『自壊する中国 反撃する日本』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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産経新聞ワシントン駐在客員特派員であり、
国際教養大学客員教授である古森義久(こもり・よしひさ)氏と
中国から日本に帰化し、
拓殖大学客員教授である石平(せき・へい)氏との対談。
対談と言っても、
それぞれの詳しい分野について対談後、
大幅に加筆訂正したものと思われる。

第1章 中国に傾斜するオバマ政権
第2章 つけあがる中国
第3章 習近平一極体制がもたらす悲劇
第4章 山積する不安定要素
第5章 失速する中国経済
第6章 靖国参拝をめぐる考察
第7章 どうしたら尖閣を守れるのか
第8章 日本がとるべき針路

という構成で、
大変密度の濃い、
示唆に富んだ内容だ。
引用すると
そのまま一冊の本になってしまいそうだが、
少しだけ引用してみる。

古森氏が北京駐在時代、
親しくなった中国政府機関の中国人との会話。

古森 私がもうすぐ離任するという一夕、
彼と飲みながら懇談する機会があった。
私はならためて彼に尋ねた。
「結局、中国と日本の関係は
どうなれば一番いいと思いますか?」
彼が間髪を入れずにこう答えたのを、
いまでも鮮明に覚えている。
「それはやっぱり一つの国になるということですよ」
彼は冗談を言っているのではなかった。
表情からすぐわかった。
私は両国の政治制度は異なるし、
文化も習慣も違うことを指摘した。
そのうえでさらに問うてみた。
「中国と日本とまず異なるのは言葉ですよね。
もう両国が一つになったら、
その言葉はどうすればいいんでしょうかね」
すると、彼は真面目くさった顔で即答したのだった。
「言葉? それはやっぱり大きい国の言葉になるでしょう」
私が愕然とし、唖然としたことは言うまでもない。
このときの彼の言葉は、
まったくの本音として響いたのだ。
日本に対するそういう見下すような感覚は、
中国人のDNAのなかに埋め込まれている。
そう思わざるを得ない彼の言葉だった。

このくだりを読んで、
背筋がぞっとしない日本人はいないだろう。
中国の本音は日本を併合することだ。
この訓練された、
物事に問題が生じた時、
すぐに解決方法を模索することに馴れている
優秀な国民が欲しくてならないのだ。

欧州の諸国に蹂躙された古い歴史を忘れず、
それに復讐しようとしている、
石氏は指摘する。
そして、こう続ける。

石平 私がここで強調しておきたいのは、
中国外交には「屈辱を晴らす」という
凄まじいまでの執念が感じられるということだ。
中国の対外交戦略のもっとも重要な部分の一つは
復讐主義にある。
要はアヘン戦争以来の屈辱を晴らしたいのだ。
中国にとり清算したい歴史は、
欧州のそれだけではない。
彼らからすれば、
近代史上、中国にもっともひどい目に遭わせた国は
東洋にある。
もっとも復讐心に燃え上がらなくてはいけない相手は
「日本」なのである。
だからこそ、習近平は訪問先のドイツで
何の脈略もなく日本との歴史問題に触れ、
何の根拠もない「南京大虐殺30万人」を言い出した。
欧州に対する復讐を果たした後、
彼らにとっての
次の雪辱の対象は
日本において他にない。

日清戦争以来の雪辱が
対日外交の根底にある、
という指摘は大変興味深かった。

古森氏は、
「何をしようが日本はこの先ずっと悪者であり続ける」という
表題の元、中国の歴史教科書を調べた時のことを、こう述べる。

古森 中国の歴史教科書を調べてみると、
日本の歴史について、
戦後の部分の記述がほとんどない。
1972年9月に田中角栄が北京に来て、
日中共同声明に調印したと、
ほんの一行程度で記されていた。
日本国憲法については、
何も書かれていない。
戦後の日本の戦争や戦力の放棄なども、
もちろん述べていない。
日本のODAを中国が受けていたことも、書かれていない。
日本が戦後いかに平和主義的な国家になったかについても、
一切触れていない。
書かれているのは
戦争中の日本軍の残虐行為ばかり、
それも根拠のない誇大な記述が目立つのだ。

