『神々のたそがれ』  映画関係

〔映画紹介〕

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今日のこの映画、
紹介はしますが、
お薦めはしません
なぜかと言うと、
恐ろしくユニークな、観客を選ぶ映画、
その上、全編、汚物にまみれているからです。

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ある惑星に地球から学者30人が派遣された。
その惑星は地球より800年ほど進化が遅れており
中世ヨーロッパの真っ只中の感じ。
ルネッサンス初期を思わせるものがある一方、
何かが起こることを怖れるかのように反動化が進んでいた。
王国の首都アルカナルでは
まず大学が破壊され、知識人狩りがおこなわれた。

地球から派遣された学者の一人に
貴族ドン・ルマータと名乗る男がおり、
神のように畏れられていた。

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ルマータは皇太子のいる寝室で当直の任務に就き、
“灰色隊”に取り囲まれ、逮捕される。
“灰色隊”の隊長クシス大佐はルマータに絞首刑を宣するが、
その直後に“神聖軍団”の修道僧たちが大佐を撲殺する。
やがて街に“神聖軍団”が集結し、
“灰色隊”を殲滅させ、
自らの主導による新たな政権を確立しようとしていた……。

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などという筋はあるのかないのか分からない展開で、
地球から派遣された、
というのもどこかに行ってしまう。

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ルマータにカメラがついて周り、
周囲との軋轢が描かれる。
その描かれる町の様子がすごい。
町には殺戮の跡が残っており、
地面には糞尿がまみれ、
吐瀉物、食べ残し、ゴミ、廃棄物、死体、汚泥ばかり。
内臓が露出した死体も転がっている。
宙吊りにされたみせしめの死体が林立し、
地面のぬかるみにはガスが湧き、
得体の知れない食べ物が置かれている。
そして、ニワトリや豚や山羊が闊歩し、
鳩が羽ばたく。
殺戮の後、水に浮かぶ首を持ち上げたり、
立ったまま死んだ人間の腹から
内臓がぼとぼとと流れ落ちる。

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まさに中世の戦場はこのようだっただろうという様相。
日本でも戦国時代の戦場や
落城した城の中はこんなだっただろう。
誰かが掃除し、片付け、今がある。

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その殺戮の町を具体化した監督の造型力が見事。
どんなセットを作り、どんな風に汚したのだろうか。
どのように人間を配置し、
どうやって演技をつけたのだろうか。
現場のスタッフや俳優の戸惑いが見えるようだ。
狂気の持ち主でなければ、
このような画面は作れなかっただろうと思わされる。
白黒の画像が救いで、
こんなものをカラーで見せられたら、
もっと嫌悪感は深まっただろう。
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全編、哲学的なセリフ
死のイメージがあふれ、
破滅と不毛と絶望と虚無が横溢する。
これが3時間、延々と続く。
観客の中年婦人が途中で席を立ったくらい。

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この寓話から何を見いだすかは、
観客の自由だが、
原作の発表されたのが1964年という
共産ソヴェトが健在だった時だということを見れば、
自ずと答は明らかだろう。

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まさに、前評判通り、
「こんな映画は見たことない」。
その意味で特筆すべき作品であることは間違いない。

ロシアの巨匠アレクセイ・ゲルマンが監督し、
ストルガツキー兄弟のSF小説を
およそ15年の月日を費やして映画化。
「神々の黄昏」はワーグナーのオペラだが、
漢字を平仮名にした「神々のたそがれ」は日本で付けた題名で、
英語の原題は「HARD TO BE A GOD」。
「神であるのは難しい」だが、映画の中では「神様はつらい」と独白される。

5段階評価が難しい。
汚いという点では「1」だが、
監督の造型力という点では評価出来る。
その意味で「3」にしておきましょう。
しかし、お薦めはしません。

予告編は↓をクリック。
予告編だけでも雰囲気せ味わえます。

https://www.youtube.com/watch?v=mXCYH46As_8&feature=player_embedded


タグ: 映画

沖縄問題と太田光のバカ発言  政治関係

米軍普天間飛行場移設問題をめぐり、
菅官房長官と沖縄県の翁長雄志(おなが・たけし)知事が
初の会談を行った。
菅氏は普天間飛行場の辺野古への移設に理解を求めたが、
翁長氏は反対する考えを改めて表明し、
両者の主張は平行線をたどった。

