『自壊する中国 反撃する日本』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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産経新聞ワシントン駐在客員特派員であり、
国際教養大学客員教授である古森義久(こもり・よしひさ)氏と
中国から日本に帰化し、
拓殖大学客員教授である石平(せき・へい)氏との対談。
対談と言っても、
それぞれの詳しい分野について対談後、
大幅に加筆訂正したものと思われる。

第1章 中国に傾斜するオバマ政権
第2章 つけあがる中国
第3章 習近平一極体制がもたらす悲劇
第4章 山積する不安定要素
第5章 失速する中国経済
第6章 靖国参拝をめぐる考察
第7章 どうしたら尖閣を守れるのか
第8章 日本がとるべき針路

という構成で、
大変密度の濃い、
示唆に富んだ内容だ。
引用すると
そのまま一冊の本になってしまいそうだが、
少しだけ引用してみる。

古森氏が北京駐在時代、
親しくなった中国政府機関の中国人との会話。

古森 私がもうすぐ離任するという一夕、
彼と飲みながら懇談する機会があった。
私はならためて彼に尋ねた。
「結局、中国と日本の関係は
どうなれば一番いいと思いますか?」
彼が間髪を入れずにこう答えたのを、
いまでも鮮明に覚えている。
「それはやっぱり一つの国になるということですよ」
彼は冗談を言っているのではなかった。
表情からすぐわかった。
私は両国の政治制度は異なるし、
文化も習慣も違うことを指摘した。
そのうえでさらに問うてみた。
「中国と日本とまず異なるのは言葉ですよね。
もう両国が一つになったら、
その言葉はどうすればいいんでしょうかね」
すると、彼は真面目くさった顔で即答したのだった。
「言葉? それはやっぱり大きい国の言葉になるでしょう」
私が愕然とし、唖然としたことは言うまでもない。
このときの彼の言葉は、
まったくの本音として響いたのだ。
日本に対するそういう見下すような感覚は、
中国人のDNAのなかに埋め込まれている。
そう思わざるを得ない彼の言葉だった。

このくだりを読んで、
背筋がぞっとしない日本人はいないだろう。
中国の本音は日本を併合することだ。
この訓練された、
物事に問題が生じた時、
すぐに解決方法を模索することに馴れている
優秀な国民が欲しくてならないのだ。

欧州の諸国に蹂躙された古い歴史を忘れず、
それに復讐しようとしている、
石氏は指摘する。
そして、こう続ける。

石平 私がここで強調しておきたいのは、
中国外交には「屈辱を晴らす」という
凄まじいまでの執念が感じられるということだ。
中国の対外交戦略のもっとも重要な部分の一つは
復讐主義にある。
要はアヘン戦争以来の屈辱を晴らしたいのだ。
中国にとり清算したい歴史は、
欧州のそれだけではない。
彼らからすれば、
近代史上、中国にもっともひどい目に遭わせた国は
東洋にある。
もっとも復讐心に燃え上がらなくてはいけない相手は
「日本」なのである。
だからこそ、習近平は訪問先のドイツで
何の脈略もなく日本との歴史問題に触れ、
何の根拠もない「南京大虐殺30万人」を言い出した。
欧州に対する復讐を果たした後、
彼らにとっての
次の雪辱の対象は
日本において他にない。

日清戦争以来の雪辱が
対日外交の根底にある、
という指摘は大変興味深かった。

古森氏は、
「何をしようが日本はこの先ずっと悪者であり続ける」という
表題の元、中国の歴史教科書を調べた時のことを、こう述べる。

古森 中国の歴史教科書を調べてみると、
日本の歴史について、
戦後の部分の記述がほとんどない。
1972年9月に田中角栄が北京に来て、
日中共同声明に調印したと、
ほんの一行程度で記されていた。
日本国憲法については、
何も書かれていない。
戦後の日本の戦争や戦力の放棄なども、
もちろん述べていない。
日本のODAを中国が受けていたことも、書かれていない。
日本が戦後いかに平和主義的な国家になったかについても、
一切触れていない。
書かれているのは
戦争中の日本軍の残虐行為ばかり、
それも根拠のない誇大な記述が目立つのだ。

その上で、
中国共産党政権が選挙もないのに中国を支配する根拠として、
日本軍国主義を打破したのが共産党だ、というのを挙げていると指摘する。

古森 共産党こそが中国全土を統一し、
すばらしい独立国家を初めてつくった。
中国を近代国家にした。
しかもあの邪悪な日本を打ちのめした。
だから、われわれ共産党は
政権をずんと維持する資格があるのだ、と。
まあ、こんな理屈だろう。
つまりそれが統治の正統性だというわけだ。
その主張には
かつて邪悪だった日本は
いまもなお反省も謝罪もせず、
反中の態度を続けている、
という追加の理屈がつくのである。
ということは、
中国共産党としては
日本をこの先もずんと悪者にし続けなければいけない。
それを継続しなければいけない。
そうなるのである。
だから日本がいくら謝っても詫びても、
賠償のつもりで援助を与えても、
日本が日本であるかぎり、
中国の日本非難は終わらないとも言える。
中国国民の日本に対する憎しみは消えない、
いや共産党から見ると、
消してはいけないのである。

