『検察側の罪人』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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「検察側の証人」は、アガサ・クリスティの小説・戯曲。
ビリー・ワイルダによって映画化された。(日本題は「情婦」

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「検察側の罪人」はそのもじりだが、
読後、その意味が分かって来る。

将来を期待されている若手検察官・沖野啓一郎は、
地方の地検支部から東京地検に異動し、
司法修習生時代の恩師である
最上毅の下で事件を担当することになる。
最上に尊敬の念を抱いている沖野は発奮して捜査に取り組む。

事件は蒲田の民家で
競馬仲間にお金を貸していた老夫婦が刺殺された事件だ。
蒲田署の捜査本部は借金をした者の犯行とみて捜査を進める。
事件の参考人リストに松倉重生の名前を見出した時、
最上は運命的なものを感じる。

というのは、23年前、
最上が学生時代に住んでいた
根津にあった寮の管理人夫妻の一人娘が自室で殺され、
松倉が有力容疑者として浮上したが、
証拠不十分で逮捕には至らず、
事件は迷宮入りした。
水野という元寮生の雑誌記者が
その後も執念深く松倉を追いつめたが、
やがて時効が成立。

その名前を見出した時、
最上は、水野から執念のバトンを手渡されたような気がする。
今度こそ松倉に罪の償いをさせなければならない。

別件で逮捕された松倉は、
すでに時効の成立した根津の事件についてはあっさり犯行を自供した。
しかし、今度の事件については、頑として犯行を否認する。
物証はなく、目撃証言も乏しく、捜査は難航する。
しかし、最上の指示もあり、
沖野は厳しく松倉を追及する。
時には人格攻撃を行い、
やっている沖野自身が嫌悪感にとらわれる。
しかし、異様ともいえる執念で、
松倉犯行説を裏付けようとする最上に、
沖野は違和感を覚え始める。

やがて新たな容疑者が浮上する。
弓岡という男が酒場で犯行を臭わせるような自慢話をしていたというのだ。
沖野からも捜査刑事からも
松倉の犯行ではないのではないかとの示唆を受けた最上は、
このままではまた松倉を取り逃すことになりかねないとあせる。
そして・・・

この後は、楽しみを奪うことになるので、
読む予定の人は読まないで下さい
まあ、3分の1位でそうなるので、
秘密とは言えないでしょうが、
物語の核心部分に触れることになるし、
読者の「驚き」が失せるので。

松倉のアパートの捜索に立ち合った最上は、
松倉のアリバイにつながる中華料理店のレシートを発見する。
その証拠を最上は自分のものにしてしまう。
そして、将来、松倉の有罪証拠につながりそうな
ダウンジャケットの羽毛、使用済みの絆創膏、
書き込みのある競馬新聞などを懐に忍ばせる。

検事の立場にある人が
現場検証で証拠物件を秘匿する行為に
驚かされる。
ここで物語は大きく急展開する。

それだけではない、
最上は、真犯人らしき人物・弓岡と連絡を取り、
箱根におびき出し、
無人の別荘の庭で銃殺し、
庭に埋めてしまう。
その前に弓岡自身の口から
老夫婦殺害の詳細を聞き、
弓岡の犯行を知っていながら。
つまり、松倉の無実を知りながら、
それを真犯人を殺害することで隠匿するのだ。

そして、弓岡から受け取った凶器の庖丁を
松倉の部屋から持ち帰った競馬新聞で包み、
河川敷の草むらに捨て、
警察に密告する。
物的証拠が出て来たので、
松倉への逮捕が執行される。

このような行為を最上がした動機は
時効の成立した松倉に
罪をつぐなわせるために、
老夫婦殺しの罪を負わせるということ。
そのために真犯人の行方をくらませ、
証拠となる庖丁を
松倉の指紋がついた競馬新聞にくるんで捨てた。

しかし、こんな検事がいるだろうか
昔の犯罪を松倉が時効で逃げおおせている報いを
と言っても23年前の話である。
自分に危害が加えられるわけでも、
保身のためでもない。
それを自ら新たな殺人を犯してまで
冤罪を作り出すとは。