菅氏は会談の公開部分で、
「日米同盟の抑止力の維持、
普天間飛行場の危険除去を考えた時に、
辺野古移設は唯一の解決策と考えている。
政府としては、住民の生活や環境に配慮し、
工事を粛々と進めている」
と述べ、
2013年末に同県の仲井真弘多(ひろかず)前知事が出した
辺野古の埋め立て承認に基づき、
移設を進める政府方針に変更がないことを伝えた。

翁長氏は、
「辺野古の新基地は絶対に建設することができないという確信を持っている」と述べ、
移設計画の中止を求めた。

地元の主張は分かる。
しかし、普天間の危険除去は優先的課題だ。
そしたら、辺野古移設は次善の策として仕方ないのではないか。
「沖縄に基地は要らない」と言うが、
もちろん無いにこしたことはない。
それが理想だ。
しかし、日本全体の視点で考えてもらいたい。
日本の安全が日米安保体制によって守られている以上、
米軍基地は不可欠だ。
そして、沖縄という存在位置
中国と接している点で特殊なのだ。
この点を沖縄の人にも理解してもらいたいものだ。

その見返りに政府が何もしていないわけではない。
沖縄振興予算で3000億円もの補助を行っている。

平成26年度沖縄振興予算の総額は3460億円
そのうち、沖縄の特殊性に基因する沖縄振興に資する事業等を
県が自主的に実施できる制度として創設された
沖縄振興一括交付金が1759億円、
公共事業関係費等として
国直轄事業を中心とした公共事業関係費が1382億円。

国からの財政移転(国庫支出金+地方交付税交付金)は、
全国17位でそれほど突出していない、
という説もあるが、
人口の少ない沖縄県に対する支出としては
比較論で大きいと言えるだろう。
その証拠に、人口一人当たりは全国6位、
国庫支出金に限って言えば、全国1位だ。

基地を抱えてもらっているお詫びとして、
国民の税金を割いていると考えれば、
意味は分かるのではないか。

問題がこじれた原因は民主党の鳩山元首相が
公約で「最低でも県外」と言って、
それまで何十年も努力して
ようやく辿り着いた辺野古移設をぶち壊してしまった。
先人の積み重ねを
何の根拠もなくゼロに戻してしまったのだ。
鳩山公約がなく、民主党政権がなければ、
沖縄は辺野古移設で
普天間の危険は除去されたのだ。

「県外」と言ったが、
他の県で受け入れる余地がない以上、
次は「国外」になる。
もし米軍がグァムまで撤退したら、どうなるか。
中国が間違いなく進出して来る。
米軍がいなかったら、
とっくの昔に尖閣は中国領になっている。

我が国はお隣に北朝鮮と中国という
やっかいな隣人を抱えている。
この二国が軍事的ちょっかいを出して来なければ、
日本の国防予算も一挙に縮小出来るのだが、
現実に中国は毎年10%すつ軍事予算を拡大しているのだ。
そして、虎視眈々と尖閣を
そして沖縄を、
更には日本を狙っている。

その国防の最前線に存在する沖縄の特殊な位置を考えれば、
自ずと答えは出て来るだろう。

もちろん基地はない方がいい。
しかし、一挙に100を求めるのではなく、
次善の策、次善の策を積み重ねていく努力も必要だろう。
そういう点で
普天間の危険除去のために
辺野古に移設することは
現実的にベターの選択なのだ。
反対だけしていたら、
普天間は固定化され、
現状は何も変わらない。

ところで、
この問題に関し、
TBSのラジオ番組「爆笑問題の日曜サンデー」で
爆笑問題の太田光が、
安倍晋三首相について侮辱的発言を繰り返した。

移設作業の停止を求めた沖縄県の主張は完全に正しい
との見解を示したうえで
「まず安倍って言うバカ野郎は…」と批判を始めた。
これを聞いた田中は「総理大臣ですから」となだめるも、
太田は「総理大臣でもバカはバカでしょ」
「私は個人的にバカだと思っていますけど」
と“バカ”を連発。

