猫についての調査  耳より情報

3日前、このブログでネコのことを書きましたので、
引き続き、ネコの話題を。

ペット関連業界のアイリスオーヤマが
毎年行っている「ネコの国勢調査2016」の結果を紹介します。
(協力者829名・1694頭・複数回答可)

○飼っている猫の種類

1位 MIX・雑種  1317

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2位 スコティッシュ・フォールド 79

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3位 アメリカンショートヘアー  64

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4位 マンチカン  24

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5位 メインクーン  23

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6位 ロシアンブルー  22

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7位 ノルウェージアン・フォレスト・キャット 20

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8位 ペルシャ   17

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8位 アビシニアン 17

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10位 ラグドール  11

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○飼っている猫の柄

1位 キジトラ 229(13.6%)
2位 黒白   190(11.2%)
3位 黒     163(9.6%)
4位 茶トラ   132(7.8%)
5位 茶トラ白  111(6.6%)
6位 三毛    96(5.7%)
7位 キジトラ白 92(5.4%)
8位 サバトラ  88(5.2%)
9位 白      86(5.1%)
10位 サバトラ白 61(3.6%)

○愛猫をどこから迎えましたか?

1位 野良猫・捨て猫を保護 45.9%
2位 ペットショップ      13.8%
3位 保護団体・保健所などの里親斡旋 13.3%
4位 友人・知人から     10.5%
5位 家で飼い猫が産んだ  5.8%
6位 ブリーダー        4.8%
   その他          5.8%

○過去1年間で動物病院に行った回数

0回・・・・19%
1回・・・・29%
2回・・・・13%
3回・・・・14%
4〜5回・・10%
6〜10回・・15%
11回以上・・19%

○治療費としてかかった金額

0円・・・・9%
〜5千円・・・14%
〜1万円・・・26%
〜3万円・・・13%
〜5万円・・・11%
〜10万円・・・・7%
〜20万円・・・・3%
〜30万円・・・・2%
30万以上・・・15%

○現在、愛猫について困っていること

・抜け毛が散らかる・・・・・・・17%
・長期間、家を留守にできない・・16%
・肥満が気になる・・・・・・・・14%
・部屋の汚れ、損傷が気になる・・・8%
・困っていることは何もない・・・・7%
・同居猫と仲が悪い、喧嘩する・・・6%
・噛み癖が直らないな・・・・・・・6%
・臭いが気になる・・・・・・・・・6%
・お金がかかる・・・・・・・・・・5%
・マーキングの癖が直らない・・・・3%
・老化による体調不良・痴呆などが出ている・・3%
・老化以外の体調不良・・・・・・・2%
・脱走癖が直らない・・・・・・・・2%
・鳴き声が近所迷惑になる・・・・・2%
・その他・・・・・・・・・・・・・・7%

○ネコを飼っている環境は?(2015年調査) 

完全室内飼い・・・・・・・・・・84%
基本的には室内飼い+散歩・・・・・9%
基本的には室内飼い+出入り自由・・6%
完全外飼い・・・・・・・・・・・・1%

○1日のご飯の回数は?(2015年調査) 

1回・・・4%
2回・・53%
3回・・28%
4回・・・8%
5回・・・4%
6回・・・1%
7回・・・2%

最後に、別な集計データで、

○飼い猫の名前ベスト10

〔男の子〕

1位 レオ
2位 ソラ 
3位 コタロウ
4位 マロン
5位 レオン
6位 マル
7位 コテツ
8位 ココ
〃  ハル
〃  フク

〔女の子〕

1位 モモ
2位 ルナ
3位 ハナ
4位 サクラ
5位 メイ
6位 ココ
7位 リン
8位 ヒメ
9位 ナナ
10位 ミミ
〃  ユキ

〔総合〕

1位 ソラ
2位 レオ
3位 モモ
4位 ココ
5位 マロン
6位 リン
7位 ルナ
8位 ハナ
9位 サクラ
〃  メイ


小説『恥も外聞もなく売名す』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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安土桃山時代から江戸時代前期にかけての戦国武将・
渡辺勘兵衛(渡辺了。1562〜1640)を描く。