納得できない
最上は後輩検事から尊敬されているベテラン検事だ。
しかも、司法修習生の前で教壇に立って
法律の精神を述べていたりする。
いくら学生時代世話になった寮の娘の死の無念さを晴らすためと言っても
そこまでするだろうか・・・

そのことについては作者も触れている。

しかし、捜査関係者が松倉を陥れるためだけに
わざわざ手を汚すような真似をするだろうか・・・
沖野はそこがどうしても引っかかってしまう。
彼らは公務員だ。
どんなこだわりがあろうと、
基本的には任務を受けて与えられた仕事をしているだけの人間だ。

つまるところ、最上を突き動かす
時効の成立した犯罪者にそれ相応の償いをさせる、
という気持ちを納得させるだけの
学生寮時代の思い入れが描き損なっているのだと思われる。

というわけで、
善人と思っていた中心人物が
突然悪人に変身することに
読者は驚き、あきれる

後半は、
松倉が告訴されると共に
心に痛みを負った沖野は検事を退職し、
国選弁護士と接触、
松倉の弁護に協力するようになる。
人権派弁護士として有名な白川雄馬の支援も得、
雑誌記者と連携して最上を追いつめていく。

後半は、沖野の活動がどうに展開し、
最上の犯罪がどのように暴かれていくかだが、
最上の犯罪を一旦認めてしまえば、
物語は面白く展開する。

人権派弁護士の白川が実は商売人だったり、
沖野の「苦い勝利」も面白い。

検察の取り調べの過酷さなど、
リアリティあふれる場面もあり、
最上の変身という納得出来ない一点を除けば、
大変面白く読める本である。


『消えた画 クメール・ルージュの真実』  映画関係

〔映画紹介〕

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カンボジアポル・ポト政権下
家族で収容所に送られ、
粛清で父母を失った後、
13歳の時、奇跡的に収容所を脱出し
その後、映画監督になったリティ・パニュによる
クメール・ルージュ(カンボジア共産党)の真実の記録。

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5年の内戦を経て、
1975年、クメール・ルージュが首都を制圧、
民主カンプチア政府(ポル・ポト政権) により
大混乱の時代が始まる。

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クメール・ルージュは
毛沢東主義に基づいた政策を実施、
プノンペンなど大都市住民から
一切の財産・身分を剥奪し、
農村に強制移住させ農業に従事させた。

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都市を無人化し、
知識人は排斥され、
私的所有権はなく、
様々な伝統文化が禁じられた。
学校、病院、工場も閉鎖し、
一切の近代科学を否定した。
労農・政治教育以外の学校教育を廃止、
子供は親から引き離して集団生活をさせ、
小さい時から共産主義先兵として洗脳。
宗教を禁止し、
通貨さえ廃止するという、
原始時代への回帰
クメール・ルージュはこれを
「階級が消滅した完全な共産主義社会の建設」と称した。

農村部では、性別と年齢に応じて集団化が進められた。
知識人階級は「反乱を起こす可能性がある」とされ殺害された。
革命が成功したことを知り、
国の発展のためにと海外から帰国した
留学生や資本家も、殺された。
3年8ヶ月の間に170万人の命を奪ったという。
特に知識層を目の敵にし、
インテリというだけで処刑の対象になった。
虐殺された人々は穴に投げ込まれ、
後に人骨の山が発見された。

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内戦の結果ではない。
思想が同じ民族の殺戮をしたのだ。
狂気の者たちが政権を握るとどんなことになるかという、
一つの人類的実験のような時代だった。

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この映画は、そんなクメール・ルージュの時代を
経験者だけが語りうるものとして描く。
全編記録映画の映像と、
泥人形による描写だけ。
泥人形は、犠牲者の葬られた土から作られたという意味を持つ。

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また、題名「消えた画」については、
監督自身が次のように語っている。