そして、石氏はこう述べる。

石平 毛沢東時代の中国はあまり歴史問題を研究しなかったし、
反日活動もほとんど行わなかった。
なぜか。
要は当時の中国は正統性を主張するのに
反日は不要であったからである。
共産主義を唱えれば、
それで十分に正統性を持つので人民に受け入れられた。
協賛主義の正当性がもっもと危機に陥ったのは、
天安門事件のときであった。
天安門事件が一つの大きな転機になった。
毛沢東時代から、
共産党は人民のためにある、
人民に奉仕する政党というイデオロギーがあった。
しかし、天安門事件で人民を数千人も殺したことで、
共産党の正統性は大変な危機に瀕した。
このときに江沢民政権が誕生し、
江沢民は反日戦略を開始した。
1989年秋のことだ。
共産党政権が失った正統性を゛再建゛するために、
日本を道具として使った。
江沢民政権からいまの習近平政権まで、
ずっとこの線でやってきた。
ある意味、彼らにとって反日は欠かせないカンフル剤となっている。
いや、思惑以上の効果をもたらすアヘンかもしれない。
政権にすれば、反日というアヘンである。

私はネットに展開された
中国人が日本に観光で訪れた旅行記をどをよく見るが、
そこでは、中国人観光客が
日本に来て驚いたことが沢山書かれている。
「聞いていた話と違う」と。
あれほど邪悪な人間の集まりと思っていた日本人は
みんな良い人たちだった。
親切で優しく、温かい。
そして、町にはゴミ一つ落ちておらず、
みんなが社会的ルールを守り、
歩行者がいれば、
車は止まって待つ。
落としたものは必ず戻って来る。
この日本人の素養には、
中国人は何十年たっても追いつかないだろう、と。

今、中国から日本に訪れる観光客が倍増しているそうだが、
こうして日本という国を実際に見た中国人が増えることによって、
次第に中国という国も変わって来るのではないかと期待している。

一方、中国共産党内部での権力争いもすさまじく、
今習近平がしている腐敗撲滅
権力闘争でしかないと指摘する。

石平 反腐敗運動とは
あくまでも習近平が自分を守るための、
自分の権力を固めるための手段でしかないのである。
習近平は、自分と王岐山以外の
中国共産党中央の幹部、
つまり政治局常務委員と政治局委員を呼びつけて脅しをかけた。
「お前たちがおれの仲間でないことは知っている。
だが、おれには逆らうな。
逆らえば、いつでもお前たちを摘発してやる」
共産党の幹部で腐敗に染まっていない者など一人もいない。
したがって、誰もが叩けば埃が出る。
身に覚えのある政治局常務委員と政治局委員は
習近平の言葉にふるえあがった。
以上が、習近平、王岐山、栗戦書の3人が
党中央規律検査委員会の権力をふりかざして進めている
反腐敗運動の実態である。

この見解が正しいことは、
反腐敗運動で摘発されているのが、
江沢民派に集中していることでも明らかであろう。
かつて権力をふるった周永康までやり玉に上げられているほどで、
容赦のないことがわかる。
反腐敗運動は中国人民の支持を受けているが、
かつての文化大革命だって
後になってみれば、
毛沢東の権力闘争だったことが明らかになっているのだ。
こんな権力闘争に付き合わされる
中国人民こそいい迷惑である。

しかし、中国人民も
この共産党一党独裁体制に何もしないわけではない。
様々な暴動事件が起きている。
それについての中国当局の締め付けについて、このように述べる。

石平 中国では毎年「群体性事件」が
少なくとも20万件以上は起きている。
日本語では暴動、騒乱事件にあたるが、
それらに対する予算は
なんと国防費を上回っている。

と同時に共産党政権を悩ませるのが、
経済の減速、
投資の拡大、輸出の拡大の縮小、
不動産バブルの崩壊である。
現実に中国の体制が危機に瀕した時、
どうなるか。
それについて、石氏は、次のような危険を指摘する。

