ロジャースとハマースタイン・その3『回転木馬』  ミュージカル関係

ロジャースとハマースタインのコンビ第2作は、
「回転木馬」

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原作はフェレンク・モルナールの戯曲「リリオム」で、
これをミュージカルにして、
1945年ブロードウェイ初演
トニー賞の創設前(トニー賞は1947年から)であったため、
この賞とは縁がありませんでしたが、
1993年、ロンドンで新演出リバイバル。
ほどなくブロードウェイに移り、
翌1994年のトニー賞では、
最優秀リバイバルミュージカル賞など5つの部門で賞を得ました。
(カミさんと娘は、このブロードウェイの舞台を観ています)

その時のCDジャケットが↓これ。

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日本では1969年に宝塚歌劇団雪組により紹介され、
1984年に星組再演。
1995年にはリバイバル版が帝国劇場で上演されました。
私は帝国劇場版を観ていますが、
その日、地方の修学旅行生が鑑賞。
愛知県の高校生でしたが、
先生をつかまえて、
「いいことをしましたね」
と話したのを覚えています。

2009年には天王洲銀河劇場で再演。

一時期、ヒュー・ジャックマンによる
映画リメイクのニュースがありましたが、
たち消えになったようです。

1956年映画化作品は、
二十世紀フォックスのマークが出た後、

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シネマスコープ55という方式の第1回作品であることを紹介。

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タイトル前で、
天国で星磨きをしているビリー

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星を投げると、そこにメイン・タイトル
「ロジャースとハマースタインの」と強調されています。

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流れるのは「カルーセル・ワルツ」
「カルーセル・ワルツ」を聴きたい方は↓をクリック。

https://youtu.be/S9DjSQ25iD0?t=96

音楽監督はアルフレッド・ニューマン
ケン・ダービーの名前もあります。

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監督はヘンリー・キング

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星守を訪ねてビリーは、
自分の人生を語ります。

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1900年。
ニュー・イングランンドのメイン州にある小さな漁村。
ビリーは回転木馬の呼び込みをしていました。
お金に汚く、女たらしのワルでした。

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ビリーを演ずるのは、ゴードン・マクレエ

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織物工場の工員ジュリーを演ずるのは、シャーリー・ジョーンズ

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「オクラホマ!」に続く共演
タイトルでは二人の名前が並びます。

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惹かれあう二人。
歌うのは、「もしあなたを愛したら」

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きれいきれいなラブ・ソング。

この場面を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/iuHAh-2xGxw?t=22

↓はダンス・ナンバー「6月は一斉に花開く」

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野外のダンス・シーンがあるのは、この頃の定番。

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この場面を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/0I-790dGx-o

結婚したものの、失業したビリーはくさっていますが、
ジュリーから、子供が出来たことを告げられ、喜びます。

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まだ生まれていない子供について歌うビリーの「独白」

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子供のためにお金が欲しいビリーは、
悪い仲間にそそのかされて強盗をし、
命を落とします。

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そこで歌われるのが、
「独りで歩くのではなく」(You'll Never Walk Alone)。
1963年にジェリー&ザ・ペースメイカーズによって
全英チャートの1位を獲得。
リヴァプールFCサポーターの愛唱歌として親しまれるようになり、
やがては世界で多くのサッカーファンの愛唱歌となっていきました。
日本でもFC東京のサポーターズ・ソングとなっています。

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この場面を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/1izigJX1pxI?t=70

回想は終わり、かつて
「一日だけ地上に戻れる」という権利を
放棄していたリビーでしたが、
娘が困っている、という話を聞いて、
地上に戻る決心をします。

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地上に戻った時、
ビリーの死後生まれた娘ルイーズ15歳になっていました。

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幻想シーン。

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幻想のバレエシーンは、この頃のミュージカルの定番です。

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この部分の舞台を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/j-prii18M0I

このダンスシーンで、
ルイーズが
父親が泥棒だったという汚名から、
友人たちから白い目で見られていたことが描写されます。

娘の前に姿を表わしたビリーは、
娘の父親(自分)のことを語り、
くすねてきた星を渡そうとします。

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「人からモノをもらってはいけない」と
母親に育てられたルイーズは拒絶し、
思わずビリーは手を叩いてしまいます。

