小説『ソロモンの偽証』  書籍関係

〔書籍紹介〕

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

この小説、とにかく長い
単行本で3冊

クリックすると元のサイズで表示します

各巻700ページを越え、
3冊まとめると、正味2160ページ
3冊重ねると厚さ11p

クリックすると元のサイズで表示します

重さは各巻700gを越え、
3冊合わせて2.14s

クリックすると元のサイズで表示します

文庫版は6分冊
厚さを敬遠したのか、
図書館では文庫本の待ちが多いのに対して、
単行本はすぐ借りられた。

元々小説新潮2002年10月から
2011年11月まで
9年の歳月をかけて連載されたものだ。

最近の宮部作品は長いのが多く、
その分量に圧倒されて遠のいていたのだが、
映画「ソロモンの偽証・前編 事件」が面白かったので、
読む気になった。
当初、映画で描かれた前半部分で中断し、
後編の映画を観た後で、残りを読もうと思ったが、
あまりにの面白さに止まらず、
最後まで読了してしまった。

それほど面白い。
さすが、ストーリーテラーの天才宮部みゆき
読者を飽きさせない。

長くなった理由は、
登場人物に対する書き込みが半端でないからだ。
たとえば藤野涼子の家庭環境、
野田健一の父母に対する思い、
自殺した少年の兄の葛藤・・・
そうしたことが細密に精密に描写され、
一家の歴史が述べられる。
ストーリーの進展には寄与しない部分だが、
だからこそ物語に厚みを加える。
ここまで細かく描くか、
と思わせるが、
そこで描かれる人物像が魅力的なので、
読者を惹きつける。

時代はバブル景気真っ盛りの1990年
もうじきにバブルがはじける少し前。
舞台は東京都城東区(江東区のことか)城東三中。

クリスマスの朝、
雪の積もった校内で
2年生の柏木卓也の死体が見つかる。
夜中に屋上から落下したものらしく、
落下に伴う以外の外傷はみつからない。
1カ月ほど前から不登校だったこと、
クラスに友だちが少なく、
ものごとを突き詰めて考える性格だったことなどから、
警察も両親も飛び降り自殺と判断する。

しかし、年が明けて、新学期が始まる直前、
3通の匿名の告発状が郵送される。
大出俊次を頭とする不良3人組が卓也を屋上から突き落とすのを見た、
これは自殺ではない、殺人だと告発する内容だ。
告発状は校長宛に1通、
同級生の学級委員の藤野涼子宛に1通。
涼子の父親が警視庁の刑事だったことから
警察への通報を狙ったものと思われた。
学校も警察もそれが捏造だと判断し、
事実を伏せて生徒に聞き取り調査を行う。
学校は告発状を出したのは、
ニキビに悩む同級生、三宅樹理とその親友の浅井松子であることを把握するが、
その事実は秘匿された。

しかし、告発状はもう1通あり、
それは担任の若い教師・森内先生へのものだった。
だが、森内先生が受け取ったはずの告発状が
破り捨てられた状態で
テレビ局の報道番組に送りつけられ、
学校の隠蔽体質を指弾する番組として放送されたことから、
学校が緊急保護者集会を開くことになり、
保護者や地域住民を巻き込んだ大騒動へと発展してゆく。

そんな中、松子が交通事故で死亡し、
事件との関連が噂される。
また、大出俊次の父親の会社が放火で燃え、
祖母が死ぬという事件も起こる。

その間、涼子たちには真相は明かされず、
学校は沈黙したままだった。
藤野涼子はそんな現状に満足出来ず、
自分たちで真相の究明をしようと決意する。

ここまでが第T部「事件」のあらまし。

第U部「決意」では、
真相を明らかにするために
夏休みの課外活動として「学校内裁判」を開こうとする涼子たちと
それに反対する学校との確執、
教師の涼子に対する殴打事件などがあって、
ついに開催することになった裁判への準備状況が描かれる。
被告は何の証拠もないのに
犯人じゃないかと噂される不良トリオのリーダー、大出俊次。
学年トップの成績の井上康夫が判事を、
本当は弁護人をしたかった涼子は検事役に
そして、学外から
エリート中学の神原和彦(かんばら・かずひこ)が弁護人をつとめることになる。
柏木卓也の死体の第一発見者である野田健一は弁護人助手になる。

その準備の途中、
森内先生に送られた告発状がなぜ放送局に届けられたかの謎が解明され、
出廷に反対だった大出俊次の父親が
放火の容疑で逮捕されるという事件も起こる。
大出の父親の顧問弁護士である風見弁護士
探偵事務所の河野所長などの応援もある。
柏木卓也の家に事件当日かけられた電話の謎も深まる。
柏木卓也、神原和彦が小学校時代に通っていた学習塾の存在も明らかになる。
そして、告発状を出した当人と噂される三宅樹理の証人出廷も決まる。
こうして学校内裁判の準備が整うまでが第U部。
普通なら実現不可能なこの裁判が実現されるまでの
細かい経過を積み上げる宮部みゆきの手腕は鮮やか。

