『「日本の朝鮮統治」を検証する』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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著者のジョージ・アキタ氏はハワイ大学の名誉教授。
共著者のブランドン・パーマー氏はコースタル・カロライナ大学歴史学部準教授。
この二人の研究者が
日本の1910年から45年までの35年間の統治期間の内容を
あくまでも史実に基づき
可能な限り客観的にこれを検証したのが本書である。

その結果、次のように結論づける。

列強の植民地政策との対比において、
日本の朝鮮統治は
現実主義と相互主義に裏打ちされた、
よく穏便でバランスの取れた政策の下に実施され、
戦後韓国の
あの驚異的な発展の奇跡の礎になったとの
結論を下すに至ったしだいである。

韓国は、これを「歴史修正主義」と呼ぶだろう。
しかし、一つの歴史観が全面的に正しく、
一点の修正も許されないとするならば、
その考えの方が間違っていると言わざるを得ない。
韓国人は日本の植民地統治を
「世界で最も残虐な植民地政策だった」
と言うが、
あまりに世界史を知らない考えてあることは明白である。
西洋がアジア、アフリカそして南米で行った植民地政策を知らないのか、
と言いたい。

それに比べ、
日本の朝鮮統治は、
学校を建てて教育を施し、
建物や道路を整備し、
ダムを作り、農地を改革し、
インフラを出来る限り整備した。
公立小学校の生徒数は1910年の2万2百人から
1937年には約45倍の901万1209人に増えている。
朝鮮から搾取したわけではない。
というより、当時の朝鮮には搾取に値するものなど何もありはしなかったのだ。
また、朝鮮人を奴隷にしたわけでもない。
むしろ、併合後の朝鮮を日本の一部として、同化させようとして、
投資し、教育し、生活を向上させようとしたのである。
今、口を極めて日本の統治時代を非難する人は、
そういうことは脇に置いておいて、
とにかく「ひどい時代だった」と言うのである。

従って、少しでも日本の統治を評価する動きには、
すさまじい圧力が生まれる。
高麗大学の韓昇助教授もその一人で、
日本統治にプラス面を発言しただけで、
韓国民衆の怒りを買い、
高麗大学を辞めざるを得なくなった。
植民地時代に関する開かれた議論は封殺されるのである。
また、「日本の統治時代はよかった」と言った老人を
若者が撲殺する事件も起こっている。

慰安婦問題も、
彼女らが慰安婦になった過程においては、
それが公娼制度の延長であり、

当時、おびただしい数の朝鮮人女性が
父親または夫によって売春宿に売られたり、
あるいは一家を貧困から救うために
自ら進んでその道を選んだりしていた。
                      
と正確に書く。

われわれは多くの慰安婦が
性的奴隷の苦しみを体験したことを
決して否定するものではない。
しかしながら、
われわれは同時に、
慰安所に関するほぼすべての帳簿に、
全ての日本兵が、
日本人あるいは朝鮮人の慰安所経営者に対して、
自らが受けた性的サービスの代価を
きちんと支払ったと記されている点に注目する。
だが、女性たちに賃金を支払うか否かは
経営者しだいだった。

日本の軍隊が慰安所システムの維持の面で
重要な役割を演じたことは確かだが、
決して日本軍だけに責任があったわけではなかったのである。


そして、こうも付け加える。

ちなみに、こうした議論の中でしばしば無視されてきたのが、
多くの日本人慰安婦である。
「朝鮮人の活動家や研究者は、
性的奴隷として酷使された朝鮮人女性と、
商業目的のために自らの意思で
その世界に身を置いた日本人女性を
明確に区別することが重要であると考えた」。
しかし、日本人の売春婦たちとて、
朝鮮人の売春婦たちと同様の犠牲を払わされていたのである。
彼女らの多くは貧しい家の出で、
家長によって売春宿に売られたのだ。
しかし、国際社会は
これらの女性たちのか味わった塗炭の苦しみについては、
なぜか憤慨しないのである。