Wikipedia による略歴。

はじめ浅井氏麾下の阿閉貞征に仕え、貞征の娘を妻とした。
「槍の勘兵衛」と称される槍の名手であり、
摂津国吹田城攻めで一番首を挙げ、
織田信長から直接称賛された。

後、羽柴秀吉に仕え、秀吉の養子・秀勝付きとなり、
次いで豊臣秀次の家老中村一氏に仕えるも
恩賞に不満を持って浪人。

その後、増田長盛に仕え、
関ヶ原の戦いで西軍についた長盛の出陣中に、
居城の郡山城を任された。
戦後、既に長盛が所領を没収されて高野山に蟄居していたにも関わらず、
「主君長盛からの命で城を守っている。
それ以外の命によって開城はできない」と、
城接収役の藤堂高虎、本多正純らにあくまで抵抗した。
その後、徳川家康らによって長盛に書状を書かせるまで
城を守り通し、無事に開城もすませた。

その忠義と力量に仕官の誘いが相次いだが、
同郷の藤堂高虎に2万石の破格の待遇で仕えた。
今治城の普請奉行を務めるなど、
槍働き以外の才能を見せ、
その後藤堂氏が伊勢国に移封となると、
上野城城代にまでなった。

大坂の陣では藤堂勢の先鋒を務めるが、
冬の陣にて戦い方をめぐり主君・高虎と衝突。
夏の陣の八尾の戦いにおいては
長宗我部盛親・増田盛次の部隊に襲い掛かり、
300余人を討ち取る活躍をした。
しかし、この活躍も独断専行甚だしく、
7回にも及ぶ撤退命令を無視して追撃して得たもので、
戦いには勝ったものの損害もまた大きく、
高虎や他の重臣たちから疎まれる原因となった。
そのため戦後出奔して再び浪人となった。

仕官の道を探すものの、
藤堂氏から
奉公構(仕官を他の家にさせないようにする願い)の触れが出ており、
江戸幕府などからも誘われるものの、
適うことはなかった。
土井利勝を通じて高虎に奉公構を解除するように願い出たが、
高虎は「奉公したければ
(姻戚関係のある)会津の蒲生家か讃岐の生駒家に仕えよ」と命じ、
これを彼は承知しなかった。
後、天海を仲裁役にして奉公構の解除を願ったが、
藤堂家から出された一方的な和解の条件に承知せず、
逆に高虎への不平不満を申し立てたため、交渉は決裂した。

高虎の死後も、
子の藤堂高次が引き続き奉公構の方針を維持したため
仕官はかなわず、
その才を惜しんだ細川忠興や徳川義直らの捨扶持を細々と受けながら、
「睡庵」(水庵)と称した。

寛永17年(1640年)、京にて死去。78歳。

という史実を、虚実ないまぜにして描く。

物語は、増田長盛から郡山城を任されたあたりから描く。
長盛の息子、増田兵部が城を訪れ、
城を明け渡すように迫るが、
主君長盛から託された城だから
長盛の指示がなければ開城するわけにはいかないと主張する勘兵衛に
兵部は
「さような意固地をつづけるのは、
おのれの名を売るために過ぎぬであろうに」
と怒鳴るのに対し、勘兵衛は
「名をあげることはに命を張るのが
もののふと申すもの。
それを恥と申されるのならば、
この勘兵衛、
恥も外聞をかえりみず、
おのれの名を売りまするわい」
と言ってのける。

これが題名の由来で、
ボイントは「もののふ」

もののふ・・・武勇をもって主君に仕え、
       戦場で戦う人。武人。武者。兵(つわもの)。

長盛と兵部の会話。

「そなた、勘兵衛に嫉妬しておるのだな」
「誰があのような男に──」
「本当は勘兵衛のように生きたいのではあるまいか」
「さようなわけがありますまい」
「わしは、勘兵衛に嫉妬しておるぞ。
できれば、あのように生きてみたかった」
「あの男は、恥も外聞もかえりみず
名を売るなどと申す見下げ果てた男。
おのれの売名のために、
父上の大恩を仇で返したのですぞ」
「名を売るもの結構ではないか。
それが、本来のもののふではあるまいか」