石平 現政権にとり一番の恐怖は
中国共産党政権が維持できなくなることだから、
民衆の共産党に向けての爆発だけは
なんとしても防ごうとするに違いない。
おそらく彼らに残された最後の有効手段の一つは、
対外的な強硬政策を推し進めることによって、
国民の目を外に向かわせることであろう。
どうにも切羽詰ったら、
習近平は゛限定的゛な戦争状態をつくることにより、
物価統制をはじめとする
国内の経済統制を行うことも視野に入れているはずだ。
経済危機に陥った場合、
経済統制を実施するのがいちばん手っ取り早い。
だが、経済統制を実施するには、
大義名分が必要である。
戦争はいちばんの大義。
国内問題を解決するため、
己の求心力を回復するため、
習近平が尖閣諸島をめぐる
限定的な戦争を企んでいるとしても、
少しも不思議ではない。

古森氏は、日本の中国への対応の仕方について、
アメリカ海軍大学の「中国海洋研究所」の
ピーター・ダットン所長の次の言葉を引用する。

「日本にとって尖閣諸島をめぐる中国との関係は、
永遠の摩擦だと覚悟する必要がある。
中国は絶対に妥協や譲歩をせず、
日本への攻勢を続けるからだ。
だから、その結果として、
日本が中国の要求に服従しない限りは、
日中間の摩擦は永遠に続く。
日本はそのつもりで対応していかねばならない」

古森氏は、アメリカ軍の見解も提示する。

古森 その一方で、
中国はさまざまな形で尖閣の攻略方法を考えている。
これはアメリカの太平洋統合軍のナンバー3の高官が
つい口を滑らしたのだが、
「いま中国は短期で速度の速い
日本との戦争を考えている。
これは尖閣を獲るためだ」と述べた。
米軍側もそこまで踏み込んだ認識を深めている。
もちろんそうした認識は、
米軍の収集した軍事情報に立脚しての見解である。

石平 私が危機感を募らせている理由は、
最近、中国のインターネットで
中国国防大学の張召忠教授(海軍少将)の論文を目にしたからだ。
論文のタイトルは、ずばり
「中国が一瞬にして日本を全滅させることは
もはや空論ではない」
という凄まじいもの。
日本では中国の理不尽で勝手な振る舞いがどんなに目に余ろうと、
「中国を全滅させるために日本はどうすべきだ」
というようなテーマで話し合ったりはしない。
しかし、中国は違う。
「日本を全滅させるためにはどうすべきか」
をテーマに軍人レベルは当然のこと、
学者レベル、一般人レベルでも
日常茶飯に堂々と語り合われているのである。
日本人が理解しなければならないのは、
中国の指導部にしてもエリートにしても、
あるいは一般の多くの国民にしても、
日本にミサイルを撃ち込むということに対して、
何の抵抗感も違和感も持たない。
要するに、内なる抑止力がないわけである。

そして、憲法前文
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した」
を、中国に期待するほうが間違っている、
と指摘する。

しかし、それに対する日本の対応は根本的に問題があると両氏は指摘する。

石平 普通の国は自分の国の軍隊が行動しやすいように環境をつくるが、
唯一日本だけが
軍隊が自由に行動しにくいように、
すべてのシステムをつくっている。
日本ほどおかしな国はないと
外国から言われても仕方がない。
これは極端なマゾヒズムである。
自分たちは悪い人たちなので、
自由にすると必ず悪いことをする。
だから、がんじがらめに自らを縛りつけておこうと。
集団的自衛権も憲法改正も同様である。
どんどん自分たちに歯止めをかけようとしている。
古森 尖閣についても、
中国人民解放軍の部隊が攻め込んできても、
それでもなおかつ組織的・計画的攻撃であることを証明しなければ、
自衛隊は反撃できないという。
仮に、制服を着ていない
機関銃で武装した活動分子が
100人漁船で来襲し、
島を獲ったときに日本はどうするのか。
これは軍事攻撃ではないので゛
警察行動で対応するという。
日本が尖閣を奪われた後に、
この漁民らしい集団は
実は人民解放軍の将兵だったと判明したら、
どうするのか。
これこそ遅きに失するだろう。
こうしたあまりにも馬鹿げた自縛自縛の状態で、
尖閣での中国との対決を想定した場合には、
あまりに不安な材料が多い。

