ソウルから戻りました  旅行関係

ソウルから戻りました。

今回はミュージカルを4本観、

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日本公開の遅れるアメリカ映画を2本観て、

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ミョンドンを歩いたり、

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巨大なロッテワールドモールに行ってみたり、

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韓国料理を食べたりの3泊4日。

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順次、報告します。


ソウルに飛びます  旅行関係

本日、昼過ぎ、
娘と一緒にソウルに発ちます。

「あの愚かな大統領のいる間は、
韓国の地に足を踏み入れない」
と言っていたにもかかわらず、
いくはめになったのは、
キム・ジュンスの最新ミュージカル「ドリアン・グレイ」を観るため。

それ以外に、
3泊4日の間に、
他のミュージカルを3本
日本ではまだやっていない
アメリカ映画を2本観る予定です。

台風16号が
はじめ22日に関東、
と予想されていましたので、
飛行機が飛ぶのか、と心配しましたが、
さすがに私も娘も晴れ男と晴れ女。
滞韓期間中は晴れが続くようです。
少し日本より寒いかも。

それでは、行ってまいります。


宮島・門司・萩の旅・その5・萩城下町  旅行関係

最後に訪れたのは、萩の城下町

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武家町の方ではなく、町人の町の方を訪問。

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1971年(明治4年)の廃藩置県により、
各県は県庁を設置して、
城下町を整備しましたが、
萩は県庁所在地に選ばれなかったため、
江戸時代の城下町がそのまま残ったといわれています。
おかげで、今は世界遺産

ここは、江戸屋横町と言われるところ。

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円政寺

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拝殿には、朱色にぬられた大きく迫力ある
天狗の面がかけてあり、
幼き日の高杉晋作は、
家人にここへ連れて来られてこの天狗の面を見せられ、
物おそれしないようにしつけられたといわれています。

青木周弼旧宅

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13代藩主・毛利敬親の侍医を務めた青木周弼の旧宅。
幕末当時、日本屈指の蘭学医でもありました。

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木戸孝允(桂小五郎)旧宅
生誕から20歳までを過ごしました。

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本来は保存のための入場料が必要ですが、

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ぐるりと回るのは、無料。

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かまどや

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風呂場をのぞけます。

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ここは、呉服町すじ

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旧久保田家

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藩政時代に呉服商から酒造業に転じた
久保田家の住宅を保存したもの。

ここは、萩藩御用達の豪商・菊屋家の住宅で、

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入場料を払って見学しました。

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敷地は2000坪と広大。

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靴を脱いで、上がります。

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約400年の歴史がある建物です。

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庭園。

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お小水トイレ。

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大きい方は、こちらで。

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雨戸もあります。

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伊藤博文が贈ったアメリカ製の柱時計。
今も現役です。

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ここに番頭さんが坐っていた?

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古い電話。

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面白い形。

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高い天井。

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台所。

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外に続くなまこ壁。

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萩城は、関が原の戦いで敗れた毛利輝元が
1604年に築城を開始し、1608年に竣工。
以来、260年続いた城ですが、
1873年(明治6年)の廃城令により破壊され、
今は城壁が少し残るだけです。

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この方は、総理大臣・田中義一

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山口県からは、これまで、
全国最多の8人の総理大臣が出ています。
また、総理大臣の通算の在任期間が全国最長の県でもあります。

8人の総理とは
伊藤博文・山県有朋・桂太郎・寺内正毅
田中義一・岸信介・佐藤栄作・安倍晋三
の8人。

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人力車が行きます。

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菊屋横町は、

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日本の道百選にも選ばれました。

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田中義一生誕の地

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高杉晋作生誕の地

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その高杉晋作立志の像

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高杉晋作(たかすぎ しんさく、1839〜1867年)は、
江戸時代後期の長州藩士で、
幕末に長州藩の尊王攘夷の志士として活躍しました。
奇兵隊など諸隊を創設し、
長州藩を倒幕に方向付けた人です。
肺結核で死去。
享年29歳(満27歳)。

ここは慶安橋すじ

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萩を去って、

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山口宇部空港へ。

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場所は、↓ここ。

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開港50年。国際線もあります。

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アシアナ航空のチャーター便専用でしたが、
今年の11月28日からは、
ソウルの仁川空港に週3便、定期便が就航します。
航空会社はアシアナ航空が100%出資したLCCのエアソウル。

