エッセイ『魂の退社』  書籍関係

[書籍紹介]

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著者の稲垣えみ子さんは、
ご覧のとおりのアフロヘアー

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この髪形で
朝日新聞対橋下徹氏の対立や
朝日の2大不祥事の際に
テレビに出演し、
髪形と肩書のギャップが話題となった。

その稲垣さんが、
一橋大学を卒業して、朝日新聞社に入り、
28年後の50歳を機に退社した顛末をつづるのが、
この本。

大阪本社のデスクをつとめていた時代、
高額な給料をもらって、
そのお金をつかいまくった。
好きな洋服は買い放題。
化粧品もやたらと高いものを買い、エステ通い。
食べるものも貪欲で、高くて美味しいものを食べ歩いた。
それも虚しくなり、
今度は「お金がなくてもハッピーなライフスタイルの確立」を目指す。

きっかけは高松総局デスクに「飛ばされた」こと。
農産物の直売所通いをし、
野菜には季節があることに気付く。
ある時期ない野菜が、時を得て出回る時の喜びを知る。

いつでも満たされているということは、
モノのない時代にはすごく贅沢なことだったのだと思う。
しかし、いつでも何でもある現代において、
もう「ある」ことを贅沢だと思う人はほとんどいないんじゃないか。
むしろ「ない」ことの方がズウット贅沢だったのだ。

また、山歩きの楽しさを覚え、
お遍路のおじいさんの素晴らしい笑顔を知ったりする。

香川県という土地柄が「うどん消費量日本一」だけでなく、
「貯蓄額日本一」の節約県であることに感動する。
高い食事の店には行かず、
「それやったら、うどんが○○杯食べられる」
という香川県人。
ものの値段を考える時の単位が「うどん」であるというのは面白い。

香川県に移住した筆者は、
お金を遣わなくなり、
その結果、お金が貯まるようになる。

東日本大震災で福島原発事故が起こると、
「原発のない暮らし」を可能にするために、
これまでの半分の電気で暮らしてみることをやってみる。
夜帰宅しても、電気をつけない。
するとそこに暗闇と静けさが出現する。
五感も鋭敏になる。

「ない」ということの中に、
実は無限の可能性があったのです。

と書く。

世の中のコマーシャルを見ていると、
様々な企業が「これはあったら便利」とがなりたててきます。
そうかなと思って買っているうちに
「あったら便利」はいつの間にか「ないと不便」に変わり、
最後は「必需品」になる
しかし、必需品っていったい何だろうか。
小さい頃から「必需品」だった
様々な家電製品との決別は、
私にそんなことを否応なく
考えさせるようになったのです。

そして、次のような考えが頭をよぎるようになる。

「仕事」=「会社」じゃないはずだ。
「会社」=「人生」でもないはずだ。
いつでも会社を辞められる、ではなく、
本当に会社を辞める。
そんな選択もあるのではないか。

「会社から思いもよらない慰留を受け」ながらも、
実際に会社をやめてからが後半。

そこで「屈辱の日」を味わったというのだが・・・

まず、不動産屋で、「無職」というだけで不審がられ、
保証人を求められて驚いたりする。
両親は65歳以上で保証人にはなれない。
姉は専業主婦なので保証人になれない。
姉の主人が(会社勤めだから)ようやく保証人適格者だと分かる。
会社勤めであっても保証人は必要のはずだが、
保証人を求められるのは、無職だからと誤解したようだ。

クレジットカードも作れない。
(会社を辞めるに当たり、
年会費を節約しようと、
3枚持っていたカードを解約し、
会費の一番安いカードを作ろうとした)
定期収入の保証がないのだから、当たり前だ。

これに対して、

そもそも無職の人間は、
カードの入会審査に通ることが非常に難しいのである。
え、そーなのと驚いて周囲の人に聞いてみると、
無職どころか自営業者ですら審査が通りにくいらしい。
し、知らなかった・・・(←バカ)。

じぶんで「バカ」と書いているから、非難はできないが、
なんたる認識不足、
というより、世間知らず、と言った方がいい。
これで大新聞の論説委員をしていたことの方に驚く。

住宅ローンも組めない。

日本社会は、
会社という装置を通じて信用を担保することで
多くのことが成り立っていたのである。

そう、日本社会とは、
実は「会社社会」なのではないか。

今更何を!?
と読者の大部分が思うだろう。

その「疑い」は、
退社を前に会社から税金やら保険やら年金やらの説明を受けるに至り、
はっきりとした確信に変わる。

と書くのだが、
会社に、しかも大企業に勤め、
その恩恵を、他人より沢山受け続けていた人の感想とは思えない。

いや〜、これは想定外!!
なんと、退職金の7分の1をお国及び地方が持っていくことが判明!
私、退職金に税金がかかるとはまったく考えていなかったんです!!