そして、東南アジアを中心に
中国包囲網を構築する安倍外交に期待する。

石平 今次の安倍政権の外交力はすごい。
戦後日本の歴代政権のなかで
初めて外交戦略を持ったのではないか。
これまでの政権はなんとなく外交をやっているだけであって、
戦略がなかった。
全方位外交、等距離外交、橋渡し外交。
価値観がまったくわからなかった。
いまの安倍政権が進めている外交は、
まさに日米同盟を基本にして、
東南アジア諸国と連携し、
最近では欧州まで
そういう連携の輪を広げている。
日本との「2プラス2」はアメリカのみだったのが、
いまはオーストラリアとも行っている。
ただし、そんな外交戦略が成功するためには
一つの前提条件がある。
それは結局、
日本自身がきちんとした国家体制をつくらなければならないということである。
要は、自分の国を守れる゛普通の国゛になることだ。
古森 たしかに、正常な国になることだと言える。
憲法改正に反対する人たちは、
日本が憲法改正したら、
その翌年には外国に攻めていくというような危惧を述べる。
だが、日本がいったいどこの国に攻め込むのかと問いたい。             
石平 しかしふと思ったのは、
では、戦争のできる国のどこが悪いのか。
世界中の国はみな戦争のできる国ばかりである。
そもそも戦争をしてでも
国を守るのが国家ではないのか。
戦争のできる国とは、
本来の国家の文脈では、
政権に対する評価になるはずであろう。
安倍政権は
やっと日本を戦争のできる国にしてくれた。
これでわれわれは安心できる。
本来はそう言わなければならないのに、
日本では逆の概念になる。
古森 アメリカ人で日本のことをよく知っている人たちは、
そうした日本のおかしな平和主義者をこう揶揄する。
「火事が嫌いだから消防署をなくせ、
消防署をなくせば火事がなくなると主張しているようなものだ」
日本人をそういう゛病゛に導いた原因は、
大きく二つあるのだと思う。
一つはやはり戦争の悲惨な体験である。
あの戦争で、
国民は国家の命じることにしたがっていたら、
ひどい目に遭わされた。
その体験が国家不信を生んだ。
もう一つは左翼の思想の影響である。
マルクス・レーニン主義、共産主義者たちは、
自分たちの体制にならない限りは
国家を否定する。
戦後の日本では、
革命のために国家を否定するという考え方が非常に浸透していた。
この二つの相乗効果により生まれた゛病゛は、
日本中に伝播していった。
石平 しかし、左翼、共産主義者が政権を奪取したらどうなるか、
私は実によく知っている。
彼らのつくる国家こそ悪だ。
私はああいう国家で生まれた人間だ。
彼らは体制を守るために必ず軍隊をつくり、
それを国民を鎮圧するために使った。
やはり日本人に必要なのは、
国家がすなわち悪であるというような
意識を変えることだ。

日本は中国、北朝鮮、韓国という
「やっかいな隣人」に囲まれている。
中でも中国は強大な軍事力を持っているだけに
最も取り扱い難い国だ。
しかも最近は「中国の夢」などと言って、
拡大の一途をたどっている。
その国と対応するにはどうしたらいいか。
古森氏と石氏という
卓越した情報通の話は得るものが多い。
二人の持っている危機感を
日本国民は真剣に受け止めることが必要だろう。



『ホビット 決戦のゆくえ』  映画関係

今日は午後、舞浜のイクスピアリで映画を観ました。
今年はこれで映画館での映画鑑賞は150本
新記録です。
1998年に年間149本、
2000年に年間145本というのがありましたが、
久し振りの記録更新。
ビデオや機内映画での鑑賞を入れると、
202本になります。

映画評論家ではないのですから、
こんなに観る必要はないのですが、
今年多かった原因は、
海外旅行の回数が減って、
映画を観る機会が増えたこと、
そして、ブログに掲載する関係上、
作品を選ばなければならないことがあります。

映画を観ても4本に3本は
ブログで紹介するほどではない作品で、
掲載する作品が不足してしまい、
追いかけるように映画を観てしまいます。

本数を競うなら
映倫の職員にはかなわないし、
旅行の回数を誇るなら、
添乗員に勝つことはない、
と思うので、
本数や回数を追究するわけではないのですが、
ついに今年はこんな状態になりました。

私のブログでの評価を目安に
映画を選んでいる方もいるそうですので、
慎重にブログ掲載をしていきたいと思います。


〔映画紹介〕

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2001〜2003年 ロード・オブ・ザ・リング
2012〜2014年 ホビット
と続くこのシリーズもいよいよ終わりだ。

前作でとんでもないところで「続く」になったが、
その後、ドラゴンは湖の街を襲い、
火炎を放射、街を焼き払う。
のっけからの大惨事。
このCGが見事の一言。
3・10の東京大空襲を彷彿とさせる。
しかし、無敵のはずのドラゴンも
バルドの黒い矢で退治される。
邪龍スマウグ、もっと強いと思っていたが、
あっけなく死ぬ。
その後の民衆の嘆き。
これも空襲の後の下町だ。

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この後、
話は人間ドラマに転ずる。
宝を手にしたトーリンは宝に執着し、
エルフとの約束をたがえる。
黄金の魔力に取りつかれた王の姿で、
テーマが表れる。
ついに戦闘が開始される、
と思いきゃ、
オーク軍がやってきて、
その危機にドワーフやエルフ、人間の三者は
わたかまりを捨てて団結するか、
さもなくば滅びるか、
究極の決断を迫られる。

