『怒り』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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「悪人」の吉田修一の作品。

八王子の新興住宅地で夫婦の惨殺事件が起こる。
現場は血まみれで、
廊下に血文字が残されていた。
犯人が被害者の血を使い、
指で書いたのは「怒」という一文字だった。

犯人はすぐに特定され、
捜査員がアパートに踏み込んだ時は、逃走の後だった。
犯人・山神一也の行方は知れず、既に1年の歳月が流れた。

この逃走犯の捜査と並行して、
全国3箇所での出来事が描かれる。

一つは、房総のある町。
家出した愛子は歌舞伎町で働いている時、
NPOに保護され、
父親の洋平が迎えに行く。
その洋平の勤める漁協に
田代哲也という青年が雇われる。
ふらっと魚市場に現れて、
「仕事ありませんか?」
と訊いてきたのだ。
正体不明の田代だが、
次第に愛子と付き合うようになり、
同棲を始める。
洋平は複雑な思いで二人を見つめる。
過去に傷のついた愛子が
幸福になれるはずがない、
という思いに捕らわれているのだ。

一つは、小田急沿線に暮らす優馬という青年。
ホモセクシャルで乱脈な生活を送っていたが、
サウナで知り合った一人の男を家に連れ帰る。
その男・直人は優馬のアパートに居つくようになり、
二人の間に愛情も芽生えていた。

一つは、沖縄の離島に暮らす母子。
福岡から夜逃げ同然にやってきた
高校生の泉は、ペンションの裏手で暮らす。
友達になった辰哉と離れ小島に行った泉は
そこで廃墟に住む青年・田中と知り合う。
密かな交流をしていた田中は
やがて小島を出て、
辰哉の父の経営するペンションで働くようになる。

この3つの話が同時進行するのに並行して、
八王子の事件の捜査本部の北見の行動が描かれる。
テレビの公開捜査で様々な情報で忙殺される中、
北見は野良猫を通じて美佳という女性と知り合う。
美佳は訳ありの様子で、
北見にも前身を明かさない。

洋平の中に田代に対する疑惑が広がる。
優馬も直人が犯人によく似ている、と思うようになる。
米兵によるレイプ事件がきっかけで
辰哉にはある真実が見えて来る。
そして、北見の捜査と
この3つの線が交差し始める・・・

飯場での賃金稼ぎ、整形手術、沖縄離島での生活など、
リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件で
2年7カ月の逃亡生活を送った市橋達也
想起する内容だ。

ただ、逃亡者の生活ではなく、
逃亡者と疑惑を持たれる人物と生活する人間の中に起こる疑惑
の側から描かれるのがミソ。
要するに「一緒に生活している人間を信じられるか」
というのがテーマだが、
身元不明の人間に対する不安は当然だろう。
存在に対する不安は根源的な問いでもあるが、
内容は意外と浅い。
一つ一つの挿話が
無理して作ったような印象を与える。

小説の構造としては面白く、
3つの不審な青年のうち
誰が山神なのか、
そのいずれも違うのか、
というサスペンスで引っ張る。
ただ、あまり緊張感はない。

しかし、肝腎の犯人の
「怒」の内容がついに                              
明かされずに終わるのは、
題名にしたくらいだから
手落ちと言えるだろう。

しかし、面白く読めた。





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