後に主君となる藤堂高虎も「渡り奉公」と称して、
次々と主君を代えて来た。
「もののふ」という意味はよく分かるのだが、
一国一城の主となった今、
その「もののふ」だけでは通用しないことを知っている。
しかし、勘兵衛の生き方には、
高虎は内心、憧憬に近いものを持っている。

その勘兵衛と高虎の内面の葛藤を描くのが本作のキモ。

高虎の側室の熊が
「女がおのれの顔で生きるには
どうすればよいと申されますか」
と問うた時の勘兵衛の返事。

「右も左もすべて地獄でござる。
そのとき、どちらの地獄に飛び込むかを
命がけで決することをこそ、
おのれの顔で生きると申すのでござる。
地獄を恐れ厭うて右往左往することではござらんわ」

高虎の家臣で、
「もののふ」の一人、菅平右衛門が
豊臣家滅亡を画策する徳川家康のやり方に反対して
「このような戦において幕府にご奉公つかまつれば、
槍が汚れるような気さえする」
と言うのに対して、勘兵衛が言う言葉。

「手前は、槍が汚れるなどとは思いませぬな。
手前には善き戦も悪しき戦もござらぬゆえ。
殿の御命をこうむったならば、
いかなる相手であろうと死力を尽くすまでのこと」

「強い者が肥え太り、
弱い者が痩せるのは
いたしかたのないこと。
その世の動きを見据えて仕える先を選び、
出頭せんとするのが
渡り奉公人の道と心得る」

その平右衛門を処断した高虎に
勘兵衛はついに愛想を尽かす。

高虎がこれほど変節したいま、
残念ながら藤堂家を去らなければならない、
と勘兵衛は腹を決めた。
主が召し抱えるべき臣を選ぶのと同様に、
臣もまた、仕えるべき主を選ばなければならないのだ。
臣といえども決して木偶(でく)のようなものではなく、
斬れば血の出る人なのだから。

その平右衛門の仇討ちとして、
勘兵衛は戦場を選ぶ。

「臣といえ、決して碁石や将棋の駒ではないのだ。
我らはおのれの意地と名にかけ、
おのれの心に従って走り、槍をふるう。
この当然の理を、
俺が戦場で暴れて見せることによって、
和泉守殿(高虎のこと)らに思い出していただこうと申すまで」

死のまぎわ、高虎は息子の高次を呼んで、こういう。
「水庵を赦免してやれ。
やつとわしとのことは私怨にすぎぬ。
男と男の意地の張り合いであって、
藤堂家とも無縁よ。
将軍家であれ、大名家であれ、
治世のために
やつが要ると申されるところがあるならば、
どこでも出仕させてやるがいい」
しかし、この高虎の遺言は高次によって握りつぶされ、
勘兵衛はついに死に至るまで
新たな主に仕えることはなかった。

これらに高虎の重臣の藤堂仁右衛門
大小姓の細井左内らの内心もからむ。
特に左内は勘兵衛の言った言葉が棘のように刺さる。

「おのれを尊べぬ者は、
他からも尊ばれぬぞ。
権門にへつらうために
死人のように生きる者は、
用済みとならば
塵芥のように捨てられるばかり」

最後に左内は雲水となって勘兵衛と再会する。

「主従や身分は当座のこと。
しょせん、天が下に、
おのれの主はおのれのみしかござらぬ」
と言う勘兵衛に左内は
「水庵殿がからやましい。
どうすれば水庵殿のように生きられるのか・・・」
と言うと、勘兵衛の答はこうだった。
「子細はごさらぬわ。
ただ、胸に咲く花の声に耳を傾けるのみ」

渡辺勘兵衛を主人公にした小説には、
他に池波正太郎「戦国幻想曲」があり、

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司馬遼太郎の短編集「軍師二人」の中の一篇、
「侍大将の胸毛」がある。

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時代小説の重鎮二人が題材に求めるほど
渡辺勘兵衛は魅力的の人物なのだと分かる。


映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』  映画関係

〔映画紹介〕

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トランボとは、ハリウッドの脚本家、
ダルトン・トランボのこと。

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「赤刈り」にあって
アメリカの映画界から追放。
偽名で脚本を書き、
そのうち2本がアカデミー賞の原案賞に輝いた人物。