(問)失われた映像とはどのようなものでしょうか?
(答)この映画の始めから終わりまで
その疑問がずっと続いていきます。
何を探し求めているのか?
クメール・ルージュの殺害シーンを写した映像なのか?
できることなら老人になるまで生きて欲しかった両親なのか?
従兄弟がもし死ななかったら、
その後の彼に起こったかもしれない出来事、
たとえば、彼は結婚しただろうか?
これらすべてが失われた映像です。
『消えた画 クメール・ルージュの真実』のゴールは、
失われた映像を作り出すプロセス以上に
重要なものではありません。

父親は「家畜の食べるものを食えるか」と絶食し、死ぬ。
禁止されていた漁をして魚を持って戻った病院で発見したのは母親の死。
トウモロコシを盗んだ娘は
夜中に塩をなめて死ぬ。
病院の板の上で人々は黙って死んでいく。

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そうした中で思い出すのは、
昔の平和な時代の生活
家では楽器が奏でられ、
踊りが踊られ、
家族で食卓が囲まれる。

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失われた映像の一つ。
あの絶望的な状況の中で
その記憶が生きる力になったというのを知る時、
「夜と霧」を想起したが、
やはり監督は映画「夜と霧」(1955 アラン・レネ監督)を観ていた。

近所の撮影所での撮影風景。
かつてこの国にも華やかで明るく色づいた文化があった。
その色鮮やかな過去の世界が
黒い服と赤いスカーフだけの収容所の世界に変わる
色の対比が全てを物語る。

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泥人形の描写が
抒情性をともなっているのが
唯一の救いだ。

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ナレーションも詩のような響きを持っている。
それだけに悲しい。

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わずか35年前、
アジアの一角で起こった悲劇を
昔の映像と
物言わぬ泥人形によって描く
本作品は、
全ての人が観なければならないだろう。

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5段階評価の「4」

昨年のカンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリを受賞。
先のアカデミー賞外国語映画賞ノミネート

予告編は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=h78QktoKmNs&feature=player_detailpage


なお、クメール・ルージュによる混乱のカンボジアを舞台に、
アメリカ人記者と現地人助手の絆を描く作品として、
「キリング・フィールド」(1984 ローランド・ジョフィ監督)がある。

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人口爆発と移民政策  政治関係

現在、世界の人口70億人に到達したといわれている。
世界人口会議などでの議論によると、
2065〜70年頃までには、
100億のピークを迎えるとの予想が出ている。
「地球が有限」である限り、
食糧科学者の言う「地球人口100億人定員説」
現実味を帯びてきている。

多くの欧州先進国や日本では少子高齢化が進んでいる。
一方、アジア・アフリカなどの発展途上国の人口は今も増え続け、
現在の56億人が
2025年には67億人、
2060年代に80億人に達するであろうと考えられている。
数十年以内に、水と食糧の奪い合いが起こり、
それは先進国対発展途上国の対立になる可能性がある。

地球上で養える定員を増やすことは可能なのかどうか、
科学技術の進化や革新で何かできないか。
たとえば、タンパク質の合成、水耕栽培などによる食糧対策、
太陽光や風力、海流波などを利用したエネルギー開発、
宇宙開発による鉱物をはじめとする新資源利用の検討・・・。
しかし、こうした技術の実用化・普及には、
早くても十数年から、50〜100年をかける必要があり、
そのための資金を企業や国家が支援し続けられるのか、
そもそも人口爆発に間に合うのか。
仮に成功したとしても、
結果として人口を増やしてしまうという
皮肉を生む可能性も否定できない。

人口爆発まで残された期間は、あと半世紀しかない。


一方、日本では人口減少問題を抱えている。

国立社会保障・人口問題研究所によると、
現在約1億2750万人の日本の総人口は、
2060年に8674万人、
2110年には4286万人まで減ると推計している。

こうした未来図に対応するために、
内閣府は、
「移民の大量受け入れ」という選択肢を示した。
受け入れ規模は2015年から毎年20万人。
これに加えて、
2030年以降の合計特殊出生率が「2・07」に回復するのが前提で、
この2条件を達成すれば、
2060年は1億989万人、
2110年には1億1404万人となり、
ほぼ1億1千万人水準を維持できるという。

