エッセイ集『老境の美徳』  書籍関係

[書籍紹介]

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「週刊ポスト」に連載中の「昼寝するお化け」をまとめたもの。
タイトルに合わせて書いたものではなく、
まとめて題名をつけた、という感じ。

4つの章からなり、

第1章 老人の分別とは何か
第2章 女性活躍社会の欺瞞
第3章 「生き延びる力」を失った現代日本人
第4章 過保護な国に増幅する甘えの空気

まさしく、この方でなければ、
言えない、書けない内容のオンパレード。

たとえば、

不幸や体験は、本来、
語り継げないものだという現実を正視しないで、
東日本大震災の体験の記憶を
薄れさせてはならない
などと折りあるごとに言っている
関係者の言葉が、
私には虚しく聞こえる。
それに、さらにその心理を深めていけば、
東北の人たちにほんとうに立ち直ってもらいたいと
真に願うなら、
辛い記憶は一刻も早く忘れてくださいと言うべきだろう。

こんなことを書く勇気のある人は曽野さんくらいなものだろう。

(辛坊治郎さんが全盲のヨットマンを助けて
太平洋横断を企てたが、
浸水して多額な経費で救助されたことについて)
誰も一人として口にしなかったことだが、
私はこの事件の一番の責任は、
盲人のヨットマンにあると思っている。

視力が十分でない人間が、
周囲の状況を自分で視覚的に判断することを要求される
仕事やスポーツをしてはならない。
分に過ぎた望みを抱くのは、
世間に迷惑をかけ、
その仕事の分野において一流にもならない。
こういう当然のことを、
最近は誰一人として言わない。
そして人間は誰でも平等に無限の可能性を持っている、
などと言う。

辛坊さんの優しくていけなかったことは、
この限界をはっきりと相手に告げなかったことだろう。
それは最近のすべての社会の風潮だ。
「できる」と言う方が「人に優しい」から、
真実を言わない。
しかしそれは間違いだ。

これも半端な政治家が発言すれば、
世間から袋叩きにあって、
撤回せざるを得ないだろう。
しかし、曽野さんが言うと、
皆黙ってしまうのは、
真実をついているからだ。

実は、曽野さんの著作を読むと、沢山の付箋が付く。
図書館で借りた本だから、
傍線を引くわけにもいかず、
本の端を折ることも出来ない。
したがって、付箋を付けることになる関係上、
たまの「上京」の時に
電車の中で読むために持っていくわけにいかないのが
曽野さんの本だ。

付箋を付けるということは、
読者(私)の心に響くものがあったからで、
本と読者の心が共鳴しあうという、
幸福な著作、ということになるのである。

その付箋をつけたものから、脈絡なく抜粋する。

自分の払った健康保険だけは、
使い尽くして死ななければ損だ
と言う人がいるが、
私はそう思ったこともない。
もし私が健康で、病気をせず、
自分の払ったお金をたまたま体の弱い人に回せられれば、
光栄だったと思う。
使わない人たちは、
代わりに健康をいただいたのだから、
運命に対するお礼と考えればいいのである。

(パラオのペリリュー島の、当時12、3歳の少女の話)
夜、米軍の大空襲を受けて逃げまどった後、
彼女は森の中で瀕死の日本兵を見かける。
彼女は手に持っていたバナナを差し出した。
すると日本兵は
「自分はもう長くない。
弟か妹に食べさせなさい」
と言って受け取るのを断る。
日本兵は皆、飢餓の極限状態にあった。
それほど食べたい時に
貴重な食物を差し出されても、
本当に食欲がなくなっていたのかもしれないが、
人間には、
自分より若く弱いものを育てていこうという気持ちが働くのである。
その気持ちがある限り、
どんなに死にかかっていても、
その人は人としての威厳を保っていたということだ。
人間が動物と違うところは、
自分が犠牲になっても、
人に与えることができる精神を持つことだ。

私は自分がまさに高齢者という当事者になって、
一つ見えてきたことがある。
それは、高齢者は
毎日機嫌よく暮らさなければならないという義務だ。
それさえできれば、
高齢者でも他人に歓びと平和を与えられる。

今日一日を、
機嫌よく、明るい顔をして生きれば、
それが老人の偉大な生き方の目標なのだ。
老人ホームでも、スーパーでも、電車の中でも、
背中を伸ばして明るい顔をして生きているということが
どれほど偉大なことか、
この頃次第にわかるようになってきた。