「訳者あとがき」で、
訳者の塩谷紘氏は、
次のように触れている。

『従軍慰安婦』問題を巡る非難の主因は、
ご承知のように
朝日新聞による報道でした。
1992年1月、
日本軍葉「朝鮮人女性を女子挺身隊の名で強制連行した」
と朝日新聞が報道したことが発端となって、
『従軍慰安婦』がまず日韓の間で政治問題化したのです。
朝日新聞は、
慰安婦に関して報道するにあたり、
アキタ、パーマーの両氏が説く
「史実を真摯に検証」することの重要性を
肝に銘じることもなければ、
アモス・オズ氏が求める
「表現の正確性を厳密に追求」することもなく、
朝鮮における女子挺身隊と慰安婦の
「ニュアンスの差異を鋭敏に嗅ぎ取る」努力も、
「精妙さを的確に察知する」努力も払わなかったのです。

この本が刊行されたのは、
2013年8月28日。
慰安婦問題での誤報を朝日新聞が認める
丁度1年前のことである。

著書の最後に、著者は次のように記す。

同化を進め、
支配体制を確立させる段階において、
日本が朝鮮の人々に深甚な苦痛、屈辱感、
そして怒りを味わわせたことは否めない。
しかし、民族史観的パラダイムのもとでは、
不幸にして、
朝鮮の人々のこうした否定的な体験のみに焦点が絞られる。
だがそのように体験談では、
決して朝鮮統治のすべては語れないのである。
われわれは今回の研究を通して、
日本政府並びに朝鮮総督府の上層部は
公平であることを肝に銘じて統治にあたり、
朝鮮の人々の安寧のために
懸命に努めたことを示してきた。
もちろん、本研究は
朝鮮において日本が行ったことを
取り繕うことを意図してなされたものではない。
だが、一方でわれわれは、
日本による朝鮮統治を可能な限り客観的に検証した本研究の成果を通して、
朝鮮・韓国系の人々が往々にして
極端に偏見に満ち、
反日的な歴史の記憶をあえて選択して記憶に留める傾向を、
可能なことなら
少しでも緩和するお手伝いをするべく努力してきた。
その中でわれわれ二人にとって非常に印象的だったのは、
朝鮮の近代化のために、
日本政府と朝鮮総督府が
善意をもってあらゆる努力を惜しまなかったという事実だった。
だから日本の植民地政策は、
汚点は確かにあったものの、
同時代の他の植民地保有国との比較において、
アモス氏の言葉を借りて言うなら、
「9分どおり公平 almost fair」だったと
判断されてもよいのではないかと愚考するしだいである。

ものごとに全面的に正しいこともなければ、
全面的に悪いこともない。
そして悪かった点については、
日本は反省し、
日韓基本条約を締結し、
何億ドルもの経済援助を行っているのである。

なのに、いまだに「日本は反省が足りない」と言う。
そう言えば言うほど、
みずからの狭量さを示すだけだというのに。

これについては、
以前にも紹介した
「NEWS ポストセブン」2014年4月1日配信分にあった
コメントを紹介しよう。
ベトナム戦争の時、
韓国軍によってベトナム人が悲惨な目にあったことについて、
ベトナム人が韓国を告発したりしないことについて、
元朝日新聞記者の井川一久氏の言葉。

「韓国には『恨(ハン)』という文化が根付いているが、
ベトナムは違う。
過去を恨むことは恥だと考えます。
ベトナム人には被害を“誇り”にするような文化はないので、
性的被害に遭ったことも
自分からは告発したりしない。
声高に賠償を求めることもありません」

産経新聞ソウル駐在特別記者の黒田勝弘氏が続ける。

「ベトナムは1992年に
韓国と国交正常化を果たしましたが、
これまで韓国に謝罪や反省、
補償を求めたことはありません。
それだけではない。
ベトナムは60年以上も自国を植民地支配した
フランスにも謝罪や補償を要求したことがない。
でも、これが国際関係の常識です。
歴史認識に固執して、
対話や交流、協力を疎かにするのは
国益を損なうばかりで
賢明じゃないというのが国際スタンダード。
韓国よりも経済的に劣るベトナムのほうが
成熟した思考や態度を備えているのは
皮肉なことです」