その上で、
中国共産党政権が選挙もないのに中国を支配する根拠として、
日本軍国主義を打破したのが共産党だ、というのを挙げていると指摘する。

古森 共産党こそが中国全土を統一し、
すばらしい独立国家を初めてつくった。
中国を近代国家にした。
しかもあの邪悪な日本を打ちのめした。
だから、われわれ共産党は
政権をずんと維持する資格があるのだ、と。
まあ、こんな理屈だろう。
つまりそれが統治の正統性だというわけだ。
その主張には
かつて邪悪だった日本は
いまもなお反省も謝罪もせず、
反中の態度を続けている、
という追加の理屈がつくのである。
ということは、
中国共産党としては
日本をこの先もずんと悪者にし続けなければいけない。
それを継続しなければいけない。
そうなるのである。
だから日本がいくら謝っても詫びても、
賠償のつもりで援助を与えても、
日本が日本であるかぎり、
中国の日本非難は終わらないとも言える。
中国国民の日本に対する憎しみは消えない、
いや共産党から見ると、
消してはいけないのである。

そして、石氏はこう述べる。

石平 毛沢東時代の中国はあまり歴史問題を研究しなかったし、
反日活動もほとんど行わなかった。
なぜか。
要は当時の中国は正統性を主張するのに
反日は不要であったからである。
共産主義を唱えれば、
それで十分に正統性を持つので人民に受け入れられた。
協賛主義の正当性がもっもと危機に陥ったのは、
天安門事件のときであった。
天安門事件が一つの大きな転機になった。
毛沢東時代から、
共産党は人民のためにある、
人民に奉仕する政党というイデオロギーがあった。
しかし、天安門事件で人民を数千人も殺したことで、
共産党の正統性は大変な危機に瀕した。
このときに江沢民政権が誕生し、
江沢民は反日戦略を開始した。
1989年秋のことだ。
共産党政権が失った正統性を゛再建゛するために、
日本を道具として使った。
江沢民政権からいまの習近平政権まで、
ずっとこの線でやってきた。
ある意味、彼らにとって反日は欠かせないカンフル剤となっている。
いや、思惑以上の効果をもたらすアヘンかもしれない。
政権にすれば、反日というアヘンである。

私はネットに展開された
中国人が日本に観光で訪れた旅行記をどをよく見るが、
そこでは、中国人観光客が
日本に来て驚いたことが沢山書かれている。
「聞いていた話と違う」と。
あれほど邪悪な人間の集まりと思っていた日本人は
みんな良い人たちだった。
親切で優しく、温かい。
そして、町にはゴミ一つ落ちておらず、
みんなが社会的ルールを守り、
歩行者がいれば、
車は止まって待つ。
落としたものは必ず戻って来る。
この日本人の素養には、
中国人は何十年たっても追いつかないだろう、と。

今、中国から日本に訪れる観光客が倍増しているそうだが、
こうして日本という国を実際に見た中国人が増えることによって、
次第に中国という国も変わって来るのではないかと期待している。

一方、中国共産党内部での権力争いもすさまじく、
今習近平がしている腐敗撲滅
権力闘争でしかないと指摘する。

石平 反腐敗運動とは
あくまでも習近平が自分を守るための、
自分の権力を固めるための手段でしかないのである。
習近平は、自分と王岐山以外の
中国共産党中央の幹部、
つまり政治局常務委員と政治局委員を呼びつけて脅しをかけた。
「お前たちがおれの仲間でないことは知っている。
だが、おれには逆らうな。
逆らえば、いつでもお前たちを摘発してやる」
共産党の幹部で腐敗に染まっていない者など一人もいない。
したがって、誰もが叩けば埃が出る。
身に覚えのある政治局常務委員と政治局委員は
習近平の言葉にふるえあがった。
以上が、習近平、王岐山、栗戦書の3人が
党中央規律検査委員会の権力をふりかざして進めている
反腐敗運動の実態である。

この見解が正しいことは、
反腐敗運動で摘発されているのが、
江沢民派に集中していることでも明らかであろう。
かつて権力をふるった周永康までやり玉に上げられているほどで、
容赦のないことがわかる。
反腐敗運動は中国人民の支持を受けているが、
かつての文化大革命だって
後になってみれば、
毛沢東の権力闘争だったことが明らかになっているのだ。
こんな権力闘争に付き合わされる
中国人民こそいい迷惑である。