赤刈りとは、
1950年代にアメリカ合衆国で発生した
反共産主義に基づく社会運動、政治的運動。
アメリカ合衆国上院議員の
ジョセフ・レイモンド・マッカーシーが中心人物であったことから、
「マッカーシズム」とも呼ばれる。
共産主義者であるとの批判を受けた政府職員、
マスメディアの関係者などが攻撃された。

映画界に対しては、
映画監督、脚本家や映画俳優などの中で
人生のある時期に
共産党と関連があった人物がやり玉に上げられた。
下院非米活動委員会が取調べを行なうため、召還したが、
召還や証言を拒否して
議会侮辱罪で有罪判決を受けた主要な10人を
ハリウッド・テンと呼ぶ。
列挙された人物は映画産業で働くことを拒否され、
思想信条差別の一大事件となった。
「自由の国」のはずのアメリカで
このような言論統制があったとは驚きだが、
東西冷戦下の副産物である。

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ダルトン・トランボはそのハリウッド・テンの中心人物とみなされ、
事実共産党員だったのだが、
服役後、映画界から追放を受けた。
(1952年、全米俳優組合は
映画スタジオに対し、
誰であってもアメリカ連邦議会で
自身の潔白を証明できなかった人物の名前を
スクリーンから削除できる権威を与えた。)

映画はその経過と
服役後のトランボの秘密活動を描く。
秘密活動とは、映画会社からB級映画脚本の依頼を受け、
それを追放されていた脚本家仲間に斡旋したのだ。

プロデューサー役のジョン・グッドマンがうまい。

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トランボ自身も脚本を執筆、
その鮮やかな出来ばえにプロデューサーが瞠目する。
バスタブに半身を浸かり、
タイプライターに向かって執筆、
切り貼りしてセロテープでつなぐなど、
実際のトランボのとおりにブライアン・クランストンが演じる。
レオナルド・デカプリオがいなかったら、
今度のアカデミー賞主演男優賞は彼のものだっただろう。

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他人名義で書いた「ローマの休日」(1953)が

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アカデミー賞の原案賞を受け、
(当時は脚本賞、脚色賞に並んで、原案賞というのがあった)
名義を借りたイアン・マクレラン・ハンターとの間で
オスカー像を真ん中にして、
「要る」「要らない」と話し合うシーンなど、笑わせる。

長年温めていた「黒い牡牛」(1956)でも原案賞を受けるが、

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この時は全くの偽名ロバート・リッチだったため、
受賞者が不明という事態も起る。

やがて、トランボに大作の脚本執筆の依頼が舞い込む。
カーク・ダクラス主演の「スパルタカス」(1960)だ。

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カークがやって来て、現在の脚本を示し、
「一つも面白くない」と言うところが笑わせる。
そして、「ストーリーはいいんだが」と。

オットー・プレミンジャー監督
「栄光への脱出」(1960)の原作を持ち込んで言う。
「駄作だ」そして言う、「ストーリーはいいんだが」。

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このあたり、脚本というものが
ストーリーだけでなく、
セリフがいかに粒立つかで決まる、
ということを示して興味深い。

映画界を牛耳るゴシップ・コラムニストの
ヘッダ・ホッパーヘレン・ミレンが演ずる)が
カークをたしなめて、
「どうしてそんなならず者になってしまったの」
と言うと、
カークが「前からそうだ。あんたが気づかなかっただけだ」
という部分も、カーク、男前、と拍手したくなる。

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ヘッダ・ホッパーの圧力にも負けず、
「スパルタカス」は評価を得るが、
その上映館で、スクリーンに写る
「脚本 ダルトン・トランボ」の文字が
トランボの眼鏡に裏写りするシーンは監督(ジェイ・ローチ)のセンスがうかがえる。
クレジットに彼の名前が再び現れるまでには、
追放から13年が経過していた。

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ハリウッドの〈赤狩り〉、
数多の才能ある映画人を破滅の淵へと追いやった狂気の時代、
偽名でシナリオを量産し続けた
不屈の脚本家の生涯を浮き彫りにして感動的だ。
家族間の問題も過不足なく描かれ、
妻役のダイアン・レインも好演。

