日米韓首脳会談  政治関係

昨夜(25日)夜(日本時間26日未明)、
オランダ・ハーグで
日米韓3か国の首脳による会談が行われた。

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アメリカのオバマ大統領の仲介で実現したもの。
冷え込んだ日韓関係を回復させようとの
アメリカの思惑がにじむ。
場所は在オランダ米国大使公邸。

約45分間行われた会談では、
北朝鮮問題を中心に北東アジアの安全保障問題が話し合われ、
3カ国が一層緊密に連携していく重要性を確認した。

オバマ大統領は冒頭、
「韓国と日本は米国の世界で最も緊密な同盟国の2つだ」と述べ、
朴大統領は
「北朝鮮のいろいろな動きを受け、
3カ国のより緊密な協力の必要性が高まってきた」
と応じ、
安倍首相も
「日米韓の緊密な連携を確認することは極めて重要だ」と指摘した。

言ってみれば「当たり前の内容」だが、
改めて確認したことに意義がある。

3首脳は北朝鮮の非核化の実現には、
日米韓の一層の緊密な協力のほか、
中国が果たす役割が重要との認識で一致した。
首相は日朝の外務省局長級協議の
今月末の再開などについても説明し、
米韓とも連携しながら取り組む考えを伝えた。

安倍首相は
「力を背景とした現状変更は許さないことを
日米韓の共通の立場として示すことが重要だ」
と指摘、
中国の海洋進出などを念頭にした発言とみられる。

一方、いわゆる慰安婦など
歴史認識をめぐる問題は議題に上らなかった。

安倍首相は会談後、
記者団に対して
「日韓の間には共通の課題があり、
率直に直接会って話すことが
大変重要だと認識できた」
と会談を評価し、
「未来志向の日韓関係に発展させていく
第一歩にしたい」
「未来志向」という言葉を入れた。

テレビのニュースは、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=dd8QYhLevr8&feature=player_embedded

安倍総理大臣が韓国語であいさつしたことについて、
韓国メディアでは「下心を感じる」という批判的な反応の一方、
「意外だ」「韓国語を練習したのだろうか」といった
好意的も反応もあったという。
一方、硬い表情を崩さなかった朴大統領の対応について、
日韓外交筋は
「安倍総理の靖国参拝や歴史認識に
免罪符を与えたと
国内世論に誤解を与えないようにした」
「安倍政権の歴史に対する姿勢に
不信感を持っていることは変わらないという
メッセージだ」
と話しているという。
やれやれ。

韓国語での英札については、
笑顔で応えるというのが
エチケットだと思うが。
それとも、
ただ愛想がないだけなのか。

歴史認識問題が俎上に上がらなかったのは、
そんなことを出せば収拾がつかなくなるから、
出さないように事前に
米国に釘をさされたということだろう。
朴大統領は無念なのか、ほっとしたのか。

慰安婦問題を始めとする
歴史問題については置いておいて、
北朝鮮をはじめとする
安全保障問題について協議する、
というのは正しい。
日本は歴史問題については
対応することはない。
「歴史認識で譲歩をしなければ会談に応じない」
という朴大統領の姿勢には、
大きな無理があり、
譲歩ということは、
韓国の歴史認識を日本も認めろ
ということだから、
元々折り合いのつく問題ではない。

大事なことは、
「agree to disagree 」
つまり、
「互いの意見が違うことを認め合う」こと。
自分の主張をするばかりでは、
世間の嫌われ者になる。
もういい加減に
朴大統領も大人になってもらいたいものだ。


ミャンマー旅行記G  旅行関係

1755年にビルマ族のアラウンバヤー王が
ビルマを統一した際、
タゴォンを陥落させ、
ヤンゴンという名前に変更されました。
「戦争の終結」という意味が込められています。
イギリス統治下、
「ラングーン」という名前に改められましたが、
1989年、軍事政権下、
元の名前、ヤンゴンに戻されました。
ネピドーに首都が移されるまで、
ミャンマーの首都でした。

