映画『ショコラ』  映画関係

[映画紹介]

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20世紀初頭のフランスで
人気者だった芸人コンビがいた。
その名は「フティットとショコラ」
このコンビの特徴は、
白人と黒人の二人組だったことで、
その宿命的に相容れない関係を超えた
男同士の友情を描く。

道化師のフティットは、かつては人気者だったが、
芸風が古くなり、おちぶれていた。
そのフティットは旅回りのサーカス団で
人食い野蛮人を演ずる黒人を見い出し、
ショコラと芸名を付ける。
二人でコンビを組んだ道化芸は
たちまち人気が出て、
パリの有名サーカス劇場のスターとなる。
二人の演し物はフティットが考え、
たいていはフティットがショコラを蹴り倒すことで笑いを取っていた。

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しかし、人気が高まるにつれて、ショコラは
「蹴られる馬鹿な黒人」役に飽き足らないものを感じて、
次第にフティットに反抗するようになる。
また、金遣いが荒くなり、
酒とギャンブルに明け暮れる毎日だった。

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やがてコンビを解消したショコラは
それまで白人が顔を黒くして演じていた
ムーア人の将軍オセロを演ずることを夢見、
黒人初のオセロが商売になると目論んだ劇場主におだてられ、
オセロに挑戦するが・・・

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後半、二人の仲に亀裂が入るあたりから
ドラマが俄然面白くなる。
ショコラの中には奴隷の子どもであったという
出自に対する屈折があり、
犬同様に扱われていた召使の父親の姿が脳裏を横切り、
蹴られる黒人を笑う白人たちに敵意を感じる。
人種差別がまかり通っていた時代だ。
どんなに人気が出ても、
それを素直に喜ぶことが出来ない。

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日本でもお笑いコンビという文化があり、
その一方が優秀で、創作力があり、
他方がキャラだけで成り立っているものが多い。
それでコンビを解消する例も沢山ある。

そんなことを想起しながら見たが、
この映画は黒人差別という問題が背景にある点で
更に深刻だ。
フティットという錨を失ったショコラの浮き沈みが痛々しい。

特に終わりのあたりは、
ショコラの末路を見るフティットの視線が辛く、
涙をこらえることが出来なかった。

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「最強のふたり」のオマール・シーがショコラを演じ、
フティットを演ずるジェームズ・ティエレ
チャールズ・チャップリンの孫だという。
監督は、「チャップリンからの贈りもの」で、
貧困のあまりチャップリンの遺体を盗み、
身代金を要求する移民を演じたロシュディ・ゼム
いろいろなことが繋がっている。

実在の「フランス初の黒人芸人」を発掘して、
その価値を再発見しようとする試みは
一見に値する。
「ショコラ 歴史から消し去られたある黒人芸人の数奇な生涯」
(集英社)
という本↓も出ている。

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ショコラはロートレックも描き↓、

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映画の開祖リュミエール兄弟もフィルムに収めている。
エンドクレジットで、その映像が映し出される。
リュミエール兄弟のフィルムの映像は、↓をクリック。

https://youtu.be/XjHZ_z23BZY

2本目のものが、映画に登場するもの。

5段階評価の「4.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/V7yvtPxUfBE

シネスィッチ銀座で上映中。

タグ: 映画

トランプ大統領と映画サークル  政治関係

大統領就任式は終わりましたが、
アメリカの中で、
トランプ大統領反対のデモなどが行われているのは、
だと思いませんか?
だって選挙で選んだ結果でしょう。
自分たちが敗けたのに、
その敗北を認めないとは。

賢人・曽野綾子さんも言っています。

「51%の人が選んだ体制の陰では、
49%の人が泣くのが
民主主義の基本なのだ、
ということさえ学んでいない庶民が
まだアメリカにはたくさんいる、
ということがわかる」

自分たちがクリントンの様な候補者しか擁することが出来なかった、
ということを恥じるべきなのだし、
4年後に
自分たちの意見を反映出来る
次の大統領候補を見いだすことに努力を向けるべきなのです。