本書においても、
日本人に対する朝鮮民族の憎悪の根源について、
このように書かれていた。

朝鮮における反日感情の根源は、
民族の誇りが傷つけられたことにある。
朝鮮人は、高度な文明社会だった祖国が、
野蛮人とみなされていた日本人によって侵略されたことで
侮辱され、面子をつぶされたと感じている。
朝鮮民族は、
『偉大な民族』が
儒教や仏教の手ほどきをしてやった民族に
侵略されたという事実を
どうしても受け入れることができないから、
いつまでも日本人を憎むのである。

まさに「恨」(ハン)そのものだが、
このような感情に支配されている限り、
韓国の未来はないだろう。

「訳者あとがき」で訳者は次のように書く。

国際社会には、
朝鮮統治を含め、
日本とアジア諸国との
過去の関係のもろもろの局面に対する誤解が少なくありません。
しかし日本はこれまで、
この誤解を解くための自己主張を積極的にしてきませんでした。
これからの日本人は、
祖国の来し方について正しく知り、
その知識をもとに国際社会に向かって
堂々と情報発信をしていかなければならないと思います。

どうも日本人は
いいがかりに対して、
あれこれ弁明(正しくは説明)するのを美しくない
と思っている節がある。
しかし、中国と韓国という
歴史の捏造がお手の物の国が隣国にある以上、
言うべきことは言わないと、
言われたことが正しいと思われてしまうのも事実だ。
それにしてもやっかいな国が
隣にいるものである。



ミュージカル『デスノート』  ミュージカル関係

今日は、昼過ぎから日比谷に出掛けました。

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「晴れ男」の私にしては、珍しく、雨です。

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もっとも、私の娘は、
「パパに天気を左右する力なんてないよ」
と言います。
ははは。その通り。

目的地は、ここ、

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日生劇場

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ミュージカル「デスノート」の鑑賞です。

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一体、あのコミックが
どのようなミュージカルになったか、が関心。

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入り口には、
こんな等身大のものが。

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休憩を除き、正味2時間25分は、
ミュージカルとしては標準サイズ。

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「デスノート」と呼ばれる、
名前を記入された人間が
必ず死ぬノートを
死神が落とし、
拾った夜神月(やがみ・ライト)は、
そこに犯罪者の名前を書き込む。
凶悪犯が次々と謎の死を遂げる事態に世の中は震撼。
と同時に、
それをなしている殺人者は「キラ」(Killer=KIRA)と呼ばれ、
熱狂的な信奉者を生む。
ライトは法律で裁けない犯罪者を根絶やしすることにより、
理想の社会を作ろうと意図する。
警察は、難事件解決の名探偵で「L」と呼ばれる謎の人物に
捜査を依頼する。
Lの推理により、
捜査の手はライトに迫るが、
もう一つのデスノートが落とされ、
「第2のキラ」が現れるに至って、
事件は混迷をきわめていく・・・

元々は「週刊少年ジャンプ」に連載された少年マンガ。
作・大場つぐみ、作画・小畑健
単行本の世界累計発行部数は3千万部を突破。
2006年に映画化され、
前後編合わせ80億円の興行収入を上げた。

しかし、荒唐無稽な話である。
マンガ、映画では表現可能でも、
舞台ではどうか。
しかもミュージカルだ。
おかしなことになっているのではないか、
と心配しつつ、
映画「デスノート」「デスノート Last Name」
それにスピンオフの「L Cange the World」をHuluで予習して出掛けた。
ちなみに「デスノート」前後編はなかなかの作品だが、
スピンオフは駄作。
なお、マンガも読んでいるが、
10年以上前なので、ほとんど忘れていた。

観終えた感想──面白かった
よく出来ている。
原作の世界観を壊さず、
無難にまとめた。
そして、音楽がいい

脚本はアイヴァン・メンチェル
作詞(英語版)はジャック・マーフィー
作曲はフランク・ワイルドホーン
何だ、ブロードウェイ版の
翻訳上演と同じだ。
やはりクリエイティブ部分では
ブロードウェイの力を借りなければならなかったのか。

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役者もなかなかよかった。
L役の小池徹平は声もいいし、歌唱力もある。

