『永い言い訳』  書籍関係

実は風邪を引きました。
一昨日あたりから調子が悪くなり、
ノドがガラガラ。
昨日病院に行って薬を処方してもらい飲んでいますが、
なかなかよくなりません。
昔なら1〜2日ですぐ回復したのに。
そういえば、今年始めにもカゼで寝込んでおり、
1年に2回とは。
やはり年齢を争えません。
つくづく「健康が一番」と感じます。

↓はコンビニで見つけた「スター・ウォーズ」関連のお菓子

クリックすると元のサイズで表示します

↑栗山米菓製の、星のかたちのおせんべい。
その中身。

クリックすると元のサイズで表示します

↓東ハト製のキャラメルコーン。

クリックすると元のサイズで表示します

昨日発売のはずの、ダースのダースベイダー仕様↓は

クリックすると元のサイズで表示します

まだ入荷していませんでした。


〔書籍紹介〕

クリックすると元のサイズで表示します
                          
映画監督でもある西川美和の作品。
先の直木賞候補

主人公は小説家の津村啓。
美形なので、テレビのクイズ番組などにも出演している有名人である。
本名は衣笠幸夫(きぬがさ さちお)といい、
野球の衣笠祥雄と読みが同じことから、
子供の頃からいろいろいやな思いをしている。

啓の妻の夏子は美容師で、
友達の大宮ゆきと旅行に行った時、
バスの湖への転落事故で命を落す。
妻が事故にあった時、啓は女性編集者と寝ていた。
そのことが啓の罪悪感を刺激する。

一緒に亡くなったゆきの夫・大宮陽一と親しくなった啓は、
長距離トラックの運転手である陽一が
子供の世話ができないのに同情して、
奉仕を買って出る。
中学受験前の息子・真平が塾に行く日、
4歳の灯を保育園まで迎えに行き、
真平が塾から帰るまでの間、
灯と過ごすのだ。
始めぎこちなかった灯と真平も次第に打ち解け、
啓は偶然出来た疑似家族の中にのめりこんでいく・・・

というわけで、啓の視点、妻の視点、
陽一の視点、真平の視点と
めまぐるしく変化しながら、
啓をめぐる大宮家との関わりを描写していく。

始めのうち、啓の身勝手な感覚を好きになれず、
ついていけないものを覚えたが、
疑似家族が出来上がってからは
なかなか面白くなった。

突然身近な人間を失った時の戸惑い、
周囲の反応との対応が
ほう、そういうものか、
と興味をそそる。

妻の遺品の携帯電話が
湖に沈んで故障していたのが、
一瞬機能がめざめて、
その中に
「もう愛してない。ひとかけらも。」
という記述を見つけ、
その直後、
携帯電話は本当に息を止めてしまう。
そういう、強烈な描写も出て来る。

妻を失った作家のドキュメンタリーに出演したばかりに
その撮影現場で、
何度も黙祷させられるシーンを撮らされたり、
いろいろ訊かれて答弁に苦しみ、
思わず本音をもらしてしまうなど、
珍しい境遇の描写もある。
その種のドキュメンタリーの偽善性が暴かれる場面だ。

その番組を見た編集者が手紙を送りつけて来て、
「津村先生、貴方の今には人を引きつける葛藤がない」
「もの書く者の葛藤だけが、
人間の、解決不能の孤独や絶望に寄り添えるのだ。
私はこの職に従事する者として、
そう信じてもいます」
「書いてください。
結局この言葉しか知らぬ私たちの無能をお笑いください。
しかし、これより他に、
無いのです。
ただ、書いてください」
との手紙を読んだ啓が

