ロンドン旅行記K ミュージカル後半3本  ミュージカル関係

それでは、今回のロンドン旅行の
ミュージカル、後半の3本を紹介しましょう。

まず、プリンス・エドワード劇場で、
「ミス・サイゴン」

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プリンスエドワード劇場は、1930年4月3日オープン。
この劇場にはバルコニーがあります。

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他の5作品は1階の席が取れましたが、
この作品だけは、
新演出リバイバルの2日目のため、
2階席しか取れませんでした。

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12月までチケットは売り切れ状態だとか。

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2階ですから、スピーカーで音声補強、と思ったら、
ちゃんと舞台方面から全ての音が聞こえてきます。
すごい音響システム。

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ミュージカル『レ・ミゼラブル』で大ヒットを飛ばした
作曲・クロード=ミシェル・シェーンベルク
作詞・アラン・ブーブリル
による2本目の作品。

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1989年9月20日にドルリーレーン劇場で初演されました。
初演時、私はかなりの良席で観ています。

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初演から9年9カ月後の
2001年1月28日に
4097回で閉幕

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1991年にはブロードウェイに進出、
既に閉幕しましたが、
ロングラン公演歴代9位を位置づいています。

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プッチーニのオペラ「蝶々夫人」をベースにしたこの作品、
舞台をベトナム戦争に置き換え、
アメリカ人兵士クリスと
ベトナム人女性キムの
悲恋として描きました。

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大々的な「ミス・サイゴン探し」が行われ、
特にアジアで熱心にオーディションがされましたが、
スタッスはフィリピンでレア・サロンガを発見します。

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日本初演は1992年。
舞台の床を二層にして
装置をコンピューター制御で移動するため、
限られた劇場でしか上演されませんでしたが、
その後、舞台機構を簡素化した新演出版が世界で上演され、
私もソウルで観ました。
今回は初演25周年を記念して、
その新演出版での上演。

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サイゴン陥落の日、
米国大使館で落ち合うはずであったクリスとキムは
すれ違いで会えず、
クリスはキムを置いたままで
ベトナムを去るのですが、
その場面は
大使館前の扉のあちら側とこちら側が瞬時に入れ替わり、
実物大のヘリコプターが登場する
ダイナミックな演出。

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実はソウルで観たものは、
ヘリコプターが映像で処理されており、
今回のもそうではないかと心配しましたが、
ちゃんとヘリコプターは登場しました。

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クリスの奥さんエレンの歌を追加、
幕切れの処理も納得性のあるもので、
このミュージカルを観て、
初めて涙がこぼれました。

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作品自体のスケール、パワーは申し分なく、

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他のミュージカルとは一線を画し、
「格」の違いを見せつける舞台でした。

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次は「パジャマ・ゲーム」

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シャフツベリー劇場。

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これは、ブロードウェイ・ミュージカルで、
1954年初演というから、
相当古い。
20週間限定のリバイバルで、
観客層はシニアばかりでした。

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元は1953年のリチャード・ビッセルのベストセラー小説「七セント半」。
彼自身とジョージ・アボット
ミュージカル「パジャマ・ゲーム」として
翌年にブロードウェイで上演、
1000回近い公演で大当たりをとりました。
この年のトニー賞の作品賞・助演女優賞・脚本賞・作詞作曲賞・振付賞などを受賞。

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作詞・作曲のリチャード・アドラーとジェリー・ロスは、
翌1955年、「くたばれ!ヤンキース」で再びヒットを飛ばし、
トニー賞作品賞他9部門を受賞。

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この二人にはその後、めぼしい作品はありませんから、
才能が一挙に開花したのでしょう。

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1957年には、ドリス・デイ主演で映画化もされています。

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アイオワ州のパジャマ製造工場での、
賃上げストライキを題材としたこのミュージカル。
明るく、楽しく展開するコメディで、
「ヘイ・ゼア」「スティーム・ヒート」「ヘルナンドズ・ハイダウェイ」など、
今でも通用する歌曲が満載で、
劇場を出る時、
その一節をくちずさみたくなる、
というミュージカルの楽しみ方が出来る作品です。

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特筆すべきは、
初演時の振付ボブ・フォッシーのデビュー作ということで、
斬新な振付でトニー賞振付賞を受賞。

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特に、組合の大会で余興として踊られる「スティーム・ヒート」
歴史に残る名振付で、
今回もそのダンスが観られるかと期待したのですが、
残念ながら振付が変わっていて、
↓のとおり。

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オリジナルは女1男2の黒づくめの3人が
帽子を上手に使って踊ります。
それを観たい方は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=UkqW___UGIw

