『「日本の朝鮮統治」を検証する』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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著者のジョージ・アキタ氏はハワイ大学の名誉教授。
共著者のブランドン・パーマー氏はコースタル・カロライナ大学歴史学部準教授。
この二人の研究者が
日本の1910年から45年までの35年間の統治期間の内容を
あくまでも史実に基づき
可能な限り客観的にこれを検証したのが本書である。

その結果、次のように結論づける。

列強の植民地政策との対比において、
日本の朝鮮統治は
現実主義と相互主義に裏打ちされた、
よく穏便でバランスの取れた政策の下に実施され、
戦後韓国の
あの驚異的な発展の奇跡の礎になったとの
結論を下すに至ったしだいである。

韓国は、これを「歴史修正主義」と呼ぶだろう。
しかし、一つの歴史観が全面的に正しく、
一点の修正も許されないとするならば、
その考えの方が間違っていると言わざるを得ない。
韓国人は日本の植民地統治を
「世界で最も残虐な植民地政策だった」
と言うが、
あまりに世界史を知らない考えてあることは明白である。
西洋がアジア、アフリカそして南米で行った植民地政策を知らないのか、
と言いたい。

それに比べ、
日本の朝鮮統治は、
学校を建てて教育を施し、
建物や道路を整備し、
ダムを作り、農地を改革し、
インフラを出来る限り整備した。
公立小学校の生徒数は1910年の2万2百人から
1937年には約45倍の901万1209人に増えている。
朝鮮から搾取したわけではない。
というより、当時の朝鮮には搾取に値するものなど何もありはしなかったのだ。
また、朝鮮人を奴隷にしたわけでもない。
むしろ、併合後の朝鮮を日本の一部として、同化させようとして、
投資し、教育し、生活を向上させようとしたのである。
今、口を極めて日本の統治時代を非難する人は、
そういうことは脇に置いておいて、
とにかく「ひどい時代だった」と言うのである。

従って、少しでも日本の統治を評価する動きには、
すさまじい圧力が生まれる。
高麗大学の韓昇助教授もその一人で、
日本統治にプラス面を発言しただけで、
韓国民衆の怒りを買い、
高麗大学を辞めざるを得なくなった。
植民地時代に関する開かれた議論は封殺されるのである。
また、「日本の統治時代はよかった」と言った老人を
若者が撲殺する事件も起こっている。

慰安婦問題も、
彼女らが慰安婦になった過程においては、
それが公娼制度の延長であり、

当時、おびただしい数の朝鮮人女性が
父親または夫によって売春宿に売られたり、
あるいは一家を貧困から救うために
自ら進んでその道を選んだりしていた。
                      
と正確に書く。

われわれは多くの慰安婦が
性的奴隷の苦しみを体験したことを
決して否定するものではない。
しかしながら、
われわれは同時に、
慰安所に関するほぼすべての帳簿に、
全ての日本兵が、
日本人あるいは朝鮮人の慰安所経営者に対して、
自らが受けた性的サービスの代価を
きちんと支払ったと記されている点に注目する。
だが、女性たちに賃金を支払うか否かは
経営者しだいだった。

日本の軍隊が慰安所システムの維持の面で
重要な役割を演じたことは確かだが、
決して日本軍だけに責任があったわけではなかったのである。


そして、こうも付け加える。

ちなみに、こうした議論の中でしばしば無視されてきたのが、
多くの日本人慰安婦である。
「朝鮮人の活動家や研究者は、
性的奴隷として酷使された朝鮮人女性と、
商業目的のために自らの意思で
その世界に身を置いた日本人女性を
明確に区別することが重要であると考えた」。
しかし、日本人の売春婦たちとて、
朝鮮人の売春婦たちと同様の犠牲を払わされていたのである。
彼女らの多くは貧しい家の出で、
家長によって売春宿に売られたのだ。
しかし、国際社会は
これらの女性たちのか味わった塗炭の苦しみについては、
なぜか憤慨しないのである。

「訳者あとがき」で、
訳者の塩谷紘氏は、
次のように触れている。

『従軍慰安婦』問題を巡る非難の主因は、
ご承知のように
朝日新聞による報道でした。
1992年1月、
日本軍葉「朝鮮人女性を女子挺身隊の名で強制連行した」
と朝日新聞が報道したことが発端となって、
『従軍慰安婦』がまず日韓の間で政治問題化したのです。
朝日新聞は、
慰安婦に関して報道するにあたり、
アキタ、パーマーの両氏が説く
「史実を真摯に検証」することの重要性を
肝に銘じることもなければ、
アモス・オズ氏が求める
「表現の正確性を厳密に追求」することもなく、
朝鮮における女子挺身隊と慰安婦の
「ニュアンスの差異を鋭敏に嗅ぎ取る」努力も、
「精妙さを的確に察知する」努力も払わなかったのです。