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娘の声で出て来たジュリー。

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娘の話を聞いて、ジュリーは
ビリーが来たことを瞬時に悟ります。

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「本当なのよ。
変な男の人が私をぶったの。
すごい音がした。
でもなぜか全然痛くなかったわ。
まるで手にキスされたよう。
あんなに大きな音がしたのに、
どうして痛くないのかしら」
ルイーズの言葉に、ジュリーが答えます。
「あるのよ。
強くぶたれたのに、
全然痛みを感じないことって」


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ジュリーの耳元で「もしあなたを愛したら」を歌うビリー。

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「君への思いを伝えたいけれど、
勇気が出ないだろう
そしてせっかくの機会を
逃すことだろう
既に君を失い
やがて俺は去って行く
君は決して知ることはない
どんなに俺が愛しているか」

前に出た歌の繰り返しが効果を呼びます。

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娘の卒業式を見るビリー。

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耳元で娘を励まし、

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ジュリーに「愛してる」と告げて、

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天国に戻って行きます。

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その後を追う歌声。
ここでも繰り返しが効果的。
「嵐の中を進み行く時
胸を張って歩みなさい
決して暗闇を恐れてはなりません
嵐の向こうには金色の空があり
ひばりの甘い銀色の歌が聞こえる
風に歩みを止めず
雨に歩き続けるの
たとえ夢が千々に砕けようとも
歩き続けなさい
胸に希望を抱いて
あなたは独りではないのだから
必ず誰かがそこにいる
独りではない」

父親らしい役割を果たし、
天国に向かうビリー。

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エンドマーク。

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このラストを観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/eC0lOHBxreg

ビリーが地上に戻ってからは盛り上がり、
涙涙のラストになりますが、
それまでがちょっと長い。
ただ、曲は本当に美しく、耳になじみます。

アメリカ公開は1956年2月16日、
日本公開は1956年7月1日、
私が観たのは、
中学2年の1962年1月28日
池袋人生座で。
「くたばれヤンキース」と2本立てで、学生100円でした。

ダイジェスト版は、↓をクリック。

https://youtu.be/A4_NdiPSmbs

2012年版予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/POcEsIzx8io



小説『剣より強し』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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ジェフリー・アーチャーによる
クリフトン年代記第5部。

前作では、
バリントン海運による
豪華客船バッキンガムがニューヨークに向けて処女航海に出発。
しかし、爆破計画がなされ、
爆発の時が近づいていた。
そして・・・

というところで第4部は終了。
読者は1年後の第5部の発刊を心待ちに。

で、その第5部は、
すんでのところで爆弾が発見され、
海に投げ込んだ途端に爆発が起る、
という危機一髪

まあ、当然の結果で、
もし爆破されて主人公たちが死んでしまったら、
この年代記は中途で終わってしまうので、
そんなことは有り得ない。
(そんな小説も面白いと思うが。
「主人公が死んだので、終了!」なんて。)

セバスチャンはバリントン海運の重役に迎えられ、
ハリーは内閣官房長官のアランから秘密指令を受ける。
イギリス・ペン・クラブの会長として
モスクワで講演した後、
大使に会い、ある文書を見て、
それを記憶して帰国してもらいたいというのだ。
ハリーの映像記憶能力の活用で、
イギリス国内のロシアスパイに関する情報だった。
ハリーは講演で
スターリンの通訳を13年務めた
アナトーリイ・バハコフの釈放を求める。
彼はスターリンの実像を書いた『アンクル・ジョー』が発禁処分となり、
シベリアに送られたのだ。
講演後、ハリーは大使に会い、
文書を記憶、帰りの飛行機の中で筆記し、使命を果たす。

セバスチャンはファージングズ銀行の上司スローン
田舎の農場を購入しようとしている情報を得て、
現地におもむき、元校長のスワンという人物と会い、
その農場を高速道路が通過するという
価格高騰の情報を取得する。
スローンは銀行を通さず、
利益を自分のものとしようとしていたのだ。
会長のセドリック・ハードキャッスルに相談し、
スローンを解雇することになるが、
その通告の最中、セドリックは心臓発作で倒れ、
スローンは見殺しにする。
その上、セドリックの葬儀と同じ時に
重役会を開いて会長の座を獲得したため、
セバスチャンはファージングズ銀行を去る。
セバスチャンはコーフマン銀行の会長に相談し、
農場の入札期限ぎりぎりに
スローンより1万ポンドだけ多い額で落札する。