ここは、
ヤンゴンにある
ボージョーアウンサンマーケット

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市内で一番大きいマーケットです。

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宝石類も売られ、
観光客も多く集まります。

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衣類も豊富に売られています。

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店内で縫製も行われています。

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こうしてお昼ご飯も食べます。

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バガンの村で干されていた梅も
こちらに回って来るのでしょうか。

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ヤンゴン中央駅に行ってもらいました。

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ガイド、運転手独占状態ではわがままが効きます。

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チケット売り場。

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電光掲示板。

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待合室。

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橋を渡って、

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ホームへ。

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運賃は50チャット。
日本円で5円。ホントかね。

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ちょっと乗ってみます。

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う〜ん、これなら5円も仕方ないか。

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立っている人は、
これに掴まる?

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もう一台、乗ってみました。

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3等車?

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2等車?

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1等車?

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列車が到着しました。

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外人さんは、
どうやって切符を買ったのでしょう。

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駅の外で待つタクシー。

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初乗りは2000チャット(200円)で、
メーターはなく、
あとは価格交渉。

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バスの扉は開いたまま。

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乗車賃は100〜200チャット。(10〜20円)

フェリー乗り場に行ってみました。

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流れるヤンゴン川は、

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泥川です。

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スーレーパゴダ。初日の夜の散歩で行ったところ。

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独立記念塔。これも初日にライトアップされた姿を見ました。

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側にあった教会。

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チャイナタウンにも行ってみました。

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世界中、どこに行ってもある中国人街。

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こんなお店も。

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寿司の評価を下げなければいいのですが。

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後は、屋台ばかり。

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たこ焼き?

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コロッケ?

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焼き鳥?

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次回は最終回、
ヤンゴン観光のハイライト、
シュエダゴンパゴダです。



『想定外の老年』  書籍関係

今日は医療関係でやけに忙しい一日でした。

まず、飼い猫のこはる
一晩に5回も吐いてしまい、
昨日行ったばかりの動物病院に連れて行き、
検査のため預けました。

その後、大忙しで用意して、
カミさんの膝の治療のために
十条のクリニックに。
片道1時間半。

帰宅後、
自分の高血圧治療のために
月一度の医院詣でと、
薬の購入。

そして、
夕方、預けたこはるの引き取り。
吐いた原因は
ホルモンの関係とストレスだとか。
超音波の結果、
腎臓の片方が小さく、
片方が大きいことが判明。
それ以外の内臓は心配なし。

夫婦も飼い猫も病院通いです。


〔書籍紹介〕

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雑誌「WiLL」に連載された
賢人・曽野綾子さんのエッセイ。

「想定外」というのは、
たとえば東日本大震災の時の議論に代表されるもののことだ。
それに対して、筆者は次のように書く。

一部の世論は、
今もなお想定外ということを認めない。
人間に想定外というものがあってはならない、
という形の、
不思議な人間性否定である。

「想定外」を認めるのは、
政治の無作為、企業の身勝手だというのは
理不尽な暴力だと私は思う。
なぜなら、
それは人間の能力と責任の範囲を超えることを命じているからだ。

そして、次のように書く。

人生には、
常に想定外のことがあるものだ、
と私は思っている。
少なくとも私の今までの生涯は、
日常の小さなことまで入れると、
「想定外」の連続であった。

しかし、世の中に想定出来たことはある、
としてて、次のように書く。

私が責めたいのは、
長寿社会に与(くみ)した医師や行政官の責任である。
年寄りばかりになったら、
どうしてその年寄りの面倒を見たらいいのか、
ということは、
「想定外」だったとは言わせない。
津波は予測できないが、
長寿社会の出現は
予測可能だったからである。

