『ミッキーは谷中で六時三十分』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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片岡義男「群像」
2013年4月剛号から2014年3月号までに掲載した
短編を集めたもの。

                                        
ミッキーは谷中で六時三十分
三人ゆかり高円寺
酔いざめの三軒茶屋
お隣のかたからです
タリーズで座っていよう
吉祥寺ではコーヒーを飲まない
例外のほうが好き

の7編。
あとがきに、各編の題名がついた経緯が書かれていて、
なるほど小説家は
こうやって題名を発見するのか、
と大変参考になった。

7編のお互いには関わりはなく、
それぞれの登場人物が
それぞれの場所で
それぞれに過ごした日常が描かれる。

たとえば、「ミッキーは谷中で六時三十分」では、
柴田という男が初めて入った喫茶店で
店主からこの喫茶店をやってみないかと勧められる。
しかも娘を一人付けると。
その娘・ナオミの入り浸っているビリヤード屋に行くと、
母のやっている定食屋に行こう、と誘われる。
母親は昔ピンク映画に出ており、
今でも店にポスターを張ってある。
地下鉄まで送りがてら付いてきたナオミと柴田はくちづけを交わす。
ナオミは別れがてら、手首のミッキーマウスの腕時計を見せる。
ミッキーの両腕が短針と長針で、
六時三十分のミッキーは両手を交差させて下を指している。
「六時三十分のミッキーを見ると、
私はいつも笑う」
とナオミは言う。

                                
特に大きなストーリーはなく、
登場人物が様々な出会いをして交わす会話が大半を占める。
そして、その会話が楽しい
粋というか洒落たというかスマートというか、
こういう会話をしてみたいな
というような会話。

たとえば、次のような

「話というのは、なんだい」                           
「結婚することになったのです」
「誰が」
という質問に、吉野は自分の胸を右手の親指で示した。
「僕です」
百瀬はうなずいた。
さらにコーヒーを飲み、
カップを中空に持ったまま、
「僕に結婚の忠告を求めても、
それは役に立たないよ」
と言った。
「結婚することにきめましたので、
忠告はもはや必要ありません」
「手遅れか」
ふたりはそれぞれに笑った。
「第三者の視点が多少とも加われば、と思いました」
「第三者とは僕のことだね」
「そうです」
「第三者の視点が、どのように機能するんだい」
「中和されますかね」
「なにが」
「結婚をめぐる僕の態度のようなものが」
「少しは気が楽になる、ということかい」
「花崎ユリカという名前の女性で、
僕よりふたつ年下の二十三歳です。
なにからなにまで他者です。
ユリカは片仮名のままで本名です」
「二十三歳のユリカさんは、なにをしているんだい」
「デザインの学校を出たのですけれど、
いまは僕がときどきいくカフェで
ウエイトレスのアルバイトをしています」
「なるほど」
「カフェにひとりで入ってコーヒーを注文すると、
しばらくしてそのコーヒーは僕のテーブルに届くのです。
お待ちどおさまと言って、
若いウェイトレスが
受け皿に載ったコーヒーを僕の前に置いてくれます。
テーブルの上にその店の受け皿。
その上に店のコーヒー・カップ。
カップのなかには熱いコーヒー。
その向こうにスプーン。
うつむいて片肘をテーブルにつき、
その手をおでこに当て、
掌の下からカップやそのなかのコーヒーを見ている時間は、
平凡ですけれど、
良いものです」
「よくわかるよ」

その花崎ユリカと妹尾美紀との会話。

「結婚するんですってね」
妹尾が言った。
「そうなんです」
「あなたからこれまでに聞いた話から判断すると、
その男はいい男よ、きっと」
「そうですか」
「あなたの話を聞いていると、
私の気持ちは楽になっていくから。
珍しいのよ、そういうのは」
「そうなんですか」
「そうよ。男をめぐって女から愚痴を聞かされると、
まず間違いなく、嫌になって来るから。
気持ちはどんどん塞いでいくし。
あなたの話のなかに登場するその男には、
そんなところがいっさいないわね」
「彼は、ぶれないんですよ」
とは、花崎ユリカが言い、次のように補った。
「思考や感情には充分な振幅がありますけれど、
その幅は一定していて、
いつもまんなかなのです。
まんなかの、ここからここまでのあいだにすべてがある、
というスタイルですね。
いきなり端っこのほうへいって極端になる、
ということがないんです」
「いいわね」
「つまらないことに影響されていと言うか、
右往左往しないと言うか。
落ち着いてる、どっしり構えている、
というのでもなくて、
むしろ反対に軽いですよ、ふわっとしています。
感情の幅が狭いのではなく、
気持ちは豊かで、
おそらくそのせいだろうと思うのですけど、
微妙をことでもすぐ理解出来るんです」
「いちいち説明しなくていいわね」
「説明すればするほどこじれていく人って、
たくさんいると思うのですけど、
ぽんと軽く当てただけで、
ことの核心や本質をひとつかみにします」

別な話の中には、

「頭がたいへんいいから
判断が正しくて、
正しければそれがそのまま、
前向きということなのね」

というセリフもあった。

登場人物は
フリーライター、小説家、編集者、
写真家、翻訳家、料理人、俳優、女優、
といったセレブな人たちばかり。
そして小説の舞台になるのは、
高円寺、三軒茶屋、経堂、吉祥寺
といったトレンディーな場所ばかり。
                                        
そこで交わされる、
男と女の会話が
読後、なんとも心地よい気分にさせてくれる。

そして登場人物が常に飲んでいるのが、コーヒー
読んだ後、美味しいコーヒーを一杯飲みたくなる。

片岡義男は初めて読んだが、
女性に人気のあるわけが分かるような気がする。






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