と書き、これを「国による懲罰」とまで書く。
まったく「朝日新聞」の社員らしい解釈だ。

退職金には、勤続年数に応じて
控除される仕組みがある。
私の退職時、その控除で、
税金はかなり少額になった。
ありがたい仕組みだと思った。
稲垣さんが7分の1も税金がかかったのは、
それだけ退職金が多額だったからであって、
一般的な控除額をはるかに越えていたからなのだ。
それを差し置いて、「懲罰」とは。
大体、多くもらった人が多く納めるのは当たり前。
「納税」は国民の「三大義務」の一つですぞ。

会社組織の健康保険から
国民保険に移行して、金額が高いことや
年金制度、失業保険の制度の
退社後の不利益も口にしているが、
それも知らないで論説委員をつとめていたとは。

日本という荒野では、
会社に所属していないと
自動的に「枠外」に置かれる仕組みになっているのだ。
不審者扱いされ、信用されず、
暮らしを守るセーフティネットからも外れていく。
日本社会とは「会社社会」なのであった!
まさかの「会社員にあらずんば人にあらず」の国だったのである・・・
いやー・・・知りませんでした!(笑)

確かに日本のサラリーマン人口は87%だが、
自営業者は554万人(8%)おり、
その人たちが「人にあらず」ということはないだろう。

そして、携帯電話の申し込みで苦労した話。
それも、「会社人間」だった時に、
携帯もパソコンも会社支給(!)のものだったことに起因する。
全て会社任せ。
私用電話も会社の携帯で済ませていたということか。
しかし、ほとんどの人が、そうやって、
自力で携帯電話の手続きをしているのだ。

朝日新聞社からの原稿依頼の原稿料の安さにも驚く。
1万字で5万円。
400字詰め原稿用紙にして1枚2千円。
予算がないからだというが、
それについても稲垣さんは噛みつく。

お金がないと言うけれど、
本当にそうなのか。
いやそうじゃないでしょう。
外部筆者に払うお金はなくとも、あるところにはある。
それは社員の給料だ。
あるいは社員が使う経費である。
しかも朝日新聞の場合、
この金額は今の世の中では非常に高い。

で、このような「既得権」に染まって人たちが、
その生業である正業がうまくいってないからといって、
経費削減だからと
外部の人間を使い捨てにするかのごとき金額で働かせようとする。
そしてそれは私もこれまでやってきたことなのだ。
「ブラック企業が跋扈している」
と批判をしてきた会社が、
そしてその社員である自分自身が、
まさにブラックだった。
弱い他人を食い物にして、
自分さえ生き残ればいいのだと。

おいおい、会社にいる時に気づけよ、という感じだ。
自分自身はさんざんその「既得権益」の甘い汁を吸いながら、
会社をやめた途端に、そんなことを言うのかよ。
なんだか、このお姉さん、
ナイーブで単純なんだな、と思えてきた。
それに、あちらに居る時は恩恵を受けていたことを
こちら側に来た途端にあちら側を批判するのは、
あまり頭のいい行動とは思えない。
何ら生産性のあることをせずに、
人のしたことにケチをつけてばかりいた
記者根性丸出しだ。
しかも、退社後わずか1カ月で
古巣の悪口を言うのは、変節に等しいだろう。

そして、こう書く。

私が提案したいのは、
ほんの少しでもいいから、
自分の中の「会社依存度」を下げることだ。

そして何よりも強調したいのは、
そうして会社に依存しない自分を作ることができれば、
きっと本来の仕事の喜びが蘇ってくるということだ。

まあ、正論ですけどね。
しかし、妻子を養うために、
上司の命令に耐えて、
いやな仕事もしなければならない
大多数のお父さんたちの心に響きますかどうか。

筆者がこの本を書いたのは、
会社を辞めて1カ月くらいのことだという。
まだまだ収入のない不安も味わっていないだろう。
莫大な退職金をもらって、
貧乏に耐えているわけでもない。

