小説『半席』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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「つまをめとらば」で154回(2015年下半期)の直木賞を獲得した
青山文平の短編集6篇。
一つは単行本に収録されたものだが、
他の5つは「小説新潮」誌に不定期連載したもの。
徒目付(かちめつけ)の片岡直人を主人公とした連作短編の形を取っている。

「半席」とは、旗本になりきれていない家柄のこと。
御家人から旗本になるには、
御目見(おめみえ)以上の役目につかなければならない。
ただし、一度だけでは、当人は旗本になっても、
代々、旗本を送り出す家にはなれない。
当人のみならず、
その子も旗本と認められる永々御目見(えいえいおめみえ)以上の家になるには、
少なくとも二つの役目に就く必要がある。
これを果たせなければ、
その家は一代御目見の「半席」となる。
二度の御目見以上という条件は、
父子二代にわたって達成してもいいことになっている。
父は一度の御目見となっているので、
直人が目指す勘定所の勘定になったその時、
片岡の家は半席を脱して
れっきとした永々御目見以上となり、
直人の子は生まれついての旗本となれるのだ。
そこで、直人は、旗本になるために、
勘定方を目指して徒目付の仕事に精進している。

徒目付という役は、
「しない仕事をみつける方が難しい」というほどの何でも屋で、
ほとんどの人がこの役目を出世のための踏み台と考えているか、
裏の仕事で私腹を肥やそうと考えているかのどちらかだ。

その直人に上司の内藤雅之がいろいろ頼まれ事を持ち込んでくる。
事件の真相を探れ、というのだ。
それも事件の咎人は犯行を認めており、
あとは処分を待つだけの身で、
関わりの者たちが
その事件がなぜ起ったかを知りたがっているというのだ。
当人はその真実を語ろうとはしないが、
しかし、一方で、真実を語りたいという願望もあり、
その細い隙間を縫って、
直人が彼らに真実を語らせる。
その過程が6本の作品として描いている。
陰の仕事だから出世の役には立たないが、
直人はその仕事の人間臭さに次第に惹かれていく。

直人が求められているのは、
事件の「なぜ」を解き明かすことだ。
番所や評定所での調べでは、
「なぜ」ははいっていない。
罪を認めれば、後は刑罰が待つのみだ。
事件は一件落着している。
しかし、命を奪われた肉親たちが知りたいのは、
「なぜ」命を奪われたたかで、
そこに直人の頼まれ事が発生する。
しかも、「なぜ」を墓場まで持って行こうと決意した者も、
実はその「なぜ」を告白したい願望があるというのだ。

たとえば、
「半席」は、
89歳という高齢でありながら役目から引退していない老人が
木場町の木置き場で水死した事件。
その場で一緒に釣りをしていた息子が席を外した一瞬の出来事で、
目撃者の話では、
筏の上を走って、水に落ちたという。
訪ねて言った息子の口から出た、事件の真実とは・・・

「真桑瓜」は、
高齢の現職役人の会合で起った刃傷事件。
87歳同士の幼なじみの間に何があったのか。
その時、食事の最後に出された真桑瓜に秘密が隠されていた・・・

「六代目中村庄蔵」は、
一季奉公の家侍の茂平が
病気で辞した主家に戻った時、
あるきっかけから主人を突き倒して死に至らしめた事件。
牢まで訪ねて言った直人が
ある名を口にした時、
初めて茂平が真実の口を開く・・・

「蓼を喰う」は、
辻番所組合の仲間同士という以外接点のない二人の刃傷沙汰。
その真実の糸口は、深川に伝わる、ある民衆の労役だった・・

「見抜く者」は、
直人と内藤が通う道場の道場主の芳賀源一郎が襲われた。
相手は大番組の74歳の番士。
隠れた一刀流の凄腕だったという。
襲撃の最中に心臓病で倒れた老人を訪れた直人は、
一言で真実を言い当て、その口を開く・・・

いずれも高齢者の起した事件で、
これについて、内藤は、こう言う。

「近頃は年寄りが危ないねえ」
「齢喰ったら、人は丸くなるってのは、ありゃあ外してるぜ」
「若けえうちはまだ先があるし、
世の中見えてもいねえから、
ま、ひとまず堪えておくかってんで、我慢も利く。
けどな、年寄りはそうじゃねえ。
我慢を重ねて、いい目を見たやつは
その先も我慢できるかもしれねえが、
そんなのは、ま、ほんのひと握りだろう」
「あらかたの年寄りは、
我慢のしがいを感じてなんぞいるめえ。
たっぷりと世間を見てきて、
なるぬ堪忍をしたところで、
結果はどうってこともねえのが骨身に滲みている。
おまけに、先は短けえってことで、
なんで我慢をしなきゃなんねえのか、
逆に分からなくなっちまうんだ。
齢を喰うほどに、
堪忍する歯止めが消えてゆく。
で、若えうちは軽く我慢できたことでも、
簡単に弾ける」

その老人たちに、その動機をききにいくような仕事を
「なぜ私が」と直人は拒む。
内藤は言う。
「年寄りってのは、
青くて、硬くて、不器用な若えのが大好きなんだよ。
おめえのことさ」

上司の内藤が魅力的で、
直人に仕事を頼む時は、
いきつけの居酒屋七五屋(しちごや)と決まっている。
その店はが、亭主が自分が釣って来た魚を食べさせる店で、
魚料理が絶品。
その描写がすこぶる食欲をそそる。
〈武家が喰い物をうんぬんするのはいかがなものか〉と直人は思うが、
「旨いもんを喰やあ、人間知らずに笑顔になる」と内藤は言う。

もう一つの魅力的名人物が、沢田源内と称する謎の人物。
ある時は、いんちき系図作り屋として、
ある時は、比丘尼のヒモの青物売りとして、
ある時は、屋台の店主として。
その屋台も店を閉め、比丘尼と共に消える。
内藤と通じる人柄に直人は心がなごむが、
源内によって、事件の謎を解く鍵を与えられることが多い。

徒目付の重要さは、
次の文で得心した。

戦国の世が終わって二百年が経った文化の御代でも、
幕府の編成はいまなお軍団のままである。
武家の政権ゆえ、
戦時体制の組織を解(ほど)くことがない。
とはいえ、いま、果たさねばならぬのは、
軍事ではなく行政である。
軍団が行政を司る危うさは、
そのまま幕府の危うさとなる。
その危うさを封じ込めているのが、
役方の財政と監察だ。
この両翼に力がある限り、
危うさの露呈は先送りできる。
おのずと勘定所と目付筋の陣容を厚くして、
編成の欠陥を補うことになる。

内藤の言葉。
                                          「だいそれたことをしでかす理由が、
だいそれているとは限らねえ。
ほんの砂粒が砂粒を呼んで、
いつの間にか石になるってこともあんだろう」

源内の系図についての言葉。

「ただの空(くう)だ。
実、はなにもない。
使う者が実をこしらえる。
それで、過不足なかろう」

最後の「役替え」で、
直人は昔の因縁ある人の落ちぶれた姿に触れ、
逆恨みを受ける。
その過程で、
旗本になりたいという思いも変化を遂げる。
そして、内藤が下した判断は・・・

なかなか味のある短編集である。

ただ、不定期連載のため、
直人の置かれた「半席」の境遇などについて
重複する部分が多く、
一冊にまとめる時、
簡潔に省略できなかったかと惜しまれる。





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