この本が刊行されたのは、
2013年8月28日。
慰安婦問題での誤報を朝日新聞が認める
丁度1年前のことである。

著書の最後に、著者は次のように記す。

同化を進め、
支配体制を確立させる段階において、
日本が朝鮮の人々に深甚な苦痛、屈辱感、
そして怒りを味わわせたことは否めない。
しかし、民族史観的パラダイムのもとでは、
不幸にして、
朝鮮の人々のこうした否定的な体験のみに焦点が絞られる。
だがそのように体験談では、
決して朝鮮統治のすべては語れないのである。
われわれは今回の研究を通して、
日本政府並びに朝鮮総督府の上層部は
公平であることを肝に銘じて統治にあたり、
朝鮮の人々の安寧のために
懸命に努めたことを示してきた。
もちろん、本研究は
朝鮮において日本が行ったことを
取り繕うことを意図してなされたものではない。
だが、一方でわれわれは、
日本による朝鮮統治を可能な限り客観的に検証した本研究の成果を通して、
朝鮮・韓国系の人々が往々にして
極端に偏見に満ち、
反日的な歴史の記憶をあえて選択して記憶に留める傾向を、
可能なことなら
少しでも緩和するお手伝いをするべく努力してきた。
その中でわれわれ二人にとって非常に印象的だったのは、
朝鮮の近代化のために、
日本政府と朝鮮総督府が
善意をもってあらゆる努力を惜しまなかったという事実だった。
だから日本の植民地政策は、
汚点は確かにあったものの、
同時代の他の植民地保有国との比較において、
アモス氏の言葉を借りて言うなら、
「9分どおり公平 almost fair」だったと
判断されてもよいのではないかと愚考するしだいである。

ものごとに全面的に正しいこともなければ、
全面的に悪いこともない。
そして悪かった点については、
日本は反省し、
日韓基本条約を締結し、
何億ドルもの経済援助を行っているのである。

なのに、いまだに「日本は反省が足りない」と言う。
そう言えば言うほど、
みずからの狭量さを示すだけだというのに。

これについては、
以前にも紹介した
「NEWS ポストセブン」2014年4月1日配信分にあった
コメントを紹介しよう。
ベトナム戦争の時、
韓国軍によってベトナム人が悲惨な目にあったことについて、
ベトナム人が韓国を告発したりしないことについて、
元朝日新聞記者の井川一久氏の言葉。

「韓国には『恨(ハン)』という文化が根付いているが、
ベトナムは違う。
過去を恨むことは恥だと考えます。
ベトナム人には被害を“誇り”にするような文化はないので、
性的被害に遭ったことも
自分からは告発したりしない。
声高に賠償を求めることもありません」

産経新聞ソウル駐在特別記者の黒田勝弘氏が続ける。

「ベトナムは1992年に
韓国と国交正常化を果たしましたが、
これまで韓国に謝罪や反省、
補償を求めたことはありません。
それだけではない。
ベトナムは60年以上も自国を植民地支配した
フランスにも謝罪や補償を要求したことがない。
でも、これが国際関係の常識です。
歴史認識に固執して、
対話や交流、協力を疎かにするのは
国益を損なうばかりで
賢明じゃないというのが国際スタンダード。
韓国よりも経済的に劣るベトナムのほうが
成熟した思考や態度を備えているのは
皮肉なことです」

本書においても、
日本人に対する朝鮮民族の憎悪の根源について、
このように書かれていた。

朝鮮における反日感情の根源は、
民族の誇りが傷つけられたことにある。
朝鮮人は、高度な文明社会だった祖国が、
野蛮人とみなされていた日本人によって侵略されたことで
侮辱され、面子をつぶされたと感じている。
朝鮮民族は、
『偉大な民族』が
儒教や仏教の手ほどきをしてやった民族に
侵略されたという事実を
どうしても受け入れることができないから、
いつまでも日本人を憎むのである。

まさに「恨」(ハン)そのものだが、
このような感情に支配されている限り、
韓国の未来はないだろう。

「訳者あとがき」で訳者は次のように書く。

国際社会には、
朝鮮統治を含め、
日本とアジア諸国との
過去の関係のもろもろの局面に対する誤解が少なくありません。
しかし日本はこれまで、
この誤解を解くための自己主張を積極的にしてきませんでした。
これからの日本人は、
祖国の来し方について正しく知り、
その知識をもとに国際社会に向かって
堂々と情報発信をしていかなければならないと思います。

どうも日本人は
いいがかりに対して、
あれこれ弁明(正しくは説明)するのを美しくない
と思っている節がある。
しかし、中国と韓国という
歴史の捏造がお手の物の国が隣国にある以上、
言うべきことは言わないと、
言われたことが正しいと思われてしまうのも事実だ。
それにしてもやっかいな国が
隣にいるものである。






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