番組の中の時事問題で意見を述べるのは自由だ。
しかし、バカ呼ばわりはいただけない。
安倍首相が相手でなくても、
誰に対しても「バカ」はない。
しかも公共の電波を使って
誰かを罵倒するというのは、
してはいけないことだ。
一体太田光は、何の権利があって、
反論できない人を対象にバカ呼ばわりするのか。
しかも、相手は自分より年長者だ。
無礼、という言葉が当てはまる。

どんな良いことを言っても、
それだけで信用がなくなる。
なぜなら、それは発言者の「品位」の問題だからだ。
その発言内容によっては、
親の育て方まで疑ってしまう。
私は正直、太田光の親は
「人前で他人の悪口を言ってはいけません」
と教えなかったのだろうか、と訝った。

安倍首相のしていることが間違っているなら、
それを意見として正せばいい。
それを「バ〜カ、バ〜カ」と言うのでは子どものケンカだ。
いや、子どもだって
「バ〜カ」と言う相手には、
こう言い返す
「バカ、バカって言う方が、バカなんだよ」

太田光、時々面白い視点でモノを言う奴だと思っていたが、
この程度の男かと失望した。
あまりにも視野が狭く、教養がない。
もう太田の出る番組は見ない、
そう思った人も多いのではないか。
少なくとも、私は
太田が出て来たらチャンネルを変えることにした。




銀座でランチと『心にナイフをしのばせて』  書籍関係

今日は、昼前に銀座に出掛け、

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映画の席を確保してから、
先日見つけた安い焼肉バイキングの店に。

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何と、本日ランチは貸し切りですと。

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最大座席数420で、
貸し切りは350名からだといいます。
350名以上の貸し切り。
どんな壮観か見てみたかったですね。

で、代わりに↓の店に。

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落ち着いた感じで、

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個室を取ってくれました。

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ご覧のようなランチを食べました。

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かに酢、かに茶碗蒸し、かにグラタン、

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かに天ぷら、かに釜飯のかにづくし
香の物と吸物、コーヒーが付きます。

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釜飯は座席で。

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25分ほどかかります。

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炊きあがり。

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この「ホジホジ」という竹ヘラで

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カニの身をほぐし、

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まぜて出来上がり。

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カニのだしが効いて、美味でした。

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お茶漬けにすることも出来ます。

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外に出ると、さすが銀座は外人さんが多い。

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それと、中国人の団体。

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この免税店は中国人だらけでした。

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〔書籍紹介〕

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1997年に神戸で起きた「酒鬼薔薇」事件の際、
過去の中から似た事件が取り沙汰された。
それがその28年前(1969年)、
川崎市の私立高校で
入学したばかりの加賀美洋君が
友人に滅多刺しにされ、
更に首を切断された事件だった。

犯人のAは当時15歳
当然少年法の適用を受け、
少年院に送られた。
事件の内容は秘匿され、
被害者遺族には詳細は知らされなかった。

遺族は父母と3歳年下の妹。
その遺族たちの37年に及ぶ苦しみを綴ったのがこの著作だ。

口を閉ざす母親からの聞き取り、
代わりに語る妹からの聞き取りを元に
一人称の記述となっている。
それが、やや創作臭く
リアリティをそこなう。
それについては、

大半はみゆきさん(妹)のモルローグで占めるが、
すべてみゆきさんが語ったわけではない。
みゆきさんの記憶には、
いわゆるミッシングリングがたくさんある。
それを、みゆきさんの了解を得た上で、
私が取材したデータや関係者の証言で補足しながら構成した。
従来にないこの手法が読者に受け入れ容れられるかどうかは別にして、
このテーマにはこの手法しかなかったことを記しておきたい。


と弁明しているが、
まとめた内容が
理論的過ぎる点は筆者の責任だろう。

身内の人間の死というのは、
最大のストレスだが、
その上、人に殺されたとなれば、
そのストレスは倍加するに違いない。
重圧に負けて母親は寝込む。
妹は反抗する。
その中で寡黙な父親だけが、
人前で涙を見せず、耐えている姿が印象的だ。