空港内のオブジェ。

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行きは全日空、帰りは日本航空という変則的を運行。

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まだ使っている空気イヤホン。

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2日間の移動距離は531q。

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1泊2日にしては盛り沢山の
宮島・門司・萩の旅でした。



映画『怒り』  映画関係

〔映画紹介〕

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八王子の住宅地で、惨殺された夫婦の遺体が見つかる。
室内には、血で書かれた「怒」の文字が残されていた。
犯人は山神一也と特定されるが、自宅から逃亡、
その後、整形手術をしたとの痕跡を残して
行方知れずになってしまう。

事件から1年。
正体不明の男と接触する3つの例が描かれる。

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千葉の漁港で働く洋平(渡辺謙)は、
家出していた娘・愛子(宮崎あおい)を
歌舞伎町から連れ帰る。
愛子は漁港で働き始めた
田代という男(松山ケンイチ)と親密になり、
やがて同棲を始める。
しかし田代という名前が偽名だったことが分かり、
洋平が愛子を問いただすと、
田代は借金で追われていると告げられる。

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東京の大手広告代理店に勤める優馬(妻夫木聡)は、
ゲイが集うサウナで知り合った直人(綾野剛)と親密になり、
家に招き入れる。
優馬には末期ガンを患う母がおり、
直人とも親しくなっていく。
しかし日中の彼の行動が分からず、
仲間内で空き巣事件が連続していること、
見知らぬ女性と一緒にいたことが重なり、
優馬の中に疑念が広がる。

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男癖の悪い母と沖縄に引っ越してきた泉(広瀬すず)は、
離れ小島でサバイバル生活をしている田中(森山未來)と出会う。
泉は気兼ねなく話せる田中に心を開いていく。
ある日、同い年の辰哉(佐久本宝)と訪れた那覇で事件に遭遇。
田中は辰哉の民宿で働くようになるが、
頼りになる反面、奇矯な行動が目立つようになる。

この3つの話は決して交錯することはない。
並行して、捜査本部の刑事の動きが描かれ、
テレビで放送された
凶悪犯捜索番組を見た結果、
3者3様の反応をしていく。

愛子は犯人の手配書を見つめ、
警察に電話をかける。
捜査員が訪れた結果は・・・
わずかな疑念で大切なものを失ってしまったことを愛子は悟る。

テレビ番組で犯人の特徴を知った優馬は、
警察の連絡を受けた時、
巻き込まれまいとして、
「そんな人は知らない」と思わず口走ってしまう・・・
その時、直人を捨てたのだ。

田中が泉の事件を目撃していたと知り、
訪れた離れ小島で辰哉が見たものは・・・

「悪人」で原作者・吉田修一とタッグを組んで、
数々の映画賞を受けた李相日監督が再び吉田作品を映画化。
千葉、東京、沖縄を舞台に
3つのストーリーが描かれる群像劇で、
身元不詳の男と出会った人々が
その正体をめぐり、
疑念と信頼のはざまで揺れる様子を描き、
「身近にいる存在をどれだけ信じられるか」
という大きなテーマを観客につきつける。

中でも千葉の物語が最も重い。
歌舞伎町の風俗店にいたという愛子の前歴が町で評判になり、
その将来に心を痛める父親の姿を
渡辺謙がさすがの存在感で演ずる。

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特に、「心配なのは、愛子だから?」と愛子から問いかけられる場面、
妹から、「愛子がまともな幸せをつかめるはずがないと思っているんでしょう」
と問い詰められる場面は、
傷ついてしまった娘を抱える父親の心情を写して秀逸。

警察からの連絡で「知らない」と否定し、
捨てたことを心の痛みにしていた優馬が
真実を知った時の妻夫木聡の泣き顔が印象的だ。

沖縄の話だけは、少々生煮えで、
和泉と田中、辰哉と田中の信頼関係が的確に描かれていないので、
不満が残る。
取り調べ室で
辰哉が泉の事件を隠そうとするシーンは必要ではないのか。