幸い、アメリカ大統領には任期があります。
そこが共産主義の国や独裁国家と違います。
中国のように、
最高指導者の選出に国民が関与できない国でないだけ
幸福なのです。

ただ、反対勢力の存在は、
トップに「好き勝手は出来ない」ための
プレッシャーにはなるでしょうが。

そのトランプ大統領。
就任演説「アメリカ第一主義」を宣言。
それは保護主義に通じ、
孤立主義になるおそれがあります。
自分の国のことだけ考えていては、
アメリカは偉大な国にはなれない

という物差しが
この人には、どうも欠けているようです。

そのことについては、
産経新聞編集局長の乾正人という方が、
明快に述べています。

では、「トランプ時代」に日本はどう対処すべきなのか。
今さらヒラリー・クリントンの方がましだったと嘆いても、
TPPの効用を新大統領に説いても時間のムダ。
泣いても笑っても4年間
(8年になる可能性もかなり高い)は、
非寛容で弱肉強食の「米国第一」を突き進む
トランプ時代が続く、
という現実から出発しなければならない。
政権の行方をじっくりと見定めてから、
と悠長に構えていては、
たちまち「米国第一」にのみ込まれる。
「米国第一」主義には「日本第一」主義で対抗するしかない。
日本で商売したいなら、
この国に投資するのは当たり前。
日本人は日本で作った製品を買い、
この国の農産物を食べよう。
安全保障も米国におんぶにだっこではなく、
もっと防衛力を整備しよう。
もちろん、装備品は国産が原則だ。
70年も80年も前の
証拠も数字もあやふやな事柄を
いつまでも持ち出す国は放っておけばいい。
各国が自国中心主義で突き進めば、
摩擦は必ず増大する。
そこではじめて「外交」という名の
「取引」が始まる。
日本は好むと好まざるとにかかわらず、
「戦後」のその先の時代に突入したのである。


さて、今日は夕方から銀座に出て、

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映画を1本観た後、
東銀座に移動して、
映画観賞サークルCCSの例会に出席。

近況報告に続き、
出席者全員が観ていた「この世界の片隅に」
「湯を沸かすほどの熱い愛」の邦画2本を取り上げて、
感想を述べ合いました。


小説『エクリプス』  書籍関係

[書籍紹介]

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北朝鮮の拉致事件を扱った、
知りうる限り、初の小説
昨年の12月15日に発刊されたばかり。

本作には、複数の拉致被害者が登場する。

1977年、新潟で、
バトミントンの練習を追えて帰宅する途中、
拉致された中学生の田辺菜穂子。
彼女は横田めぐみさんがモデルと思われる。

母と道を歩いている時、
袋をかぶせられて拉致され、
北に連れ去られた岡田節子。                           
北の名前永任(ヨンイム)という名前を与えられ、                 
ベトナム派兵から逃れるために北に渡り、
ソ連に送られることを希望したのに
北朝鮮に留め置かれた元アメリカ兵、ジム・セルカークと結婚する。
この二人は、曽我ひとみさんとチャールズ・ジェンキンスさんがモデルだ。

他に在日二世の考古学者で、
「地上の天国」である北朝鮮に拉致されて失望する
岩手の林茂。
この男性は創作上の人物と思われる。

更に、大韓航空の飛行機を爆破して、捕らえられ、
ソウルで尋問を受け、
北で教えられた南の状況と現実の南の現状との違いに驚き、
北朝鮮の工作員であることを告白する女性。
これはもちろん金賢姫だ。
本作の中での名前を世真(セジン)という。
世真の少女時代の淡い恋や、
その恋人の友人で、
後にスナイパーとしてソウルに送り込まれ、
世真を狙撃しようとする王も登場する。