被害者家族の悩みとしては、
実感できないにせよ、想像の範囲。
起こる問題は当人の個性ゆえではないかと思われるのは損だ。

ただ、終盤になって、にわかに緊張する。
犯人Aのその後を追跡する中、
ひょんなことからAの消息が判明する。
少年院を出た後、
養子縁組で姓を変えたAは、
大学に行き、司法試験に受かって弁護士になり、
ある地方都市の名士になっていたのだ。
筆者が電話をかけ、接触する。
母親もそのことを知り、電話をかけた。
しかし、Aからは謝罪の一言もなく、
金に困っているなら50万は貸すと、
印鑑証明と実印を用意して待て、と言うのだ。
しかし、金を用意してやって来たAと母親の間では
電話でこのような会話を交わされる。

「一度でいいから謝罪にきてください。
一度も来てくれなてないじゃないですか。
全然、音沙汰もないじゃないですか。
なんで謝りに来ないんですか。
謝罪に来てくださいよ。
謝ってくださいよ」
「なんでおれが謝るんだ」
「あれだけのことをしたんですよ、当然でしょ?
こっちが悪いというんですか。
謝りにきてくださいよ」

そこで電話は切れてしまった。
筆者はこう書く。

現在のAは名誉も地位もある身である。
優雅な趣味を持ち、恵まれた生活を送っているとも聞く。
もちろん累犯歴もない。
彼にすれば、あの事件はすでに過去の出来事なのかもしれない。
たしかに少年法の趣旨からいえば、
彼は間違いなく「更生」したといえる。
だがその一方で、
彼の「狂気」によって奈落に突き落とされた家族は、
四半世紀以上も前の悲しみを、
いまだに癒されず背負い続けている。
「更生」などといわれても、
寒々しく響くだけにちがいない。
なんと不公平なことだろう。
「更生」は、
彼ら被害者が少年Aを許す気持ちになったときに
いえる言葉なのだ、と思う。
少年法を免罪符に、
加害者もその親も責任を免れるとしたら、
やはり少年法のどこかが間違っているのである。

そして、「あとがき」でもこのように書く。

ごく単純なことだが、
Aが「更生した」といえるのは、
少なくとも彼が加賀美君の遺族に
「心から詫びた」ときだと思う。
「更生」とは、
そのとき遺族が
加害者のAを許す気持ちになったときにいえる言葉ではないだろうか。

この本の出版後、
Aから著者に接触があり、
「なんとか謝罪したい。
そのためにお金を用意した。
具体的には1千万円で、
これを奥野さんから加賀美さんに渡してほしい」
との申し出があった。
しかし、実行はされなかった。

この経過で特異なのは、
犯人Aが、その後の「更生」プログラムが「成功」して、
弁護士になったという点だろう。
友人を滅多刺しにし、
最後は首を切り落とすという異常な犯罪を犯した人間が
少年法に守られて前科もつかず、
その上、弁護士になったというのだ。

筆者は、こう書く。

弁護士が社会的に高い地位を保証されているのは、
<基本的人権を擁護し、
社会正義を実現することを使命とする>(弁護士法第1条)
職業だからだ。
殺人を犯した少年Aが
弁護士として社会復帰するというのは、
ある意味で、
少年法の精神である更生プログラムのもっとも成功した例がといえる。
それなのに、
Aには謝罪する気持ちもなく、
結果的に、くに子さん(母親)が受けた心の傷に
塩をすり込んで消え去った。
これをどう理解できるというのだろう。

Aはその後もしばらく弁護士を続けていたが、
2008年6月の時点で調べたところ、
前年、登録を抹消していることが分かったという。

「酒鬼薔薇」事件の少年も
既に社会復帰しているはずだ。
被害者家族との問題は
どのようにしたのだろうか。



池上本門寺と戸越銀座  様々な話題

今日は昼前から
東京駅、蒲田駅経由で、
池上へ。

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駅はこんな感じ。

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田舎の駅ですね。

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それでも、駅前は

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こんな風。

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ここには、
日蓮宗の大本山である池上本門寺(いけがみほんもんじ)があり、

