映画『ソロモンの偽証』  映画関係

今日は、新宿に出掛け、
本日オープンのTOHOシネマズ新宿で映画を観ました。

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というわけで、
新装開店のTOHOシネマズの紹介をしたいところですが、
今日は昨日の小説「ソロモンの偽証」に続き、
映画「ソロモンの偽証」について書くことになっていたので、
TOHOシネマズ新宿については、
明日掲載します。


〔映画紹介〕

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昨日のブログで紹介した
宮部みゆきのベストセラー小説を映画化。
長いので前編後編に分けて
前編を「事件」、後編を「裁判」と副題をつけ、
1カ月の間隔をおいて公開した。
それでも4時間半。

あらすじは昨日のブログを参照。
簡単に言うと、
23年前、都内の中学校で起きた不可解な生徒死亡事件を巡り、
その真相を追求しようとうする女子生徒が
学校内裁判を提唱。
学校側の反対を押し切り実現し、
その結果、事件の真相が日の目を見る、
という、一見無理な話。
その無理な話を納得させ、
事件を巡る人間模様と
人間の抱える闇の深さを描く。

実はこの映画、
前編を観た時は小説をまだ読んでいなかった。
観た後、小説を読み、
前編の部分までで止めるつもりが、
後編部分まで読み進み、
ついに読み終えてしまった。

この感想を書くにあたり、
再度前編を観、続けて後編を観た。

主な改変点は次のとおり。

@学校に赴任する卒業生は原作では野田健一だが、
 裁判の中心人物藤野涼子に変更。
 涼子の口によって事件が語られる形にした。

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Aそれと同時に、死体の第一発見者を
 野田だけでなく、涼子も加えた。
B樹理と松子がいじめられるシーンを追加、
 そこから逃げようとする涼子を柏木がとがめ、
 「口先だけの偽善者」と非難する。
 そのことが後半生きて来る。
C思い詰めた涼子が、自殺を考え、
 線路を見るシーンを追加。
 これにより涼子の覚悟が表現される。
D涼子は元々弁護側を希望したが、
 諸事情を配慮して検事役になる
 その経緯を省略。
 弁護側トリオの陣容も変更。
E樹理の証言は、原作では非公開。
 また、証言内容も松子のせいにするように変更。
F大出の家の放火で逮捕された放火犯の弁護士の出廷に
 涼子の父親が尽力した、
 というのは映画上の創作。
 これにより、涼子の父親の存在が大きくなった。

以上のとおり、
原作からの変更点は意外と少ない

では、原作から何が変わったか。
脚色者は、長大な原作の繁りに繁った枝葉を切り落とし
涼子の家、樹理の家、松子の家、森内先生の事件に絞った。
最低限必要な枝葉を残し、
一本の幹をそそり立たせた。
大長編の映画化の場合、
ダイジェストの印象を避けられないが、
この映画の場合、
枝葉をきれいに整理して、
更に創作を加え、
原作のテイストを損なわず、
ダイジェスト感も与えず、
適切に肉付けしてみせた。

日本アカデミー賞に「脚色部門」があれば、
受賞間違いなしの巧緻な脚色である。
脚本は真辺克彦
監督の成島出監督は「孤高のメス」「八日目の蝉」でも
優れた脚色を脚本家から引き出した。
(別々の脚本家)
日本映画には珍しい「小説を読める監督」なのかもしれない。

従って、野田健一の家庭での重大事件、
柏木卓也の兄との確執、
大出俊次とつるんでいた
橋田祐太郎、井口充の家庭、
廷吏をつとめる山崎君、
大出材木店の放火事件の詳細、
佐々木刑事の周囲の事情、
裁判を巡る諸事情等は
ばっさり切った。
従って、野田家の父母も
柏木の兄も
弁護士も塾の経営者姿を見せない。

もしテレビドラマ化したならば復活するだろう。

ただ、柏木卓也の人物像
必ずしも明確でないので、
ラストのくだりは納得できない人も出るだろう。
これは、原作共通の欠点だ。

俳優陣も豊富で、
佐々木蔵之助夏川結衣の涼子の両親、

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津崎校長の小日向文世
森内先生の黒木華
北尾教諭の松重豊
樹理の母の永作博美
みんな良い演技を見せる。
高木学年主任の安藤玉恵など、
いかにもありそうな教師像だ。

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そして、オーディションで選ばれた中学生たち。
藤野涼子役の芸名が役名と同じの藤野涼子
この子を選んだだけで作品の成功が約束されたほどの好演ぶり。
表情の演技が出来るので、
彼女の表情が雄弁に物語る。

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三宅樹理役の石井杏奈

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浅井松子役の富田望生
二人とも好演。
男の子たちは少々力量不足か。
もっと陰影があればよかったのだが。
しかし、いずれにせよ、
素人である子どもたちに
長期にわたるリハーサルで鍛え上げた
成島出監督の努力は敬服する。

特に後編は、
この事件で傷ついた人々への癒しの雰囲気が高まる。
津崎校長、森内先生、三宅樹理、そして松子の父母・・・

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映画の中に「14歳だから出来たのだと思います」
という言葉が出て来るが、
まさに、大人たちが「大人の事情」で覆い隠そうとした事件を
一途に解決しようとする子どもたちの姿に
大人たちは脱帽し、恥じ、尊敬する。
私は少年少女を主人公にした小説も映画も
最近感受性が薄れている。
というのも、抱える問題が
「時間がたてば解決する問題」に思えてしまうからだ。
それがまさに「大人になること」であり、
悪く言えば、妥協し、誤魔化して生きていくことに他ならない。
この映画を観て、
久しぶりに中学生たちの純粋さに心が洗われる思いがした。

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そして、
「自分の罪は自分自身で背負っていくしかないんだよ。
いつか乗り越えるその日まで」
という言葉が胸を打つ。
(これは、映画オリジナルのセリフ)

ただ、裁判描写に付き物の
「異義あり」「誘導です」という丁々発止の展開がなかったのは残念か。
あれほど誘導尋問だらけだったというのに。
それに傍聴者が多すぎないか。
あと、「本人です」の追認描写は必要だったのではないか。

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前後編合せて、
5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=TwP5IDe6cok



タグ: 映画




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