↓映画版。舞台でこれを踊ったキャロル・ヘニーが踊っています。

http://www.youtube.com/watch?v=DZaTsNjhTYs&feature=player_embedded

2006年ブロードウェイでの再演時の様子は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=pEmfA1LEp_w


最後に観たのは、
ウエストエンドの劇場街とは離れた場所にある
ヴィクトリア・パレス劇場で、「ビリー・エリオット」

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日本では「リトル・ダンサー」(2000)という題名の映画で有名。
その映画の舞台化です。
演出は映画と同じ、スティーブン・ダルドリー
作曲はエルトン・ジョン

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劇場内部。

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座席の前後はきちきちで、

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後から来た人を通すためには、
席を立たたなければなりません。
なぜそんなに狭いかというと、
芝居が始まってしまえば、
膝から前の空間は不要、ということらしく、
そのせいで、座席数が多いわりに舞台が近い。
きっとロンドンの人が日本に来て、
帝国劇場や日生劇場に行ったら、
ゆったりしていて、
不思議に思うことでしょう。

↓は客席脇にある売店。

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昔の日本の映画館のよう。

なにしろ、休憩時間には、
飲み物とアイスクリームの売り子が客席に入ります。

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客席への飲食物持ち込み禁止の日本では考えられません。

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客席後方にある音響調整盤。

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総じてミュージカルの音響は大変素晴らしい。

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「ビリー・エリオット」は、2005年のオープン時、観て、
「ここ10年のミュージカル体験のうちでも顕著なるもの」と書きました。
その後、ニューヨークとソウルでも観ています。

ローレンス・オリヴィエ賞で
最優秀新作ミュージカル賞・最優秀作曲賞・最優秀振付賞など
主要な賞を総なめ。
2008年にはブロードウェイでも上演開始。
トニー賞でミュージカル作品賞をはじめ、
主演男優賞・演出賞など10部門を独占しました。

2010年には、ソウルでも開幕。
日本では上演できないのは、
これだけの技量を持った少年ダンサーが確保できないからだと思われます。

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イギリス北部の炭鉱町エヴァリントンに住む
11歳の少年ビリー・エリオットは
炭鉱夫である父と兄のトニー、
軽度の認知症を患う祖母と一緒に暮らしている。
母はビリーが幼いころに亡くなっていた。

当時のイギリスは炭鉱不況の真っ只中で
父とトニーはストライキに参加していた。
父は近所のボクシングジムにビリーを通わせている。
そんなある日、
ボクシングジムの隅で
バレエ教室が開かれることになった。
もともと音楽が好きであったビリーは
音楽に合わせて優雅に踊るバレエに魅せられ、
密かにバレエ教室に参加するようになる。

中年の女性コーチは、
かつては自身もプリマドンナになることに憧れていたのだろうが、
今はこの小さな町でのダンス教室の先生。
片手間な時間つぶしみたいなものだ。

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そんな彼女がビリーの稚拙なダンスの中に、
才能のかけらを見出す。
この子はもしかしたら、
伸びるかもしれない。
自分の夢をビリー少年に賭けてみようと思う。
やがて、先生から、ロンドンの名門、
ロイヤル・バレエ学校に入学させてはどうか、と話がある。
最初は取り合わなかった父親だったが、
息子のダンスを見るうちに、
この子の好きな道を歩ませてあげようと決意する。

父は受験の費用を捻出するため、
スト破りを決意する。
それは働く仲間たちへの裏切り行為であったのだが・・・。

という深刻な話が
歌とダンスの音楽処理で展開します。

特に、バレエ教室と
スト隊と警官隊が
一つの舞台に渾然と一体になって展開するシーン、

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警官隊の前でビリーが

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エネルギーをもてあましたように踊り、
警官隊の踊りと一つになるシーン、

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ビリーが大人になった自分自身と共に

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「白鳥の湖」を踊り、

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最後には中空に飛翔するシーン、

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バレエ学校の面接で
自分のダンス観を踊りで表現するシーン、

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と4度も目を見張るダンスシーンがあります。

これを踊りこなす少年が素晴らしい。

後半は胸を打たれるシーンが続出し、
旅行の最後に
こんな素晴らしいミュージカルを観れて、
幸福感に満ちました。


最後に観客のマナーについて。
総じてマナーは悪い。
ほとんど全部のミュージカルで
前や後ろで
上演中、話をしながら観る人がいました。
「ビリー・エリオット」は隣の隣の女性があまり話すので、
休憩中睨んだら、
隣の席の人が気づいて、
休憩中にそれを伝えたらしく、
ロビーから戻って来て、
「悪いわねえ、後は静かにするから」
と言って、話さず観るようになりました。

マナーが悪いのは、
観光客が観劇しているからだと思われます。


こうして、
種類の違う6つのミュージカルを観た6日間。
本当に充実した旅行でした。







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