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ここも桜の名所として知られています。

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例年、千鳥ヶ淵や上野、浅草に行くことが多かったのですが、
今年は目先を変えて、
ここを訪れました。

駅から寺までは、徒歩で5〜6分。

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見えて来ました。

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総門から既に桜が見えます。

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総門は、
元禄年間(17世紀末〜18世紀初め)の建立。
「本門寺」と刻された扁額は本阿弥光悦の筆によるもので、
現在掲げられている額は複製。
オリジナルは霊宝殿に収蔵され常設展示されています。

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境内へ。

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ここの石段は96段あり、
法華経宝塔品の偈文(げもん。経典中で、詩句の形式をとり、
教理や仏・菩薩をほめたたえた言葉)
の96文字にちなんでおり、
偈文の文頭の文字をとって此経難持坂(しきょうなんじざか)と命名されています。

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慶長年間に加藤清正が寄進したものと伝えられています。

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石段を登った右側にあるのは、

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日蓮大聖人説法像

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1983年(昭和58年)、
日蓮の700回忌に建立されたアルミニウム製の像。

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彫刻家の北村西望の作。

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こんな記念碑もあります。

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満開の桜が迎えます。

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下の地面は散った桜の花びらの絨毯。

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仁王門への参道の左右には屋台が並びます。

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見慣れた風景。

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仁王門は元国宝でしたが、
1945年(昭和20年)空襲で焼失。
1977年(昭和52年)に再建されたものです。

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花まつりの宣伝。

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花まつりは、お釈迦様の誕生日を祝う行事。

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お釈迦様の誕生日、知ってましたか?
4月8日だそうです。

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↓はその写真。
誕生仏像は、
釈迦が生まれると7歩進み、
右手を上げて天を指し、
左手を垂下して地を指し
「天上天下唯我独尊」と唱えたと言われることから
その姿を表したものです。
その時に天から甘露(かんろ)の雨が降ったとされていることから、
誕生仏像に甘茶を注ぎます。

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そういえば、昨夜の「タモリ倶楽部」で、
キリストの誕生日であるクリスマスに比べ、
お釈迦様の誕生日が普及していないのは、おかしい、
と、花まつり普及のための方策を検討する、
というのをやっていました。

大堂

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本門寺の寺格は大本山、山号は長栄山。
日蓮聖人入滅の霊場として
日蓮宗の十四霊蹟寺院のひとつとされ、
七大本山のひとつにも挙げられています。

弘安5年(1282年)9月、
病身の日蓮は身延山を出て、
湯治のために常陸(茨城県)へ向かいます。
9月18日に武蔵国池上郷(東京都大田区池上)の
池上宗仲の館に到着。
生涯最後の20数日間を過ごすこととなります。
その時、池上氏館の背後の山上に建立された一宇を
日蓮が開堂供養し、
長栄山本門寺と命名したのが池上本門寺の起源といわれます。

10月13日に日蓮が没すると、
池上宗仲は法華経の字数(69,384)に合わせて
六万九千三八四坪を寺領として寄進して寺院の基礎が築かれ、
以来「池上本門寺」と呼びならわされています。

大堂の脇で甘茶をふるまう若いお坊さん。

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味は、微妙でした。

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大堂は、
「祖師」すなわち日蓮を祀ることから「祖師堂」ともいわれます。
旧大堂は、本門寺14世日詔の時代の1606年(慶長11年)、
加藤清正が母の七回忌追善供養のため建立しましたが、
その後、幾度も焼失し、
本門寺79世伊藤日定が中心となり
全国檀信徒の寄進を受け、
1964年(昭和39年)現在の大堂を再建したもの。
鉄筋コンクリート造で屋根は入母屋造。
高さ27メートル。

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大堂から仁王門をのぞむ。

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脇にあるのは、霊宝殿

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玉砂利には、外国人のファミリーが。

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外人さんは、どこでも地面に平気で横たわります。

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今日は五重塔まつり

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木遣りの声が境内に響きわたります。
鍛えあげられた、いい声。