この王の話は、本作中最も哀切な話だ。
王は北にいた時、一度だけ世真に会っていた。
親友のホナムと世真の駅での待ち合わせを
遠くから見ていたのだ。
だから、世真とは言葉を交わしたこともない。
しかし、ホナムと切り離されて
工作員としての道を行った世真の運命を思い、
狙撃を断念して、世真に会う決意をする。
世真を訪ねて表で待っている間に、
監視役の北朝鮮工作員によって撃ち殺されるのだが、
王が夢想する世真との対話が悲しい。
王の心の中には親友に対する愛と
世真に対する、遥かな憧れが横溢する。

北に連れ去られた菜穂子は、
孝善(ヒョソン)という名前を与えられ、
政治軍事大学で工作員たちに
日本人の習慣や文化について講義する立場に立たされる。
その時、自分が脱け殻になっていくような
不思議な感覚にとらわれる。

たくさん話したせいで、
菜穂子は自分の子ども時代同様に、
自分の母語もまた、
体から抜け出ていくような感覚を味わった。

そうなのだ、田辺菜穂子という存在が、
彼らの中に流れ込んでいるのだ。
それは彼女自身を輸血することだった。
──遠い昔の思い出の数々が
彼女から彼らの中に移っていくのだった──、
それは言葉や名前や出来事の輸血だった。
こうして生徒たちがすっかり田辺菜穂子になってしまった暁には、
彼女自身は干からびていることだろう。
そして彼女は、
それで一巻の終わりとなるだろう。

また、永任と一時期過ごし、
そこで新潟なまりを聞き、
同郷の人間だと悟る。
やがて二人は切り離され、
再会したのは、永任のアメリカ人との結婚式の場。
そこで菜穂子は日本から持って来た、
大切な思い出の品、
バトミントンのバッグをプレゼントする。

やがて、北で製作する映画に
セルカークはアメリカ人の役で出演するようになり、
そのビデオを取得したアメリカが、
セルカークの老母を召還して、
映像を見せる場面も悲しい。
30年前に失踪した息子の頭部の薄くなった姿を
北朝鮮で撮影された映画の中に発見した時、
母親は「これは息子の声です。
でも、これは息子ではなりません」と言う。

林茂も北で映画に出演していた。
日本人の役で日本が舞台の場面で、
部屋の中に日本的な小道具が足りなく、
セルカークは妻が結婚式の時に菜穂子からもらった
バトミントンのケースを提供する。
その映画が北朝鮮の動向を監視する
日本の機関で注目を浴びる。
北朝鮮の映画に出演している俳優が
岩手なまりの言葉を使っているというのだ。
それは林茂がやった「私は拉致されて、ここにいる」
というメッセージなのだった。
その映画を見せられた菜穂子の父母(もちろん横田夫妻がモデル)は、
映画の中に娘が持っていたバトミントンバッグを発見するのである。

それ以外に、
各地で起こった拉致事件を
北朝鮮の仕業だと報道する新聞記者も登場する。

そして、日本の首相(小泉純一郎)のピョンヤン訪問で
金正日は拉致を認め、
一部の帰国を認める。
その中に節子とセルカークも含まれていた。

物語はエピローグで
帰国した節子の娘が
かつて母親がなろうとして夢断たれた
看護師の道を歩んでいること、
田辺夫妻がウランバートルで菜穂子の娘、
つまり孫に会うシーンでしめくくる。

作者はインタビューで、
あたかも異国の地に移植された植物のように、
突然、何の前触れもなく、
自分の生活している場から引き離され、
生活環境も文化環境もまったく違うところで
生きることを余儀なくされた拉致被害者の方々が、
何を考え、
どのように生きようとしたのかを書きたかったのだ、
と述べている。                                 家族や友人たちから引き離された悲しみの後に、
みなから忘れ去られてしまったのではないかという
不安が襲ってくる。
自分の失踪が既定の事実とみなされ、
自分の存在はもはやだれの関心をも引かないのではないか
という疑念の虜になる。
その一方で、
親しかった人たちや場所の記憶さえも曖昧になり、
自分の存在の基盤そのものが揺らぎ始める。
そこに長期にわたる朝鮮語の学習や
主体思想の洗脳教育が加わり、
自分はいったいだれなのか、
だれだったのか、
自分自身うまく答えられない状態に陥る。
田辺菜穂子ばかりでなく、
岡田節子にしても
ジム・セルカークにしても、
すべての登場人物が、
みずからに迫りくる狂気を巧みに統御しないかぎり
北朝鮮で生きのびることはできない。
この小説から聞こえてくるのは、
そうした絶望的な戦いを
常時強いられている人たちの
生々しい、しかし、フィクションとしての声にほかならない。