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ここから延々とすさまじい戦闘シーンが繰り広げられる。
見渡す限り野を埋めつくす戦士の姿に圧倒させられる。
戦闘の様も工夫をこらし、
観る者を飽きさせない。
戦闘の中である者は命を落とし、
ある者は長らえる。
そして、戦いが終われば、
後は別れが待っている。
ドワーフたちとビルボのと別れのシーンはなかなかいい。
そして、ホビット庄への帰還。
ガンダルフとの別れも哀切。
そして、物語は「ロード・オブ・ザ・リング」第1作につながっていくのだが、
足掛け10年以上をかけて
この世界を作り上げたピーター・ジャクソンの才能に脱帽する。
一体どうやって撮ったんだろう、
という映像が驚きと共に続く。
一点一角もおろそかにしない描写。
「この場面はこう撮りたい」
を実現する技術力。
この執念。この執着力。
特に、トーリンと悪玉の凍った滝の上での戦いは、
本当にリアルだ。

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ビルボを演じたマーティン・フリーマン
ガンダルフのイアン・マッケラン
トーリンのリチャード・アーミティッジ
バルドのルーク・エヴァンス
それぞれ「この人しかいない」という適役に感じられるから、
うまく演じたということだろう。
つくづく英国の俳優の底力を感じさせる。
顔つきからして
この映画にふさわしい。

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どう見てもオーク軍の方が強そうだとか、
いろいろ突っ込みどころはあるが、
ピーター・ジャクソンが創りあげた
「ロード・オブ・ザ・リング」の世界に
身を委ねることが出来れば、
芳醇な体験をすることが出来る。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=w3b0KwHgf_4


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天皇誕生日  

今日は天皇誕生日
昭和天皇在位中は4月29日が天皇誕生日でした。
今は4月29日は「昭和の日」となっています。

今上天皇は今日で81歳
これに先立ち皇居・宮殿で記者会見し、
来年の戦後70年を前に、
「先の戦争では300万を超す多くの人が亡くなりました。
その人々の死を無にすることがないよう、
常により良い日本をつくる努力を続けることが
残された私どもに課せられた義務であり、
後に来る時代への責任であると思います」
と語りました。
その上で
「日本が世界の中で安定した平和で健全な国として、
近隣諸国はもとより
できるだけ多くの世界の国々と共に支え合って
歩んでいけるよう切に願っています」
と述べました。

まさに国民の願いを受け止めたもので、
このような「祈り」にも近い思いを
国の元首が抱いていることは、
日本の国のあり方を決めていると言ってもいいでしょう。

来年は戦後70年ということで、
中国・韓国はまた日本批判を繰り広げることでしょうが、
この陛下の思い
少しでも知ってもらいたいものです。
まあ、中国も韓国も
日本を貶める方策は
戦争中のことを持ち出すしか出来ないわけで、
本当にしつっこい。

言うまでもなく
日本は天皇を国の精神的トップに戴く国です。
日本国憲法第1条には、このように書いてあります。

天皇は、
日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、
この地位は、
主権の存する日本国民の総意に基く。

「俺はそうは思わない。だから総意ではない」
と屁理屈を言う人はいるでしょうが、
とにかく、憲法はそうなっており、
それがいやだと言う人は
それこそ憲法改正を建議すればいい。

昭和天皇が亡くなった時に、
若干の退位論が出て、
「朝まで生テレビ」でもそのような議論がされましたが、
その後、そのような議論は影をひそめています。

世論調査の推移を見ると、
1990年では
「今の象徴天皇のままでよい」
を回答に選んだ人73%
2000年には
象徴天皇を支持したのが8割
2002年には
「(天皇は)今と同じ象徴でよい」
を回答に選んだ人が86%でした。
NHKが2009年10月30日から11月1日に行った世論調査では、
「天皇は現在と同じく象徴でよい」82%
「天皇制は廃止する」が8%、
「天皇に政治的権限を与える」が6%となっています。
まあ、「総意」に近い。

君主制を取る国々の中でも
これほど長い系図を持って
国の歴史の奥深いところにあり続けた存在はなく、
世界的にも珍しいものです。

なお、君主制とは、君主が存在する政体で、
対義語は共和制です。
君主が存在する国家を君主国
君主が存在しない国家を共和国といいます。

君主国は支配者の君主号によって、
王国、大公国、公国、首長国、帝国などと呼ばれます。

一般的にその地位は、
独りの人間が終身で持ち続け、
その一族により世襲されます。
これを世襲君主制といいます。
君主の一族を王家(王室)と呼び、
王家による世襲権力の連続体を王朝といいます。
バチカン市国のように、
世襲によらない地位の継承が行われる例もあります。
マレーシアやサモアは任期制の君主国です。

