『消えた画 クメール・ルージュの真実』  映画関係

〔映画紹介〕

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カンボジアポル・ポト政権下
家族で収容所に送られ、
粛清で父母を失った後、
13歳の時、奇跡的に収容所を脱出し
その後、映画監督になったリティ・パニュによる
クメール・ルージュ(カンボジア共産党)の真実の記録。

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5年の内戦を経て、
1975年、クメール・ルージュが首都を制圧、
民主カンプチア政府(ポル・ポト政権) により
大混乱の時代が始まる。

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クメール・ルージュは
毛沢東主義に基づいた政策を実施、
プノンペンなど大都市住民から
一切の財産・身分を剥奪し、
農村に強制移住させ農業に従事させた。

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都市を無人化し、
知識人は排斥され、
私的所有権はなく、
様々な伝統文化が禁じられた。
学校、病院、工場も閉鎖し、
一切の近代科学を否定した。
労農・政治教育以外の学校教育を廃止、
子供は親から引き離して集団生活をさせ、
小さい時から共産主義先兵として洗脳。
宗教を禁止し、
通貨さえ廃止するという、
原始時代への回帰
クメール・ルージュはこれを
「階級が消滅した完全な共産主義社会の建設」と称した。

農村部では、性別と年齢に応じて集団化が進められた。
知識人階級は「反乱を起こす可能性がある」とされ殺害された。
革命が成功したことを知り、
国の発展のためにと海外から帰国した
留学生や資本家も、殺された。
3年8ヶ月の間に170万人の命を奪ったという。
特に知識層を目の敵にし、
インテリというだけで処刑の対象になった。
虐殺された人々は穴に投げ込まれ、
後に人骨の山が発見された。

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内戦の結果ではない。
思想が同じ民族の殺戮をしたのだ。
狂気の者たちが政権を握るとどんなことになるかという、
一つの人類的実験のような時代だった。

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この映画は、そんなクメール・ルージュの時代を
経験者だけが語りうるものとして描く。
全編記録映画の映像と、
泥人形による描写だけ。
泥人形は、犠牲者の葬られた土から作られたという意味を持つ。

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また、題名「消えた画」については、
監督自身が次のように語っている。

(問)失われた映像とはどのようなものでしょうか?
(答)この映画の始めから終わりまで
その疑問がずっと続いていきます。
何を探し求めているのか?
クメール・ルージュの殺害シーンを写した映像なのか?
できることなら老人になるまで生きて欲しかった両親なのか?
従兄弟がもし死ななかったら、
その後の彼に起こったかもしれない出来事、
たとえば、彼は結婚しただろうか?
これらすべてが失われた映像です。
『消えた画 クメール・ルージュの真実』のゴールは、
失われた映像を作り出すプロセス以上に
重要なものではありません。

父親は「家畜の食べるものを食えるか」と絶食し、死ぬ。
禁止されていた漁をして魚を持って戻った病院で発見したのは母親の死。
トウモロコシを盗んだ娘は
夜中に塩をなめて死ぬ。
病院の板の上で人々は黙って死んでいく。

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そうした中で思い出すのは、
昔の平和な時代の生活
家では楽器が奏でられ、
踊りが踊られ、
家族で食卓が囲まれる。

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失われた映像の一つ。
あの絶望的な状況の中で
その記憶が生きる力になったというのを知る時、
「夜と霧」を想起したが、
やはり監督は映画「夜と霧」(1955 アラン・レネ監督)を観ていた。

近所の撮影所での撮影風景。
かつてこの国にも華やかで明るく色づいた文化があった。
その色鮮やかな過去の世界が
黒い服と赤いスカーフだけの収容所の世界に変わる
色の対比が全てを物語る。

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泥人形の描写が
抒情性をともなっているのが
唯一の救いだ。

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ナレーションも詩のような響きを持っている。
それだけに悲しい。

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わずか35年前、
アジアの一角で起こった悲劇を
昔の映像と
物言わぬ泥人形によって描く
本作品は、
全ての人が観なければならないだろう。

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5段階評価の「4」

昨年のカンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリを受賞。
先のアカデミー賞外国語映画賞ノミネート

予告編は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=h78QktoKmNs&feature=player_detailpage


なお、クメール・ルージュによる混乱のカンボジアを舞台に、
アメリカ人記者と現地人助手の絆を描く作品として、
「キリング・フィールド」(1984 ローランド・ジョフィ監督)がある。

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