評論『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』  書籍関係

[書籍紹介]

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題名のとおり、中国と韓国をディスる本である。
しかし、日本人がするのではなく、
米国人がするのだから、
問題はないだろう。

著者は他の論文の中で、
「日本のなかでいちばん好きなのは日本人です」
と書いているくらい、日本(人)びいき。
元々モルモン教の宣教師として来日し、
その後、国際法律事務所に就職し、
企業への法律コンサルタントとして再来日。
知的レベルの高い米国人として、
テレビなどにも出演した。
その公平な観点から、
最近の中国と韓国の日本に対する仕打ちに我慢ならないらしく、
あちこちにそういう評論を発表している。

冒頭に、こう書く。

日本人と中国人、そして韓国人とでは、
根本から、正反対といっていいほど違います。
そして、その違いの根源が「儒教」にあると、
私は考えています。

で、その「儒教の呪縛」なのだが、
なかなか読んでも分からない。
どうやら、儒教の中には「公」よりも「私」を大切にする思想があり、
それが共産主義と結びつき、
文化革命を通じて、
「仁・義・礼・智・信」などの道徳心や倫理観が失われ
中華思想の中で増幅し、
「自己中心」の国、
「おまえのものはおれのもの、
おれのものもおれのもの」

という、傲慢な国民性を作った、ということらしい。

その結果、どうなるか、
国際法という公のルールを守ることよりも、
「自国だけの利益」を追及する国になった。

元々独立国であったチベットを軍事侵攻し、
イスラム国家であった東トルキスタンも取り込み
南シナ海を自分の海だと主張し、
国際司法裁判所の決定にも従わず、
尖閣を自分の島だと主張し、
更に、沖縄も元々中国のものだと主張する。
その根底に儒教から来る中華思想があるという。

ある中国人は
「中国人には国境という意識が薄いのです」
と言い、
それが周辺諸国と摩擦を引き起こす原因だ。

中国社会を覆う汚職も、
中国人の役人に「公」という意識がなく、
すべては「私」を基準に動いていることが原因なのだ。

共産党一党独裁体制を守るためには、
国民の言論の自由も奪ってしまう。

中国人は詐欺でも、
「騙すより騙される方が悪い」と考える。
だから、平気で嘘をつく
「南京大虐殺」も犠牲者が30万人と、
不可能な数字をあげ、
間違った写真や資料を並び立てる資料館を作る。

これらは、最近の中国の主張としてきたことを見ると、
なるほど、そこに根源があったかと悟らされる思いがする。

韓国については、
その「事大主義」によって中国にすり寄り、
そのことによって他の周辺諸国に対して優位性を保とうとした。
自分たちのことを「小中華」と自称し、
朝鮮半島は中国から一番近い位置にあるので、
中華思想に従えば、
永遠にナンバー2のポジションを得られると考える。
その結果、
上位には中国だけがあり、
朝鮮半島より距離が遠い日本を一段低い国と決めつける。
その日本が世界の大国となり、
文化が受け入れられ、
世界中で尊敬されているのが、
我慢できない。

儒教思想に基づく上下関係を絶対と考える朝鮮人にしてみれば、
日本が自分たちの上を行くことは、とても受け入れがたい屈辱・・・
まさに「対等」という概念が存在しない、
儒教思想の呪いです。

その「妬み」が、
慰安婦や徴用工を問題視し、
「かつて日本はこんなことをした」
と世界に宣伝して、
なんとか日本を貶めようとする根源的な力になっている。
日本を貶めるには、
戦時中のことを持ち出すしかないのだ。
だから、はるか70年以上前のことを持ち出しても、
恥じることはない。

1964年の「日韓基本条約」で、
韓国にある日本人の資産を放棄するでけでなく、
国家予算の倍以上の経済援助をして、
「全て解決済み」としたのにもかかわらず、
いつまでもいつまでも70年以上も前のことについて
いちゃもんを付けるのは、
とにかく自分たちより上を行く、
本来自分たちより下に位置するものを引きずり降ろしたいという、
怨念に他ならない。

そして、こう述べる。

一括りに「東アジア文化圏」などといいますが、
中国と韓国、そして日本の文化には、
大きな隔たりがあります。
確かに日本にも儒教は伝わりました。
それは仏教が伝来する以前のことです。
そして日本人は、儒教の精神を上手に取り入れながら、
独自の文化を発達させていきました。
仏教精神も取り入れ、
伝統的な神道などにうまく吸収し、
江戸時代には、武士道という倫理・道徳規範として確立させます。

日本人の公の心、秩序、名誉、勇気、潔さ、
惻隠の情といった高潔な精神は、
この武士道に集約されるということです。
日本人は、儒教の教えのよい部分だけを選んで、
武士道に上手く採り入れた、といってもいいでしょう。

江戸時代以降の武士道は、
支配者層であった武士が
自らを律する道徳規範として成立しましたが、
庶民はそんな武士を尊敬し、
憧れも抱いていたので、
やがて日本人全体の精神として、
生活の中に浸透していったのです。

なぜ同じ儒教に影響されながら、
日本が中国や韓国と違った
独自の文化を生み出すことができたのか。
その原因の一つとして、
日本が建国以来、
一度も王朝交代が起きていないことが影響している、と指摘する。
日本には、「絶対的な公」
つまり、「天皇・皇室」が存在するからだ。
それに対して、中国・韓国では、
皇帝を名乗る人物も、
どうせ10代もすれば入れ替わるのだと歴史が証明しているから、
家臣たちも「公」に対して
絶対的な忠誠を誓う気持ちになれなかったのだろう、
と推測する。

言われてみれば、そのとおりで、
世界最古の国、日本だけの特色といえよう。

日本人でも気づかないことを
こうして外国人から指摘されるのは妙なものだが、
確かに、そのとおりだ、という気がする。

こうして、日本と中国・韓国の違いが明らかになれば、
それらの国との付き合い方も考えなければならない。

特に、日本のような「公」の尊重、
が通じない相手なのだから、やっかいだ。

「公」への忠誠がなければ、
汚職も利益誘導も当然だし、
やったもの勝ち。
同様に、国境の侵攻も
世界の批判など気にする必要はない、
やったもの勝ち、ということなのだろう。

こういう考えの国がすぐ隣にいて、
膨大な軍備費を使って虎視眈々と狙っているのだ。

北朝鮮問題も、そのあたりに本質がありそうだ。
世界という大きな視点で考えることが出来ず、
自国の体制だけが大切で、
核とミサイルを強化し続ける国。

しかし、天法に反することがいつまでも通用するはずはない。
やがて、世界も中国・韓国の抱く本質に気づき、
日本人の持っている精神性が
世界の注目を浴びる時が来るだろう。

中国も韓国も世界の中では
既に「嫌われ者」になっている。
まさに「悲劇」は続いているのだ。
そのことに気づき、
自己変革しなければならないだろう。

そんなことを考えさせられる本だった。






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