しかし、中国人民も
この共産党一党独裁体制に何もしないわけではない。
様々な暴動事件が起きている。
それについての中国当局の締め付けについて、このように述べる。

石平 中国では毎年「群体性事件」が
少なくとも20万件以上は起きている。
日本語では暴動、騒乱事件にあたるが、
それらに対する予算は
なんと国防費を上回っている。

と同時に共産党政権を悩ませるのが、
経済の減速、
投資の拡大、輸出の拡大の縮小、
不動産バブルの崩壊である。
現実に中国の体制が危機に瀕した時、
どうなるか。
それについて、石氏は、次のような危険を指摘する。

石平 現政権にとり一番の恐怖は
中国共産党政権が維持できなくなることだから、
民衆の共産党に向けての爆発だけは
なんとしても防ごうとするに違いない。
おそらく彼らに残された最後の有効手段の一つは、
対外的な強硬政策を推し進めることによって、
国民の目を外に向かわせることであろう。
どうにも切羽詰ったら、
習近平は゛限定的゛な戦争状態をつくることにより、
物価統制をはじめとする
国内の経済統制を行うことも視野に入れているはずだ。
経済危機に陥った場合、
経済統制を実施するのがいちばん手っ取り早い。
だが、経済統制を実施するには、
大義名分が必要である。
戦争はいちばんの大義。
国内問題を解決するため、
己の求心力を回復するため、
習近平が尖閣諸島をめぐる
限定的な戦争を企んでいるとしても、
少しも不思議ではない。

古森氏は、日本の中国への対応の仕方について、
アメリカ海軍大学の「中国海洋研究所」の
ピーター・ダットン所長の次の言葉を引用する。

「日本にとって尖閣諸島をめぐる中国との関係は、
永遠の摩擦だと覚悟する必要がある。
中国は絶対に妥協や譲歩をせず、
日本への攻勢を続けるからだ。
だから、その結果として、
日本が中国の要求に服従しない限りは、
日中間の摩擦は永遠に続く。
日本はそのつもりで対応していかねばならない」

古森氏は、アメリカ軍の見解も提示する。

古森 その一方で、
中国はさまざまな形で尖閣の攻略方法を考えている。
これはアメリカの太平洋統合軍のナンバー3の高官が
つい口を滑らしたのだが、
「いま中国は短期で速度の速い
日本との戦争を考えている。
これは尖閣を獲るためだ」と述べた。
米軍側もそこまで踏み込んだ認識を深めている。
もちろんそうした認識は、
米軍の収集した軍事情報に立脚しての見解である。

石平 私が危機感を募らせている理由は、
最近、中国のインターネットで
中国国防大学の張召忠教授(海軍少将)の論文を目にしたからだ。
論文のタイトルは、ずばり
「中国が一瞬にして日本を全滅させることは
もはや空論ではない」
という凄まじいもの。
日本では中国の理不尽で勝手な振る舞いがどんなに目に余ろうと、
「中国を全滅させるために日本はどうすべきだ」
というようなテーマで話し合ったりはしない。
しかし、中国は違う。
「日本を全滅させるためにはどうすべきか」
をテーマに軍人レベルは当然のこと、
学者レベル、一般人レベルでも
日常茶飯に堂々と語り合われているのである。
日本人が理解しなければならないのは、
中国の指導部にしてもエリートにしても、
あるいは一般の多くの国民にしても、
日本にミサイルを撃ち込むということに対して、
何の抵抗感も違和感も持たない。
要するに、内なる抑止力がないわけである。

そして、憲法前文
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した」
を、中国に期待するほうが間違っている、
と指摘する。

