コールドゲーム  耳より情報

高校野球千葉大会の準々決勝で、
地元の東海大浦安高校の応援に出掛けたことを
7/23のブログ↓に書きましたが、

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140723/archive

その東海大浦安は
準決勝で兄弟高校の東海大望洋に敗れました。
12対2の5回コールドのおまけ付き。

コールドゲームは、called game
cold gameではありません。

高校野球では、
地方大会などで、
得点差によってコールドゲームとするイニングを設定しています。

これは、あまりに得点差がついて
試合の帰趨が明白な時に、
いたずらに試合時間が長引くことを阻止する
試合進行上の理由によって設けられた制度で、
5回で10点以上の差がついた場合、
7回以上で7点の差がついた場合などに
試合を終わらせるもの。
東海大浦安と望洋の場合も、
12対2で10点差がついた5回でコールドゲームとなったものです。

昨日の石川大会
星陵対小松大谷戦では、
9回表までで8対0で負けていた星陵が
9回裏の猛攻で9点を取って逆転した試合は、
通常なら7回でコールドゲームとなるケースですが、
決勝戦はコールドゲームの適用外なので、
逆転が成り立ったわけです。

高校野球特別規則では、

12.得点差コールドゲームについて

として、

正式試合となるコールドゲームを採用する場合は、
5回10点、
7回7点と統一する。
ただし、選抜高等学校野球大会ならびに
全国高等学校野球選手権大会では適用しない。

となっています。
かつてはコールドゲームの規則は、
各県でばらばらでしたが、
1998年122対0という試合が出たため、
この規則が定められました。

122対0の試合というのは、
1998年の青森県大会4日目の7月18日、
東奥義塾(とうおうぎじゅく)対深浦高校の試合。

東奥義塾 39 10 11 17 16 12 17 =122
深浦高校 0 0 0 0 0 0 0 =  0

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この試合は青森朝日放送で生中継されていましたが、
放送予定時間内では
試合終了まで中継することができず、
試合途中の2回49点差で放送を終了。

当時、青森県は7回7点差コールド制で、
得点差がいくら開いても7回までは試合を終えないルール。

東奥義塾は打者149人、86安打、四死球36、
本塁打7、三塁打21、二塁打31、盗塁78、三振1。
ヒット数86で得点122というのは、
四球とエラーでの得点が多かったため。

対する深浦は打者25人でヒットゼロ。
アウト25のうち三振は16でした。
試合時間は3時間47分。
   
深浦高校は正式な野球部員が10人しかおらず、
しかもその半数は野球経験が全くない一年生中心のチーム。
深浦高校の内野手が投げるボールは、
一塁にさえまともに届かないほどでした。

対するは、過去4回の甲子園出場経験のある東奥義塾高校。
実力の違いは試合前から分かっていました。
大得点差にもかかわらず、
深浦は途中で試合を放棄しせず、
対する東奥義塾が全く手を抜かずに攻め続けたため、
こういう結果になりました。

途中、深浦の監督が
「ここで試合をやめる(没収試合)という選択肢もあるが」
と選手に問うと
「ここで試合をやめてしまうのは、
応援されているのだから野球をする気が引けてしまう」
ということで最後まで戦い抜くことを決断。
一方で、東奥義塾の監督の方針は、
「相手がどこであろうと真剣に戦う」。
「手を抜くのは失礼に当たる」
と手を緩めることなく攻撃を行いました。

実は、深浦高校は前年にも、
強豪の青森山田高校に0対29で敗れています。
しかし、この時は、
青森山田高校が、
次の試合に疲れを残さないため、
バントなどの戦術に切り替えたため、
得点差はその程度で収まっています。

試合後、深浦に対して
「最後まで戦い終えたのは偉い」「よく耐えた」
といった賛辞から
「そんなに弱いのなら出る資格がない。
相手に対して失礼だ」
「恥ずかしい」「街の恥だ」
という非難もやはりありました。

一方、東奥義塾に対しても
「手を抜かずに攻め続けたのは立派だ」
という意見と
「なにもそこまでやる必要はないのでは」
「やりすぎだ」「高校生らしくない」
という意見もきかれました。
相手捕手の弱肩を見越しての
不必要な盗塁(78)も批判の的となりました。

東奥義塾はその次の試合で
まさかのコールド負けを喫するという意外な展開。

その後深浦高校は、
この歴史的大敗をばねにがんばり、
新監督を迎え、
翌年は「0対54」、
次の年は、「4対19」、
次は「11対12」
となかなか勝てなかったのですが、
2002年春の公式戦で、
ついに「17対6」で白星をあげます。

試合後3年を過ぎて、
中学の道徳の副読本の中で
この試合の内容が少々美化されて使われたこともありました。
いずれにせよ、「122対0」は、
様々な論議を巻き起こし、
コールドゲームの規則化という副産物を生みました。

深浦高校はその後、
青森県立木造高等学校の分校化により、
現在は「木造(きづくり)高校深浦校舎」となっています。





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