だから、会社を辞めて、以下のことができるようになった、
などと書く。

@古くて狭い家でも平気
Aお金がそんなになくても平気
B家事ができる
C近所づきあい、友達づきあいができる
D健康である

そして、

「賄いのおばさん」をしてみたい」
「大工修行もしてみたい」
「介護に関わるお手伝いもしてみたい」
「飲食店のお燗番っていうのもやってみたい」

と書き、

「そう思うとですね、
会社を辞めた私の人生、希望でいっぱいです」

とのたまう。

これを読んで、
会社が倒産して辞めざるをえなかった社員や
辞めた後、肉体労働に従事したり、
病気療養をしている人はどう思うだろうか。

そして、再び思いが至るのは、
朝日新聞は、この程度の世間知らずが論説を書いていたんだ
という、驚くべき事実である。

それに「魂の退社」という題名は何か。
軽はずみに「魂」などと言わないでもらいたい。


ネットの書評でも辛口の批評が多い。
その一部を紹介する。

「50歳にして会社を辞めた」といったって、
いわゆる「早期退社制度」を利用して
割り増し退職金をもらったうえでのこと。
A日新聞社に勤める人に聞いたら、
50歳の早期退職でもらえる退職金は(概算)5千万円超(!)だとか。
この他にそれまでの貯金もあるだろうから、
おそらくはこの著者、億単位の資産を持っているのでは?
そういう人が「会社を辞めてビンボーになった」と言われても、
なんかシラけるなあ。

アフロの髪をキープするために
3ヶ月ごとにロットを巻いて何時間も美容院に滞在するとか、
毎日朝は喫茶店でベーグルとコーヒーを頼んで、
しかも喫茶店をハシゴするなんて、
私からみたら全然エコじゃないと思いますけど。

ゆるやかに沈没していくタイタニック号(=A日新聞社)から
いち早く逃げ出したところは機敏なのだと思いますが、
それができるのも「夫なし、子どもなし」の立場だから。
養わなくてはならない妻子のあるおじさまたちはまず、
こんなことは不可能だし、
世の単身女性の1/3は貧困層だというこの社会で、
優雅に「ボンビーごっこ、エコごっこ」ができるのは、
「超エリート」の身分あってこそ。
この前提を理解したうえで「感動」するのならどうぞご自由に。
でも、私はこの「ビンボーごっこ」のからくりが
見えてしまったような気がして、
素直に共感はできませんでした。

プロローグの「会社にしがみついて生きたい人」のフレーズで、
「地道に勤め上げる」人を軽んじたい人なのか。と思いました。
出世街道から外れたタイプと認識しながら、
出世街道から外れた事実を受け止められず、
「退社」の方が良き道だと自分で自分を説得している感じの文に思えました。
まあ、基本が「金持ってる人」特有の、
「よくもそう悠長な事で悩んでられるよなあ」でした。
「1社員」だったのが「個人名を世間に知られる」になって、
会社出世より上になった。って満足を聞かされた感じかな。

しかし、こんないい歳になって、
社会保険・雇用保険・年金・税金退職金、アパート・携帯・PCまで、
なにもかにも「会社任せでございます」で平気だった事がすごい。
恩恵を受けられなくなった途端に「被害者」なるのも凄い。
この人が「新聞記者」であった事が空恐ろしい。
いいトコ勤めの人って、こんなに世間知らずなのか。

ブラックってのは「生活に必要な額を稼げない」会社の事だ。
バカみたいに散財して、楽しみに費やすだけの
報酬と時間があればそれは「ブラック」とは遠い。
ホントのブラックは生活費自体が
「乾いた雑巾絞る状態」「散財する間もない」だ。
仕事に「社会の役に立ってる」とか
「ひとに喜んでもらえる」ってのは必須ではない。
↑は、どんな仕事であろうと、勤勉に努めている人への「ご褒美」位のものだ。

とりあえず、すごくがっついた人で、
がっつく方向性はその時々で変わっても、
がっつく事はやめられない類の人なんだと思いました。

あまりのアホさ加減に驚いてしまった。
社会人になって30年近く過ごし、
日本を代表するクオリティペーパーの論説委員を努めていたという人が、
ここまで世間知らずの「ナイーブ」でいられたことに驚愕しただけでなく、
ある意味で背筋が寒くなったほどだ。

厳しい言い方かもしれないが、
彼女には「ジャーナリスト」としての矜恃など見事になく、
あるのは(あったのは)朝日新聞の「社員」である(あった)ことへの
特権階級意識、
あるいはそれすら本当の意味で気付かなかった無神経さといっていいかもしれない。
これほどまでに世間の常識を感じていない人物が
中核で仕事を任されていたとは、
日本のジャーナリズムは本当に寂しい気がする。

朝日新聞社で理不尽な扱いを受け、
限界を感じたのであれば、
辞めようか辞めまいかなんてことにぐだぐだ思い悩まないで
さっさと他のメディアへ移って
ジャーナリストの仕事を続ければいいだけではないか。
発想というか感覚が、
銀行か役所に勤務している人とすこぶる同じなのだな。