落札は勝利に終わったが、
スワンに約束した劇場建設への寄付
セバスチャンが躊躇したことから、
恋人のサマンサの失望を買い、
サマンサはセバスチャンのもとを去る。

ジャイルズは会議のために東ベルリンを訪れ、
その通訳をつとめるカリンという女性と恋に落ちる。
しかし、その現場の盗撮写真を新聞に掲載され、
ジャイルズの外務大臣の道は閉ざされる。
妻は去り、次の総選挙で
ジャイルズは宿敵フィッシャーに21票差で敗れる。
と同時に労働党も敗れ、政権は交代した。
一般人としてベルリンを訪れたジャイルズは、
ババコフ釈放運動をしているハリーの支持者として、
東ベルリンに入ることを拒否される。

セバスチャンはスワンに会い、
約束の寄付を渡すが、
サマンサの消息は知れないままだった。
数年の歳月がたち、
ようやくサマンサの居場所が分かって訪問した時、
セバスチャンが見たのは、
サマンサが小さな娘を連れていたこと、
その名前がジェシカ(セバスチャンの義妹で自殺)で、
絵の才能があることだった。
セバスチャンは密かにジェシカの学費の支援をする。

ハリーはアメリカにいるババコフの妻を訪ね、
「アンクル・ジョー」の最後の1冊が
隠されている場所を教えてもらう。
レニングラードを訪ねたハリーは、
その隠し場所で「アンクル・ジョー」を獲得するが、
空港で拘束され、
裁判にかけられる。
裁判にはババコフその人も出席し、
同じ房に入れられたハリーはババコフから 
「アンクル・ジョー」をソ連国内から持ち出す
もう一つの方法を示唆される。
声明書にサインしたハリーは
イギリスに送還され、
「アンクル・ジョー」の「持ち出し」に成功する。

意に染まぬいきさつで、
メラーをバリントン海運の重役に迎えたエマは
相手側の謀略に会い、
ヴァージニア(ジャイルズの元妻)との裁判を理由に
会長職の一時停止を受ける。
その決定の重役会にセバスチャンが交通渋滞で遅刻したこと、
メラーとの相互棄権の約束をメラーが破ったことが原因だった。

ファージングズ銀行の重役につこうとしたセバスチャンは
役員の椅子を獲得出来る6%の株式を取得しようとしたが、
スローンによって定款変更を主張される。
ハキム・ビシャラと知己を得たセバスチャンは
セドリックの未亡人が売った51%の株式を
メラーにはったりをかまして取り戻す。
スローンは会長職を解任された。

メラーやスローンの動きには、
ヴァージニアが深く関わっていた。
そのヴァージニアとの名誉棄損裁判の過程で、
フィッシャーの不正が暴かれ、
議員辞職を勧告されたフィッシャーは
エマの弁護士に宛てた手紙を残し、自殺する。

陪審員の票決は一致に至らず、
陪審員からフィッシャーの手紙の開示を求められた
エマの弁護士は
上着の内ポケットから取り出そうとするが、
その手紙は直前に裁判所の中でぶつかった若者によって
掏摸取られていた。

という様々な話が
交錯しながら、同時進行で進展する。

善玉悪玉がはっきりしすぎている点と
ややワン・パターンという欠点はあるが、
ストーリー・テラーとしてのジェフリー・アーチャーの面目躍如。

特にソ連内に拘束されたハリーが
文書を持ち出す手をババコフに示唆され、
「なぜ私はそれを思いつかなかったんだろう?」
というような方法で実行するあたり、
また、釈放の交換条件として声明に署名させられたハリーが
驚くような方法で意趣返しをする方法は目を見張る。
ジャイルズによれば、
「ハリーは外務省が一年かかって
なんとかできるかできないかというぐらいの恥を、
一日でロシア人にかかせてやったぞ」
という位の機転を効かせるあたりは
爽快だ。
(読む人の楽しみを残すために、
この部分は書かずにおきます)

そして、最後は裁判の帰結。
10対2はどちらが多いのか、
フィッシャーの手紙の行方は?
というわけで、第6部に期待を繋ぐ。

解説で香山二三郎さんが

すでにご承知の通り、
『クリフトン年代記』は
全5部から全7部へと構想が拡大したと報じられているが、
本当にそれで終わるのだろうか。
ワタクシ的には、
さらに拡大して
全10話ぐらいにはなるんじゃないかと睨んでいるのだが。

