映画『AMY エイミー』  映画関係

〔映画紹介〕

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2011年7月3日に27歳で若くして亡くなった
イギリスの歌手、
エイミー・ワインハウスの生涯を綴るドキュメンタリー。

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監督はアシフ・カパディア
先のアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞。

「音楽に対する感性は30歳代で枯渇する」
というのが、私の持論で、
私の中の音楽世界は、邦楽ではニューミュージック、
洋楽ではマイケル・ジャクソンで止まったままだ。
少しはみ出してもマドンナ、バックストリートボーイズ位。
その関係で2000年以降の音楽シーンには全くうとく、
エイミー・ワインハウスについては、
この映画を観るまで全く知らなかった。

映画鑑賞後、CDを借り、聴いてみて、
驚愕。

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こんな歌手がいたんだ。
枯渇した音楽的感性が呼び起こされて、涙があふれた。

サラーム・レニ
「彼女の歌を聴いた瞬間、本物だと思った。
まるで65歳の熟練のジャズ歌手みたいな歌い方だ」
という言葉、
トニー・ベネット
「彼女は紛れもない本物のジャズ歌手だ。
エラ・フィッツジェラルドやビリー・ホリディに匹敵する
素晴らしい才能だった」
という言葉も大袈裟ではないと分かる。

簡単に生涯を辿ると、

1983年9月14日、イギリスのミドルセックス州エンフィールドの
             タクシー運転手の父ミチェルと
             薬剤師の母ジャニスの二人の娘として、
             ユダヤ人家庭に生まれる。
ロンドンの北部サウスゲイト地区でジャズに囲まれて育つ。
1992年頃(9歳頃)、父が女を作って家を出てしまい、
              両親が別居

1999年(16歳)、音楽キャリアをスタートさせる。
2003年(20歳)、デビュー・アルバム「Frank 」をリリース。
            激賞される。
2005年(22歳)、ブレイク・フィールダーと出会い恋に落ちるが
            破局。アルコール依存症が悪化。
2006年(23歳)、「Back To Black 」をリリース、
            全英チャートで1位
            全世界で1200万枚を売る。
            このアルバムからシングルとして発売された
            「Rehab 」が世界的に大ヒットを記録。
2007年(24歳)、ブレイクと復縁し、結婚
            ブレイクの勧めでクラック・コカインと
            ヘロインをやるようになる。
            ブレイクが司法妨害未遂の容疑で逮捕される。
            エイミーはリハビリ施設に入所。
2008年(25歳)、グラミー賞授賞式。最優秀新人賞や
            最優秀楽曲賞など5部門を受賞。
2009年(26歳)、夫ブレイクによる離婚申請が受理される。
2010年(27歳)、ロンドンで生活。
            映画監督レジ・トラヴィスとの交際がスタート。
2011年、トニー・ベネットのアルバム
      「Duets II」のレコーディングに参加し、
      「Body and Soul 」をデュエットする。
       6月、本格的復帰を目指し欧州ツアーがスタートするが
       失敗、ツアーは中止に。
7月23日、心臓発作により自宅で死んでいるのが発見される。
       原因はアルコールの過剰摂取だった。
12月12日、未発表曲などを集めたアルバム
        「Lioness: Hidden Treasures 」が発売、       
        全英チャートで1位を獲得する。

という、薄幸の女性が
才能だけでのし上がり、
ドラッグとアルコールで破局する
絵に描いたような破滅の物語

その物語を家族や友人、音楽関係者への
長時間にわたるインタビュー取材を交え、
幼なじみの友人たちとのパーティー、
自室でギターをつまびきノートに歌詞を書きつける様子、

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スタジオでのレコーディング風景、
ライヴ直前のバックステージなど、
プライベート映像や公式映像で綴る。

特にセレブになってから
パパラッチ
に追い回される映像がすさまじい。
傷ついた心を抱えて友人たちとセントルシアに滞在中、
父ミチェルがイギリスのテレビ番組収録のため、
撮影クルーを連れてセントルシアを訪ねて、
エイミーを戸惑わせるシーンもある。
ドラッグとアルコールで荒廃した顔の映像も出て来る。

再起をかけた欧州ツアーのベオグラードでの公演で、
酔っ払ってステージに現れたエイミーの姿も克明に描き出す。

グラミー賞の授賞式当日、
ドラッグの問題を抱えていたため
アメリカに入国できなかったエイミーは、
ロンドンのリヴァーサイド・スタジオでの衛星中継で授賞式に参加。
憧れの人、トニー・ベネットの映像を
恋人を見るようなまなざしで見つめるエミーの顔が可愛い。

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そして、トニー・ベネットによって自分の名前が呼ばれた時の喜び。
エミーの人生の頂点の瞬間である。

こうした背景を綴る映像に重なる
未発表曲を含め、
背後に流れるエイミーの歌声の素晴らしさ。
背筋が凍り付くような歌声だ。
ブルーで味わいのある声で歌われる
悲しみに満ちた歌詞。渋い。
一度聴いたら忘れられない。

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彼女の生涯は頂点から谷底へと振幅の大きいものだが、
転落の原因ははっきりしている。
顔だけが取り柄のクズみたいな男と結婚したこと。
縁が切れたはずの父親
娘の成功のおこぼれにあずかろうと登場したこと。
そして、名声に伴う取材攻勢の圧迫。
親友やマネージャー、ガードマンなどで護り切れなかったのは、
やはり良き師にめぐり逢えなかったからだろう。
人をうらやむ豊かな才能を与えられながら、
生きることに関しては無力だった一人の女性の生き方だ。

先に上げたサラーム・レニは、このように続けている。
「18でこれじゃ、
25になった時どうなるんだと思った」
そして、トニー・ベネットの言葉も、次のように続く。
「彼女が生きていたら言いたい。
“生き急ぐな。生き方は人生から学べ”」

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彼女が生きていて、年齢を重ねたら、
どんな歌声を聞かせてくれたか、
惜しまれる才能の早世の記録。
胸打たれた。

5段階評価の「4. 5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/dmFQiBCSfAc

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