『弁護側の証人』  書籍関係

我が家のベランダの「菜園」の
アサガオが咲きました。

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ちょっと普通のアサガオと違う感じですね。

娘は午後4時過ぎの便で香港へ発ちました。
JYJのコンサートに参加するため。
その行動力には、
我が娘ながら感心します。


〔書籍紹介〕

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このブログで雫井脩介の「検察側の罪人」を紹介した時、
アガサ・クリスティに「検察側の証人」という作品があり、
この題名はそのもじり、と書いたが、
本作の題名「検察側の証人」の方がもじりが強い。
                 
1963年刊行の古い作品だが、
ちょっと興味を引かれたので、読んだ。
著者の小泉喜美子さんは、
生島治郎さんや内藤陳さんを夫に持ち、
新宿の酒場の階段から落ちて亡くなったという
ミステリアスな経歴の持ち主。

まず「序章」で、
面会室の金網ごしに対話する夫婦の描写。
妻は、まだ控訴があり、上告があると
夫を励ます。
夫は死刑判決で納得しているらしいのだが、
妻の方はまだ希望がある、
なぜなら、義父を殺した真犯人が分かったからだ、と主張する。
そして、妻は、
せっかくの夫の心の安らぎを
乱してしまったのではないか、と心配する。

第1章から第10章までが
事件の顛末。
ストリッパーでありながら
大富豪・矢島産業の社長の御曹司・杉彦と結ばれた漣子(なみこ)は、
義父・龍之助の大邸宅に移り住む。
「レベッカ」並の設定だが、
ダンバース夫人のような人はいない。
古い女中の志瀬は、それほど深く干渉はしない。
義父は離れに住み、一度会ったきりだ。
取り巻く人物像は、
義姉の洛子(らくこ)の夫は義父の会社の専務。
お気に入りの美紗子という親戚を杉彦と結ばせたかったらしい。
他に顧問弁護士の清家、
雇われ医師の竹河らが登場し、
これらの一同が屋敷に泊まった夜、
義父が何者かに撲殺される事件が起こる。
警察がやって来て、緒方警部補が捜査、
当事者たちからの聴取の結果、
容疑者が逮捕される。

まあ、ここまでは、
遺産相続を巡る親戚同士の争いで、
その結果の殺人事件と、
あまりに古臭く、
登場人物も少なく、
広がりはない。

そして、第11章の控訴審の場面で、
局面がぐるりと一転する。

(本書を読む予定のある人は、
以下は読まないで下さい。)

なんと、控訴審で被告席に座っているのは、
杉彦と思いきや、
漣子だったのだ。

序章を読み返してみると、
たしかに面会室で
どちらが容疑者でどちらが面会者かは書いていない。
しかし、読む者は夫が容疑者で、
その無実を晴らすために妻が奔走している、
と思い込んでしまう。
それは、
「澄んで、さびしげな光をたたえているあの眼!
ああしてまっすぐにわたしのほうを見おろしているあの眼!
あれが人を殺した男の眼だろうか?」
という描写に起因するのだが、
ここで読者はすっかりだまされてしまうのだ。

実際は殺したのは夫の杉彦で、
妻はその罪をかぶせられただけだった。
だから、「真犯人が分かった」という妻の主張に
夫の心の安らぎが失われたのは当然だ、
と、今になって気付く。
弁護側の証人とは、緒方警部補を指す。

「解説」で、道尾秀介氏が、

著者が描いた見事な逆さ富士を、
本物の富士山だと思い込み〜

と書いたとおりだ。

更に道尾氏は続ける。

第11章、
法廷のシーンの冒頭において、
無防備だった読者の目の前で
天地が逆転する。
突然にして水の中に嵌まり込み、
慌てて手足をばたつかせる僕たちの耳元で
著者が囁く。
「この富士山が本物だなんて、
言いましたか?」
このとき再び著者は囁く。
「その絵は、あなたが自分で描いたのではないのですか?」
もはや一言もない。
そのとおりなのだ。

 
というわけで、
小説の全体に仕掛けがほどこされており、
読者を意図的に誤誘導
させたのだ。

ただ、あれほど妻を愛した杉彦が
妻に犯行を押しつけるのが納得できないのと、
犯行後、
妻が離れを訪ねることは
事前に想定は出来なかったのではないか、
という疑念はわく。

ただ、
この作品が1963年だということに驚く。
映画の「シックス・センス」(1999)より遥か前の作品である。
「ユージュアル・サスペクツ」(1995)よりも、
「スティング」(1973)年よりも、
「テキサスの五人の仲間」(1965)よりも前の作品なのだ。

そういう意味で、
映画に「だまし」の要素が入るよりはるか前、
今から半世紀も前
このような作品が生まれていたことに驚嘆するのだ。
本書の紹介に書いてある
「日本ミステリー史に燦然と輝く
伝説の名作」
という評価もうなずける。






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