続く第V部「法廷」では、
8月15日から20日までの6日間の裁判の様子を
細密に描写する。
9人の陪審員も廷吏も、すべて中学生。
大人たちは傍聴席を埋め、
関係者が証人席に立つだけ。
意外な証人の出現や
マスコミの報道や
背後での様々な確執が描かれ、
ページをめくる手がもどかしいほど。
最終日には、新たな証人が事件の真相を明らかにする。
そのあたりは実際に読んでもらうしかないが、
裁判を巡る大人たちの視線は、
冷たい反応も描いてはいるが、
終始好意的だ。
特に、ものごとの分かっている人ほど
裁判に期待し、
取り組む子どもたちを高く評価する。
そして、暖かい助言をする。

物語の落としどころは、
柏木卓也の特異性が納得できるかどうかで
評価は別れるところ。

こどもたちを見守る大人たちが魅力的。
涼子の父母、津崎校長、風見弁護士、河野探偵事務所所長たちが
みな魅力的に描かれている。

裁判長、検事、弁護人、証人そして陪審員の子どもたちがよく描けていて、
裁判の終わりには、
深い友情が芽生える。
そして、学校という、ことなかれ主義の権化みたいなものに反抗して、
真実の解明に取り組み、
大きなことをやり遂げた満足感に満ちた
子どもたちの姿は美しい。
思わず泣きそうになった。

裁判の終わりに神原和彦が言う言葉。

「柏木卓也君が亡くなった事件について、
僕は当事者です。
しかし、この学校内裁判には、
唯一の学校外の人間として携わってきました。
その過程で、強く感じたことがあります」
皆さんは立派です、と言った。
そこから、口調に力が戻ってきた。
「この難しい裁判を企画し、
実現させました。
その勇気と創意と努力に、
深く敬意を表します。
ほかの学校では、
きっと実現できなかっただろうと思う。
皆さんだから、ここまで来られたんです」

津崎校長のセリフ。

「我々大人どもは、
あの子たちに完敗です」

エピローグでの野田健一の言葉。

「あの裁判が終わってから、僕ら」
いちばんふさわしい言葉を探して、
健一は校長室の窓から差し込む
春の日差しに目をやった。
「──友達になりました」
それぞれに歩む道は違っても、
今でも友達だ。

こうした子どもたち、
それもとびきり出来のいい子どもたちの姿を読んでいて、
小説として読む分には
読者の想像力で補いながら進むのでいいが、
役者が生身の体で演ずるのは、
演技力がものを言うだろうと危惧した。
その予感は、映画では半分的中、半分外れた。
特に藤野涼子役が重責を果たした。

しかし、連載9年間。
よく続いたものだ。
その持続力に感心する。

著者自身も、次のように言っている。

この10年間、
私はずっと
この作品の中に「留年」していました。
やっと卒業です。
嬉しいけれど、淋しい。
自分のうしろで ゆっくりと
門が閉じてゆくのを
見つめているような気持ちです。

いずれにせよ、
宮部みゆき渾身の大力作。
読む方も決心さえすれば、
最後まで行き着くに違いない。

ソロモンとは、
旧約聖書に出て来る3代目のイスラエルの王で、
民衆の争いごとを裁いた人。
有名な裁きでは、次のような話がある。
二人の女が赤ん坊を自分の子供だと言い張り、
ソロモン王の裁きを求めに来たところ、
ソロモン王は
「この赤ん坊を剣で二つに裂き、
二人の女に半分ずつ与えよ」
と裁定を下す。
すると、二人の女性の内の一人が、
「王様、お願いです。
この子を生かしたままこの人にあげてください。
この子を絶対に殺さないでください」と言った。
すると王はこの女性を母親と認めたという。
似たような話が大岡政談にもある。

題名については、
新潮社の紹介ページで、
著者は、次のように言っている。

私の場合、いつもアイデアと一緒にタイトルが出てくる。
これが同時に出てこない作品って、大抵ポシャるんです。
今回は幸いにも全くブレなかった。
敢えて説明してしまうなら、
そうですね、
最も知恵あるものが嘘をついている。
最も権力を持つものが嘘をついている。
この場合は学校組織とか、
社会がと言ってもいいかもしれません。
あるいは、最も正しいことをしようとするものが
嘘をついている、ということでしょう。
 

なお、文庫版の6巻目の最後に
収録されている「負の方程式」という小説では、
20年後の藤野涼子が描かれており、
神原和彦と結婚して弁護士になっている。
映画では涼子は教師となって、
城東三中に赴任し、
現校長から「藤野先生、いえ中原先生」
と呼ばれていることから、
神原とは結婚していないという設定のようだ。






AutoPage最新お知らせ