小説『ポイズンドーター・ホーリーマザー』  書籍関係

[書籍紹介]

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湊かなえの短編集。
5編は雑誌「宝石」に掲載されたもので、
1編が書き下ろし。

「マイディアレスト」

妊婦暴行事件を巡り、
ある一家の姉の警察官に対する供述の形で話は進む。
話が進むにつれ、事件の背後に
姉と妹の、というか
姉の側の一方的な確執のあることが分かる。
そして、最後に事件の真相が明らかになる。

「ベストフレンド」

テレビ脚本新人賞で優秀賞を受賞した人物の
最優秀賞を受賞した女性に対する
嫉妬と憤怒を描く。
最後に一つ捻りがある。

「罪深き女」

ある家電ストアで刃物を振り回し、
死傷者15名を出したとして現行犯逮捕された容疑者について、
昔同じアパートに住んでいたという女性の証言。
一方的な同情と思い込みが最後に判明する。

「優しい人」

バーベキュー公園で起こった殺人事件を巡る様々な証言。
被害者の母親、教師、友人、同僚・・・
それらの証言に、加害者女性の小学校時代の経験が語られる。
キーワードは「優しさ」で、
それが誤解を呼び、殺人にまで発展する皮肉。

「ポイズンドーター」

ある女優の子供時代からの母親の干渉に対する復讐を描く。
同じような境遇にいた親友との同窓会を巡るメールで話が進む。
最後に意外な展開があり、
単行本のための書き下ろしの
「ホーリーマザー」に続く。
「ポイズンドーター」の主人公の友人とその母の視点から見ると、
女優の母は「聖母」だったことになる、という話。
相当話が混乱している。

というわけで、
この作者特有の「底意地の悪い女性群」が登場し、
読後感は極めて悪い。
どの話も無理やり作った感が強い。
人間はこれほど一面的な存在ではないだろう。

これが直木賞の候補作、と聞くと、
何かの間違いだろう、という気がする。

選考委員の評価もすこぶる悪い。

北方謙三
全体に人物造形が細かい割りには、
平板で過剰であるという印象を持った。
たとえばこれを役者が演じるとしたら、
情念が滲み出し、表情が刻々と動き、
平板さは消えるのではないか、と考えてしまった。

宮部みゆき
私は湊さんの作品で、登場人物に共感して、
「わかるわかる」と呻ることの方が多い。
今回の「ポイズンドーター・ホーリーマザー」もそうでした。
ただ、「わかる」にプラスするサムシングがなかったことが残念。

浅田次郎
母と娘の相克をテーマに据えた連作集と読んだ。
その点はとても文学的で、なおかつ普遍的でもあるのだが、
短篇連作とするには、
当然起こりうる暗鬱さを読者に負担させない工夫が
必要だったのではなかろうか。

東野圭吾
一定の水準に達していると思うが、
そのレベルで留まっている印象だ。
ストーリーのために作られた人間が、
やや単純化されすぎていると感じた。
人間の心の闇とは、もっと深く複雑ではないだろうか。

宮城谷昌光
自意識の極度の高ぶりが招く事件は、
最後に客観が与えられて、
急激に冷やされる。
そういう書きかたは、
氏の自家薬籠中のものになったようではあるが、
氏の作品に発展を期待していた私にとっては、
ものたりなかった。

高村薫
不特定多数に向かって主人公が自身の悪意や感情を
吐露してみせるブログの世界、
もしくは一人芝居の台詞に留まっているように感じられた。
また、Aの独白からBの独白に移行することで
白を黒にする手法の多用は、
読者を白けさせるだけだろう。

伊集院静
彼女本来の力量が、私には見えなかった。
彼女らしい候補作があるのではと思う。

桐野夏生
トラックを同じペースでぐるぐる周回している気がする。
どこかでスパートをかけてほしいと願いながら読んだが、
残念ながら抜け出すことはできなかったようだ。

林真理子
後味の悪い小説というのは必ずしも悪いものではないが、
心理の流れが納得出来ないものでは困る。
まず思うことが
ストーリーの瑕瑾で
文学の本質からはずれるものばかりだったのは残念である。


なお、第155回直木賞候補作のうち、
「海の見える理髪店」「天下人の茶」の感想文の準備稿データが
先だってのコンピューターの更新の際、失われてしまいました。
残念です。
(今後は、保存方法を変えることにします)
現在、本も手元にないし、
同じものが書ける保証もないので、
せめて選考委員の講評だけ掲載します。

荻原浩男「海の見える理髪店」

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北方謙三
オーソドックスな短篇集と言っていい。
しっかりと鮮やかな切り口を覗きこめば、
人々の営みの底に、闇のようなものが見えてきたりする。
肩肘の張った描写でないところが、
この作者らしいとも感じた。