そして、続ける。

しかしこうなったからには、
他人を責めている暇に、
高齢者は、
めいめいで自分の幕の引き方を、
自分の好みで決めておくことが
大切だろうと思う。

更に、こう書く。

人間は常にどこかで最悪のことが起こるかもしれないという
覚悟を常にしておくべきだ。
もちろんそれは避けたいことだが・・・
覚悟は個人の領域だ。
それを国家に補償せよとか、
肩代わりせよと言っても
できないことが多い。
不幸もまた一面では
個人の魂の領域であり、
それを国家に売り渡してはならないからである。

というわけで、
今回も金言、箴言に満ちている。

石原都知事は人を退屈させない人だ。
最近は年のせいで益々毒舌に磨きがかかってきて、
皆楽しんでいる。
「天罰で天災が起きた」
みたいな発言も、
本意はついぞ分からず仕舞いのようだが、
別に怒ることでもないだろう。
直接被害を受けたのは東北の方々だが、
天罰を受けたのは日本人全体という意味だろう、
と私は解釈している。
そういうふうに都知事の言葉を理解できない人は、
つまり日本語のニュアンスも文学も分からない人だ。
さもなくば、
何にせよ、
自分はイノセントだと思っていて、
人間共通の負い目というものに対して
理解がない人なのだろう。

泥に攫われた町は、
瓦礫を取り除いた後でも、
地面は不機嫌な泥色を残している。
その一郭の土地に、
私は一本の白百合が蕾をふくらませているのを見た。
津波に生き残ったはずはない。
誰かが百合の球根か育ちかけの苗かを、
震災後の荒れ果てた土地に、
いとおしんで埋めていったのだろう。
あの百合は必ず咲く、と
毎年、百合をたくさん植えている私には体験で分かる。
東北も必ず元よりいい土地に変わる、
と花は告げているようであった。

中国を訪れた時の経験を次のように書く。

人は総じて表情が不機嫌で、
他人のことを考えない。
事業上のパートナーとして、
こういう性格では困るだろう。
荒々しい喋り方をする。
列は守らない。
スーパーの細い出口で、
もう後一秒で私が出るというのに、
平気で向こうから進入して来る。
ヨーロッパ人も日本人が、
エレベーターに乗る時でさえ、
子供を老人がいると、
自分は外にいて、
彼らが乗るまで「開」のボタンを押していてやるのと大違いだ。
自分がこういう行動を取るとどうなるか、
という予測をする力も気も大衆にはないらしい、
偉大な自分勝手である。

中国での船旅で知り合った中国の共産党員との会話。

「三峡ダムができると、
何人が湛水地から移住することになるんですか」
「百二十万人だよ」
私はその数の多さに絶句した。
完成した後は知らないが、
当時言われていたのはそういう数字だった。
「中国って偉大ですね。
そういう大工事ができるんですから。
日本だったら、
百二十人動かすのだって大変ですよ」
「当たり前だよ。
日本は世界一の社会主義国だからね」
ということは、
中国は少なくとも日本よりは
社会主義が希薄だということが、
筋金入りの党員から証明されたのだ。

中国の党幹部の蓄財について、こう書く。

こういう深刻な不公平や、
民意の隅々にまで意識され許されている
途方もない特権階級意識や、
残忍な粛清の歴史は
誰の眼にも明らかになっているのに、
日本ではまだ政党の名に
「社会」とか「共産」などという言葉が残っていることに
驚きを示す外国人もいるし、
私もまた呆れている。

社会主義の崩壊について。

私たちは肯定と否定の双方から
選ぶ自由を与えられた。
これが社会主義では不可能なのである。
慎みのないことを言うが、
ベルリンの崩壊直後の東欧を見るのも
実におもしろかった。
人間は押しつけられた思想では
表面から素早く変わり、
物質的変化では
内面からじっくり変わるということが
分かったからである。

