都響コンサート  音楽関係

今日は夕方からカミさんと上野へ。

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う〜ん、本気か。

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実際は、御徒町で降りて、アメ横経由で行きました。
松坂屋は、こんなに変貌。

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吉池もこんなビルに。

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で、アメ横。

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本当にここは東京唯一のアジア。

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中国人の数、多し。

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夕食は、カミさんの希望で、ここに。

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「カンブリア宮殿」「ねぎし特集」を見せたら、行きたいと。

「カンブリア宮殿」の「ねぎし」についてのブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20150615/archive

で、カミさんは、しろたんセット。(白たん厚切り3枚・6切)

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わたしはトリプルミックス。(牛カルビ、豚ロース、豚旨辛焼各2枚)

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今日の目的は、ここ東京文化会館

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開都500年事業として
1961年4月にオープンしたこのホール。
今だに有効に使われているのですから、
たいしたものです。

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いただいたチケットで
東京都交響楽団の定期演奏会。

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都響、9月だけで5回もコンサートを開催しています。
こんなに頻繁で、
2303席もあるこのホールが一杯になるのかと心配しましたが、
5階の脇席まで席が埋まっていました。

↓は休憩時に撮った写真。

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反響板が天井まで続く素敵なデザイン。

さて、本日の曲目は、

コダーイ「夏の夕べ」(約20分)
グリーグ「組曲ホルベアの時代から」(約20分)
ドヴォルザーク「交響曲第4番」(約45分)

の3曲。

指揮は、今最も将来を嘱望される若手指揮者の一人、
下野竜也(しもの たつや)、45歳。

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コダーイ・ゾルターン(1882〜1967)は、ハンガリーの作曲家。
(コダーイは姓、ゾルターンが名前。
ハンガリーでは日本と同じ、姓・名の順で表記)

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「夏の夕べ」は、
1906年、室内楽の延長として小規模の編成で作曲。
この時は2度しか演奏されず、
後にトスカニーニの勧めに従って、
管弦楽曲として改訂。

なにしろYou Tubeにも出て来ない珍しい曲です。
こんな曲を都響はどこから発掘して来たのでしょうか。

エドヴァルト・グリーグ(1843〜1907)は、ノルウェーの作曲家。

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私、この方の曲は「ペール・ギュント組曲」しか聴いたことがありません。
この組曲の中の「オーゼの死」はたまりません。

ホルベアとは、
「デンマーク文学の父」とも
「北欧のモリエール」とも呼ばれる文学者
ルズヴィ・ホルベア(1684〜1754)のこと。
1884年、ホルベアの生誕地ベルゲンで、
生誕200周年となる記念祭が行なわれることになり、
同じベルゲン出身のグリーグは、
この同郷の先人を記念する祝祭に
無伴奏男声合唱のためのカンタータと、
ピアノ独奏のための組曲「ホルベアの時代から」を作曲。
カンタータは同年12月3日(ホルベアの誕生日)に初演され、
「ホルベアの時代から」は12月7日に
グリーグ自身のピアノで初演されました。
翌1885年、グリーグ自身によって
弦楽合奏のために編曲され、
やがてこちらの方が有名になりました。
「ホルベルク組曲」とも呼ばれます。

副題に「古い様式による組曲」とあるように、
この作品はホルベアが生きていた時代の音楽、
すなわちバロック音楽の様式を借りて書かれています。

「ホルベアの時代から」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=awbEhug24lo&feature=player_embedded

アントニン・ドヴォルザーク(1841〜1904)は、
言うまでもなく、
チェコの国民楽派を代表する巨人。

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交響曲第4番ニ短調作品13(B41)は、
ドヴォルザークが1874年1月1日から3月26日にかけて
わずか85日で作曲した交響曲。
奨学金の申請のために必要で
短期集中作曲をしたと言われています。
交響曲第3番とこの第4番、
それに室内楽曲を
新たに設けられたオーストリア政府の国家奨学金の審査に提出し、
1875年、奨学金が与えられることになります。
その金額400グルデンは、
当時のドヴォルザークの年収126グルデンの2倍以上に当たります。
奨学金は年ごとに審査を受け、
ドヴォルザークは結局5年間これを受け取っています。

(なお、ドヴォルザークは生涯9つの交響曲を作曲しており、
「新世界から」は第9交響曲にあたります)

まず、第3楽章のみが1874年5月25日に
プラハでスメタナの指揮により初演され、
全曲の初演は18年も後の
1892年3月6日に
ドヴォルザーク自身の指揮により、
同じくプラハで行われました。

第2楽章がワーグナーのオペラ「タンホイザー」
「巡礼の合唱」そっくりに作られています。

「交響曲第4番」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=eijexVamOds

始まってすぐ、
大きな感動に包まれ、
こみあげてくるものがありました。
まさに、音楽の力です。

下野竜也の指揮も
前半とは別人のようにきびきびとし、
この曲にかける気持ちがひしひしと伝わって来るようでした。


↓は、会場入口で渡された袋入りのチラシ。

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クラシックの演奏会のチラシで、
数えてみたら86枚ありました。
こんなに沢山コンサートがあって、
誰が聴きに行くのでしょうか。
中には、ベルリン・ドイツ交響楽団、ロンドン交響楽団、
プラハ交響楽団、モスクワ国立交響楽団
などの名前も見られます。

というわけで、
9月早々、良い音楽をナマで聴く機会が与えられて、
芳醇な時を過ごしました。





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