宮部みゆき
個人的には、こういう上手に泣かせる短編集ではなく、
荻原浩本来の持ち味である
アイデアがぴりっと利いた物語性豊かな作品で
受賞してほしかったという想いもあるのですが、〜(後略)
『成人式』は、深いテーマを軽妙に、
しかしあくまでも真摯に描くという
荻原さんらしい短編だと思いました。

浅田次郎
(授賞に)同意したのは、
いくつかの物語が心に残ったからである。
氏の作品は概して、奇抜な発想にもかかわらず静謐に進行する。
しかしテーマが据わっているので、心に残るのである。
おそらくそうした地味で堅実な手法に、
ご年齢が追いついてきたのだと思う。

東野圭吾
(「暗幕のゲルニカ」)とどっちを△にするかで迷った。
プロ作家の仕事として、何の問題もない。
△にしなかったのは、
「家康、江戸を建てる」と接戦に持ち込みたい、
という戦略上の理由からだ。
最終的に○をつけたのはいうまでもない。

宮城谷昌光
私は氏のほかの候補作品よりもその作品(「あの日にドライブ」 )
に愛着があるがゆえに、
新しい目で氏の作品を正視できない弊習のなかにいるのかもしれない。
今回の「海の見える理髪店」は、
つくりものの気配が濃厚に残っているため、
小説世界に素直にはいってゆけない。
それでもこの短編集はテーマの流用などはなく、
その誠実さには好感がもてる。

高村薫
熟練の手で紡がれる物語はどれも少しあざとく、
予定調和的ではあるが、
私たちのさりげない日常は、
こうして切り取られることによって初めて
「人生」になるのだと気づかされる。
これぞ小説の一つの典型ではあるだろう。

伊集院静
すべての候補作を読んで、作品の世界、文章が一番安定していた。
荻原さんのおだやかな語り口は才覚と言うより、
途絶えることなく書き続けた作家だけが手にする
鍛錬がなした技量だと思う。
おだやかでいて鋭い。
まさにプロの文体である。
再投票で選考委員満票の受賞であった。

桐野夏生
どの作品にも、確実なディテールに支えられた安定感がある。
その安定感は、読書の喜びへと通じるものだ。
ちなみに、私が好きな物語は、「いつか来た道」である。
母と娘の齟齬は平行線のままだが、
年月が経てば母は老いて、悲しみだけが残る。

林真理子
さすがベテランらしく、文章力、構成力、
すべてがいきとどいている。
しかし私としては、いささかもの足りない思いがあった。
荻原さんなら、このレベルのものはいくらでも書けるだろう。


伊東潤「天下人の茶」

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北方謙三
難しい題材に挑んで、必ずしも成功はしなかった、
というふうに感じた。
この作品では、茶道をきわめようとしながら、
俗なものにしか行き着かず、
もの狂いの果てに業に陥ちるというような姿に、
生身の迫力があったと私は思った。

宮部みゆき
伊東潤さんが利休と秀吉を描いた! 
というだけでもう美味しい小説になるはずなので、
もっと踏み込んで煮詰めてほしかったなあと思いました。

浅田次郎
たゆまぬ勤勉さと剛直な執筆姿勢には敬服する。
しかしいつも推し切れぬ理由は、
歴史に対する情熱が、文学に対するそれを凌駕している、
と思えるからである。

東野圭吾
読んでいて核が感じられなかった。
なぜかと考え、やはり連作だからではないかと思った。
これほどの大きなテーマを扱うのならば、
『利休形』を軸にした長編にすべきではなかったか。
またところどころ、重要な場面がダイジェストになってしまうのも
もったいないと感じた。

宮城谷昌光
誠実さの下に断えざる努力がすけてみえる。
惜しいことに、小説的裏芸がない。
あえていえば肯定形の器に、
肯定形の文がたっぷり盛られているにすぎない。
さらにわかりにくいことをいうことになるかもしれないが、
人がおどろくのは、おどろいた人をみておどろくのである。

高村薫
有名すぎる千利休をあらためて小説仕立てにすることの難しさ
を教えている。
利休と秀吉の関係について新しい仮説を立てる程度では、
小説は資料や知識の披瀝の手段になってしまい、
小説らしさから遠ざかってゆくのは必然である。

伊集院静
登場人物の在り方が、
どこかで見聞なり、読んだものに思えて
小説が凡庸になっていた。

桐野夏生
いかにしてオリジナリティを獲得していくのかが、
作者の腕の見せどころであろう。
大量の資料を繰って、人物を造型するのは
面白い作業だと思うが、
本作で成功しているとは言い難い。
また、第一部と第二部とで逸話を挟む構成に
無理があるのではないか。

林真理子
利休はじめ登場人物が喋べり過ぎである。
ここまで喋べると
彼らの底深い大きさが見えてこなくなってしまう。





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