移民導入の背景には、
少子高齢化で、
働き手となる若者の割合が減少してきており、
それを解消するために積極的に移民を受け入れて、
労働力に割り当て、
問題解決を行っていこうともされている。

しかし、「移民」というのは、
日本国籍を与えることだ。
そこが一時的な「外国人労働者」とは違う

毎年20万人ということは、
10年で200万人
50年で1000万人
100年で2000万人が移民として、
日本国籍を取得する。
試算通り総人口1億1千万人で維持できたとしても、
2110年には約5人に1人が移民の計算となる。

出生率2・07という数値も、
多産文化の国から来た移民が
日本でも多く出産することも含めている。

やがて移民と日本で生まれたその2世のほうが多くなる日が訪れる。

具体的に考えても、
移民の相手国というのは、
東南アジアと中国だろう。
中でも中国からの移民が増えたら、どうなるか。
全く違う文化、風習、価値観を持った人々が
日本で増殖したらどうんな社会が出来るか。
日本中にチャイナタウンが発生してしまっていいのか。

移民の大量受け入れとなれば言葉の壁や文化の摩擦も生じる。
天皇への尊敬の念や古来の文化や伝統が変質する可能性もある。
住宅や社会保障、子供の教育などにも膨大なコストを要する。
とりわけ問題は長期の加入を要する年金だ。
移民の年齢によっては支払期間が不足するだろう。
将来的な低年金や無年金者の対策コストが増えることにもなる。
移民が生活が安定すると故国の両親を呼び寄せる等して、
移民の平均年齢が上がり高齢化をむしろ加速させる危険も大きい。
治安悪化や社会モラルの崩壊もある。
つまり、治安コストが上がる。
移民の祖国在住家族への送金により、
国内流通貨幣が減少するため
新たなデフレスパイラルを発生させる危険も大きく、
これは内需先導型経済を構築している日本に於いては致命的だ。
更に現時点で在日朝鮮人などの外国人生活保護
その不正受給が問題となっているが、
その両方が際限なく適用され、
現在の社会保証制度が成り立たなくなる。

移民は人口問題の解決策として語られることが多いが、
移民政策が成功した例は少ない。
昨日の書評「住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち」に書いたとおり、
ドイツでも移民が社会の重荷になっている。

短期的な視野で、
その場しのぎという形での問題解決を目的とした
移民の受け入れを行ったならば、
歴史での前例も多いように、
これらは将来への禍根を残すということにもなり兼ねない。

そもそも、1億人の維持に、なぜこだわるのだろうか。
昔から日本の人口が1億人だったわけではない。
江戸元禄文化繁栄時の人口は4千万、
明治の近代化の頃が5千万、
大正ロマン時代が6千万、
そして戦後復興時が8千万人だった。

現在イギリスの人口は6300万人、
フランスは6100万人、
ドイツは8000万人だ。
それで立派に経済も政治も成り立っている。

小国でも、
スイス・ルクセンブルク・北欧四国や
シンガポールなどは、
存在感を発揮している。

日本人はこの島国で単一民族
単一言語で暮らして来た。
その勤勉さと物作りの力で
世界に冠たる国家を作り上げた。
それでいいではないか。
人口が減ったら減ったで
それにふさわしい社会を作ればいいのであって、
1億人を確保するために
移民を受け入れる、はおかしい。

いたずらに人口減に抗って拙速な移民政策に走ると、
欧米先進国の多くの失敗例に見るような
極端な格差の増大
社会秩序の破壊
人種宗教文化面での対立を内在しかねないなど、
新たな難題が多発しかねない。