また、あとがきに、次のように書く。

タイトルの「エクリプス」は、
日蝕や月蝕などの「蝕」を意味する語であるが、
まさに太陽や月のように、
いっとき消失したものが
必ず、再び、以前の輝きにも増した状態で戻ってくる
という意味合いをこめて採用したものと
著者が語っていたことを追記しておきたい。

大変文学的な良いタイトルとは思うが、
拉致事件を扱ったものだとは分かりにくい。
何か副題をつける等して、
拉致問題に関心のある人の目に触れるような工夫をした方が
沢山の読者に読んでもらえてよかったのではないか。

拉致被害者の現実を書いたこの本、
センセーショナルなものではなく、
あくまで文学的な美しい文体で、
心に残る。
しかも、フランス人のよるフランス語の著作だ。

読後、ふつふつと沸き起こるのは、
北朝鮮の非人道的なやり方への怒りだ。
何の罪もない市民を拉致して自国に連れ帰り、
拘束して、工作員の教育に利用する。
そして、小泉訪朝で拉致を認めながら、
大部分が死去したと嘘をつき、
捏造した診断書や死亡証明書を提出する。
その間に拉致被害者の家族は、
高齢から次々亡くなっているのだ。

大韓航空機爆破事件は1987年11月9日。
金賢姫の日本語教育を担当した「李恩恵」が
行方不明となった田口八重子と同一人物であると
判明したのが1991年。
「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」が
結成されたのが1993年5月。
小泉第1回訪朝が2002年9月17日。
2002年10月15日、拉致被害者5名が帰国。
2004年5月22日、小泉第2回訪朝で、
地村・蓮池夫妻の家族5名が帰国。
2004年7月、曽我一家日本に帰国。

そして、2005年2月、北朝鮮が核保有を宣言。
そこから、拉致問題は一進一退、というより、
事実上、一歩も進展していないのだ。

小泉訪朝から既に14年と4カ月
その間に北朝鮮は金正日から金正恩に代わり、
ますます核とミサイルを用いて世界を恫喝している。
あの国に誠実な対応など望むことは出来ないのは、
世界が知っている。
いっそのこと、戦争でも起こして、
あの国を崩壊させる以外、
解決方法はないのではないか、
と乱暴な思いにとらわれもする。
今北朝鮮はアメリカに到達するミサイルを開発した、と言っている。
「大量破壊兵器」を理由にイラクを攻撃した国連軍だ。
核施設、ミサイル施設の局地攻撃も許されないのだろうか。
そうすれば、北の首領は、
あわてて逃げ出すだろうに。
トランプ政権は乱暴ついでに、
北朝鮮の一挙解放をしてもらいたいほどだ。

韓国の次の大統領候補は、
全員左派で、親北なのだという。
核とミサイルを切り札に恫喝する国に
「親」だという。
狂ったとしか思えない。
核とミサイルに膨大な金を使い、
人民を飢えさせていることは周知の事実だというのに。

外からの力が無理なら、
内部崩壊しか出来ないのか。

また冬を迎える。
「今度の冬は越せないだろう」
と言われながら、もう何年もたつ。
北の政権が崩壊して、
隠された拉致被害者の方々が
姿を現す日は来るのだろうか。

映画「めぐみ 引き裂かれた家族の30年」については、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20061221/archive

2010年の「拉致問題国民大集会」については、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20100425/archive

蓮池薫著「拉致と決断」については、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130725/archive


映画『沈黙』  映画関係

[映画紹介]