君主が絶対的な権力を持つ政体が絶対君主制で、
これに対し、
君主が権力を制限されていたり付与されていない政体が制限君主制であり、
権力の制限が憲法に基づく場合は立憲君主制となります。

現在の君主国は、次のようなものがあります。

王国(王または女王を元首とする国家)

オランダ王国
カンボジア王国
サウジアラビア王国
スウェーデン王国
スペイン王国
スワジランド王国
タイ王国
デンマーク王国
トンガ王国
ノルウェー王国
バーレーン王国
ブータン王国
ベルギー王国
モロッコ王国
ヨルダン・ハシミテ王国
レソト王国

スルターン国(スルターンを元首とする国家)

オマーン国
ブルネイ・ダルサラーム国
マレーシア(元首は各州スルターンの輪番制)

英連邦王国(英連邦加盟国の中で、
      英国王または女王を元首とする国家。
      イギリス以外の国では、
      英国王に任命された総督が実質的に元首を務める。)

グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(通称:イギリス)
アンティグア・バーブーダ
オーストラリア連邦
カナダ
グレナダ
ジャマイカ
セントクリストファー・ネイビス連邦
セントビンセントおよびグレナディーン諸島
セントルシア
ソロモン諸島
ツバル
ニュージーランド
バハマ国
パプアニューギニア独立国
バルバドス
ベリーズ

大公国

ルクセンブルク大公国

公国

アンドラ公国(共同元首はフランスの大統領とスペインのウルヘル司教)
モナコ公国
リヒテンシュタイン公国

首長国

アラブ首長国連邦の構成国(アブダビ首長国のアミールが連邦全体の大統領を務める)
アジュマーン首長国
アブダビ首長国
ウンム・アル=カイワイン首長国
シャールジャ首長国
ドバイ首長国
フジャイラ首長国
ラアス・アル=ハイマ首長国

カタール国
クウェート国

その他の君主国

日本国(元首は天皇)
サモア独立国(元首はオ・レ・アオ・オ・レ・マーロー)
バチカン市国(元首はローマ教皇)


なお、政党で天皇制に疑義を唱えているのは日本共産党で、
憲法上現にある制度としてのみ容認し、
日本は君主制でも共和制でもないとしています。
そして、憲法の天皇条項は
「民主主義の徹底に逆行する弱点」としています。
また、
「一個人・特定一家が国民統合の象徴となる
現制度は民主主義及び人間の平等と両立し得ない」
「天皇の政治利用をはじめ、
憲法の条項と精神からの逸脱を是正する」
と言っています。
共産党は天皇制の廃止(民主共和制)をめざしており、
「その存廃は、将来、情勢が熟したときに、
国民の総意によって解決されるべき」
としています。

先の総選挙で
共産党に投票した方は、
このような共産党の方針を知っておいでだったのでしょうか。
天皇陛下が出席する国会の開会日には
党の方針として、欠席しているのです。

まあ、考えてみて下さい。
天皇がいなくなったら、と。
日本は国家の背骨を失った頼りない存在になってしまうでしょう。

選挙で選ばれた大統領が
国の中心になり、
それも任期替わりで
しょっちゅう国の元首が変わってしまうような国と
同じになってしまいます。

そのような国を求めていないことは、
誕生日を祝う一般参賀に
これほど沢山の人が集まっていることでも明らか。

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天皇を象徴として戴く国柄は、
日本人の歴史とDNAの中に組み込まれているので、
この国のあり方は変えてほしくないものです。



『満願』  書籍関係

北朝鮮の金正恩第1書記の暗殺を描くコメディー映画
「ジ・インタビュー」を制作した
ソニー・ピクチャーズへのサイバー攻撃について、
アメリカ政府は
「北朝鮮が国として関与した」と明言した。
オバマ氏は、ソニーが上映中止を決めたことについて、
「彼らは間違いを犯したと思う」と述べた。
更に、
「我々はアメリカにて、
どこかの国の独裁者が検閲を課すような状況を
看過することはできない。
アメリカ国民も、そしてアメリカという国自体も、
そうした状況を許すことはできないと考えている」
と言っている。

まさに、「アメリカはテロリストとは交渉しない」
というアメリカのコンセプト通り。
それと共に、
創作物、広い意味の文化に対する自由度ということにも関係するだろう。
なにしろ、「エンド・オブ・ホワイトハウス」では
北朝鮮がホワイトハウスを占拠するなどという
映画が堂々と作られる国なのだ。
それに対してアメリカ政府が抗議声明を出したら、
アメリカ社会は笑うだろう。