労働力の不足というが、
日本の資本や技術力を生かす外地進出によって、
労働力不足を現地で確保する方が、
妥当な戦略だろう。

日本は定年退職後の
人脈も知識も技術もある
高齢者が沢山いる。
その元気な老人パワーの再雇用の機会を拡大・充実して、
もっと有効に活用すれば、
老人が自分の小遣い稼ぎとともに
社会に役立つとの自覚ができて
生き甲斐も健康も増進して幸せを実感できるうえ、
若い世代への負担も軽減できてなお良いだろう。




『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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題名から察して、
いろいろな項目を挙げて日独を比較し、
住居はドイツの勝ち、
道路は日本の勝ち、
商店は・・・
とどちらがすぐれているかを採点して、
合計で8勝2敗で日本の勝ち、
というような本かと思ったら違った
いろいろな点でドイツと日本の相違を述べ、
総じて日本の方が良い国、というのが結論。

全体の章建てを挙げてみると、
内容が大体分かるだろう。

まえがき ドイツ人も驚く宅配便が走る国
第1章 日本の尖閣諸島、ドイツのアルザス地方
第2章 日本のフクシマ、ドイツの脱原発
第3章 休暇がストレスのドイツ人、有休を取らない日本人
第4章 ホームレスが岩波新書を読む日本、チャンスは二度だけのドイツ
第5章 不便を愛するドイツ、サービス大国の日本
終章  EUのドイツはアジアの反面教師
あとがき 自動販売機が並ぶ奇跡の国

第3章の中から、次のような記述を書き抜いてみよう。

アンケートによると、
ドイツで働いている人の3分の1が、
同じ時間内にこなさなければいけない仕事が
どんどん増えていると感じている。
たしかに、それはあるだろう。
ドイツ人の労働時間は短く、しかも賃金は高い。
おまけに、社会保障費も高い。
社会保障費の半分は雇用者が負担しなければいけないし、
労働保険は全額負担しなければならないから、
雇用者側は、当然、できるだけ従業員は増やさずに、
労働効率を上げようとする。
つまり、同じ時間内にこなさなければいけない仕事が
だんだんと増えていっても不思議ではないのだ。
ただ私の見るところ、
ドイツ人は、自分で自分の首を絞めているようなところも多い。
だいたい、働いている人が、
自分の労働時間をあまりにもシビアに見張り過ぎている。
たとえば、週38時間の雇用契約を結んでいる人は、
自分の労働時間がそれを一分でも超えると
損をしたと思い、
とても腹を立ててしまうのだ。
だから、何が何でも時間内に仕事をこなそうと
皆が常に焦っていて、
勤務中、極端に不機嫌だ。
終業の10分前にかかってきた電話には絶対に出ない。
すでに仕事を終えた人は、
終業時間と同時に飛び出せるよう
ウォーミングアップをしているし、
まだ終えていない人は、
あと10分で終わらせようと死にものぐるいだ。
これは、店でも同じである。
閉店間際に店に入ると、
店員が「なんでいまごろ来たんだ?」と言わんばかりに、
あからさまに嫌そうな顔をする。
こんな働き方では、
自分でストレスを育てているようなものだ。