人生の質に対する名言。

私の話を聞くと、
医師としてこういうことを言ってはいけないのかもしれないが、
自分は人間が死ぬことはほとんど気にしていない。
誰でも必ず死ぬからだ。
しかし生きているうちの人間の生活の質は
ほんとうに大切だと思う、と言った。

しかし金持ちになったからと言って、
それで幸福になるとは限らない。
お金はあった方がいいが、
あった方がいい限度はたかが知れている。

性格は優劣ではなく、
ただ限りなく個性の問題だということだ。
その個性はしかし宝石の原石だから、
自分で磨かなくては
いつまでたっても光らないということだけは、
若者達にしっかり言い渡したらいいのである。

運勢判断に対しての指摘も面白い。

最近テレビで「今日の運勢」のような時間が減ったように思うのは、
私だけなのだろうか。
テレビの占いの時間はもともと無責任の典型だった。
「オレンジ色のものを身につけるといいことがあります」とか、
「今日はパーティーに行くと、
将来のあなたのためになる人に会うでしょう」
式のいい加減な予言で、
数百万人、或いはそれ以上のお茶の間に視聴者の時間を潰すことになる。
これはもう社会悪だ。
テレビの電波というものは、
金がありさえすれば個人で買える
というものではない。
電波はいわば社会の共有財産だから、
そういう時間を使って「今日の運勢」などを流すのは
教育的に良くないとずっと私は思っている。
この社会的「時間の浪費」の問題は、
考えてみるとなか恐ろしいことだ。
時々、県知事とか市長の祝辞なるものを聞くことがあるが、
たいていは
「間違いではないが
少しも感動するところのない凡庸なスピーチ」
である。
仮にその会場に五百人の聴衆がいて、
このつまらないスピーチを三分間聞くとすると、
計一千五百分、
一人の人間の二十五時間分の時間を、
人々に浪費させることになる。
だから地方自治体の長というような人は、
決して形式的な式辞を、
述べたり書かせたり代読させたりしてはならない。
その時間の分だけ、
必ず聴衆が新しい発見をするような
刺激的な式辞を書かねば、
大きな社会悪を及ぼすことになる。
テレビの占いの時間が減ったのは、
東日本大震災のせいではないかと私は思っている。
日本の全占い師は、
二〇一一年三月十一日をもって、
完全に敗北したと言っていい。
もし本当に予言の能力があるなら、
あれだけの二重惨事は、
はっきりと日時をあげて予告できたはずだろう。
アメリカの九・一一の世界貿易センタービルのテロがあった時も、
ほとんどの占い師が
そのことを予言できなかったらしい。
とにかく日本の占い師は
あの日をもって全滅したというべきだろう。

敗戦直後の何もない時代について、こう書く。

しかしその時、
日本人はかろうじて持っているもの
・・それは物質ではなかったが・・
を意識していただろう。
日本人の国民的な教育レベルの高さ、
その知能、勤勉な性格、
厳密を愛する気風などである。
それらは身についた才能で、
焼け出されても、
死なない限り、
その個人の体についていた財産であった。

原発については、こう書く。

理科的な頭脳のない者として、
私は原発の未来について
語らないことにしている。
というか、
語る資格がないのである。
何となく怖ろしい、という言い方も怖ろしいし、
何となく大丈夫でしょう、
という言い方も無責任である。
それに、こんなにも日本には
賢い専門家集団がいるのだから、
その人たちと、
選挙による大衆の意思に
私は従いたいと思うのである。
それで日本が破滅に至るのなら、
私もまたその運命に飲み込まれる一人として、
文句はない。

すべて人間の発明したものは、
必ず明暗両面を持つ。
もし人間に叡知があるとすれば、
その暗の部分を最小限に押さえ、
明の部分を使いこなす努力をすることだ。
しかし、暗のない明もない。