そこで思い出すのは「ジャッカルの日」のこと。
ド・ゴール大統領を暗殺するために
熟達のスナイパーがフランス国内に潜入する話だが、
この小説や映画に対して
フランス政府が抗議したという話は聞かない。

要するにエンタテインメントに対する
寛容性・受容力・包容力
の問題なのだが、
北朝鮮という国には、
そのような寛容性は期待するのが無理だったようだ。

そういえば、昔「ブラック・サンデー」という映画が
イスラムのテロを恐れて
劇場公開が中止になった例もある。

なお、ソニーは、
テロに屈したわけではなく、
上映予定だった映画館が上映を取りやめたために
公開中止を決定したのだ
という声明を発表している。

私はこの映画、観てみたい。


今日は朝から渋谷に出掛け、

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例のごとく映画のハシゴ
1本はクソ映画、
もう1本は興味津々のドキュメンタリーでした。

その合間に、↓のすき焼き食べ放題

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ランチで安いですが、
冷凍の輸入牛肉で、
かなり薄く切ったシロモノでした。

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↓は渋谷の地下街

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56年前の昭和58年、
初めて東京に出て来て、
ここに入り、
地下に商店街があることに
びっくり仰天したことを覚えています。


〔書籍紹介〕

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2015年版「このミステリーがすごい! 」第1位
2014「週刊文春ミステリーベスト10」第1位
2015年版「ミステリーが読みたい! 」第1位
と、ミステリー年間ランキングで3冠に輝いたもの。
山本周五郎賞も受賞している。

「小説新潮」「小説すばる」などに掲載された
6編の短編を収録。
そのいずれも
精緻な構造を持った上質のミステリー

夜警
ホステスのヒモがナイフを振り回しているとの交番への通報で
かけつけた3人の警官。
逆上して襲って来るヒモに対して
一人の警官が発砲する。
しかし、本人も首を刺されて死ぬ。
「こんなはずじゃなかった」
「上手くいったのに」
という言葉を残して。
警察葬の後、
交番長の柳岡は死んだ警官の兄を弔問し、
警官が兄に送ったメールを聞き、
ある疑念が沸き起こる。
周到に置かれた伏線が
最後の瞬間に生きて来る。
短編の面白さを感じさせる一篇。

死人宿
失踪した恋人の行方が分かり、
訪れた山間の旅館。
そこは火山性ガスを吸って自殺する人が多いことから
「死人宿」と呼ばれていた。
主人公の他に3人の宿泊客がおり、
風呂の脱衣所に遺書のようなものが落ちていたことから、
今は仲居をしている恋人と共に
誰が自殺願望者かを知るための探索が始まる。
それは恋人が失踪する原因を理解してあげられなかった
主人公の苦衷を解放することであり、
恋人の不信を解くことでもあった・・・
自殺願望者が判明した後、
見落としていた手がかりが明らかになるが、
ふ〜ん、といった程度。

柘榴
女性を惹きつける魅力はたっぷりあるが、
生活力のない夫との離婚を決意したさおりは
親権のことで悩んでいた。
中学生の娘二人は書店で親権のことを知り、
ある行動に出る。
裁判所で出された審判の結果は・・・
種明かしは意外だが、
少々無理のある内容。

万灯
バングラデシュで天然ガスのプロジェクトに取り組んでいる商社マン伊丹は、
ガス輸送の要であるボイシャク村を訪れるが、
村の指導者の一人アラムの反対で計画は頓挫する。
再びボイシャク村を訪れた伊丹は
再びアラムの強硬な反対を受けるが、
村に利益誘導したい他の長老たちの差し金で
ライバル商社の森下と組んで
アラムを自動車で轢き殺してしまう。
おじけづいた森下は東京に戻るが、
事件の発覚を恐れた伊丹は森下の後を追い、
ホテルの地下駐車場で撲殺してしまう。
しかし、その結果、
思わぬ「裁き」に遭う。
ある点で置かれた伏線が
最後に見事に生きてくる一篇。

関守
雑誌の都市伝説特集を担当したライターは、
先輩の奨めで
伊豆半島の桂谷峠に取材に出かける。
4年間で4件の崖下落下事故が同じ場所で起こっている謎を取り扱うためだ。
現場に向かう途中、ライターはひなびたドライブインに立ち寄る。
ドライブインを経営している老婆は、
事故を起こした4人のドライバーのことをしっかり覚えていた。
老婆から事件のことを聞きながら、
ライターは事件の真相に迫っていくが・・・
4つの事件が一点に収束していく手際が鮮やか。
6編中、最も巧緻な構造を持った作品。