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弥海砂(あまね・みさ)役の唯月ふうかは歌もうまく、歌詞が聞き取れる。

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死神リューク役の吉田鋼太郎は、歌はともかく、笑わせ舞台を弾ませる。

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死神レムの濱田めぐみは、セリフは弱いが歌がいい。

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映画と同じ配役のライトの父親役の鹿賀丈史の歌はほとんど歌詞が聞き取れない。

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歌い方に変なクセがあり、
どうやら大ベテランには誰も言えなかったようだ。

演出的にはあまり見るべきものがなかったが、
Lとライトがテニスをしながら歌うシーンは躍動感があり、
引き込まれた。

この題材をストレートプレイにせず、
ミュージカルとして取り上げたのは成功。
私が主張する、
ミュージカルは歌と踊りが
物語を進めたり、
感情を高揚させなければならない、
そうでないものは、
ただの「歌入り芝居」だ
という理論は一応合格点。
なくてもよかった歌も2、3あったが、
ミュージカルとしては合格点を差し上げたい。

5段階評価で言えば、「3.5」

紹介ビデオは、↓をクリック。
しかし、これを見ると、
失望する方もいるかもしれない。

https://www.youtube.com/watch?v=yICDyh8RQrQ&feature=player_embedded

今回が世界初演。
5月に大阪、名古屋で公演した後、
6月にはソウルで現地キャストで上演される。

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Lをキム・ジュンスが演ずるので、

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嫌韓感情を抑えて、
行かざるを得ないことになりそうだ。

ジュンスのインタビュー映像は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=gTKuoJ4T7NA&feature=player_embedded

題材的に韓国では受けそうだが、
ブロードウェイでは無理。

今日は録画日で、
カメラが入っていた。

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前から11列目の中央で鑑賞。
この劇場は座席が互い違いになっているので、
前の人の頭が邪魔にならずに、
大変観やすかった。

日生劇場も早や52年
廊下にあった、
日生劇場こけら落とし公演の写真。

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開場記念公演は
ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」だった。

1周年記念公演は、
ブロードウェイ・キャストによる「ウエストサイド物語」の日本初演。

入り口で配っていたチラシの中から、
めぼしいものを紹介。

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『バードマン』  

〔映画紹介〕

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正式な題名は、
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」という。

先の2014年度アカデミー賞作品賞受賞作
のみならず、監督賞、脚本賞、撮影賞という主要4部門で受賞。
期待し過ぎて失望するのではないかと心配したが、
「たくらみ」に満ちた映画で、
大いに満足した。

舞台はニューヨークのブロードウェイ。
リーガン・トムソンは落ち目のハリウッド俳優。
かつては「バードマン」というビッグヒット映画で
主役のスーパーヒーローを演じた大スターだったが、
それ以降ヒットに恵まれず、
既に20年以上が経過。
60代になり、
家庭でも失敗したリーガンは
「昔、バードマンを演じた俳優」という
過去の栄光から脱出出来ずに、
もがき苦しむような生活を送っていた。

リーガンは再起をかけて、
ブロードウェイ進出という無謀な決断をする。
レイモンド・カーヴァーの短編小説
「愛について語るときに我々の語ること」を脚色し、
自ら演出と主演を務めることにしたのだ。

リハーサルの最中、
俳優の一人がケガで降板し、
その代役として、実力派のマイク・シャイナーが選ばれる。
マイクは俳優としてあふれる才能に恵まれていたが、
その分自己中心で、身勝手な言動に振り回され、
同時に、舞台制作を通して
自身の抱える根深い問題と直面することになったリーガンは、
自分を嘲る心の声(バードマンの声)に悩まされるようになる・・・

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リーガンを演ずるのがマイケル・キートンというのが配役の妙。

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マイケルはかつて「バットマン」を演じて大ヒットを飛ばし、
その後はやや精彩を欠いた役者人生を送っていたからだ。
そして、マイクには、まさに実力派のエドワード・ノートン
この二人の対決が見物。

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更にマイケルの付き人として、
薬物療法をほどこされている娘サムにエマ・ストーン