これは、私は大丈夫。
朝起きた時から一日中、
機嫌がいいからだ。
よく、夫の顔色を伺う妻の話が出て来るが、
それがない分、うちのカミさんは幸福だと思う。

私は野次を飛ばすような人とは付き合わない。
誰かが演説をしている時には、
賛成であろうと反対であろうとくだらなかろうと、
とにかく黙って聞くのがルールだからだ。
しかし私の好みとはとうてい合わない
政治の世界では、
野次は活動の一部と見なされているらしい。

本当に、国会の汚い野次は何とかならないか。
あれでは、学校で先生の話をよく聞きなさい、
とは子供に言えないだろうに。

「昔はもっと静かに暮らしていた」と私は呟いた。
人間の幸福も出世も、死も病も、
戦争も反戦も、すべてひっそりとしていた。
投書したり、デモやシュプレヒコールに参加したり、
イベントで訴えたり、
ブログやツイッターで顔も知らない人と共感したりしなかった。

中には何も弁当を持って来られない子もいた。
夫(三浦朱門氏)は自分の弁当を半分やろうか、とも思った。
しかし一度それをやると、
明日もその子に半分やらねばならない。
とうていそんなことはできない、と夫は
気づかないふりをして自分の弁当を平然と食べた。
助けたいと思っても、
現実に人間にはできないことがある。
夫はそれ以来、人道的なことは言わなくなった。
弁当を半分に分け続ける決心さえつかなかった自分を
知ったからだという。
人間は昼食一つからもたくさん学ぶものだ。

今、私たちの世代が集まると、
社会はどうしてこれほどに、
世間を甘やかすようになったのだろうと言う。
若者を甘やかし、年寄りを持ち上げ、
障害者の言うことなら何でも正しい、とする。
怠け者の貧困さえも人間的なことになったのだ。

二宮尊徳は分度ということを言っている。
今はあまり使われない言葉だが、
人がしているなら自分も、
という姿勢がないことだ。
人間は平等でなければならないと世間は言うが、
そんなことは子供の考えることだと私は思っている。
誰もが個性的に暮らすことは平等に可能だし、
そうなってこそおもしろく活力に満ちた社会が出現する。

国民全体が物事の発明や生産に興味を持たず、
ただ商品を右から左に動かすことで金儲けをするか、
あわよくば偽物を作って
暴利を貪ろうというような国民が多い国と比べれば、
日本が進取の気性に富み、
発明や工夫に興味を覚え、
しかも勤勉で正直である国民性を共有していることは、
本当に国家的幸せの理由なのである。

デモクラシィは普通選挙によって行われる。
だから一度も国民総選挙というものをしたことのない
中国や北朝鮮などは、
当然のことながら民主主義国家ではない。
いくら人民の国だとは言っても内実は違う。
それらの国の体制では、
権力闘争を生き抜いた指導者が、
帝王のように振る舞う。
毛沢東はつまり「秦の始皇帝」と同じ意味での「毛帝」であった。
日本のことを罵倒する時、
今でも日本帝国主義などというが、
日本にはそんな強大な権力者など一人もいない。
天皇陛下は質素にお暮らしのうえ、
政治の場からは遠く、
徹底して自己犠牲的を姿勢を崩されない。

かつて東京都知事を務めた美濃部亮吉氏は、
「一人でも反対があったら、橋は架けない」
と言ったことで有名であった。
しかし一人の反対があったら橋を架けないのなら、
その一人は専制君主で、
日本の社会は民主主義ではなくなるということだとは
誰も言わなかった。

(ゲイのカミングアウトについて)
やがて、同性のカップルは結婚式を挙げ、
同棲するのに必要なあらゆる経済的な処置や
法的保護を男女の夫婦と同じに与えよ、
と主張するようになった。
私はそれもけっこうと思う。
しかし私が同性愛の傾向を持っていたら、
別に誰にも言わず理解も求めず、
政府や社会の庇護も期待せず、
二人だけの世界で生涯を暮らすだろうと思う。
他人に理解されようと思うから無理が出るのだ。
理解されてもされなくても、
現実はほとんど変わらない。
医者は病気になれば診てくれるだろうし、
肉屋も八百屋もパン屋も、
同性愛者だからといって品物を売ってくれないことはない。

曽野さんの背景にあるのは、
一つは戦争の経験
もう一つは、世界のあらゆるところに行って、
「貧困」の内実をとことん知ったことにあるのだろう、
と私は思っている。






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