朝日新聞の異常な実態を、
正常と思って暴露した意味では貴重な本。
驚くべきメディア企業であることが本当にわかった。
そういう意味では無意識といえ素晴らしい功績かもしれない。
これでは会社ごっこ、給料もらいごっこ。

50歳になってこの異常な幼い感覚、
社会知識の恐るべき欠如、
挫折の恐るべき欠如、
いまの日本人の平均、
いや上の方の頭の中身はこれか?
何故勉強しない?!
何故一つのことを極めようとしない?!
行き当たりばっかりでやり過ごし、何かというと酒に走る。

前半は、小気味いい文章とキャッチーな見出しが上手く、
とても共感できグイグイと読ませます。
しかし、後半(その4)からは、
会社を辞めてやっと気づいた会社の存在感に戸惑い、
無知な著者の現状を正直に記しています。
後半は、あまりに世間知らずのお嬢様の独り言と言った感じで、
その内容の稚拙さにびっくりしました。
また、著者が感じているほど高齢者は弱者ではありません。
安易に騙されたりはしないのです。もっともっと強かですよ。
ただ、多くの経験を積んでたくさん傷ついた経験をもっているので
「優しく」接しているだけなのです。

この本を読む限りは世間知らずの著者に思えます。
幼さに辟易してしまいます。
働くこと=会社勤めではない、とか
当たり前じゃないですか。

50歳も過ぎて・・しかも元新聞記者(しかも朝日)なのに・・・
世間知らずすぎてビビッた(笑)
そうなんだー。
あれだけ大企業だとそんな感じで生きられちゃうんだ・・・

退職にあたって引っ越ししたり、
クレジットカードを作ったり、
ケータイ契約したりするのですが、
全国紙の社会部で論説委員までなった人とは思えない
世間知らずぶりに腹が立つより怖くなりました。
こんな人が社会問題論じてんだ…

会社依存しないために退社したんだ!
私は自由だ!!!というのが徹頭徹尾、
この本のテーマなんですが・・・
いやいや
フツーに働いていても、会社からは自由になれるし
会社関係以外の人間関係をちゃんと作ることはできるし。
それに50歳まで気がつかないなんて・・・そちらに驚きました。

家内の勧めで読んだものの、
自分が自営業のためか、
まったく共感するところがありませんでした。
面白かったのは、アフロの部分だけでした。
電気代は、そこまでやるならブレーカーを落とすか
電気契約を解除すればよいけど、
どうせマンション住まいなら家賃ないし
共益費に共用部分の電気代が含まれているので意味が少ないです。
で、共感ではなく反感を覚えるのは、彼我の条件の違いがあるからです。
彼女より年上で妻子持ちの自営業者にとっては、
引退はもともと他人ではなく自分が決めるものだし、
引退後の仕事の始末は他人がやってくれるものではない。
金銭面でも自分のことより妻子のこと、
親の介護のことを考えるので、
もともと浪費なんてできません。
そもそも金の話をするのに、
給与・退職金・貯金の額を一切明らかにしないのはフェアではありません。
たまたまこの本の前に読んだ本が
山の中で生活する人々のルポだったせいもあり、
都会のお嬢さんの能天気さにうんざりしただけでした。

この方どんだけ世間知らずなのかあきれてしまい、
こういう人が物書き?してテレビ出演して
物を申していたのか少し怒りをおぼえてしまいました。
都会に住んでいて大企業に勤めていた人ってこんなものなのかと
愕然とします。
あなた(著者)は知らなかったのかもしれないですが、
野菜の旬の時期ぐらい田舎者は知っています。
東日本大震災の時、電気を使わない方法を考えたくだりで、
冷蔵庫はいらないコンビニに行けばいい・・・・
はあ?
コンビニが日本全国津々浦々24時間営業することによって
電力は山ほど消費されているわけで・・・・
著者は自分が電力を消費しないことだけ考え
「木をみて森をみていない」のだろうなあと思いました。
後半部分は少し共感できるところもありましたが、
私にとってはつまらない本でした。

おそらくは、「お金」には困らないなかでの
「ビンボー」なのでしょう。
ほかの方々が書かれているような遊びですね。
それよりなにより、「魂」という言葉を
軽々しくタイトルにする厚顔さ、軽薄さ。
魂とはなにか、と考えたことはないのでしょう。
「お金」を払って買う気はしませんが、中古で1円くらいになったら買うかもね。

こんな本を書いて、
自分の無知と不見識をあからさまにし、
「私は会社から脱却したのよ、おホホホホホ」
と自慢たらたらしたのだから、
これらの世間からの反発は当然である。





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