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どのような序列があるのでしょうか。

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今日は五重塔を特別開帳。

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お坊さんの読経の声が響きます。

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ほどなくして、

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集まった衆生のための祈祷。
カスタネットのような楽器を鳴らします。

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塔の上から、何かばらまかれます。

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これ。何をかたどったものでしょうか。

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ご利益があるのか、
集まった人たちが拾い集めていました。

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ご開帳した仏様。

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重要文化財です。

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高さ31.8メートル。
空襲による焼失をまぬがれた貴重な古建築の一つ。
江戸幕府2代将軍徳川秀忠の乳母である岡部局(大姥局)(正心院日幸尼)の発願により、
1608年(慶長13年)に建立。

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全面ベンガラ(赤色塗料)塗り、
屋根は初層と二重は本瓦葺き、
三重以上は銅板葺き。(当初はすべて本瓦葺き)。
建築様式は初層は和様、
二重から上は禅宗様。

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五重塔の後ろは墓所になっており、

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桜の下で眠る人たちは幸せです。

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こんな形のお墓も。

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カミさんが思わず「高いんでしょうね」。

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ここで最も有名なのが、
力道山のお墓

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ここが、それ。

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暴力団員とのトラブルで腹を刺されて死亡。

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懐かしいお姿。

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力道山(りきどうざん)は、
日本統治時代の朝鮮・咸鏡南道洪原郡新豊里(現在の北朝鮮統治範囲)で
現地人の両親のもとに生まれました。
後に長崎県大村市の農家・百田家の養子となります。
旧名金信洛(きん・しんらく)、
日本名:百田光浩(ももた みつひろ)。

大相撲の力士出身のプロレスラーで、
第二次世界大戦終了後に日本のプロレス界の礎を築き、
日本プロレス界の父と呼ばれています。
当時本放送が始まったばかりのテレビ放送の力もあり、
絶大な人気を誇りました。
身長176cm(プロレス時代の公称身長は180cm)、体重116kg。

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1963年12月8日午後10時30分に、
遊興中の赤坂のナイトクラブ「ニューラテンクォーター」で、
暴力団住吉一家傘下の大日本興業構成員であった村田勝志と、
足を踏んだ踏まない、で口論になり、
馬乗りになって殴打したところ、
村田に下から登山ナイフで腹部を刺され、
治療の措置が悪く、
12月15日に死亡。満39歳。
自重すればいいものを、
つまらないことで命を落としたものです。

戒名は大光院力道日源居士
墓所は池上本門寺の他に、
故郷・長崎県大村市の長安寺にある百田家の墓所にも分骨されています。

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奉献者の名前として、
梶原一騎北野武の名前もあります。

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映画にも出演しており、
デビュー「薔薇と拳銃」(1953年)をはじめ、
「力道山大いに怒る」「力道山逆襲す」など、28本も出ています。

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中には「力道山対キングコング」なんてのもあります。
田舎の映画館まで回って来なかったのか、
私は1本も観ていません。
2004年日韓共同製作の伝記映画「力道山」
(ソン・ヘソン監督、ソル・ギョング主演)は観ていますが。

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ここの墓所はかなり広く、

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見るからにお金持ちのお墓もあります。

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まあ、死んだらみんな同じですが。

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こんなのもあります。

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この塔は誰のものか。

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お地蔵さん、掃除をしています。

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花びらは誰が掃除するのでょうか。

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無縁仏の整理も行われているようです。

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大堂前では、
奉納茶席に、

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奉納太鼓も。

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大堂を横から見たところ。

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お寺は犬の散歩コースでもあるらしく、
飼い主のエチケット違反に
寺が難渋している様子が、
この看板でも伺えます。

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池上線は駅数15の短い路線
始発に乗って25分もすれば終点です。
それでも山手線五反田駅に接続する
大田区民にとっては重要な路線です。

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歌にも歌われており、
西島三重子の名曲「池上線」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=4Ik_t9y0ZL0&feature=player_embedded