出稼ぎ労働者の問題について、示唆が多い。

ドイツと日本は、
戦後の何もないところから
世界有数の経済大国にのしあがった点は
大変よく似ているが、
その過程に一つ、決定的な違いがあった。
日本がワーカーホリック(働き中毒)などと悪口を叩かれつつ、
自分たちで必死に働いて
奇跡の復興を成し遂げたのに比べて、
ドイツは人出不足が始まった早い段階で
外国人労働者を導入した点だ。
(中略)
このときにドイツに入ってきた労働者は、
技術を持たない単純労働者だった。
しかも、相手国の希望もあって、
もっとも貧しい地域から、労働者が導入された。
ドイツ語はもちろん、母国語も読めない人たちも多かった。
こうして1970年代、
出稼ぎ労働者の数は300万人に迫ることになる。
しかし、折しもその時代にドイツの経済成長は止まり、
失業者が溢れるようになった。
職がなくなれば帰るだろうとドイツ人たちが思っていた外国人労働者は、
自国に帰ろうとはしなかった。
とくに帰ろうとしなかったのは、
いちばん貧しい地域から来た労働者、
彼らには、祖国に帰れば
もっと惨めな生活が待っていることが分かっていたのだ。
多くの外国人労働者は
祖国に子供を置いてきていたが、
困り切ったドイツ政府は
苦肉の策として、
祖国にいる子供たちに支払っていた手当を減額した。
しかしそれは結果として、
その子供たちをドイツに呼び寄せることに繋がってしまう。
結局、社会保障費を補填してくれるはずだった外国人労働者たちは、
多くのケースで、
それを食い潰す存在になった。
今日、
(中略)ドイツで低賃金の仕事は
外国人のものと相場が決まっている。
たとえば、ゴミの収集人にドイツ人はいない。
ドイツ人は、失業しても、
生活保護をもらっていても、
ゴミの収集人にはならない。
工事現場の肉体労働者にもならないし、
農村の季節労働者にもならない。
ところが日本では、事情が違った。
経済成長の真っ盛り、
安い労働力として使える外国人がいなかったからこそ、
どんな仕事でも日本人が行うしかなかった。
貴重な労働力となる中卒は「金の卵」と呼ばれ、
いざ就職が決まると
企業が素晴らしい寮を提供して、
夜間高校へ通わせ、皆で育てた。
使い捨ての外国人相手なら、
こんなことはしなかっただろう。
(中略)
日本に帰ると、
元気そうなお年寄りが、
スーパーの駐車場の前で車の誘導をしている姿をよく見る。
リタイア後のアルバイトだろうが、
ドイツなら絶対にドイツ人のしない仕事だ。
こういった仕事を日本人がしているという事実が、
どんなに素晴らしいことかを、
日本人はもっと自覚すべきだ。
そのうえ日本の労働現場は、
幸いなことに、
合理化だけには縛られていない。
ホームに立って乗客の安全を確認する駅員とか、
駐車場へ出入りする車の交通整理をする係員とか、
工事現場の横で
歩行者が安全に通れるよう誘導する人など、
ドイツ人が聞いたら
びっくりするような仕事も多い。
ドイツなら、
こういう職は経費のせいで絶対に消えているはずだ。
(中略)
もちろん、派遣社員やパートなど、
労働条件を改善すべき職種も多いのだろうが、
少しくらいお給料が安くても、
なるべくたくさんの人が働ける日本の社会のほうが、
私は良いと思う。
ただし、外国人労働者は、
日本でもこれからどんどん増えていくことになるだろう。
移民や外国人労働力の導入は
国の活力にもなるが、
それは双方に長期的な利益があってのことだ。
単に賃金が安いからという近視眼的な理由で、
安易に外国人を入れ続けると、
いずれ労働市場は破綻する。
また、外国人労働者側の不平等感が募り、
社会不安をも招く可能性は高い。
ドイツは反面教師になるはずである。
日本はドイツと違って、
EUというしがらみがない。
もっと独自に、計画的に、冷静に、
外国人政策を考えるべきだろう。
それが、日本のためにも、
そして、相手国のためにもなるのだから。

人口減少の日本で、
移民受け入れの話が出ている中、
大変貴重な示唆であると思う。

第4章では、
日本の義務教育の優れた点についても
言及する。

私は、教育の最大の目標というのは、
国民の学力の最低線を上げることだと思っている。
つまり、義務教育の充実だ。
一握りのエリートと、
たくさんの蒙昧な国民がいる国は、
良い発展ができない。
よって、日本が良い発展をするチャンスは、
とても大きいはずだ。
日本に住んでいる人はあまり気付かないかもしれないが、
日本は、世界でも稀に見る格差のない社会である。
その第一の理由は、
義務教育が充実していることだろう。
初等教育の段階で不平等が起きると、
それがいずれ貧富の差を作り、
格差となり、
ゆくゆくは社会不安を引き起こす。
格差の有無は、実は義務教育の充実度で決まるのである。
(ホームレスが岩波新書を読みふける様に触れ)
本当の格差社会では、
こういうことは起こらない。
ホームレスになる人は、
たいてい、まず義務教育を受けるチャンスを逸しており、
教養どころか、
字もちゃんと読めず、
割り算や小数点以下の計算もできず、
そのため、子供のころから
そのあとの人生のすべてのチャンスが閉ざされてしまい、
社会から落ちこぼれ、
当然、職もお金もいまま漂い、
ホールレスになる、あるいは、
犯罪に走るという道を辿る。
せめて義務教育さえ受けていれば、
最低限、職を探すこともできるし、
また、いつか奮起したとき、
そのうえの学校に進学することもできる。
人間生活の基礎としての
義務教育を、侮ることはできない。

