『銀婚式』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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篠田節子
毎日新聞「日曜くらぶ」に
2010年5月から2011年4月まで連載した作品。

都立の受験校から国立大にストレート入学し、
証券会社につとめて海外勤務
中学時代の初恋の人を妻にし、
順風満帆に近かった高澤修平の人生に変調が起きたのは、
ニューヨークに連れて来た妻子の問題だった。
家を出ない妻を「心の病気」と思って邪険に扱い、
無断で息子を連れて日本に帰国されてしまい、
日本で診断を受けると
甲状腺ホルモン分泌不足による自己免疫疾患と判明、
思いやりのなかった夫に愛想をつかされて離婚された。

続いて勤めていた証券会社が破綻し、
(おそらく山一証券がモデル)
さっさと退職届を出して帰国する同僚を横目で見ながら、
敗戦処理に留まって2年。
帰国した時には、
就職先は先に帰国した同僚によって占められていた。

ニューヨーク勤務時代の友人の紹介で中堅損保会社に就職し、
本社勤務でかつての経験が生かされるが、
ほどなく事業が縮小され、
船橋支社に異動。
そこで個人代理店の縮小にあたることになる。
コンピューターシステムの導入、
資格試験の導入が実は個人代理店斬りであることを知りながら、
高澤は今まで保険会社を支えて来た個人代理店を支援する。
最後に個人代理店の統合方針が進む中、
高澤の体に変調が起こり、
と診断され、
事実上の解雇となる。

次の就職先が決まらない中、
新幹線の中で偶然隣席となった
アメリカ時代の知人の紹介で
東北地方の田舎の大学の専任講師として赴任していく。
しかし、その大学は進学雑誌の偏差値評価の対象外で、
学生の学力は中学生並みの学生の集まりだった・・・

というわけで、
40歳を過ぎてから会社の倒産に遭い、
畑違いの会社で働いて鬱になり、
最も下層の大学で学生に対峙していくという、
一人の男性の変転の人生を見つめる。

その間に面会権は残った息子の大学受験に付き合い、
実家の両親の高齢化に直面し、
さらには別れた妻の実家の介護にまで関わらなければならない。
なかなか大変なのだが、
数々の事件が
篠田節子の手にかかると、
まことにリアリティをもって展開する。

中には、大学の職員の女性との恋模様もある。

特に損保会社の個人代理店斬りにまつわる
様々な事態が
目に浮かぶように描かれる。

大学で預かった学生たちを
何とか一人前にして就職させなければならない
奮闘も詳細だ。

中でも実家と元妻の家での介護に振り回される描写は
今の時代を反映して鋭い。

高澤の父親の言う
「人生、うまくいかないからおもしろいんじゃないか」
という言葉が重く響くが、
実際の渦中にある人間にとってはたまらない現実だろう。

「銀婚式」という題名の意味は、
最後になって分かるが、
別の題名はなかったのだろうか。
                                       
損保会社で部下を叱りつけた後、
女子社員に廊下で声をかけられて、
言われた言葉が切ない。

「二度と言いませんから聞いてください。
次長の言っていること、正しいです。
でも、次長の職場って、
ニューヨークでも霞が関の本社でもなく、
ここなんです。
次長はここの人なんですよ。
異動するか、会社変わるまでは。
どんな優秀な人でも、
仕事って、一人でするものじゃないから・・・」

息子の翔の受験の相談に乗る時の高澤の述懐。

瞳に悲壮な色が浮かんだ。
その表情も一瞬で、
すぐに笑みに変わる。
怖いもの知らずの年代に特徴的な、
いくぶん不敵な感じのする笑顔だった。
自分にもこんな根拠のない自信を抱いていた時期があった、
と高澤は思い出す。
長すぎるほどの未来を抱えて、
少しの怖れも抱かず、
努力すれば道は開けると
無邪気に信じこんでいた人生の夏は、
考えてみれば
妻がニューヨークの自宅を出て行った
十年前に終わったのかもしれない。

ぬるま湯にひたったような大学の会議での高澤の述懐。

そんな反論を、
しかし高澤は口にすることはない。
相手を論破するより、
実績を上げる方が勝ち、
というのは、
二十数年、企業人としてやってきた高澤の学んだことだ。

学生指導で「何をやりたい?」と質問することの
無意味さを悟った時の高澤の述懐。

子供と若者が夢を語るときの「夢」や将来など、
単なる夢想だ。
夢想を巧みな形で言語化して語ることに意味はない。
夢が、現実的な希望として形を成すようになるのは、
地に足をつけて人生を歩み始めてからだ。
そのとき、人は夢を語らずとも、
その方向に向けて努力を始める。

女性が書いたとは思えない男性的な小説。
「女性らしい、細やかな視点」
などという評価は最初から拒絶している。
理想と現実の乖離をしっかりと見据えた展開。
篠田節子は肌に合う。





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