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マイケルの相手役女優に
売れない女優役が多いナオミ・ワッツ
中でもマイケル・キートンは自身を反映させたかのような
入魂の演技を見せ、
主人公の心の中の憂愁と焦燥、孤独、そして悪夢を体現する。
アカデミー賞主演男優賞は「博士と彼女のセオリー」の
エディ・レッドメインに奪われたが、
二人受賞をさせてあげることが出来るなら、
マイケル・キートンにもオスカーを進呈したいほどだ。
エドワード・ノートンとエマ・ストーンも
アカデミー賞助演賞候補にノミネート。

監督は「アモーレス・ペロス」や「バベル」の
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
毎回ユニークなドラマ作りをする監督だが、
今回はワンカットに挑戦。
1シーン1カットなどという生易しいものではない。
編集のつなぎ方の工夫で、
映画全編をワンショットに見せているのだ。
私は、引きで固定の長回しは
芸が無くて、大嫌いだが、
この映画のようにステディカムのカメラを駆使しての
移動長回し大好物である。
他の映画では「あれ、今のシーン、ワンカットだったんじゃないか」
と思って後でビデオで確認したりするが、
この映画は全編長回し。
最後の方で若干のカット割をするが、
これは物語の進行上必然性がある。

長回しが可能になったのは、
「ゼロ・グラビティ」で宇宙空間の長回しを実現した
エマニュエル・ルベツキが撮影監督だからだ。
彼は宇宙での長回しを実現した「ゼロ・グラビティ」と本作で
2年連続でアカデミー賞撮影賞を獲得している。
長回しは入念なリハーサルの上に成り立つ
映画の「たくらみ」。
撮影時の緊張感が伝わって来る。
こうして、カメラは劇場の楽屋から廊下、舞台、
そして劇場の外のタイムズ・スクエアへと移動し、

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近くのビルの屋上から飛翔し、
再び劇場に戻って来る。

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ルベツキによると、
本作が1回の長回しで撮影されたものだと観客に思わせるために、
カメラワークと編集には非常に高度な技術を要したという。
聞けば、長回しという方法は
監督のアイディアの中に最初からあったのだが、
「権力を持ち」「発言力のある」人々が
長回しによる撮影に反対したとのことだ。

始終鳴り響くドラムの演奏
劇的効果を上げる。

ブロードウェイのシーンは
ニューヨーク44丁目にある
セント・ジェームズ劇場とその周辺で撮影された。
44丁目と言えば、
「オペラ座の怪人」を上演しているマジェスティック劇場があり、
その隣にはブロードハースト劇場、
「マチルダ」を上演しているシューベルト劇場がある。
その向かいにヘレン・ヘイズ劇場と並んで
セント・ジェームズ劇場があるわけで、
ブロードウェイの中でも最も劇場が密集した場所だ。

ネットのレビューでは辛口の感想が多く、評価は低い。
中には酷評もあり、
意外に観客を選ぶ映画ということかもしれない。
しかし、アカデミー賞作品賞受賞作、
などと構えず、素直に観れば、
こんなに面白い映画はないと思うのだが。

5段階評価の「4.5」

予告編は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=_XOBBmyYNJA&feature=player_embedded



外国人に人気の日本の観光スポット  旅行関係

ちょっと古いですが、
トリップアドバイザーがまとめた
「外国人に人気の日本の観光スポット2014」
紹介しましょう。

1位 伏見稲荷大社(京都府)

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コメント:
「本当にゴージャスでした。
赤い鳥居がずっと上まで続いている様子は
とても幻想的です。
たくさんの写真を撮りました」

2位 広島平和記念資料館(原爆ドーム、広島平和記念公園)(広島県)

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「戦争の恐ろしさについて、
真剣に考えさせられます。
この悲劇で亡くなられた方々を
尊敬の念をもって憶えておくことができます」

3位 厳島神社(広島県)

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「ここの赤い鳥居は
見逃せない日本のアイコンです。
歴史を感じられるのは勿論のこと、
この場所は息を呑む素晴らしさです」

4位 金閣寺(京都府)