と書いているが、
1920年から2020年までを描くという構想なのに、
今現在、第5話で1970年。                             
全10話という噂は本当かもしれない。

第1部「時のみぞ知る」
第2部「死もまた我等なり」
の読書感想ブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140104/archive

第3部「裁きの鐘は」の読書感想ブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140918/archive

第4部「追い風に帆を上げよ」の読書感想ブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20150817/archive



映画『神様の思し召し』  映画関係

〔映画紹介〕

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心臓外科医トンマーゾは、手術の腕はすごいが、傲慢で、
部下にも厳しく、煙たがられている。
良い家庭のように見えながらも、
夫婦仲は冷え切っており、
妻はキッチンドランカーに。
娘はあまり良くない不動産屋に嫁ぎ、
料理が出来ないため、今だにに夕食は父母と共にする始末。
医大に通って、跡取りを期待する息子が
ある日、話すことがあるというので、
きっとゲイの告白だと覚悟するが、
その告白とは、
神学校に入り、神父になりたいということだった。

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内心理解したふりをしながら、
激怒したトンマーゾは、
息子が慕うピエトロ神父を調べると、元犯罪者だ。
うさんくさい神父に洗脳を受けたと思い、
神父の正体を暴くために、
失業者のふりをして神父に近づくが・・・

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というシチュエーションを上手に料理したイタリアンコメディ
これが結構笑える。
昨年の東京国際映画祭で観客賞を受賞した。

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エリート医師と前科者のカリスマ神父という対比が面白い。
目に見えるものだけ、証明できるものだけを信じる医師と、
見えないものを、証明なしで信じる神父。
二つの人生観、世界観の対比が
ユーモラスに展開する。
嘘をついて近づき、
廃墟となった神父の母が通っていた教会を一緒に修復するうち、
二人の間に友情が芽生える様を無理無く描く。

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宗教論議も型にはまらず、
自由きままだ。
カトリックの総本山、
イタリアでの宗教観も変化しているのだろうか。

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トンマーゾにはマルコ・ジャリーニ

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ピエトロ神父にはアレッサンドロ・ガスマン

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妻・カルラには、ラウラ・モランテ

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うまい役者の掛け合いは観てて気持ちがいい。
ペルー人の家政婦も面白い。

監督は、脚本家としての実績のあるエドアルド・ファルコーネ

ラストで急展開し、
解釈の余地のあるラストだが、
なかなか味わい深い

5段階評価の「4」。

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/Oi9fBT7dc00

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ロジャースとハマースタイン・その2『オクラホマ!』  ミュージカル関係

さて、ロジャースとハマースタイン
最初のコンビ作品は、
「オクラホマ!」です。

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アメリカのオクラホマ州の農村を舞台に、
カウボーイと農家の娘との恋の三角関係を描いたもの。

オクラホマ州の場所は↓ここ。

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インディアンの言葉でokla と hummaを合わせたもので、
「赤い人々」を意味します。

1907年11月16日に
インディアン準州とオクラホマ準州を合わせて
合衆国46番目の州になりました。

「オクラホマ!」は、1943年初演のブロードウェイミュージカル
前回触れたように、
「ショウボート」と共に、
それまで歌曲と個人芸で組み立てた
娯楽ショーが中心であったブロードウェイ・ミュージカルに
物語性を組み込み、
現在に近い形のブロードウェイ・ミュージカルの原型を作った作品。

↓は初演時の舞台写真。

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初演時、2248回というロングラン記録を打ち立てた
ブロードウェイの記念碑的作品。
今の週8回の公演を適用すると、
281週、5年半の続演となります。
この記録は、
「マイ・フェア・レディ」(1956)年によって、
1961年に破られるまで、
10数年にわたって、ブロードウェイの記録となりました。
なお、「マイ・フェア・レディ」の続演記録は2717回。

1998年、ロンドンのロイヤル・ナショナル・シアター
新演出でリバイバル上演しました

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この時、カーリーを演じたのは、ヒュー・ジャックマン

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ほどなくブロードウェイに移行。
その時の舞台を私は観ています。
この時カーリーを演じたのは、
映画「オペラ座の怪人」でラウルを演じた
パトリック・ウィルソンでした。

