『スター・ウォーズ学』  映画関係

〔書籍紹介〕

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この本の発行は2015年12月20日。
「スター・ウォーズ フォースの覚醒」公開日の翌々日
というタイミングの良さだが、
実際はそれより前に書かれており、
「あとがき」に当たる「エピローグ」の日付は
2015年11月、となっている。

従って、「スター・ウォーズ」の最新作については、
予告編を見て推測するしかない書き方である。

構成は

Episode.1 「惑星大戦争」の予兆
Episode.2 「スター・ウォーズ」の出現
Episode.3 「創造主ルーカス」の渇望
Episode.4 「銀河のサーガ」の構造
Episode.5 「デジタルシネマ」の革命
Episode.6 「帝国ディズニー」との融合

というわけで、
アメリカ公開の経緯から
日本公開での反響、
ルーカスの背後にあるもの、
スピルバーグ映画との比較、
技術革新、
「ルーカスフィルム」のディズニーへの売却、
そして今後など、
「スター・ウォーズ」ファンなら知っていること、
知らないこと、知るべきことなどが
様々に綴られている。

実は「スター・ウォーズ」の企画は、
二つのメジャー・スタジオ、
ユナイテッド・アーチスツとユニバーサルからにされている。
最後に20世紀フォックスに持ち込んで、
ジョージ・ルーカス
プロデューサーのアラン・ラッド・ジュニアに面会する。

彼は、「スター・ウォーズ」に出資を求める
プレゼンテーションに聴き入っていた。
普段は無口なルーカスが
「フラッシュ・ゴードン」をはじめ、
子供の頃に楽しんだ剣戟映画や海賊映画になぞらえて、
場面ごとのイメージを説明する。
その様子を目の当たりにしたラッドは、
熱意に共鳴してこう言った。
「正直言ってこの映画についてはよく理解できなかった。
しかし作品に懸ける情熱と映画への愛情は理解した。
君を信頼し、プロットではなく君自身に投資しよう」
分かったふりなどせず、
かといって自分が理解できないものを否定することなく、
おとぎ話の制作に勝負を懸けた
ジョージ・ルーカスという男を信じたのだ。
このときのラッドの真摯な態度と思い切った決断こそが、
「スター・ウォーズ」を世に送り出すことになる。
クリエーターにダメ出しすることで、
権力と威光を示そうとする
愚かな金主や中間管理職が多い中、
もの作りの本質を理解し、
作り手寄りの発想をもったプロデューサーとめぐり逢い、
孤高のクリエイター・ルーカスは、
念願の企画にゴーサインを獲得したのだ。

初めて知る事実で興味深かったのは、
完成間近の頃、
スティーブン・スピルバーグブライアン・デ・パルマら、
ほぼ同世代の友人や関係者を招き、
ルーカスが未完の特撮部分を除いた
ラッシュ試写を行った時のこと。

上映後、気まずい空気が流れ、
皆一様に批判を口にし始めたが、
中でもデ・パルマの作品批判は辛辣だった。
ダース・ベイダーを陳腐な悪玉として否定し、
フォースという名の便利な魔法を冷笑し、
レイア姫の両サイドの三つ編みを“菓子パン”呼ばわりして、
冒頭に延々と流れる状況説明の
スーパーインポーズの長さに耐えられないと罵倒した。
冷めた大人の視線で観れば、どれも、ごもっともな意見だ。
そんな集中砲火の中、ただ一人、
ラッシュ・フィルムを評価していたスピルバーグは、こう言い切った。
「いや、一億ドルは儲かるんじゃないかな」

二人の「スター・ウォーズ」へのリアクションには、
映画の捉え方の違いが端的に表れているばかりでなく、
監督としてのその後のポジションまでもが示唆されている。
ちょうど「キャリー」(76)を成功させ、
美学を貫いて独自の映像スタイルにこだわるデ・パルマにとって、
万人に愛される映画など対極の存在だったに違いない。
カルトムービーの鬼才の地位を獲得していくデ・パルマらしい意見だった。

一方、「ジョーズ」(75)を大ヒットさせ、
多くの観客の心をつかんでいたスピルバーグは、
「スター・ウォーズ」のラッシュ・フィルムの中にも、
時代が求めるいくつもの要素を見出していた。
そして彼は、ルーカスとともに映画の娯楽性を復権させ、
映画界を牽引する存在になっていく。

公開当時の反応も興味深い。

1977年5月25日、
アメリカ国内のたった32の映画館で
「スター・ウォーズ」は公開された。
なにしろ20世紀フォックスの上層部は
失敗作だと考え、
会社のお抱え弁護士は
コケたときの被害を少しでも軽減しようと
善後策まで打っていたのだから、
悪い噂ばかりが業界を駆け抜け、
映画館側が“問題作”の上映を拒んだのも無理はない。
しかし、自分たちのための映画であることを嗅ぎ取っていた観客の反応は違った。
初日から長蛇の列をなし、
<スター・ウォーズ現象>は巻き起こる。