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非米活動委員会でのハンフリー・ボガートローレン・バコール
オスカー受賞の瞬間のニュース映像など、
当時の映像が見事に使われ、臨場感があふれる。

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名誉回復後、脚本家協会の会合に招かれたトランボの
スピーチが感動的だ。

アカデミー協会が「黒い牡牛」で
トランボの名前を刻んだオスカーを彼に贈ったのは
1975年になってから。
また、トランボの死後、
イアン・マクレラン・ハンターの原案・脚本とされていた
「ローマの休日」が、
実は追放中のトランボが執筆したものであったことが判明し、
同作品でハンターが受賞していたアカデミー原案賞が、
1993年に改めてトランボに贈られることになった。
授賞式では、トランボの代わりに妻クレオがオスカーを受け取った。
映画のクレジットタイトルにも
トランボの名前が付け加えられたのだ。

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実名でハリウッドに復帰した後も、
「脱獄」「パピヨン」などの大作・ヒット作に名を連ねた。
ベトナム戦争最中の1971年、
65歳の時、自身の唯一の監督作品として
原作・脚本を兼ねて「ジョニーは戦場へ行った」を監督した。
そして「ダラスの熱い日」(1973)の脚本を最後に1976年死去した。

いかなる言論弾圧にも負けず、
実力で存在を認めさせた
骨のある映画人の記録である

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/9y98eVZaBoU


なお、映画の中でトランボがバスタブにつかったままで
シナリオを執筆するシーンが出て来るが、
これは事実で、
トランボは慢性的な腰痛に悩んでいて、
毎日風呂に何時間か入るよう勧められており、
そんな時間がなかったトランボは、
デスクを風呂に持ち込んだのだという。

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↓の写真は、

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NBCの人気トーク番組
「The Tonight Show Starring Jimmy Fallon」
ブライアン・クランストンが出演した時のワンシーン。
舞台に泡だらけのバスタブが登場し、
司会者とクライストンがバスタブの中に入って会話をするというもの。
その上、ズボンパンツまで脱いでしまって・・・

動画を見たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/AEJMU3SOv8I


〔参考資料〕

ハリウッド・テンの10人

1.アルヴァ・ベッシー(脚本家)
2.ハーバート・ビーバーマン(映画監督・脚本家)
3.レスター・コール(脚本家)
4.エドワード・ドミトリク(映画監督)
5.リング・ラードナー・ジュニア(ジャーナリスト・脚本家)
6.ジョン・ハワード・ローソン(作家・脚本家)
7.アルバート・マルツ(作家・脚本家)
8.サミュエル・オーニッツ(脚本家)
9.エイドリアン・スコット(脚本家・プロデューサー)
10. ダルトン・トランボ(脚本家・映画監督)

ブラックリストに載ったその他の人物(大物が多い)

オーソン・ウェルズ(映画監督・俳優)
ジョセフ・ロージー(映画監督)
ジョン・ガーフィールド(俳優)
ウィル・ギア(俳優)
リー・グラント(女優)
ジョン・クロムウェル(映画監督)
バーバラ・ベル・ゲデス(女優)
ジェフ・コーリー(俳優)
ピート・シーガー(フォークソング歌手)
アーウィン・ショー(作家)

ライオネル・スタンダー(俳優)
アーロン・コープランド(作曲家)
ジュールズ・ダッシン(映画監督)
ジェローム・チョドロフ(作家)
ドロシー・パーカー(作家)
ダシール・ハメット(作家)
オーソン・ビーン(俳優)
ロイド・ブリッジス(俳優)
ハリー・ベラフォンテ(歌手)
リリアン・ヘルマン(劇作家)

アーサー・ミラー(劇作家)
リチャード・ライト(作家)
ジョン・ランドルフ(俳優)
マーティン・リット(映画監督・俳優)
ロバート・ロッセン(脚本家)
エドワード・G・ロビンソン(俳優)
ポール・ロブスン(俳優・歌手)
レオ・ペン(俳優)