せかくここまで来たので、
この駅で途中下車。

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言うまでもなく、
ここには、この商店街があります。

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場所は、ここ。

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駅を挟んで長さ1.3qで、
東京一の長さを誇ります。

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戸越銀座商栄会商店街、戸越銀座商店街、戸越銀座銀六商店街の
3つの振興組合で構成されています。

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約400件もの店舗が軒を連ね、
平日でも1万人以上が来客する非常に活気のある商店街です。

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実際に見て感心したのは、
シャッターを閉めた店がほとんどないこと。

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よく「シャッター通り」などと言われますが、
ここの商店街では無縁の話のようです。

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「戸越」という地名は、
江戸を越えた土地という意味の
「江戸越え」に由来すると言われています。
当時、この地に住む人々は「とごえ」 と呼んでいたそうです。

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大正12年の関東大震災で被害を受けた銀座から、
当時ガス灯用のガス発生炉用耐火レンガとして使用されていた
白レンガを戸越の人々が譲り受け、
当時水はけの悪かった戸越の大通り等に再利用しました。

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こうした経緯から、「戸越銀座」という地名が誕生。

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現在日本には数多くの「○○銀座」と名のつく商店街がありますが、
日本で1番はじめに銀座という名前を譲り受けたのが
ここ、戸越銀座なのです。

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ここの焼き小籠包は有名らしく、

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沢山のテレビ番組で紹介されたようです。

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商店街全体でコロッケ作りに励んでおり、

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こんなものもありました。

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中国人やフランス人、ドイツ人も訪れるそうで、
どこで情報を得て来るのでしょうか。

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カミさんは靴と服を購入。
他にいくつか食べ物を食べて、
商店街の発展に寄与しました。

本門寺、戸越銀座と
池上線沿線を回る、
土曜の午後でした。


『シェフ』  映画関係

〔映画紹介〕

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一流レストランの料理人カール・キャスパーは、
マンネリ気味のメニューに飽き飽きして、
創造的な新メニューで料理を提供したがったが、
オーナーが口出しして、
いつも通りのメニューを客に出していた。

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それをグルメレポーターにけなされ、
慣れないSNSで反論し、
傷を広げてしまう。
ついにオーナーと衝突して店をやめたカールは、
グルメレポーターと直接対決し、
そのキレた様子がSNSで全世界に公開され、大恥をかく。
次の就職口が見つからないカールは
マイアミでおいしいキューバサンドイッチと出会い、
中古のフードトラック(移動食堂車)を改装し、
サンドイッチの移動販売を始めることにする。

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前のレストランの仲間と息子が参加し、
マイアミからニューオーリンズ、オースチンと移動しつつ、
古巣ロサンゼルスを目指すが・・・

「アイアンマン」シリーズの監督で知られる
ジョン・ファヴローが製作・脚本・監督・主演の四役をつとめ、
それこそ大手のプロデューサー(オーナー)に口出しさせずに、
好きなように製作(料理)した映画。
それが実に心地よい。
明るく、楽しい展開で、テンポがいい
そしてあふれる料理に対する愛情。
出て来る料理がみんなうまそうだ。
旅の間、離婚して妻に引き取られている息子との絆も復活する。
SNSで失敗したカールだが、
フードトラックの宣伝にSNSを活用して勝利する。

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ダスティン・ホフマンスカーレット・ヨハンソン
ロバート・ダウニーJr.らが
短い場面に登場して花を添えるのも、
ジョン・ファブローの人徳か。
惜しむらくは、
最後のシーンに
この3人を再登場させてほしかった。

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監督・主演のジョン・ファブローのキャラクターがいい。
本当にこの人、うまい。
相棒役をつとめるジョン・レグイザモもいい味を出している。

人生と料理をテーマに、
軽快なラテン音楽に乗せて展開する
このストーリー、
観客を楽しませてくれる点は最上。
何度も客席から笑い声があがったし、
観終わった後、ほくほくした気持ちで家路につける。
映画はこうでなくっちゃ。

5段階評価の「4」

予告編は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=pJxEMXN80sA&feature=player_embedded





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