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「寺は金、まばゆい金色でした。
金閣寺という名前から
けばけばしいものなのではないかと思っていたのですが、
全然そうではなく、
とても美しかったです」

5位 東大寺(奈良県)

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「世界で一番大きな仏陀がここにいます。
ぜひ行ってください!」

6位 高野山 奥之院(和歌山県)

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7位 清水寺(京都府)

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8位 新宿御苑(東京都)

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9位 箱根彫刻の森美術館(神奈川県)

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10位 新勝寺(成田山)(千葉県)

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11位 沖縄美ら海水族館(沖縄県)

12位 松本城(長野県)

13位 三十三間堂(京都府)

14位 嵐山モンキーパークいわたやま(京都府)

15位 兼六園(石川県)


16位 ロボットレストラン(東京都)

17位 二条城(京都府)

18位 長崎原爆資料館(長崎県)

19位 森美術館(東京都)

20位 明治神宮(東京都)


21位 地獄谷野猿公苑(長野県)

22位 奈良公園(奈良県)

23位 道頓堀(大阪府)

24位 渋谷センター街(東京都)

25位 浅草寺(東京都)


26位 海遊館(大阪府)

27位 ビデオゲーム バー スペースステーション(大阪府)

28位 トヨタテクノミュージアム産業技術記念館(愛知県)

29位 京都錦市場(京都府)

30位 心斎橋(大阪府)


意外なところもありますが、
押さえるべきところは
しっかり押さえて
外国人観光客の眼力は確かです。



『悟浄出立』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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「鴨川ホルモー」「鹿男あをによし」など
奇譚的な作品が多い万城目学(まきめ・まなぶ)だが、
この作品は真面目な作り。
というか、ああ、万城目学って、
こういう作品も書けるんだ、
と認識を新たにした。
いずれも中国の歴史書などを題材に取り、
英雄の脇にいた人物に焦点を当てている。

悟浄出立

天竺を目指す三蔵法師一行の中の一挿話。
妖怪の楼閣前で三蔵たちを守る結界を作ってから
食糧の調達に出かけた孫悟空に対し、
残された一同は結界から出て、妖怪に捕らわれる。
結局孫悟空に救出されるのだが、
その間に沙悟浄猪八戒の話を聞く。
猪八戒は元は天界の軍勢の将軍であり、
軍人たちに崇拝される存在だった。
不祥事を起こして天から地上に落とされた時、
誤ってブタにぶつかり、
今のような姿になったという。
猪八戒にとっては、
天界にいた時のことは、
今は懐かしい思い出になっている。
猪八戒は「過程こそが美しい」ということを
孫悟空から学んだという。
そして・・・

趙雲西航

「三国志」に題材を取る。
蜀をほろぼす為に劉備の軍船に乗って川を溯る趙雲将軍
船の係留地で諸葛亮(諸葛孔明)と共に夕食を囲み、
そこで故郷に対する議論をする。
一方、同行する張飛将軍は、
俺の故郷は劉備だと言う。
趙雲は、自分の故郷の真定に思いを馳せる。

虞姫静寂

秦を滅ぼした項羽の寵愛を受ける(ぐ)は、
咸陽の後宮にいた時、
訪れた項羽の側近に見出されて項羽の前に連れ出された女だ。
項羽は女に「虞」という名前を与え、
戦場に常に連れ歩き、
女は「虞美人」と呼ばれる。
やがて戦局が悪化し、
追いつめられた項羽は、
囲んだ敵兵が歌う、
故国・楚の歌を聞き、
ついに自分の兵たちが敵に飲み込まれたことを悟る。
最後の戦闘前に開いた宴の前に
項羽は前に与えた簪と耳飾りの返還を求め、
「虞」という名も返上させ、
自由にどこにでも落ちのびるように言う。
その後、彼女は側近の息子から
自分がなぜ項羽の寵愛を受けたかの理由を知り、
ある行動に出る・・・
「四面楚歌」の語源となった物語。
彼女の墓に咲いた花は、
誰が言うともなく
「虞美人草」と呼ばれるようになる。
本書中、最も美しい話。

↓虞美人草(ひなげし)

