『スクリプターはストリッパーではありません』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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日活映画の黄金時代、
斎藤武市監督の渡り鳥シリーズなどで
スクリプターを務め、
日活がロマンポルノに転換した時も留まって、
神代辰巳藤田敏八根岸吉太郎池田敏春監督らの映画の
現場でスクリプターとして参加した
白鳥あかねさんの聞き書き。

インタビューした高橋俊夫さんの書く

「白鳥あかねさんは、
日活撮影所がもっとも輝いていた時代を体験し、
なおかつ、
世間からは、当初、白眼視されていた
日活ロマンポルノの世界で、
若い、傑出した才能が
一挙に開花していく生々しい現場を
共闘者として目撃した
数少ない映画人である。
そこで私は、
夢の工場であった撮影所の栄枯盛衰の歴史、
そして撮影所システムが崩壊して以後の
日本映画の過酷な現場を知っている
白鳥あかねさんの証言は、
血の通ったアクチュアルな
戦後映画史になるという確信を深め、
あらためてロング・インタビューの形で
本書をまとめたいと思ったのである。
もうひとつは、
つねに映画撮影の現場で
監督の傍らに付き隋い、
すべてのデータを記録、
撮影終了後も、
編集、ダビングを経て、
作品が完成するまでの全行程に関わる
スクリプターという仕事が
等閑視されているのではないかという思いもあった。
白鳥あかねさんが本書に語っているように、
最近まで、スクリプターは
映画のクレジットにも載らないことすらあったのである。
(中略)
本書をきっかけに
映画づくりの過程における、
スクリプターという仕事の重要性に
あらためてスポットが当たることを願っている」

という企画意図が充分に現れた本だ。

じつは、私の映画遍歴の始まりは、
東映のチャンバラ映画
小学生でそれは卒業し、
次は日活のアクション映画
それは中学で卒業し、
以降、洋画の世界にひたることになる。
そういう日活が石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、和田浩治らの「ダイヤモンドライン」のローテーション興業をしていた時期を知っている者としては、
大変興味深く読んだ。
ただし、私は裕次郎派で、
主に舛田利雄中平康らの監督作品を観ており、
小林旭を毛嫌いしていたから、
「渡り鳥シリーズ」の斎藤武市監督に付いていた
白鳥さんのスクリプター作品はあまり観ていない。
増して、日活ロマンポルノとは没交渉だったから、
益々白鳥さんの作品に触れる機会は少なかった。

それはさておき、
スクリプターという仕事、
現場の物の置き場所、衣裳、髪形などを
つながりよく記録するだけの仕事かと思っていたら、
編集、ダビングまで関わる重要な仕事だということを
改めて知らされた。
時には監督の相談役にもなるという。
斎藤監督に白鳥さんが言われた言葉として、
「シナリオの分かるスクリプターにならなきゃダメ。
大切なのは監督の片腕になること」
と書かれているが、
なるほど、そういうものか、と得心した。

こういう書物は
構えて書いても駄目なので、
聞き書きという形が最もふさわしいが、
対談相手の高崎さんが大変聞き上手で、
うまく白鳥さんから話を引き出している。
各監督の人となり、
役者の個性など
ほーっ、そうだったのか、
という話が満載だ。

ロマンポルノとそれまでの日活の一般作品との違いは、
と聞かれて、

「一番違うのは
ロマンポルノはオール・アフレコ、
つまり現場での録音がなかったことですよ。
それまでの日活映画はシンクロで
必ずカメラと一緒にマイクがあるわけだけど、
音があるとその分、
時間がかかるんです。
ロマンポルノでは
録音部の人件費、機材、時間をカットして、
絵だけを撮る。
そして後から音をつける。
そこが大きかったですね」


という答も興味深い。

日活を退社後、
フリーランスのスクリプターとして、
様々な新人監督と一緒に仕事をし、
「こんな撮影方法もあるのか」
と驚くところも面白い。
やがて、異業種交流が起こり、
撮影所も助監督の経験もない人が監督に進出し、
そこで起こる様々な事件も興味を引く。

しかし、最近の映画の現場では、
予算不足のためにスクリプターがいないことが多いという。

「スクリプターが『贅沢品』がという考え方になってょるということ。
昔の、撮影と録音が別々の映画の現場では、
スクリプターは絶対にいなければならないと思われていたのに、
今はビデオの発達で、
映像も音も同時に入ってしまう。
それから何か心配なことがあれば、
すぐに再生してその場で見られるということが大きいですね。
フィルムの場合は
現像しない限り、ぜったいに見られない。
だからそこに責任のもてるスクリプターが必要だったんです。
でも、どうしてもお金がない場合、
節約のためにスクリプターをつけないケースもあるわけです」

白鳥さんはスクリプターを引退後、
スクリプター協会を設立し、
いくつかの映画祭の創設に参加しているが、
KAWASAKIしんゆり映画祭を始めて何回目かの時、
駅前に出来たシネコンのワーナー・マイカルに交渉した時のことも興味深い。

「そこで、駄目だろうと思いながら、
映画祭に会場を使わせてくれないか
とお願いしたら、
二つ返事で、
どうぞどうぞと言ってくれたんです。
ワーナー・マイカルの人は、
『われわれは本社から
市民の役にたつことは
なんでもしなさいと
命令を受けていますから』と言うんです。
これにはびっくりしましたね。
日本のようなセクト主義がまったくなくて、
社会に開かれた映画館なんですね」

なお、題名は
「スクリプター」と「ストリッパー」が似ているから
間違えられた、
という話かと思ったら、違った。
片桐夕子主演の「濡れた欲情 特出し21人」の撮影で
信州の上山田温泉のロック座の支店を借りた際、
ストリッパーのお姐さんたちのお世話になり、
撮影終了後の打ち上げの際、
感謝のしるしにと、
スタッフが裸踊りをしてストリッパーのお姐さんたちが
涙を流して喜んでいるのを見て、
白鳥さんが上半身裸になって踊り、
全部脱いじゃおうかと思ったら、
スタッフに止められた。
意気揚々と撮影所に帰ったら、
師匠の秋山みよさんに呼ばれて、
「あかねさん、
スクリプターはストリッパーではありません」
と叱られた挿話による。
撮影所に白鳥さんが脱いだという噂が
パーッと伝わっていたらしい。

その秋山みよさんについて、
白鳥さんは「あとがき」で次のように書く。

「映画人生をスタートさせた
新藤兼人監督の『狼』から
今年はおよそ60年目になります。
その年右も左もわからず日活撮影所にとび込んだ私でしたが、
師匠の秋山みよさんから
『スクリプターは、
ただの書き屋になってはいけません。
演出を理解しなければ、
立派なスクリプターにはなれません』と、
書く事よりも、
先ず演出を理解する事を
徹底的に叩き込まれた経験が、
その後の私の映画人生の源流となっているのは、
紛れもない事実です」

日本の映画史を
現場の目から描いた貴重な本である。





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