私はできれば原発なしに、
電気を完全に供給できるようにすることに賛成だ。
しかし、それは急にできるものではないだろう。
「たかが電気」ではない。
人間が創り出したものの中で、
電気は、火に匹敵する偉大なものだ。
だから安全な制御法を、
人知を集結して考えてもらい、
その結果を、
できれば私が生きているうちに
見たいと願っている。


ミャンマー旅行記F  旅行関係

朝、ホテルのロビーにあった
中国人の団体の荷物。

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日本のゴールデン・ウィークのようなものでしょうか。

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朝、ホテルの近所を散歩しました。

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やはりバイクが足ですが、

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自転車も走っています。

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何を運んでいるのでしょうか。

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ホテルの周囲にもパゴダが。

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このような設備をよく見かけましたが、

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暑いので、水を貯めてあって、

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誰でもコップで飲めるのだそうです。

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日本だったら、
絶対保健所が許可しませんね。

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青空市場が開催されていました。

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掃き掃除をしています。感心。

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道端に並ぶ看板。

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建築現場。
昔ながらのレンガです。

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パゴダの向こうに浮かぶ、熱気球

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パゴダを上から眺め、

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頂上をかすめて飛び、

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尖塔部分に空洞があって、

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そこに仏像が安置されているのも見ることが出来るそうですが、

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320ドルもするというので、

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断念しました。

さて、空港へ。

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来る時と同様、プラカードで案内。

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チケットは手切り。

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なにしろ、座席は自由席

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40年ほど前、
ニューヨークからワシントンDCへ行く時、
そういう飛行機に乗ったことがあります。
その時は、
飛行機代を機内で集めたのには、
「へえ、バス並なんだ」
と驚きました。

アジアン・ウィングスという会社。

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よくこんなプロペラで飛ぶものです。

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眼下にパゴタを見ながら、

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ヤンゴンに戻ります。

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ヤンゴンでも、
運転手一人とガイト一人に客は私一人。

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夜の飛行機出発まで
たっぷりの観光です。

まず行ったのが、
チャウトゥ寺院

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長い階段を上がると、

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上に

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大理石の仏陀像があります。

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山から大理石を切り出し、

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川を運んだ様子が絵で示されています。

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次に行ったのが、

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バングラデシュから来た白い象。

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茶色ですが、
昔は白かったようです。

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アウンサンスーチーさんの家に行ってもらいました。

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結構な豪邸。

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ここに彼女は
通算14年9カ月の間、軟禁されました。
アウンサン将軍の写真が飾られています。

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その経緯はミシェル・ヨー主演で映画化されています。
映画「The Lady」については、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20120805/archive

ついでに、
アウンサン将軍の家にも行ってもらいました。

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実際に使った車。

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この家は現在、博物館になっており、
アウンサン将軍の居室などが保存されています。

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残念ながら、館内は写真撮影禁止。
↓は、アウンサンスーチーさんの弟が溺れ死んだ池。

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次に行ったのは、
チャウタッシーパゴダ

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ここには、巨大な寝釈迦像があります。

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高さ17m、全長70m。

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う〜ん。

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まつげが長い。

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足の裏には、

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108の動物の絵が刻まれています。

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撮影用の台もあります。

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何を考えているのでしょう。

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これはみんなお釈迦様。

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ミャンマーの仏教は上座部仏教(じょうざぶぶっきょう)。
いわゆる小乗仏教です。
自己の修行により自己一人のみが救われる
ために、小乗仏教と呼ばれましたが、
小乗仏教の呼称は
大乗仏教側から見た差別的意味を含むとされ、
最近は使われないことが多いようです。

上座部仏教は、
スリランカやタイ、ミャンマー等の地域に伝わったもので、
中国やチベット、日本等の地域に伝わった
北伝の大乗仏教と対になります。

仏像も阿弥陀如来や菩薩を描く日本の仏像と違い、
釈尊の仏像が多いようです。

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↓は、旅行記@で紹介した、
「厄払いの雀」。

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昼食で中華レストランに行くと、
結婚式の披露宴の準備がされており、

