『悟浄出立』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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「鴨川ホルモー」「鹿男あをによし」など
奇譚的な作品が多い万城目学(まきめ・まなぶ)だが、
この作品は真面目な作り。
というか、ああ、万城目学って、
こういう作品も書けるんだ、
と認識を新たにした。
いずれも中国の歴史書などを題材に取り、
英雄の脇にいた人物に焦点を当てている。

悟浄出立

天竺を目指す三蔵法師一行の中の一挿話。
妖怪の楼閣前で三蔵たちを守る結界を作ってから
食糧の調達に出かけた孫悟空に対し、
残された一同は結界から出て、妖怪に捕らわれる。
結局孫悟空に救出されるのだが、
その間に沙悟浄猪八戒の話を聞く。
猪八戒は元は天界の軍勢の将軍であり、
軍人たちに崇拝される存在だった。
不祥事を起こして天から地上に落とされた時、
誤ってブタにぶつかり、
今のような姿になったという。
猪八戒にとっては、
天界にいた時のことは、
今は懐かしい思い出になっている。
猪八戒は「過程こそが美しい」ということを
孫悟空から学んだという。
そして・・・

趙雲西航

「三国志」に題材を取る。
蜀をほろぼす為に劉備の軍船に乗って川を溯る趙雲将軍
船の係留地で諸葛亮(諸葛孔明)と共に夕食を囲み、
そこで故郷に対する議論をする。
一方、同行する張飛将軍は、
俺の故郷は劉備だと言う。
趙雲は、自分の故郷の真定に思いを馳せる。

虞姫静寂

秦を滅ぼした項羽の寵愛を受ける(ぐ)は、
咸陽の後宮にいた時、
訪れた項羽の側近に見出されて項羽の前に連れ出された女だ。
項羽は女に「虞」という名前を与え、
戦場に常に連れ歩き、
女は「虞美人」と呼ばれる。
やがて戦局が悪化し、
追いつめられた項羽は、
囲んだ敵兵が歌う、
故国・楚の歌を聞き、
ついに自分の兵たちが敵に飲み込まれたことを悟る。
最後の戦闘前に開いた宴の前に
項羽は前に与えた簪と耳飾りの返還を求め、
「虞」という名も返上させ、
自由にどこにでも落ちのびるように言う。
その後、彼女は側近の息子から
自分がなぜ項羽の寵愛を受けたかの理由を知り、
ある行動に出る・・・
「四面楚歌」の語源となった物語。
彼女の墓に咲いた花は、
誰が言うともなく
「虞美人草」と呼ばれるようになる。
本書中、最も美しい話。

↓虞美人草(ひなげし)

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法家孤憤

咸陽宮に勤める京科(けいか)は、
宮中で燕から来た刺客によって秦始皇帝が襲われたことを聞き、
殺された刺客の名前が自分と同じ音で文字の違う「けいか」であったと聞く。
京科には、その名前に聞き覚えがあった。
以前、故郷で官吏の補充の募集の際、
その人物と一緒になり、
本来その男が採用されるべきだったのだが、
名前の音が同じであったための手違いで
京科の方が採用されてしまったのだ。
人生ですれ違い、
別々な道を行った二人の人物が
運命のいたずらで不運な出会いをする話。
それに並行して、
国の運営が法の下になされ、
皇帝よりも上位になっていく過程も描かれる。
暗殺者はその後、
民衆の中では英雄になっていく。

父司馬遷

王に諫言したことで死刑に定められた司馬遷は、
命と引き換えに「宮刑」と呼ばれる刑罰を受ける。
去勢されたのである。
残された妻と3人の子どもは
他の男に嫁いだ母親と共に別の暮らしを始める。
その司馬遷が解放されて戻って来た。
兄たちの軽蔑の対象となっている司馬遷に
娘のは会いに行く。
すっかり別人になった父の姿を見て失望する栄。
しかし、学者であった時代の父親の姿が目から離れない。
志を絶った父親に対し、
「お父さんは、書かなくてはいけない」と詰め寄る。
その背景には、
栄という名前を付けた
歴史上の逸話が隠されていた。
後になって司馬遷の名誉回復が行われ、
歴史に残る著作となったことは史実が告げるとおりである。

今までの万城目作品とは毛色を異にする短編集
私は面白く読んだ。
先の直木賞候補だが、
やはり同種の作品を書いた中島敦という巨星と比較されてしまい、
点数は辛く、受賞を逃した。

選考委員の評は、次のとおり。

伊集院静
勿論、中島敦を越えてくれなどと愚言は発せぬが、
万城目氏にしては珍しく慎重になり過ぎた気がした。
それに準備期間がなかったのではとも感じた。
センスの良い作家ゆえに惜しい気がした。」

林真理子
新しいテーマに挑戦なさった意欲は素晴らしいが、
こういう古代中国に材をとったものは、
先達がいくらでもいる。
万城目さんならではのユニークな視点が成功していないと残念でならない。
「中島敦のオマージュとしても、
少しお行儀がよすぎたような気がする。」

北方謙三
考証の点からは突っこみどころが満載だが、
私はおやと思った。
長篇の、描写の塗り重ねが、
その場で足踏みするようで私の感興を削いできたが、
短篇ではそれがきれいに消えている。
「この人に、こういう切り口があるというのは、
新しい発見であった。」

宮城谷昌光
悟浄ときけば、すぐに中島敦の作品を憶いだしてしまうが、
氏はそこからもっと離れたほうがよかった。
たとえばシェイクスピアの『ハムレット』をもとに、
ラフォルグは『ハムレット』を書いたが、
そこまでの深みが欲しい。

高村薫
中国史の大家である選考委員から
歴史資料の使い方が中途半端という指摘がなされたが、
それ以前に、
有名な史実の脇役を主人公にもってくる手法が
いずれも成功していない。

宮部みゆき
万城目さんが今いろいろな方向を模索していることが
伝わってきました。
短編を積み上げてゆくのはいい試みだと思います。

東野圭吾
この着想は先人のもので、
それを拝借するならば、
さらに上回るもの、
奇想に満ちたものにする必要がある。
やるなら『八戒歎異』とか『玄奘出世』とかだろう。
しかも長編で。

桐野夏生
表題作は、ややありきたりに感じられた。
個人的には「虞姫寂静」が一番面白かった。
飛躍する物語の方が作者には合っている気がする。

浅田次郎
どうしても、表題作に得心ゆかない。
中島敦の作品に対するオマージュであるのか、
あるいはほかに何かしら意味があるのか、
そのあたりが判然としないのである。
そのほかの短篇については、
中国の古典に対する斬新なロマネスクとして
評価できたのだが、
さほど遠い人ではない中島敦との関連については、
納得せずに看過することができなかった。






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