]

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アメリカ人が書いた和食文化論
題名の脇に
「アメリカ人が食べ歩いて見つけた
偉大な和食文化と職人たち」
とある。

著者のマット・グールディングは、
食と旅をテーマにしたデジタルマガジン「Reads & Kingdoms」の
共同発行人及びチーフディレクター。
この人が1年間日本の各地を巡り、
871食の和食を味わって、
日本の食文化について書いた本。

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冒頭の「日本版に寄せて」で、

わたしの人生は、がらっと変わった。
日本に行くまえと、
日本に行ったあとでは。
そのことははっきりしている。

と書く。
そして、

日本について知れば知るほど、
いかに自分が何も知らないかを思いしらされた。
しかし、ひとつだけはっきりとわかっていることがある。
残りの一生で食事をする場所を
ひとつだけ選べと言われたら、
それは日本だということだ。
まちがいない。

とまで言い切る。
そして、

日本の食べ物全体に、
おそらく日本文化すべてに共通していることは、
なみなみならぬ努力と専心によって
きちんとなしとげようとすることだろう。

この文化で生まれ育った人々にとっては
当たり前に感じられるかもしれないが、
よそ者にとっては、
これほどのひたゆきさも、
完璧さをたゆまず求める姿勢も、
驚嘆でしかないのだ。

どの国でも、
物事の完成度は90パーセントでいいとされている。
頭が切れて野心のある人間なら、
数年の修業と努力で
ゼロから始めても
90までなら達成できるだろう。
しかし90から92へ、
さらに95、97まで高めるのは
生涯をかける旅になるはずだ。

と日本人と日本文化の本質を見抜いている。

この本は、そのような炯眼な著者により、
7つの都市(地域)で触れた和食文化について書かれている。

東京では、寿司と焼き鳥を、
大阪では、ホルモン、串カツなどを中心にしつつ、大阪の食文化を、
京都では、高級懐石料理を、
福岡では、豚骨ラーメンを、
広島では、お好み焼きを、
北海道では、様々な海鮮丼を、
能登では、発酵食品を、
と、多方面から日本の和食文化を味わう。

どの料理の描写もおいしそうで、食欲をそそる。
そして、様々なウンチクも日本人以上だ。

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東京については、このように書く。

言っておくが、
東京は世界でもっとも偉大な食の都市だ。
ニューヨークでもパリでもない。
バンコクでもない。
そうした都市も生涯かけて探索する価値のある
さまざまな美しい食べ物を提供してくれる。
しかし、そのどれも、
東京の食の世界が与えてくれる
深さと幅広さと美味には太刀打ちできないのだ。
まず第一に、規模がすごい。
ニュヨークには3万軒のレストランがひしめくが、
東京は16万軒だ。
また、ニューヨークのレストランはたいてい路面店だが、
日本の十階建てのビルには
各階に2、3軒のレストランが入っていて、
美食のタワーがバベルの塔さながら天に向かって林立している。
しかし東京の食事が世界でもっともわくわくするのは、
量ではなく質で飛び抜けているからだ。
日本の食べ物を特別にしている要素はたくさんある。
──素材へのこだわり、技術の確かさ、
何千年もかけて入念に伝えられてきた伝統。
しかし、なによりもひとつのものに特化していることに注目したい。
味噌で煮た骨付き肉と白トリュフのピザとシーバスのセビーチェが
メニューに混在している欧米では、
レストランはできるだけたくさんの客をつかまえるために
大きな網を投げる。
かたや日本では、成功の秘訣は
たったひとつを選び、
それを極めることなのだ。
牛のモツを焼くことに、
ふぐのてっさを作ることに、
蕎麦粉をこねて歯ごたえのある蕎麦にすることに
一生をかける人もいる。
しかも腕を磨くために永遠に修業し続ける。
自分の技術を磨くために
ひたむきに身を捧げる「職人」は、
日本文化の神髄だ。

