オペラ『復活』  オペラ関係

今日は、午後から初台へ。

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目的地は、ここ、

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新国立劇場

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以前はよく来ましたね。

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今日は大劇場ではなく、この階段を上って、

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左右に展示されている
オペラ公演での衣裳を見ながら、

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中劇場へ。

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席は14列目のど真ん中。
中劇場はオペラ用に作られていないため、
前9列をオーケストラピットとして使用。
その関係で、実質前から5列目となりました。

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今日の公演は、これ。

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作曲者のフランコ・アルファーノ
(Franco Alfano, 1875年3月8日〜1954年10月27日)は
プッチーニと同時代のイタリアの作曲家で、
プッチーニの未完の歌劇「トゥーランドット」を補筆し、
完成させた方として有名です。

よく「プッチーニの弟子」と書かれていますが、
ちょっと事実とは違うようです。

ガンの治療中だったプッチーニは、
1924年11月29日、
突然の心臓発作で逝去。
作曲中だった「トゥーランドット」は、
王に仕える女奴隷のリューが自刃した箇所以降が未完となり、
後に23ページにわたるスケッチが残されました。

補筆を巡っての多少の混乱があった後、
1925年7月、
プッチーニの子息アントーニオがアルファーノを訪問し、
父親の遺作「トゥーランドット」の補筆を依頼。

音楽学者ドライデンによると、
アルファーノは、この依頼に困惑したといいます。
生前のプッチーニと特に親しかったわけでもなく、
教わったこともなく、
音楽院の同窓生でもなかった彼は、
「なぜ、その仕事を自分がやらねばならないか?」
と自問自答したようです。

結局、アルファーノは同年8月25日に契約書にサインし、
プッチーニの残したスケッチをもとに
仕事部屋に閉じこもって補作を続け、
1926年1月末に総譜を完成させました。

しかし、指揮者のトスカニーニ
「余りにオリジナル過ぎる」と評して
400小節弱の補筆中100小節以上をカットしてしまい、
アルファーノは激怒しましたが、
結局は削除を呑まざるを得ず、
このため、
アルファーノは後々まで引き受けたことを悔やみ、
心の傷を抱えていたといいます。

1926年4月25日、
ミラノ・スカラ座にてオペラ「トゥーランドット」が初演され、
プッチーニによる作曲部分が終わったところで
トスカニーニは突然指揮棒を置き、
聴衆に「マエストロはここまでで筆を絶ちました」と述べて舞台を去り、
幕が慌ただしく下ろされます。
そして、2夜目になって初めて
アルファーノ補筆部分を含めて
全曲が演奏されました。

アルファーノにとっては不本意だったでしょうが、
いずれにせよ、
彼の補筆によって
「トゥーランドット」は完成したのですから、
その功績は大と言わざるを得ません。

アルファーノの最大の成功作が
このレフ・トルストイ原作のオペラ「復活」で、
1904年のトリノ初演でオペラ作曲家としてはじめて成功。
作曲者の存命中に一千回の上演を達成しています。
これはものすごい大ヒットです。

アルファーノのオペラは近年再評価の兆しにあり、
特に、フランス語の台本による「シラノ・ド・ベルジュラック」が脚光を浴びています。
2010年12月には、
今度の「復活」と同じ東京オペラ・プロデュースの手によって日本初演されています。

というわけで、
オペラ「復活」は日本初演
題材に興味があったことから、
どんなオペラになっているか観に行きました。

脚本は4幕構成

第1幕 田舎にあるソフィアの邸宅

復活祭前夜。
当家で育てられたカチューシャは、
ソフィアの甥ディミトリの帰りを待ちわびる。
やがて久々に帰ってきたディミトリは、
カチューシャの姿をみとめて、
「子供の時から好きだったんだ」と抱擁し、
カチューシャは拒みながらも
その愛を受け入れる。

第2幕 鉄道駅そして雪

あの晩の翌日、ディミトリは出征してしまい、
カチューシャは子供を身ごもり、
ソフィアから追い出されてしまう。
今日、デミィトリが戦場で傷を負って帰ってくるとのことで、
子供のことを話そうと駅で待つことにしたのだが、
汽車は着くもその姿はなく、
絶望のうちに「慈悲深き神よ・・」と素晴らしいアリアを歌う。
そこへ、若い女を連れたディミトリを発見、
追いかけるものの、駅員に阻止され、
汽車は空しくも発車。
雪の線路に泣きぬれ崩れるカチューシャ。

第3幕 ペテルブルクの女囚牢

カチューシャは、客に毒をもったとして
無実の罪で20年のシベリア送りを言い渡されていた。
そこへ、ディミトリが面会にやってくる。
カチューシャの裁判で偶然陪審員をしており、
落ちぶれたカチューシャを心配して訪れたのだ。
しかし、カチューシャは知らない人、という。
シベリア送りと聞き助けにきたというが彼女はつれなく、
ディミトリは変わり果てた彼女に驚く。
カチューシャはあの駅での晩のことを責め、
子供は死んだと言う。
「すまない、責任とって結婚する」と言い出すディミトリに
カチューシャはあざけり笑う。
面会が終わり、悄然として去るディミトリ。
カチューシャは彼が置いていった
自分の少女時代の写真を見ながら眠りに落ちてゆく・・・。

第4幕 シベリア抑留地

シベリア送りの囚人たちの列の中にカチューシャはいた。
シモンソンという人格者を愛し始めている。
ここまで追ってきたディミトリは、
シモンソンに彼女とやり直したいと話すが、
二人のどちらを選ぶかは、彼女に決めさせようという。
ディミトリは、カチューシャに本心を聞くが、
彼女は、あなたを心から愛しているけれど、
今の自分にはシモンソンの方が相応しいの、と
新たに復活した女として、彼のもとを去ってゆく。
折から、復活祭の合唱が聴こえてくる・・・・。

という、原作の骨子をうまく処理した脚色。

さて、出来ばえは・・・

若いオペラ歌手たちは
歌うのが精一杯という感じで、
演技力は全くなし
従って、演劇としての高揚感はなし。

歌はそこそこだが、
それでも最後のシベリアのシーンでは胸がつまったのは、
音楽の力だろう。

アルファーノの音楽は抒情性があり、美しい音色
オーケストラもよかった。

歌手の中ではディミトリの古橋郷平が長身のイケメンで見映えもよく、
成長株。

装置は何だかヘン。
衣裳もおかしく、
女子牢の場面での女囚の衣裳は全く女囚らしくない。
誰も何も言わなかったのだろうか。

そもそも回り舞台を使いながら、
各幕の間があんなに時間が開くのは何故なのか、
理解に苦しむ。

それでも、珍しいオペラの日本初演
トルストイの描く
贖罪と赦しの物語はとても心に響いた。


入り口で配っていたチラシから紹介。

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ブルガリアが10月10・11日
プラハが10月10・11・17・18日
ワルシャワが10月12・14・16・17日
これだけ重なって、お客は入るのか。
日程調整は出来なかったのでしょうか。

↓は新国立の10月からの演目。

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