公開館は6月に450館に増え、
8月には900館にまで拡大して、
あっという間に興収は1億ドルに達してしまう。
スピルバーグの予言はたしかに当たったものの、
異様なスピードまでは予期していなかった。
影響力のある新聞・雑誌の映画批評は、
こぞって絶賛評を掲載するようになった。

アメリカ公開が1977年5月25日だったのに対して、
日本の公開は翌年1978年7月1日
都内では6月24日に先行ロードショー。
つまり、アメリカとの時間差は1年と1カ月。
その時間差の間に、
「スター・ウォーズ」の評判に便乗して
東宝が「惑星大戦争」、
東映が「宇宙からのメッセージ」という映画を公開している。
どちらも比べ物にならない仕上がりだった。

また「スター・ウォーズ」に先立つ2月25日、
スピルバーグの「未知との遭遇」が公開された。
公開当時は、娯楽に徹した「スター・ウォーズ」よりも
理屈っぽい「未知との遭遇」の方が評価が高かったのを覚えている。

アメリカの神話学者ジョーゼフ・キャンベル神話論も興味深い。

彼はその著書の中で、
世界中の神話に出てくる「英雄」たちの物語を
構造的に分析している。
英雄はまず、「天命」を受け、
住み慣れた日常世界から非日常世界へと旅に出る。
そして、精神的指導者と言える存在に出会い、
試練とも言えるイニシエーションで、
悪魔やドラゴンの誘惑や挑戦を経て、
自身の使命に出会う。
自分を縛りつけてきた
自分自身の限界や社会の制約に挑むことが、
社会全体を変容させる意味となるのだ。
そして、英雄は故郷に帰還することで、
冒険から持ち得た恩恵を社会に還元させる。
これは、現代でも、
ハリウッド映画のシナリオを構成する際の
基本的なメソッドとして確立されているが、
「スター・ウォーズ」でも
この展開をしっかりと踏んでいる。

3つの三部作の呼称について、
卓見が提示されているので、紹介しよう。

今までは4〜6を「旧三部作」、
1〜3を「新三部作」と
呼んでいたが、
ディズニー製作三部作をどう呼ぶか。

本国では「クラシック(オリジナル)・トリロジー」(旧三部作)、
「プリクエル・トリロジー」(新三部作)、
今度のを「シークエル・トリロジー」(続三部作)
という呼ばれ方をしているが、
「新」より「続」が新しい、というのは、日本語では違和感があるとし、
それぞれの三部作を
主人公の名前を付けて、
1〜3を「アナキン三部作」
4〜6を「ルーク三部作」
7〜9を「レイ三部作」
と呼んだらどうか、と提案している。
傾聴すべき意見だと思うが、どうか。

さて、今後の「スター・ウォーズ」だが、
前6作が3年ごとに公開されていたのに対して、
新作5本が毎年公開されるというのだ。

2015年12月18日日米同時公開
エピソード7「フォースの覚醒」
J・J・エイブラムス監督

2016年12月16日全米公開(日本公開2017年1月28日 何故だ!)
アンソロジー「ローグ・ワン」
ギャレス・エドワーズ監督(代表作「GODZILLA ゴジラ」

2017年5月26日全米公開(日本公開7月1日 何故だ!)
エピソード8「(タイトル未定)」
ライアン・ジョンソン監督(代表作「LOOPER/ルーパー」

2018年5月25日全米公開
アンソロジー「(タイトル未定)」
フィル・ロード&クリストファー・ミラー監督(代表作「LEGO ムービー」)
                                        2019年公開
エピソード9「(タイトル未定)」
コリン・トレボロウ監督(代表作「ジュラシック・ワールド」)

正規のエピソードは2年ごと。
アンソロジー第1弾「ローグ・ワン」は、
時代をさかのぼり、
反乱軍のローグ中隊の荒くれ者たちが、
デス・スター奪取計画を立てる、という内容。
主演はフェリシティ・ジョーンズ(「博士と彼女のセオリー」)。

アンソロジー第2弾は、
若き日のハン・ソロが主人公。
モス・アイズリーの酒場で
ルークやオビ=ワンらと出会う以前、
密輸団の一味だったハン・ソロを描く。
脚本はローレンス・カスダンとその息子のジョン・カスダン。

更にテーマパークでは、
「スター・ウォーズ」単独のテーマランドが建設される。
カリフォルニア州アナハイムのディズニーランドと
フロリダ州オーランドのディズニーワールドに、
東京ドーム1.2個分の面積で建築される。
中には大型アトラクションが二つ入る。
ひとつは、ハン・ソロが操縦する宇宙船
ミレニアム・ファルコン号に乗り込むタイプのもの。
もうひとつは、ファースト・オーダーと
レジスタンスの戦いの中を冒険するタイプのもの。

残りの4本とテーマパークを観るまでは、
まだ死ぬわけにはいかない。

タグ: 映画




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