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京都では、こう書く。

食事が終わる合図である最後の抹茶の泡立つ滴が消えるまで、
上がったり下がったり、引いたり満ちたりした。
十品、三十の素材。
懐石料理の奥深さ。
ゆでて、生で、蒸して、揚げて、焼いて、
すべての素材がしかるべき順序で出され、
緒方がこの町とこの季節にあわせて書いた一篇の詩となった。
わたしには完全に理解できたかどうか心もとないが、
美しい詩だった。
彼の素材の品質、高い技術、熱意には
疑問の余地がないが、
あまりにもミニマリズムの料理なので、
まったく存在しなかったのではないかと思うことすらある。
「西洋料理が足し算だとしたら、
日本料理は引き算です」
と緒方は言う。
打ち水をした石、一幅の掛け軸、
真夜中の桜の花に似た和菓子。
懐石料理あ日本でもっとも優雅で
驚くような料理にしているのは、
こうした些細なことだ。
美しく禁欲的で、
古くて真面目な料理は、
このうえなく京都に似合う。
そして、京都ほど神秘的な町はない。

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広島では、
フェルナンド・ロペズという
グアテマラ人のお好み焼き料理人にスポットを当てる。
マヤ人の血が流れる父親と確執を持ち、
アメリカのニューオリンズに移って、
フレンチのシェフと出会い、
シェフの引きでハワイのホテルに勤め、
そこで駐車場に入って来た車の日本人女性と出会い、結婚し、
やがて女性の故郷である広島に移って、
お好み焼きの師匠について修業し、
やがて独立して、人気お好み焼き屋となるまでの過程は、
ひとつのドラマのようだ。
「こんなところに日本人」というテレビ番組があるが、
「こんなところにグアテマラ人」。
こういう風にして、人は国を移るという驚きを感じさせてくれる。

このことは、能登の旅館の料理人、
オーストラリア人のベン・フラットにも言えることだ。

原爆投下の後、焼けた土地にすぐに草花が生えた
という話は感動的だ。

この都市が築かれている土壌は、
地面が完全に冷える前に
すでに再生しようとしていたそうだ。
原爆が広島を吹き飛ばしたあと、
草や花がほとんどすぐに生えてきたという。
1945年8月12日、エノラ・ゲイが原爆を落とした
わずか一週間後には、
市全体が緑に覆われていた。
「雑草はすでに灰塵を隠し、
死都の骸骨の間に野の花が咲き乱れている」と
ジョン・ハーシーは『ヒロシマ』で書いている。
最初の原子爆弾が投下された直後の
胸がえぐられるような光景を
彼は克明につづっている。
「爆弾は植物の地下組織には手を触れなかったばかりか、
そこに刺激を与えたのだ」

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能登での発酵食品に関する記述も興味深い。

発酵は管理された腐敗だ。
発酵のもっとも基本的な形では、
カビ、酵母、微生物から作られた酵素が有機物を分解し、
砂糖のような主要栄養素をアルコールに、
たんぱく質をアミノ酸に変える。
しかし、発酵と腐敗は紙一重だ。
微生物の活動を慎重に引き起こして管理すれば、
材料の命を無限に延ばすことができるだろう。
だが、失敗したら、それでおしまいだ。
発酵にはいくつもの形があるが、
食の世界でもっとも一般的なのは、
乳酸発酵はアルコール発酵のふたつだ。
前者は乳酸菌で引き起こされ、
さまざまな漬物や発酵調味料を作るのに使われる。
後者は酵母で引き起こされ、
酒を作るのに役立っている。

主要な発酵食品はたくさんあり、
しかも欠かせないものばかりだ。
醤油、味噌、酒、みりん、かつおぶし、納豆、米酢、漬物。
発酵食品や調味料がなかったら、
日本の台所はがらんとしてしまうだろう。
和食がうま味を重視しているのも偶然ではない。
うま味は発酵の過程で生じるおもな副産物だからだ。

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外国旅行をしてつくづく感じるのは、
日本の食事のおいしさだ。
それは、食材の豊富さ
料理人たちのたゆまぬ努力によるもので、
立ち食いそば、コンビニ弁当まで、
そのおいしさは広がる。
こんな国は世界にない。
日本に生まれた幸福をつくづく感じる。

前にも書いたが、
私は世界に誇れる日本の文化は、
歌舞伎、コミック(アニメ)、和食の3つだと思っている。
その和食の秘密を
外国人の目から解き明かす本書は貴重な知的刺激を与えてくれる。

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なお、本書は、イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙による
2016年のベストブックに選出された。
また、アメリカ・トラベルライター協会による
2016年の最優秀トラベル・ブックも受賞している。





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