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三匹目の猫、の顛末  身辺雑記

我が家は3人共猫好きで、
野良猫がいると、
ついつエサをやってしまいます。

団地には、時々野良猫が住みつくことがあり、
そんな時は、
夜な夜なエサを持って
ウロウロする妖しい親子となります。

20年ほど前、小さなクロネコが
団地の自転車置場や縁の下に住み着くようになり、
この猫が年に2回、子猫を産みます。
そのたびに親猫子猫を家に保護し、
ミニコミ紙に「子猫差し上げます」の告知を出し、
家を尋ねて来た人に差し上げたりしていました。
向かいの棟にあげた子猫や
横浜までもらわれていった猫など、
可愛がられているようで、
お礼のお手紙までいただきました。

しかし、ミニコミ紙には
「野良猫の里親告知など、けしからん」
という声が寄せられ、
掲載を断られるようになりました。

そんな時、また産んだ4匹の猫を家に保護し、
それぞれなんだかんだでもらわれていったのですが、
そのうちの一匹が
娘になついたので、
飼うことにしました。

それが↓の「こはる」(オス)です。

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実家で猫を飼ったことのなかったカミさんは、
「こんなに猫が可愛いなんて」
と驚き、
その頃大学生になった娘が
親離れをしていくのに対して
癒しとなったようでした。
こはるもよくカミさんになつき、
一番安定するのが、カミさんの膝の上。

飼い主に似るとはいいますが、
まことに温厚な猫で、
「フーッ」といったのは、
動物病院で採血をされた時くらい。
日常生活では実におとなしい猫でした。

それから12年経った5年前。
こはるの高齢化が目立つようになり、
そろそろカミさんのペットロスが先行き心配で、
こはるのボケ防止のためにも、
2匹目の猫が必要ではないか、
ということになり、
娘の友達のお母さんで
浦安市内で犬猫の里親運動をしている方がおり、
その方に相談して、
子猫とお見合いをして、
大丈夫そうなので、
もらうことになりました。

それが5カ月齢くらいの↓「こなつ」(メス)。

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はじめ、こはるに戸惑いがありましたが、
やがて良い距離感を保ち、
互いにナメナメするようになり、安定。

ちょっとやんちゃなこなつが
こはるにじゃれついても、
「しょうがねえなあ」
という感じで、鷹揚に対しています。

こなつも↓こんなに大きくなりました。

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そして、今年の8月。
しばらく見なかった野良猫が
下の自転車置場にいるようになりました。
こなつによく似た、1歳くらいのメス。

首輪をしているところを見ると、
飼い猫だったようで、人にもさわらせます。
元の飼い主と出会うまではと、
しばらく朝晩、エサと水をやっていると、
後をついて来るようになりました。

「どうする?」
と相談すると、カミさんも迷っている気配。

その日、体育館のエアロビクスの間、
足元についてきた猫の姿が目に浮かんでなりません。

体育館から帰宅して、
自転車置場を見ると、
姿が見えません。
「猫、いなかったよ」
とカミさんに言うと、
カミさんが意味ありげに
カーテンのかげを指差します。
のぞくと、
あの下にいた子猫が見上げています。
カミさんが一人で抱いて連れて来てしまったのです。

他の猫の様子を見ると、
こはるの方は、われ関せずで、
「おらぁ、年寄りだから、関係ねえよ」
という感じ。
ところが、こなつがおびえてしまい、
トイレにこもってしまいました。

初め警戒していた子猫も
やがて室内をうろつくようになり、
膝の上で寝たりしています。

これがその猫↓。こなつにそっくり。

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こなつも慣れるだろう、と思っていると、
夜になって状況が一変。

