『本屋さんのダイアナ』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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小学校3年のクラス替えで
二人の少女が出逢う。
一人は矢島ダイアナ
ダイアナとは、「大穴」と書き、
結婚することのなかった競馬好きの父がつけたものだという。
ダイアナはこの名前が大嫌いだった。
母親は歌舞伎町に勤めている。
もう一人は神崎彩子(あやこ)。
恵まれた家庭に育った<いいとこのお嬢さんだ。
本好きの二人は仲良くなり、
お互いの家にも行き合い、
お互いの家庭に憧れる。

誤解から喧嘩別れした二人は、
それぞれの進路に進み、
それぞれの苦しみを味わい、
十年後に再会を果たす。

小学校から中学、高校
そして彩子は大学、
ダイアナは本屋勤めとなる日常が描かれるが、
平凡な少女小説の域を出ない。
ダイアナの父親探しや
彩子の大学生活も描かれるが、
薄っぺらだ。

背景にあるのが『秘密の森のダイアナ』という本だが、
全貌を明らかにされない小説など、
筆者の頭の中の遊戯に過ぎない。
『赤毛のアン』をはじめとする
既成の少女小説へのオマージュもうるさいだけだ。

少女小説が悪いわけではないが、
何か大人の読者をはっとさせる切り口や描写がなければ、
少女時代への想い出話になってしまう。

正直言って、
あまりの幼稚さに
読むのが苦痛だった。
先の直木賞候補作でなければ、
このブログで紹介することもないし、
途中で投げ出していただろう。

千早茜「男ともだち」も前に取り上げたが、
最近、直木賞候補作の水準が落ちている。
前に選考委員の講評で、
「この作品は間違って候補になったのだろう」
と書いた人がいて、
この本の著者はしばらく立ち上がれないだろうと思ったことがあるが、
この「本屋さんのダイアナ」も
間違って候補になったとしか思えない。
候補作の水準が下がっているということは、
候補作選出委員の水準も下がっており、
ハードルが低くなっていることに他ならない。

引用する場所もないので、
選考委員の講評を掲載。
「男ともだち」に続く横着をお許し下さい。

浅田次郎
「二人の少女の生活環境に、
すこぶる類型的な設定をしたため、
作家の想像力がかえって働かなくなってしまった。
また、子供から大人になるまで、
彼女らに精神的な成長が感じられないというのは、
リアルな現実かもしれないが、
小説の世界ではひとつの約束事として、
登場人物は何らかの変容をしなければ読者は納得しない」

東野圭吾
「読んで共感できる女性は多いのではないか。
だがもしもっと読者の幅を広げたいなら、
視点人物の内面だけでなく、
年齢や性別の違う脇役たちの心理を
もっと深く想像するべきだと感じた」

宮部みゆき
「(引用者注:「ミッドナイト・バス」「男ともだち」と共に)
もっとびっくりさせてほしかったと願うのは、
作品世界を壊してしまうリスクをとれと要求することであり、
そんな冒険は読者にも歓迎されないかもしれません。
でも、私は読んでみたかった」

桐野夏生
「コンセプトがはっきりしている作品は、
往々にして窮屈で不自由だ。
残念ながら、
本作もその枠から出ることはできなかったようだ。
才能がある人だけに、勿体ない気がする」

北方謙三
「前回の候補作より小説としての姿は整っているが、
破壊的に突出するなにかがなく、
小さくかたまったという印象が残る」

高村薫
「軽やかな少女小説仕立てになっているが、
小説のリアリティには乏しい。
主人公の母親や謎の父親をはじめ、
あまり練られていない表現が、
稚拙な人物しかつくり得ていないためだろう」

林真理子
「二人の少女が成長し、別々の場所で闘おうとしている。
『赤毛のアン』や本に対するオマージュも好感が持てる。
それなのにやはり積極的に推そうと思わないのは、
根本にある著者の幼なさのせいだ。
人生に対する真摯さがもっと描かれていないと、
小説はひよわになってしまう」

伊集院静
「前回の作品も感じたのだが、
もう少し物語に開放感があってもいいのではと思った」






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