日本では、1967年・1984年・2006年に
宝塚歌劇団によって上演されています。

1955年に20世紀フォックスによって映画化
アメリカでの公開日は1955年10月11日、
日本での公開日は1956年12月28日。
私が観たのは、
中学3年生だった1962年10月6日
新宿日活名画座で。
もちろん70oでも立体音響でもない、
普通のシネマスコープ上映。
入場料は学生60円でした。

まず、「ロジャースとハマースタインが贈る」と出て、

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メインタイトル。

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「トッドAO」の文字が次に。

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実は、この映画が歴史に残る作品になったのは、
初の70o映画だからです。

70mm映画・・・
通常のフィルム撮影映画は
35o幅のフィルムを使用するが、
70o映画はその2倍の幅のフィルムを使用する。

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画像の面積が数倍になるため、
鮮明な映像が得られ、
歴史劇、ミュージカル映画などの大作で使用された。

最初のシネマスコープ映画は歴史劇「聖衣」だが、
最初の70o映画はミュージカル。
立体音響の効果が期待されたと思われる。

今は70oで製作される映画は稀で、
昨年、クエンティン・タランテーノが
「ヘイトフル7」を70oで撮影。
上映館設備のある映画館では70oで上映されたが、
日本では、設備のえる映画館がなかったため、
果たせなかった。

なお、「オクラホマ!」の日本初上映は、
新宿コマ劇場で、
特別な巨大スクリーンを設置して上映された。

監督はフレッド・ジンネマン

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冒頭カットはとうもろこし畑。

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カメラが進むと、

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一挙に視界が開けます。

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これは、狭いところから広い場所で
大型スクリーンの効果の発揮を意図したもののようで、
映画の随所に、
↓のような広大な景色が映し出されます。

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映画が始まった途端に歌で始まります。
曲は「美しい朝」
覚えやすい、きれいな曲。

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歌を聴きたい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/9LdIL5WCso8?t=34

主役の若いカウボーイ、カーリーを演ずるのは、
ゴードン・マクレー

相手役の農家の娘、ローリーを演ずるのは、
シャーリー・ジョーンズ

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ヒロインのシャーリー・ジョーンズは
リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインU世の指名により
キャスティングされた新人。
タイトルでも新人として紹介されています。

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この二人は「回転木馬」でも共演。
ゴードン・マクレーの方は消えてしまいましたが、
シャーリー・ジョーンズはその後も活躍し、
バート・ランカスター主演の「エルマー・ガントリー/魅せられた男」(1960)では、
娼婦役を演じ、アカデミー助演女優賞に輝いています。

2曲目は、「屋根飾りのついた四輪馬車」
これもきれいな、おぼえやすい曲。

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ヒュー・ジャックマンの歌うこの曲を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/m7obrjaPyS0?t=14

ダンスナンバーも豊富で、
↓は「カンザス・シティー」

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↓は「沢山の新しい日」

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下着で踊るなんて、
当時の映画コードぎりぎりだったんでしょうね。

↓は「恋していると人は言う」

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本作随一の美しいラブソング。
一度耳にしたら忘れられません。

この場面を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/VEwVAV3VPw4?list=PLfI3P-ejM35OB1b12AhfdXN5VzKFMj3mx&t=69

↓は夢のシーン。

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当時、幻想シーンのバレエは定番だったようです。

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↓は「農夫と牧童」

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対立している農夫とカウボーイの仲直りソング。
「ウエストサイド物語」の「体育館のダンス」「アメリカ」を彷彿させます。

ロンドン版の動画を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/IjVQqGlj4A8

9分間にわたる華麗なダンス・シーンが観られます。

↓はローリーに横恋慕する
使用人のジャッド。

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誰が演じたか、エンドクレジットを見るまで気づきませんでした。

パーティーに持ち込まれたお弁当を競るサスペンス。

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結婚式の後歌う、タイトルナンバー。

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この曲は、
後にオクラホマ州の州歌に採用されました。

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この場面を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/pYfyutHzJYQ

最後にジャッドは火をつけ、復讐します。

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新婚旅行に発つカーリーとローリー。
再び「美しい朝」が歌われ、

