映画と会食と小説『風の丘を越えて』  書籍関係

今日は昼前に日比谷に出て、映画のハシゴ
1本は例の「持病」が出て、少し眠くなり、
話が分からなくなって益々寝てしまいました。
しかし、2本目は一瞬も眠くならなかった。
この違いは何か。

夕方、池袋に移動し、会食
↓はその一部。

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話に熱中して、他の料理の写真を撮るのを忘れました。
↓は、最後に食べた十割蕎麦。

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この知人とは、1987年2月、
ロスとベガスの研修旅行で知り合いになった方。
27年前です。
時々会っていましたが
間があいた最近になって、
近況報告がてら、お会いしたい、とメールが入りました。

定年後の生活等を近況報告。
旅行や映画の話。
このように仕事がらみも何もない
会話だけを楽しむ食事はいい。

オバマさんを銀座の高級寿司店で接待した安倍首相は、
「仕事の話ばかりだった」
とこぼしましたが、
TPPの話などを持ち出して、
「あんた、支持率高いんだから、今のうちに頑張れ」
というような感じだったらしい。

ある週刊誌に、
会食というものは、
四方山話や
芸術文化のウンチクなどで楽しくするもの。
と書いてあるのを読みましたが、
そういう点からすると、
オバマさんは会食のマナーを知らないことになります。
だからオバマは欧州人からは馬鹿にされる、とも書いてありました
アメリカ人だからね。

そういう意味で、
今夜は楽しい夕げでした。


〔書籍紹介〕

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このブログでもたびたび紹介している
ミュージカル「西便制」(ソピョンジェ)と
映画「風の丘を越えて」(イム・グォンテク監督。1993)の原作本。

元々原作本の題名は「南道の人」といい、
その第1章が「西便制」。
映画とミュージカルはそこから題名が取られたが、
しかし、「西便制」では日本ではなじみがないことから、
映画公開時「風の丘を越えて」という
やや情緒的な日本題が付けられた。

Wikipediaによれば、

西便制は、哲宗時代の名唱朴裕全によって創始された
パンソリの流派。
1989年3月20日、
大韓民国無形文化財第6号に指定された。
光州、羅州、宝城、康津、海南など
全羅道西側の地域を中心に繋がってきたという理由で
西便制と呼ばれる。
東便制の闊達さ・雄壮さとは対照的に、
柔らかく素朴で切ない声色の歌唱が特徴。
西便制の唱法がよく合う歌として「沈清歌」が挙げられる。

ということになる。

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第1章 西便制
全羅道のある町の郊外の一軒の居酒屋に、
唄のうまい女主人がいた。
その居酒屋を訪ねた一人の男が
唄を所望し、唄を聞きながら様々な質問を浴びせる。
女の話では、
屋敷の主人が散歩に出掛けた時に
唄い手の父娘を連れ帰った。
娘の見事な唄を聞くために
主人は二人を居候させたが、
やがて家を出ると言い出した。
二人がたどり着いたところは
共同墓地のふもとの物置小屋のような空き家。
病に伏した父親は食事も口にせず、
夜になると唄を唄うことだけを日課としていた。
噂を聞いた主人が食事を届けさせ、
やがて父親は最後の唄を終え、そのまま息を引き取った。
主人は身寄りのなくなった娘を
再び屋敷に連れてこようとしたが、
娘は決してそのみすぼらしい小屋を出ようとせず、
死んだ父親の代わりに唄うようになった。
主人は小屋に自分の家のお手伝いを送って一緒に住まわせ、
厨房を任せる男まで送り、
小さな居酒屋を出すように命じた。
お手伝いは娘から唄を習った。
娘は父親の墓の前で唄い続けたが、
ある日、家を出たきり行方しれずになってしまった。
今ではお手伝いがその唄を引き継ぎ、
父親の墓守のように唄い続けているという。

その話と唄を聞きながら、
旅の男は自分の過去を思い出す。
太陽が照りつける畑。
母親が畑仕事をする間、
腰を紐でくくられて過ごしていた毎日。
母親は畑で唄のようなものを口ずさんでいた。
ある日、その唄に別な唄が重なるようになり、
唄い手は村に住み着き、
やがて母親は子供をはらみ、女の子を生み落とす。
その日、唄の持ち主の男が現れ、
赤ん坊と少年を連れて旅に出る。
男は兄と父親違いの娘を唄い手として育てるが、
少年は義父を憎悪し、いつか殺してやろうと思う。
しかし、義父の唄を聞くと、圧倒されてしまい、
ついに父親の元を離れてしまう。
しかし、歳月が過ぎた後、
男はかつての義妹の唄を求めて
町々を訪ね歩いているのだった。