こはるが目覚めてしまった。

とっくに去勢して、
メスのこなつにも関心を示さなかったのに、
子猫の後をついて歩いています。
どうも老いらくの恋が始まったらしい。

こなつの方は相変わらず
トイレの中か
マッサージ機の陰にかくれています。

そして、子猫が夜になったら、
外に出たがるようになってしまいました。
廊下側のクーラーと窓の狭い隙間に顔を突っ込んで
外に出ようとします。

総合的に判断して、
仕方ない、元に戻そう
ということになりました。

元の自転車置場に置くと、走って奥に行きます。

翌日、朝方は自転車置場で寝ており、
昼間は、自転車置場の前に坐っています。
夜になると、
エサと水を上げました。

その翌日、姿が見えません
一日何度も自転車置場や周辺を見回っても、いません。

そして一週間

元の飼い主と出会えて、家に戻ったか。
誰か、やさしい人に拾われたか。
それとも何かの事情で生活の場を移したのか

前向きに捉えて、
前の2つのいずれかだと思うことにしました。
家に戻ったか、拾われたか。

しかし、今後、子猫からでもない限り、
三匹目の猫を飼うことはありそうもありません。

こはる17歳、

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こなつ5歳


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この2匹を大切に育てていきます。

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三匹目の猫、の顛末でした。

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小説『約定』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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青山文平の短編集。
「小説新潮」誌に2012年から2014年の間に掲載された
短編を集めたもので、
作品に相互の関連性はない。

三筋界隈

故郷の藩で郡奉行だった時、
貧農に対して無断で善政を施した咎を受けて放免されて
江戸に出て5年。
主人公は江戸の浪人がやる職業を一巡りした後、
本物の一文無しになる前に、
剣術を教えて凌ごうと、
道場を開いたものの、
門弟が集まらず、
実入りのいい用心棒仕事をした帰り、
水が出た道場の前で一人の武士が倒れていたのを助ける。
瀕死の状態だった武士を回復させてみると、
その武士・寺崎は、一刀流の手練であることが分かる。
お互いの刀を交換した後、
一刻後、書院番組屋敷での再会を約するが、
そこで起った事態は・・・

水が出る三筋に道場を構えた浪人と、
死を覚悟した武士との束の間の友情を描いて哀しい物語。
時代ものには珍しい、一人称小説

半席

前に紹介した青山文平の「半席」↓の第1作に当たる作品。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20100000/archive

春山入り

原田大輔は城下の刀商から古刀の目利きを依頼される。
その時、店の脇に置いてある長柄刀を目に止める。
大輔は「人を斬る気になるような刀」と感じ、
最近、親友から頼まれた
江戸から招聘した儒者の警護に使うことを考える。
というのも、儒者を襲撃する者の一人に、
やはり親友の哲平が予想されており、
親友を斬るのに、
その刀の力を借りようとしたのだ。
しかも、刀商の話では、
哲平もその長柄刀に目を止めたというのだ。
哲平との対決への逡巡の中、
妻の佐和から春の山に行くことを誘われ、
そこで哲平に会う。
哲平の口から出た言葉は・・・

太平の世の中を治めるために、
国が武威から文治に治世を切り替える時期の、
一人の若者の内面の変化を描いて、
最後はさわやかだ。

乳房

養父の島内清蔵が、絶家の危機をも省みず、
娘の那珂を西崎弘道に嫁がせる。
始末屋の弘道との生活に張りが見出せない那珂は、
時間を惜しんで読む漢詩の世界に救いを求める。
そんな弘道が御用で1年間留守にすることになった。
その間、家に辰三という中間を雇うが、
辰三は普段は陸尺(武家の駕籠かき)で、
大名駕籠を担いでもおかしくないほどの美丈夫だった。
そんなある日・・・

武家の奉公人と主人の力関係について、
ほ〜う、と思うところのある一作。

約定

浄土ケ原で果たし合いに来た武士。
しかし、今日でいいのか、と自問している。
相手は来ない。
逃げたのか、それとも
やはり日限を間違えたのか・・・

果たし合いは何故なのか。
その相手は誰で、
どんな秘密があるのか・・・

ちょっと謎めいていて、
そして哀しい一篇。

夏の日

名主の家に血相変えて飛び込んで来た男・百姓の利助。
家の壁に火矢が放たれたというのだ。
火矢とは、言うことをきかなければ、
家に火を放つという脅しの文を結んだ矢のこと。
その問題を処理している中、
肝心の利助が刺殺されてしまう。
その真相とは・・・
西島雅之が調べに当たるが、
その背景には、
名主の美談に秘密があった。

ちょっと納得のいかない話。
これだけ見事な話が連なる中、
残念な一篇。

しかし、青山文平が
なみなみならぬ時代小説家であることを示す短編集。
直木賞候補にならなかったのは、
同じ作家の「鬼はもとより」
その期の候補にあがったから。






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