ヨーロッパのエリートである王侯貴族たちは、
恐ろしいばかりの豪奢に溺れ、
毎夜のように絢爛豪華な舞踏会を催し、
宝石の大きさと衣裳の豪華さを競い、
民衆が飢えていることは知らなかった。
それに比して日本の社会では、
武士という名のエリートが質実剛健を旨とし、
特別贅沢な物さえ食べていない。
しかも、お百姓の子も町人の子も、
寺子屋で読み書きそろばんを習っていた。
幕末の日本で階級闘争が起こらなかったのは、
当然のことだ。

第6章では、
ドイツの鉄道のサービスの悪さ
(想像を絶する)を強調した後、
日本の鉄道に言及する。

日本では、駅の構内も電車のなかも清潔で、
床に物などほとんど落ちていない。
私がいつも感動するのは、
電車のなかで食事したあと、
お弁当の殻やペットボトルを、
老いも若きも皆が全員、
ちゃんと持って降りることだ。
なぜ、日本の電車のなかが清潔なのかという問いに対する答えが、
ここに凝縮されている。
それは簡単。
乗客のモラルが高いのだ。
そして、皆、それが当たり前だと思っているところが、また凄い。
そのうえ日本の電車は遅れない。
駅でない場所で停車すれば、
たいてい二秒後にはその理由がわかる。
車掌は礼儀正しく、
デッキから客室に入ってくるときには、
お辞儀までしてくれる。
しかも、彼らは何でも知っている。
網の目のような東京の地下鉄では、
どういうふうに乗り継げば良いかがわからないときがある。
あるいは、特急、快速、快速特急、準急などが
入り交じっている路線で、
どれに乗って、どこで乗り換えるのがベストかわからないとき、
そんなときは、
駅員に訊けば、
すべてがあっという間に解決する。
とくに、彼らがあの複雑怪奇なダイヤグラムをポケットから取り出し、
すばやく目を走らせている姿などを見るとき、
魔法を見るように感動してしまう。
訊けばいつでも正しい答えが返って来るという安心感は、
何物にも代えがたいものがある。

これらのサービスの根底にあるものを、
このように指摘する。

これだけは自信を持って言うが、
日本ほど痒いところに手の届く
きめ細やかなサービスを享受できる国は、
世界中探してもどこにもない。
私にとって、日本の便利さは誇りだ。
日本人の商売における理念は、
消費者に対する思いやりが占めている部分が大きい。
より便利で、
より快適なものを作って、
あるいは売って、
お客に喜んでもらいたいという気持ちが、
お金を儲けるという商売の本来の目的と並行して、
常に存在する。
これまでの日本の発展の原動力は、
実はこの、便利さと快適さの追求、
つまり、品質の改良であり、
サービスの果てしなき拡大だったと、
私は思っている。
安全性の追求なら、ドイツ人だってやる。
しかし、便利さや快適さが安全性と異なる点は、
それらは付加価値であり、
なければないで済むということだ。
実際ドイツには、
日本の宅配業者のように、
時間を指定できる宅配便や、
5秒も違わず発着する電車など存在しない。
しかし、彼らはそんなものがあり得るということを知らないので、
まったく不便を感じないのだ。
夢のなかでさえ求めることはない。