居酒屋の女主人は、
旅の途中、義父が娘に「恨」(ハン)を植えつけるために
娘の視力を奪ったことを告げる。

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第2章 唄の光
屋号もない山間の居酒屋に
10年前から住み着いた盲目の女がいた。
夜がふけると、
居酒屋の奥の部屋から
はっとするほど趣のある唄が流れて来た。

ある日、居酒屋を訪れた旅の男が
盲目の女に唄を所望する。
唄を聞きながら、
男の脳裏には、
畑で聞こえてきた母の唄、
母が出産で死んだ時現れた唄唄いの男、
その男と義妹との旅路が蘇る。

盲目の女は太鼓とばちを男に差し出し、
女の唄に合わせて男は太鼓を叩く。
翌朝、男は朝早く居酒屋を旅立つ。
女は居酒屋の主人に
昨晩泊まって唄と太鼓を叩いた男が兄であることを告げる。
女は居酒屋の主人に、
他の地に移る時が来た、と告げる。

この第1章、第2章が
映画やミュージカルで描かれた部分。
ただ、兄と妹の関係は、
姉と弟の関係に変えられている。

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第3章 仙鶴洞の旅人
海岸に沿った村には一つの言い伝えがあった。
入江の内側に位置する
仙鶴洞の裏山の地形に由来していた。
裏山の観音峰の形が僧侶が頭巾をかぶった姿を彷彿とさせ、
そこらか左右に広がる山並みは、
僧侶が黒染の衣を広げ、
村全体を抱き抱えるような恰好をしていた。
そして、入江に潮が満ちると、
水面に映し出される観音峰の影が
飛翔する鶴の姿をしているのだった。
その時には、
観音峰の地の底から
ドンドンドンと僧侶が太鼓を鳴らすような
不思議な山霊の音が聞こえて来る。
村の人々は山霊の出て来る場所にお墓を建てることを望んだ。

そこにある一軒の居酒屋を
一人の男が訪ねて来る。
男は堤防工事で入江の水がせき止められ
観音峰が鶴に姿を変えることがなくなったことを嘆く。

男に居酒屋の主人は
30年前、この店にパンソリを聞かせる父娘が訪れたことを告げる。
村人はその唄を聞き、
父娘が去った後も
もう一度あの父娘がこの村を訪ねて来ることを心待ちにしていた。

そして、父娘のことが忘れられた頃、
思いがけなく娘がこの地を訪れる。
初老の男と父親の遺骨を持って。
居酒屋で満潮の時間に毎日唄う娘の唄声に
村人は聞きに集まる。
居酒屋の主人は唄が始まると、
仙鶴洞は再び入江になり、
鶴が飛ぶのを感じる。
そして、ある日の晩、
娘はひっそりと仙鶴洞を出ていってしまう。
居酒屋の主人は
彼女はどこかに行ったのではなく、
鶴になってこの村の空をさすらっているのだと感じる。

居酒屋の主人は、
その娘には一人の兄がいて、
自分はその兄が訪れること待っていた、
いつかその兄に彼女の話を伝えようと思っていた、と語る。

話を伝えた後、
旅の男が峠に座っている姿を
居酒屋の主人は見る。
そして、峠の方から唄が耳元に聞こえるような気がする。
しかし、男の姿が消えてしまうと、
唄声も消えてしまう。
その時、主人は不思議な光景を見る。
男が去った峠に
一羽の白い鶴が翼を広げて悠々と飛び回っている姿を。

というわけで、
第3章は、第1章、第2章の後日談。
2007年、
イム・グォンテク監督によって
「千年鶴」が制作された。
同一原作者(李清俊)による関連作品であり、
「西便制」と同じ人物が登場するが、
続編ではないとされている。
血の繋がらない姉弟のかなわぬ愛がテーマになっているという。
映画はヒットしなかった。

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第4章 鳥と木
果樹園の主人とその兄の話。
聞き手の男が
どうやらこの連作の「兄」らしいことを匂わせる。

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第5章 生まれ変わる言葉
茶の奥義を求められた男の回顧談。
ここにもパンソリを聞くことを求めて
旅を続ける「兄」が出て来る。
茶の奥義として「許しの心」を
その「兄」から学んだ、ということになっている。

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全編滅びゆく芸能への哀惜の情
それを守ろうとするパンソリの名手とその家族の旅路が
描かれている。
韓国文学を知る上での通過点とも言うべき作品。

私は韓国の独特な情感は
大変文学的だと思うのだが、
未だに世界的作家もノーベル賞文学賞受賞者も出ていない。
(日本と中国は2人ずつ)
なぜだろう。

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韓国で観た
ミュージカル「西便制」の感想は、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20101117/archive

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140430/archive







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