日本映画には珍しい変則的オムニバス映画
小説を映像的に巧みに処理した監督の手腕が光る。
登場人物の内面での葛藤がうまく描かれ、
人間ドラマとして成立している。
暗い話だが、最後のくだりで救いがある。

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音楽の坂本龍一は、さすが。

5段階評価の「4.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/iMG1qVZ2dcs

原作本の紹介ブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20150724/archive

タグ: 映画

宮島・門司・萩の旅・その4・松下村塾  旅行関係

山口県のガードレールは黄色

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これは、1963年の山口国体の際、
県花・夏みかんの色に染めたもの。

しかし、コストがかかるため、
新しいガードレールは白く塗られています。

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萩市に入ると、茶色に。

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これは、古い町並みになじむ色を、ということから。
茶色いペンキがはげて黄色がのぞくものもありましたから、
黄色の上に塗ったようです。

どころか、こうしたものも茶色。

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信号機も

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ごみ集積場も

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自動販売機も

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こうしたものも

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茶色に統一する徹底ぶり。

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の場所は、↓ここ。

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まず、萩焼会館で

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ろくろの見学。

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ろくろ、偉大な発明です。

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作られた作品。

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隣接した売店で

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売られています。

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ここで、オプションの昼食。

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三人とも

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カニの丼。

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次に行ったのは、

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松陰神社

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こんな掲示が。

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「ポケモンGOに関する扱い」って?
と思ったら、こんなはっきりした掲示も。

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「明治維新胎動の地」の石碑。

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天皇陛下と皇太子殿下行幸の碑も。

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ここは、

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松下村塾

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江戸時代末期に、存在した私塾。
吉田松陰(1830〜1859年)↓

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が指導した塾生の中から、
幕末・明治期の日本を主導した人材を
多く輩出したことで知られています。

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29歳で刑死した松陰はじめ、
塾の主要な関係者の多くが、
幕末の動乱期に若くして亡くなりました。
しかし生き残った伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎、
山田顕義、野村靖、松本鼎、岡部富太郎、正木退蔵など
多くの卒業生が師や先輩の遺志を継ぎ、
幕末の動乱を経て成立した明治新政府の首脳となり、
明治期の日本で活躍して、
近代日本国家の基礎を築いたのです。

松陰の松下村塾は
一方的に師匠が弟子に教えるものではなく、
松陰が弟子と一緒に意見を交わしたり、
文学だけでなく登山や水泳なども行なうという
「生きた学問」だったといわれます。

時には90名を越える塾生を抱えながら、
月謝や入会金のようなものは存在しなかったそうです。

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建物は木造瓦葺き平屋建ての小舎で、
当初からあった八畳と、十畳半の部分からなっています。
十畳半は塾生が増えて手狭になったため、
後から増築したものです。
こんな狭い場所で
明治維新の魂が醸成されたというのは、驚きです。

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2015年に
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」
として世界遺産に登録されました。

↓は、松陰の辞世とされる和歌の碑。

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親思う こころにまさる 親ごころ
きょうの音づれ 何ときくらん

↓は、松陰幽閉の旧宅

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アメリカへの密航に失敗して投獄され、
安政2年(1855年)から、この場所で謹慎。

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安政5年(1858年)老中暗殺を企て、
投獄前に再び幽閉。

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松陰神社本殿前の鳥居。
松陰神社は明治40年(1907年)に創建。

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このマークはドイツ人が見たらドキリとするでしょうが、

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ナチのそれは、逆方向にねじれています。

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卍(まんじ)は、インダス文明発祥で、
3000年の歴史があります。
それに対してナチのハーゲンクロイツは、
十字架をねじ曲げたものだと言われています。

本殿。

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吉田松陰および彼の門人である伊藤博文、山県有朋はじめ、
松下村塾の生徒を祭神とし、
学問の神として崇敬を受けています。

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東京都世田谷区若林の松陰神社は、
吉田松陰の墓所の側に
松陰を祀る神社として創建されたものです。

おみくじを結んであります。

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おや、これは?

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傘形のおみくじを吊るしたもの。

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面白い景色です。

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卵から孵った虫たち。

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古い樹らしく、枝に草が生えています。

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こういう地サイダーが売られていました。

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最後に萩の城下町散策に向かいます。





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