そのまずい手紙を
衣笠幸夫は三度地面に叩き付け、
お前が書け!
と三度叫んだ。

という描写も面白い。
人は脇から見て、
なんとでも言えるものなのだ。
実害がない限り、
人の人生には干渉しない方がいいのに。

他にファンだという女性の同情に対する
次の啓の反応。

ただ悪意が無いことをかさにきて、
無遠慮に他人の領域や
後ろ暗いところに踏み込んできては、
心を荒らす。
こちらが反撃の刀を降り下ろせば、
相手は受け身が出来ていないので
必ず深手を負って、
派手に血しぶきを上げる。
どうしてこんな気持ちにさせられる。
幸夫は一刻も早くこの場から逃げ去りたかった。

終盤、陽一親子の側に女性が登場することによって
関係性が変り、
一時期疑似家族は崩壊するのだが、
その修復の過程も興味深い。

最後に啓は、亡き妻へ手紙を書く。
その一節。

時間には限りがあるということ、
人は後悔する生き物だということを、
頭の芯から理解しているはずなのに、
最も身近な人間に、
誠意を欠いてしまうのは、
どういわけなのだろう。
愛するべき日々に
愛することを怠ったことの、
代償は小さくはない。
別の人を代わりにまた愛せばいい
というわけでもない。
色んな人との出会いや共生は、
喪失を癒し、用事を増やし、
新たな希望や、再生への力を与えてくれる。
喪失の克服はしかし、
多忙さや、笑いのうちには決して完遂されない。
これからも俺の人生は、
ずっと君への悔恨と
背徳の念に支配され続けるだろう。
こころのうちで謝ったとて、
それを赦してくれる
君のことばは聞こえて来ない。 


前半は、つまらん小説と思ったが、
後半は持ち直し、面白く読んだ。

で、直木賞選考委員の講評だが、結構厳しい。

林真理子
映像出身の作家によく見られる、
会話の過剰さやボキボキとした感じもなかった。
しかしこの砂糖菓子のような味わいが、
「流」の強烈さの前ではまたたくまに溶けてしまった。

伊集院静
作者が用意した設定に
登場人物の感情が追いついていない
もどかしさを感じた。
人間の業、性が設定を追い越すような、
或る種の“こわれ、くずれ”のようなものが
必要なのではなかろうか。

高村薫
ここに描かれた小説家の「ぼく」をはじめ、
登場人物たちはみな
作者の美意識や気分のために造形された
人工物の皮相さで、
誰ひとり生身の肉体をもって人生を生きていない。

東野圭吾
私は、世間の評価が高いのに
自分が読んでもその良さがさっぱりわからない時、
「この作品はたぶん純文学だ。
自分に純文学的素養がないから理解できないのだ」
と思うことにしている。
なぜ愛してもいなかった妻の死に
主人公がこれほど縛られるのか、
全く理解できない。
大抵の男は、
自分に都合のいいことしか覚えておらず、
かつて妻をどんなふうに傷つけたかとかを振り返ることもなく、
したがって言い訳をする発想もないのではないか。

北方謙三
いくらか不足しているものが、
根底にあるのではないだろうか。
小説の魂である。
小説で表現するしかなかった、
という必然性とでも言うのだろうか。
繊細な言葉と、豊かな感性をお持ちである。
惜しいと思った。

桐野夏生
著者は、魂のちっちゃい男を描くのが異様にうまい。
今回は魂が大きくなってしまったようだ。
物語の構成も物足りなかったが、
最大の物足りなさは、
長く続いてうねる感情が描かれていないことだ。

浅田次郎
(「流」と共に)一票を投じた。
垢抜けているのである。
既成の文学に縛られず、
いわば小説のメソッドに忠実でない
自由奔放な作風が痛快であった。

宮部みゆき
第141回の候補作「きのうの神さま」を落選させてしまったことで、
大きな借金があると感じてきました。
今回それを返済したかった。
が、届きませんでした。
〈死という不可逆の喪失からの回復〉というテーマは、
現実の人生にとって大切なものですが、
創作物のなかでは、
昨今いささかインフレ気味にいっぱい書かれている気がします。
                                                                  




AutoPage最新お知らせ