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遠藤周作の小説「沈黙」を、
マーティン・スコセッシ監督が映画化。
キリシタン禁令の日本を舞台に
密入国したポルトガル人司祭の目を通して
西洋と東洋の衝突、
日本の思想的風土とキリスト教の相剋
を描く文学作品を
この巨匠がどんな風に映画化するか、大いに興味をそそられる。

17世紀の江戸時代。
島原の乱が収束して間もない頃、
イエズス会の高名な神学者であるクリストヴァン・フェレイラが、
布教に赴いた日本での苛酷な弾圧に屈して、
棄教したという報せがローマにもたらされた。

フェレイラの弟子セバスチャン・ロドリゴとフランシス・ガルペは
日本に潜入すべくマカオに立寄り、
そこで日本人キチジローと出会う。
キチジローの案内で五島列島に潜入したロドリゴとガルペは、            
隠れキリシタンたちに歓迎されるが、
やがて長崎奉行所に追われる身となる。

殉教する信者たちに寄り添ったガルペは命を落とす。
ロドリゴは過酷な迫害を見て、ひたすら神の救いを祈るが、
神は「沈黙」していた。

やがてロドリゴはキチジローの裏切りで密告されて捕らえられ、
長崎奉行の井上筑後守との対話を通じて、
日本人にとって果たしてキリスト教は意味を持つのかという
命題を突きつけられる。
更に、長崎の寺でロドリゴは棄教した師のフェレイラと出会い、
深い失望を味わう。
逆さ吊りにされた信徒たちを救うには、
お前が棄教すればよいと言われたロドリゴの前に
イエスの像を描いた板が置かれ、踏むことを迫られる。
その時、ロドリゴの心に、ある声が語りかけて来る・・・

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既に篠田正浩監督によって1971年に映画化。

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それを米国人監督による再映画化である。
作品の意図がねじ曲げられているのではないか、
そもそも西洋人に日本の思想的風土など理解できるのか、
という心配をしたが、杞憂に終わった。
原作の意図とテイストが、
見事に映画化されている。

実は篠田作品、日本人監督による作品だが、私は買っていない。
ロドリゴの棄教に至る経緯に大幅な改変が加えられているし、
ロドリゴとガルペは外国人俳優を起用したものの、
肝心のフェレイラを日本人俳優(丹波哲郎)に演じさせるなど、
根本的姿勢に問題があったからだ。

しかし、このスコセッシ版は、
日本人が作った以上に原作の本質を損なっていない。
超一流監督と凡庸監督との力の差が歴然としている。
原作でも展開する、作品の肝である
井上筑後守との長い論争、
フェレイラとの濃密な対話で展開される
日本人とキリスト教を巡る論議も
俳優の力で押し切った。
見事と言うしかない。

ロドリゴを演ずるのは、アンドリュー・ガーフィールド

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フェレイラは、リーアム・ニーソン

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キチジローに窪塚洋介
通辞に浅野忠信

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隠れキリシタンの農民に塚本晋也笈田ヨシら。
みんな役どころを的確に捉えて好演だ。
また、井上筑後守のイッセー尾形が、
独特な奉行像を作り上げる。

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特に、小説には描いていない後日談として、
オランダ商人の目を通じての
ロドリゴとフェレイラのその後が描写されるが、
瞠目した。
二人の苦悩が手に取るように分かる。
また、江戸の切支丹屋敷でのロドリゴの死の経緯も納得できるものだ。
最後を曖昧にせず、
映画をしっかり終わらせたのもいい。

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スコセッシが原作に出会ったのは1988年。
それから28年を経て、
完成までこぎつけ、
かつて日本人が成し遂げられなかった
完璧な作品に仕上がったことに敬意を評したい。

ただ、ロドリゴに聞こえるキリストの声は、
まるでマイクの前で語っているような印象で、
あそこは、「ささやき声」にしてほしかった。
また、司祭たちがポルトガル語ではなく、
英語で話すのは仕方ないとしても、
日本人の神理解の間違いが                            
英語でしか成り立たない語呂合わせで説明されるのは、
ちょっと困る。