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これがラストカット。

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エンド・マークが出た後は、

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キャストを示すタイトルが2枚出て、終わり。

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今のような、最後に延々と続くエンドクレジットは、後のもの。

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おっと、ジャッドを演じたのはロッド・スタイガーだったか。

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道理で、見下され、差別される小作人の悲哀がちゃんと出ている
哀愁のある演技だと思いました。
この時、ロッド・スタイガー30歳。
「夜の大捜査線」(1967)でアカデミー主演男優賞を取るには、
後12年。

本作は、アカデミー賞ミュージカル音楽賞録音賞を受賞。
撮影賞(カラー)と 編集賞ノミネート。

1999年のブロードウェイ再演(全編3時間)
〔冒頭の川の映像から察すると、1998年のロンドン版のようです〕
を観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/J5DXLJgotrY


小説『赤猫異聞』  書籍関係

今朝、娘はソウルに飛びました。
キム・ジュンスのミュージカル「ドリアン・グレイ」の初日の舞台を観るためです。

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本当の初日は9月3日。
1日・2日はプレビュー。
今夜、プレビューの初回を観ます。
明日も明後日も。
初日まで待てばいいじゃないか、
と私が言うと、
「誰も観たことのない舞台を、
千数百人の観客と一緒に
かたずを飲んで見守る、
それがないとも言えない」
のですと。

確かに、それはそうで、
何事にも「初めて」の味付けは、
輝きを増すものです。

この後、娘は2回観に行く予定。
うち1回は、私と一緒です。


〔書籍紹介〕

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江戸から明治に変転する伝馬町牢屋敷を舞台にした
浅田次郎の小説。

「赤猫」とは、放火犯の俗称、総じて火事を意味するが、
伝馬町牢屋敷では、
火の手が迫った際の「解き放ち」を
囚人たちの符牒で、そう呼んでいた。

「解き放ち」・・・
1657年3月2日(明暦3年1月18日)の明暦の大火の際、
小伝馬町の牢屋奉行である石出帯刀吉深が、
焼死が免れない立場にある罪人達を哀れみ、
大火から逃げおおせた暁には
必ず戻ってくるように申し伝えた上で、
罪人達を一時的に解き放つ「切り放ち」を独断で実行した。
罪人達は涙を流して吉深に感謝し、
結果的には約束通り全員が戻ってきた。
吉深は罪人達を大変に義理深い者達であると評価し、
老中に死罪も含めた罪一等を減ずるように上申して、
実際に減刑が行われた。
以後この緊急時の措置が制度化されるきっかけになった。
                (Wikipedia より)

明治元年暮、東京に火事が発生し、
牢屋を預かっていた石出帯刀
(江戸幕府伝馬町牢屋敷の牢屋奉行の世襲名)は、
囚人たちの解放を決意する。
鎮火後の暮れ六つまでに帰参することを約束させて。

物語は解き放たれた3人の囚人に焦点を当てる。

一人は牢名主の繁松
賭場開帳の罪で遠島となっていた侠客。
親分の罪を被ってに入牢し、
器量を発揮して牢名主になっていた。
出所後を恐れた親分の手が回り、
死罪が申し渡され、
その理不尽な裁きにも
「妙なお裁きもあったもんで」
と死刑の場におもむく。
今まさに首が斬られるという瞬間に
火事を告げる早鐘に、死刑は一時中止となる。

一人は旗本の次男三男で、
鳥羽伏見の戦いで敗れ、
上野の山の戦いでも敗残し、
江戸市中の空屋敷に潜伏して
夜な夜な官軍の兵隊を斬って回っていた岩瀬七之丞

一人は夜鷹の総元締めの莫連女の白魚のお仙

この3人は解き放ちの対象から外され、
命を奪われそうになるが、
その前に立ちはだかったのが鍵役同心の丸山小兵衛
「解き放ちは火事にも喧嘩にもまさる江戸の華だ」
と主張して、石出帯刀の「解き放て」の一言を引き出す。

ただし、三人の解放には条件がついた。
鎮火の後、三人が共に帰って来た場合は無罪放免。
帰らない者がいた場合は、帰った者が死罪。
三人とも帰らない場合は、丸山小兵衛が腹を切る。