あとがきで、このようにまとめている。

日本は良い国だ。
これだけの経済大国になったにもかかわらず、
まだまだ人の心がやさしく、
これだけ緻密なサービス業が発達しても、
深刻な貧富の差ができない。
人口の密集地である首都圏でさえ、
治安が悪くて入れないような地区はない。
駅や電車はまるで病院のように清潔で、
大ターミナルの駅裏に、
麻薬患者やアルコール依存症の人かちがたむろしているわけでもない。
もちろん、暴動も起きない。
──これは、まさに奇跡のようなことだ。
(中略)
一方、日本では、
深夜の人気(ひとけ)のない街角に
自動販売機が並んでいる。
こんなものは、他の国なら、
あっという間に壊されてしまうだろうなどとは、
日本人は想像さえしない。

筆者はシュトゥットガルト在住の作家。
外国に住む方の目を通して
日本の良さを学ぶ良書である。


『おいり』が届きました  耳より情報

注文していた「おいり」が、昨日届きました。

有吉とマツコ・デラックスの番組の中で
「このお菓子すごい」と紹介され、
すぐに注文したのですが、
番組の影響で注文が殺到しているらしく、
「この商品はお届けまで2カ月ほどかかります」とのメールが。

発注が5月8日ですから、
本当に2カ月丁度で届きました。

おいりとは、香川の伝統和菓子で、
特に西讃地方(高松市より西側)から愛媛の東側で作られています。

生産場所も主に西讃ですが、消費されるのも主に西側。
その理由は、
おいりが西讃においては「嫁入り道具」とされてきたからです。
具体的には、香川県の結婚式披露宴の参加者への引き出物、
また嫁入りした家の近所へのあいさつを兼ねた贈り物として用いられます。

その際、縦8cm 横4 cm 程の楕円形をした小判型の菓子である
「小判菓子」という和菓子も同時に数枚贈られることが多いそうです。
小判菓子はおいりを平たくしたもので、
色や味はおいりと同じ。
おいりと小判菓子は紅白の化粧箱に入れられ贈られます。

今から400年以上も前、
丸亀初代藩主・生駒親正公の姫君のお輿入れの折、
お百姓の一人が五色の餅花を煎って作った
「あられ」を献上したのが始まりとされています。
それで婚儀の折の祝い菓子になったようです。

では、我が家に届いた、おいり。
桐の箱に入っています。
大きさは13p角。小さい。

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開けたところ。

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お皿に盛ってみました。

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正体は、餅米から作られる餅菓子(あられ)。
おもちを5ミリ角に切って、
煎って丸くなったものに
桃色、緑、白、空色、紫、オレンジなどの色をつけます。
外は薄い殻のような食感で、
中は空洞で口に入れるとすぐに溶けます。
一般的なひなあられの風味に似ており、
麩菓子(ふがし)に近い触感。
甘さは控えめ。

非常に軽い。
全部で20gしかありません。
桐箱(72g)の方が重い。

問題は価格で、この20g入り桐箱が1400円。(税抜き)
桐箱の方が高いのでは?
送料540円と消費税を含むと、2052円。
お菓子だけで見ると、1g当たり70円。
大体150粒位入っていますので、1粒10円。
細かくてすみませんが、
口に入れて、すっと溶けて、10円。

桐箱に入っていないのもあるようです。

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まあ、話のタネとして購入してみました。

製造会社各社のホームページは、↓をクリック。

菓子工房遊々椿
http://youyou-tsubaki.com/oiri/

中川政七商店
http://www.nakagawa-masashichi.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=&pid=164-0114-000&vid=&bid=kisara&cat=&swrd=

Nariki
http://nariki.net/shop/index.html?c1=3

寳月堂

http://www.hougetudou.com/product/oiri.html


丸亀市出身のフリーアナウンサー・中野美奈子さんは
自身の結婚式でおいりを引き出物にしたそうで、
製造会社の一つである則包商店店主と
中野さんの対談を掲載したサイトがあり、
そこに製法も載っているので、
興味のある方は、↓をクリック。

http://www.maru-dept.jp/syokunin/syokunin02.html





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