5段階評価の「4. 5」。                

なお、スコセッシは、
問題作「最後の誘惑」(1988)で、

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キリストの生涯を、
かつてない視点で描いており、
宗教には昔から関心があった。

遠藤周作の「沈黙」は、
演劇やオペラにもなった。

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イングマル・ベルイマン監督のスウェーデン映画「沈黙」は、別な作品。

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なお、原作の「沈黙」は、
私が自分の小遣いで初めて買った本。

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そして、後日、演劇をしていた頃、
「沈黙の果て」という
キリシタン迫害を題材にした芝居を上演、
あろうことか、その原稿を
遠藤氏と曽野綾子氏に送りつけた。
怖いもの知らずというより、
恥知らずの
若気の至りの冷や汗ものの思い出である。

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タモリ、浦安に来たる  わが町・浦安

先日放送された「ブラタモリ」第58回は、
わが町・浦安でした。

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早朝の舞浜駅近辺から始まります。
朝日が昇った直後で、誰もいません。

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案内役は、この方、
浦安市郷土博物館主任学芸員の尾上一明さん。
なかなか達者です。

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提起されたテーマに添って、

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江戸時代から、浦安は夢と魔法の町だったといいます。

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町を案内する前に、
東京ディズニーランドへ。

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開園前の誰もいないパークを行きます。

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開園前のパークでミッキーに迎えられてご満悦のタモリ。(敬称略)

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なにしろディズニーランドに来たのは、
開園当時、姉の子供に付き合って来たので、
33年ぶりだとか。

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ウォルト・ディズニーの銅像の前で写真を撮ると、
案内人が「ここまでです」と。
驚く二人。

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というわけで、市街地に案内されます。
地図や地形に詳しいタモリは、
この道が古い道であることを見抜きます。

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そして、行ったのが、この公園。

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奇妙な形をしています。

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公園の先には、
浦安の中央を走る境川に。
「今の公園は何だったのでしょうか」
の質問に、

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タモリは「物資を陸揚げするための水路」
船だまりの入り江)と正解を出します。
実は、公園に入った途端に「堀留めの感じですよね」
とタモリが正解を口にして、
案内人があわてる、という一幕もありました。

↓の写真が当時の様子。

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漁師たちの船が2100艘も留められていた場所が、
今は埋め立てられて、公園になっているのです。

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当時の船の様子。

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広重の浮世絵にも描かれています。

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更に上流に行くと、
水門があり、

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ここで、旧江戸川と合流していたことが分かります。

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旧江戸川は、その名の通り、かつての江戸川本流。
1919年に江戸川放水路が開削され
放水路側が本流とされました。
1943年、放水路との分派点に江戸川水門を建設。
その結果、「旧江戸川」という名称となったものです。
全区間にわたり千葉県と東京都の境界となっています。

浦安の漁師たちは、
捕った魚介類を
船で、運河(新川、小名木川)を通って運び、
当時日本橋にあった魚河岸に運んだのです。
つまり、魔法のルートで夢の町、漁師町が作られたのです。

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なにしろ、冷蔵庫のない時代。
鮮度が勝負の海産物は、
この最短ルートで運ばれました。

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風や潮の満ち引きの影響を受けやすい海に出ることなく、
内陸のルートで運ばれたのです。

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モーターのない時代、
人力の櫓だけで、何時間かかったのでしょうか。

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このアニメのBGMが、
「メリー・ポピンズ」の中の
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」の
三味線ヴァージョンだったのがおかしかった。

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ここは、フラワー通りという、商店街の名残。

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昔はパチンコ屋や寄席、映画館もありました。
私が引っ越した昭和50年当時は、
まだ商店も並んでいましたが、
今は全くひっそりとしています。

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そこには、こうした江戸時代末期の旧家もあります。

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旧大塚家住宅が文化財として保存されています。
浦安には、大塚、宇田川、熊川という姓が多くあります。