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法家孤憤

咸陽宮に勤める京科(けいか)は、
宮中で燕から来た刺客によって秦始皇帝が襲われたことを聞き、
殺された刺客の名前が自分と同じ音で文字の違う「けいか」であったと聞く。
京科には、その名前に聞き覚えがあった。
以前、故郷で官吏の補充の募集の際、
その人物と一緒になり、
本来その男が採用されるべきだったのだが、
名前の音が同じであったための手違いで
京科の方が採用されてしまったのだ。
人生ですれ違い、
別々な道を行った二人の人物が
運命のいたずらで不運な出会いをする話。
それに並行して、
国の運営が法の下になされ、
皇帝よりも上位になっていく過程も描かれる。
暗殺者はその後、
民衆の中では英雄になっていく。

父司馬遷

王に諫言したことで死刑に定められた司馬遷は、
命と引き換えに「宮刑」と呼ばれる刑罰を受ける。
去勢されたのである。
残された妻と3人の子どもは
他の男に嫁いだ母親と共に別の暮らしを始める。
その司馬遷が解放されて戻って来た。
兄たちの軽蔑の対象となっている司馬遷に
娘のは会いに行く。
すっかり別人になった父の姿を見て失望する栄。
しかし、学者であった時代の父親の姿が目から離れない。
志を絶った父親に対し、
「お父さんは、書かなくてはいけない」と詰め寄る。
その背景には、
栄という名前を付けた
歴史上の逸話が隠されていた。
後になって司馬遷の名誉回復が行われ、
歴史に残る著作となったことは史実が告げるとおりである。

今までの万城目作品とは毛色を異にする短編集
私は面白く読んだ。
先の直木賞候補だが、
やはり同種の作品を書いた中島敦という巨星と比較されてしまい、
点数は辛く、受賞を逃した。

選考委員の評は、次のとおり。

伊集院静
勿論、中島敦を越えてくれなどと愚言は発せぬが、
万城目氏にしては珍しく慎重になり過ぎた気がした。
それに準備期間がなかったのではとも感じた。
センスの良い作家ゆえに惜しい気がした。」

林真理子
新しいテーマに挑戦なさった意欲は素晴らしいが、
こういう古代中国に材をとったものは、
先達がいくらでもいる。
万城目さんならではのユニークな視点が成功していないと残念でならない。
「中島敦のオマージュとしても、
少しお行儀がよすぎたような気がする。」

北方謙三
考証の点からは突っこみどころが満載だが、
私はおやと思った。
長篇の、描写の塗り重ねが、
その場で足踏みするようで私の感興を削いできたが、
短篇ではそれがきれいに消えている。
「この人に、こういう切り口があるというのは、
新しい発見であった。」

宮城谷昌光
悟浄ときけば、すぐに中島敦の作品を憶いだしてしまうが、
氏はそこからもっと離れたほうがよかった。
たとえばシェイクスピアの『ハムレット』をもとに、
ラフォルグは『ハムレット』を書いたが、
そこまでの深みが欲しい。

高村薫
中国史の大家である選考委員から
歴史資料の使い方が中途半端という指摘がなされたが、
それ以前に、
有名な史実の脇役を主人公にもってくる手法が
いずれも成功していない。

宮部みゆき
万城目さんが今いろいろな方向を模索していることが
伝わってきました。
短編を積み上げてゆくのはいい試みだと思います。

東野圭吾
この着想は先人のもので、
それを拝借するならば、
さらに上回るもの、
奇想に満ちたものにする必要がある。
やるなら『八戒歎異』とか『玄奘出世』とかだろう。
しかも長編で。

桐野夏生
表題作は、ややありきたりに感じられた。
個人的には「虞姫寂静」が一番面白かった。
飛躍する物語の方が作者には合っている気がする。

浅田次郎
どうしても、表題作に得心ゆかない。
中島敦の作品に対するオマージュであるのか、
あるいはほかに何かしら意味があるのか、
そのあたりが判然としないのである。
そのほかの短篇については、
中国の古典に対する斬新なロマネスクとして
評価できたのだが、
さほど遠い人ではない中島敦との関連については、
納得せずに看過することができなかった。






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