しかし、それに対する日本の対応は根本的に問題があると両氏は指摘する。

石平 普通の国は自分の国の軍隊が行動しやすいように環境をつくるが、
唯一日本だけが
軍隊が自由に行動しにくいように、
すべてのシステムをつくっている。
日本ほどおかしな国はないと
外国から言われても仕方がない。
これは極端なマゾヒズムである。
自分たちは悪い人たちなので、
自由にすると必ず悪いことをする。
だから、がんじがらめに自らを縛りつけておこうと。
集団的自衛権も憲法改正も同様である。
どんどん自分たちに歯止めをかけようとしている。
古森 尖閣についても、
中国人民解放軍の部隊が攻め込んできても、
それでもなおかつ組織的・計画的攻撃であることを証明しなければ、
自衛隊は反撃できないという。
仮に、制服を着ていない
機関銃で武装した活動分子が
100人漁船で来襲し、
島を獲ったときに日本はどうするのか。
これは軍事攻撃ではないので゛
警察行動で対応するという。
日本が尖閣を奪われた後に、
この漁民らしい集団は
実は人民解放軍の将兵だったと判明したら、
どうするのか。
これこそ遅きに失するだろう。
こうしたあまりにも馬鹿げた自縛自縛の状態で、
尖閣での中国との対決を想定した場合には、
あまりに不安な材料が多い。

そして、東南アジアを中心に
中国包囲網を構築する安倍外交に期待する。

石平 今次の安倍政権の外交力はすごい。
戦後日本の歴代政権のなかで
初めて外交戦略を持ったのではないか。
これまでの政権はなんとなく外交をやっているだけであって、
戦略がなかった。
全方位外交、等距離外交、橋渡し外交。
価値観がまったくわからなかった。
いまの安倍政権が進めている外交は、
まさに日米同盟を基本にして、
東南アジア諸国と連携し、
最近では欧州まで
そういう連携の輪を広げている。
日本との「2プラス2」はアメリカのみだったのが、
いまはオーストラリアとも行っている。
ただし、そんな外交戦略が成功するためには
一つの前提条件がある。
それは結局、
日本自身がきちんとした国家体制をつくらなければならないということである。
要は、自分の国を守れる゛普通の国゛になることだ。
古森 たしかに、正常な国になることだと言える。
憲法改正に反対する人たちは、
日本が憲法改正したら、
その翌年には外国に攻めていくというような危惧を述べる。
だが、日本がいったいどこの国に攻め込むのかと問いたい。             
石平 しかしふと思ったのは、
では、戦争のできる国のどこが悪いのか。
世界中の国はみな戦争のできる国ばかりである。
そもそも戦争をしてでも
国を守るのが国家ではないのか。
戦争のできる国とは、
本来の国家の文脈では、
政権に対する評価になるはずであろう。
安倍政権は
やっと日本を戦争のできる国にしてくれた。
これでわれわれは安心できる。
本来はそう言わなければならないのに、
日本では逆の概念になる。
古森 アメリカ人で日本のことをよく知っている人たちは、
そうした日本のおかしな平和主義者をこう揶揄する。
「火事が嫌いだから消防署をなくせ、
消防署をなくせば火事がなくなると主張しているようなものだ」
日本人をそういう゛病゛に導いた原因は、
大きく二つあるのだと思う。
一つはやはり戦争の悲惨な体験である。
あの戦争で、
国民は国家の命じることにしたがっていたら、
ひどい目に遭わされた。
その体験が国家不信を生んだ。
もう一つは左翼の思想の影響である。
マルクス・レーニン主義、共産主義者たちは、
自分たちの体制にならない限りは
国家を否定する。
戦後の日本では、
革命のために国家を否定するという考え方が非常に浸透していた。
この二つの相乗効果により生まれた゛病゛は、
日本中に伝播していった。
石平 しかし、左翼、共産主義者が政権を奪取したらどうなるか、
私は実によく知っている。
彼らのつくる国家こそ悪だ。
私はああいう国家で生まれた人間だ。
彼らは体制を守るために必ず軍隊をつくり、
それを国民を鎮圧するために使った。
やはり日本人に必要なのは、
国家がすなわち悪であるというような
意識を変えることだ。

日本は中国、北朝鮮、韓国という
「やっかいな隣人」に囲まれている。
中でも中国は強大な軍事力を持っているだけに
最も取り扱い難い国だ。
しかも最近は「中国の夢」などと言って、
拡大の一途をたどっている。
その国と対応するにはどうしたらいいか。
古森氏と石氏という
卓越した情報通の話は得るものが多い。
二人の持っている危機感を
日本国民は真剣に受け止めることが必要だろう。






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