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大塚家は漁師の家。
当時、漁師は裸一貫で財をなし、
このような立派な家を建てることが出来たのです。

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当時は何が取れたのか、
そのことを示すもの。
中庭に敷きつめられた貝殻。

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そうです、当時の浦安では、
貝が「湧く」ように沢山取れたのです。

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場所は変わって、魚市場へ。

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浦安の漁師は漁業権を放棄していますので、
ここでセリがあるわけではなく、
築地で仕入れた魚介類が売られています。

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いい匂いに引きつけられて、一軒のお店に。

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おばさんたちが焼いているのは、

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はまぐりとアサリのくし刺し。

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タモリも試食します。

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後日、私も食べましたが、おいしい。
20本で820円。

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ここでは、貝剥きをやってみます。

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というわけで、浦安の名産は貝。
昭和の中頃には、
年間3万トンもの貝が取れ、

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むき身屋では一人一日1万個もむいたといいます。

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貝が取れたのは、
当時浦安には広大な浅瀬があったからです。

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一時期浦安に在住した山本周五郎
「沖の百万坪」と言ったように、
浦安は遠浅の海で沢山の貝が採れたのです。
漁師たちが「貝が湧く」と言ったとおり、
東京湾からの海流が旧江戸川とぶつかって浅瀬を作り、
そこに沢山の貝が生息したのです。

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まさに、魔法のように採れた貝が
魔法のルートで江戸に運ばれたのです。

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しかし、その漁師町に影を落としたのが、
昭和33年(1958年)、
旧江戸川上流に出来た製紙工場から出された工業廃液でした。

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漁師たちは工場に抗議のデモをしかけました。

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1600人の漁師たちが集まったというから、
大変な抗争です。

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こうして、漁が成り立たなくなり、
舟は燃やされ、
昭和46年(1971年)には、
漁業権は放棄されます。

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漁師町で漁が出来なくなったのですから、
町は死んでしまいます。
町は新たな道を模索します。
それを表わすのが、この道路。

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右側の道路が一段高くなっています。
どうして、こんな道路が出来たのか。

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それに対してもタモリは「防波堤ですか」と
さすがの正解。

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古い海岸線を越えて、
海が埋め立てられたのです。

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浅瀬だったので、埋め立てに適していました。
町の面積は4倍に広がりました。

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何のために埋め立てたか?
それは、住宅地を作るためでした。
当時、東京の土地は高くなっていましたから、
東京に近くて、便利で、
家を建てられる場所として注目を集めたのです。
↓の写真は、住宅説明会に集まった若い夫婦たち。

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その埋め立て地をより魅力的なものにするために
工夫されたのが、この場所。
実は、私の住まいは目と鼻の先にある「中央公園」。
ここには、山があるのです。

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その名も「浦安富士」。
標高15メートル。

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平地ばかりの土地に変化を持たせるために、
トラック1万3千台分の土を運んで作られた
人工の山。

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頂上から見た景色。
正面に見える左側のマンションが
私の住むマンションです。
浦安の埋め立て地に最初に建てられたマンションでした。

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埋め立てが始まった頃は1万8千人だった人口は、
今や16万。
浦安は漁師町からベッドタウンに生まれ変わったのです。

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続いて、釣り舟の老舗「吉野屋」の船で河口へ。

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つくろぐタモリ。

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河口には自然に出来た三角州がありました。
今も「大三角線」という道路名に残っていますが、

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今の地図を重ねると、こうなります。

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ディズニーランドは、
まさしく、埋め立て地の上に作られたのです。

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案内人が、船を使ったのは、
この景色を見せるため。

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干潟にあった葦(浦安ではヨシという)が

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埋め立てで無くなったかと思えば、
ディズニーランドの脇に今も残っていたのです。

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最後は、新浦安駅そばのビルの屋上から。

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確かに、
浦安は、「夢と魔法の町」なのでした。

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タモリの感想。
「これが一つの町とは思えない」

浦安に住んで40年の私でも
知らないことが沢山あった、
ためになる番組でした。





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