誰かが死なねばならなかったのです。
それぞれ見知らぬ他人が、
あの赤猫の晩に
のっぴきならぬ命の絆で結ばれてしまった。
まるで氏素性のちがう、
それまで何の縁(えにし)もなく生きてきた四人が。

こうして3人は火事が燃え盛る東京の町に放り出される。
各自のすることは、「意趣返し」だった。

白魚のお仙は、
江戸から東京への混乱に乗じて悪行の限りを尽くした
八丁堀同心の猪谷権蔵を殺すこと。

繁蔵は、その罪を被って牢に入ったのに、
逆に死罪に嵌めようとした親方の麹屋五兵衛に復讐すること。

岩瀬七之丞は、
のさばる官軍の橋番所を襲撃して天誅を与えること。

それぞれがそれぞれの目的のもと、
意趣返しの場に向かうが、
結果は意外な謎が待っていた。

物語全体が、
明治が進んでからの典獄(刑務所長)が
明治元年の赤猫騒ぎを調査するため、
関係者を尋ねて聞き書きする、
という仕掛けになっている。
まず、旧伝馬町牢屋敷同心の証言。
次に、それぞれ明治への変転を生き抜いていた、
問題の3人の証言。
そして最後に、意外な人物の死の間際の証言。

どうしてこういう形式を取ったか。
最後の人物の証言で謎が解明され、真実が判明するのだが、
まさに話巧者・浅田次郎の面目躍如。
こういうことなら、
この形式しかなかっただろうと納得する。

そして、最後の人物の証言が感動的で、
それまで張られた伏線が回収され、
物語の真の主人公が誰であったかが明らかになる。

と共に、牢屋敷で世襲的に継がれてきた牢役人、
それは他になり手がないので世襲せざるを得なかったのだが、
その、牢獄で囚人を手にかけてきた牢役人たちに対する
鎮魂歌の赴きをかもし出す。

私どもはみな二百幾十年もの間、
そうした浮世ばなれのしたお役目についてきたのです。
お定めでは一代抱えの同心であるのに、
手替りなどいるはずはないゆえの世襲でございました。
勤皇も佐幕も、攘夷も開国も、
私どもにとっては他国の出来事でした。
お江戸のまんまん中に、
小伝馬町牢屋敷という名の
離れ小島があって、
私どもは大昔からそこに住む異族であったのです。

実業家として成功した繁蔵の言葉。

「私ァこう思う。
人間はみんな神さん仏さんの子供なんだから、
あれこれお願いするのは親不幸です。
てめえが精一杯まっとうに生きりゃ、
それが何よりの親孝行じゃござんせんか。
だから、寄進する金があったら
そのぶん給金をはずむか、
お国に使っていただくか、
貧乏人にくれてやってます。
それが一等、神仏のお喜びになることだと思いやすので」

軍学校の教官になった七之丞の言葉。

「武士とは不自由なものよ、と思いました。
先祖代々の御役があり、
拝領屋敷を持ち、
矜りと面目とにがんじがらめにれれて身じろぎもできぬ。
それに引き較べ、
火事も戦も酒の肴にできる町人どもの、
何と自由であることでしょう」

同じく七之丞の述懐。

「厭離穢土欣求浄土。(えんりえどごんぐじょうど)
東照神君家康公が昇旗に記された、
われら旗本の誓詞であります。
穢(けが)れたこの世をば厭(いと)ん離れ、
欣(よろこ)んで浄土へ赴く。
わが父祖はこの誓詞を口々に唱えて、
戦国の世を戦い抜いたのでありました」

丸山小兵衛の竹馬の友であり、同僚である杉浦正名の話。

「友と学んだ寺子屋にて、
老師が二人がたけに諭した教えがござりまする。
『法は民の父母(ちちはは)なり』
出典など存じませぬ。
不浄役人の小伜として、
町人の子供らからも疎んじられていた私と丸山に、
師はその言葉を贈って下さいました。
『法は民の父母なり』
ならば、世が乱れて法が父母の慈愛を喪うたとき、
その法にたずさわる者は
みずからを法と信じて、
救われざる者を救わねばなりますまい。
おのれ自身が民の父母にならねばなりますまい。
丸山小兵衛はけっして神仏の化身などではなかった。
務めに忠実たらんとすれば、
人はみな神仏に似るのでございましょう」

幕末の混乱期に起った一つの事件を描いて、
味わい深い一篇。





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