満願
弁護士の藤井は
学生時代世話になった下宿先の鵜川妙子の弁護を引き受ける。
夫が借りた金貸しを殺したかどで告訴されたのだ。
しかし、妙子は夫が死んだ時、
控訴を取り下げ、刑に服する。
刑を終えて出所した妙子から電話が入り、
再び藤井は事件全体を眺めてみる。
大切にしていた掛け軸に飛んだ血の跡から
妙子が殺人を犯したわけが浮かび上がって来る・・・
松本清張の「3年待て」を彷彿とさせる内容だが、
殺人をする動機としてはちょっと。
夫の借金に妻は支払い義務がないことを忘れている。

というわけで、
6編は全てジャンルも登場人物も違う
この作者の幅広さ、豊富な引き出しを感じさせる小説群だ。
そして、どの小説も流麗な文章としっかりした構成で
伏線がちりばめられ、
最後の数ページで
予測不能な結論に至る。
まさに短編小説、
いや短編ミステリーを読む醍醐味を感じさせる。

先の直木賞候補作。
ただ、内容に重大な事実誤認があり、
選考委員の辛口な評価もあって、
受賞には至らなかった。


これで先の直木賞の候補作全作読破
順位は、
第1位 黒川博行「破門」〔受賞作〕
第2位 米澤穂信「満願」
第3位 伊吹有喜「ミッドナイト・バス」
第4位 貫井徳郎「私に似た人」
評価外 千早茜「男ともだち」
同   柚木麻子「本屋さんのダイアナ」
                                        

それぞれのブログでの感想文は、それぞれ↓をクリック。

黒川博行「破門」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140822/archive

伊吹有喜「ミッドナイト・バス」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140903/archive

貫井徳郎「私に似た人」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140910/archive

千早茜「男ともだち」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20141028/archive

柚木麻子「本屋さんのダイアナ」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20141105/archive



『ゴーン・ガール』  映画関係

〔映画紹介〕


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ミズリー州でパブを経営するニックは、
5回目の結婚記念日に妻のエイミーが失踪したことに気づく。

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エイミーは高名な児童文学「完璧なエイミー」のモデルになった女性であり、
マスコミはこの失踪事件を大々的に報道した。

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始めニックに同乗的だったマスコミだが、
ニックの家で争った形跡や
床の血痕を拭き取った跡がみつかり、
その他にもニックに不利な材料が次々に露見、
更にはエイミーの手記が発見され、
二人の結婚生活が破綻していたことが判明し、
「夫に殺されるかもしれない」
という記述があることから、
ニックに妻殺害の疑いがかかるようになり、
マスコミもその疑惑を誘導するような報道をする。
エイミー失踪の真相は何か
本当にニックは妻を殺したのか・・・。

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映画は3分の1程経過したところで、
全く局面が変わる
そのことは書けないが、
まあ、ある程度サスペンスものに耐性のある観客なら
予想はつくというものだ。
しかし、そこから後の展開が予測できないものとなる。
そして、更に3分の1進んだところで、
更に局面が一変する。

一瞬微笑んで撮った写真が悪用されて
「ニックは悲しんでいない」と報道され、
マスコミによってニックが犯人扱いされるあたりは、
1981年の「ロス疑惑」事件の週刊文春の「疑惑の銃弾」で
妻殺害の犯人に仕立て上げられた三浦和義氏を彷彿とさせる。
小説より現実が先行した例として不気味だ。

ギリアン・フリンのベストセラーを映画化。脚色も本人。
監督は、「セブン」「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」
などの鬼才デヴィッド・フィンチャー
ニックはベン・アフレック
だらしなく、格好悪い役を
いかにもありそうな感じで好演。

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妻エイミーにはロザムンド・パイクが扮する。

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このパイクの演技が壮絶で、寒気をもよおす。
特に、後半の展開は「女は怖い」と思わせる。

ただ、彼女ほどの美貌と頭脳を持ち、
名声もあるならば、
そんなことをしなくても別の道があったのではないか、
と思わせるところがこの物語の本質的に弱いところ
人間というものは、
もっと自分の利益誘導に走るのではないか。
つまり、主人公の行動の動機づけについて疑問あり。

ただ、先の読めない展開、
心胆を寒からしむ意外な結末
映画として一見の価値はある。
ただ、後味はおそろしく悪い

後半、ニール・パトリック・ハリスが出て来るが、

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天才少年ドギー・ハウザーにして、
トニー賞史上最強の司会者であるニール、
「荒野はつらいよ」もそうだが、
何もこんな役をやらなくてもいいのに、
と思ったのは私だけだろうか。

英題の「GONE」という単語は
「行ってしまった」という意味の他に
「使い切った」「絶望的な」「並外れて優れた」などの意味がある。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=oPHOdgAC7Uk&feature=player_embedded

タグ: 映画




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