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受付にはお祝いの品があふれ、

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玄関には、このような車が着けられ、

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入口には、こうして

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新郎新婦の写真が掲出されていました。

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と思ったら、中庭では

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記念撮影の真っ最中。

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おしあわせに。

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レストランは、カンドージー湖にあり、

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湖には、

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カラウェイ・パレスという
水上レストランが浮かんでいます。

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ミャンマー王が使用した船のデザインを模して
1970年に建造されました。

続きは、また今度。



『ウォルト・ディズニーの約束』  映画関係

〔映画紹介〕

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名作「メリー・ポピンズ」の映画化にあたり、
ディズニーと原作者P. L. トラヴァースとの間にあった
バトルを描く──
「メリー・ポピンズ」をこよなく愛する私としては
観ずにはいられない。
待ちに待った公開初日の第1回に観た。
舞浜のシネマ・イクスピアリが
久しぶりに最前列まで埋まっていた。

英国の高名な児童文学を
ハリウッド、しかもディズニーが映画化する──
となれば、
当然英国と米国の文化的闘争にもなるわけで、
トラヴァース夫人が陰鬱なロンドンから
陽光あふれるロサンゼルスを訪問したあたりからそれは始まる。
宿泊先のホテルの部屋に満載の
ディズニー・グッズを
一つ一つ片づけ、
スタジオに出掛ければ、
ファーストネームで呼び合う習慣、
会議の場に持ち込まれるお菓子、
こうしたもの全てを拒絶するトラヴァース夫人の闘争。
協議内容の録音を求め、
「ミュージカルはダメ、
アニメもNO、
赤い色を使わない、
何故なら赤い色が嫌いだから」
と無理無体なトラヴァース夫人の要求。
役者に対しても
「ディック・ヴァン・ダイクが名優だなんて。
オリビエやバートンやギネスは名優だけど、
ディックは名優なんかじゃない」
と主張。
その一つ一つをなだめ、
「ならば、映画化はNG」
の切り札を恐れつつ、
脚本家と作曲家兄弟の
音楽付き読み合わせ。
進むにつれて不機嫌になるトラヴァース夫人。
てこずるディズニー。
こうした状況を面白おかしく描く。
ほとんどがディズニースタジオの会議室の中での展開で、
編中に使われた曲の数々が演奏されるのが、
「メリー・ポピンズ」を愛する者には楽しい。
中には、シャーマン兄弟の一人が名曲「2ペンスを鳩に」
ディズニーに初めて聞かせる場面など出て来る。(↓をクリック)

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=kyqUcTVJO4E

それに並行して描かれるのが、
トラヴァース夫人の少女時代の
父親の想い出

この過去の描写の中に
作品が映画化される秘密が隠されている、
という二重構造の作り。

原題は「Saving Mr. Banks」で、
「バンクス氏を救え」
その意味は終盤になって明らかになる。

その他、
トラヴァース夫人が自作に固執する姿を
ディズニー自身がミッキーの買収に応じなかった経験から理解を示したり、
などというシーンも出て来る。
また、ディズニーの子供時代の
辛かった過去も語られる。

「メリー・ポピンズ」の公開から50年の今年、
こういう裏話が映画になったことを喜びたい。
しかも、ディズニー自身の製作で。
(ただし、持ち込み企画)
ラストの完成披露試写のシーンでは、
熱い涙が流れてしまった。

とはいえ、
「メリー・ポピンス」の出来については、
原作者トラヴァース夫人自身は
不満を抱いていたというのが定説。
おそらく初めの方、
バンクス夫人の婦人参政権の歌あたりで腹を立て、
メリー・ポピンズとバートらが
絵の中に入る下りで
怒り心頭に達したと思われる。

しかし、映画は、まさに
ディズニーの世界観があふれるものになった。
そして、1964年度アカデミー賞では、
13部門ノミネートで5部門を受賞
(主演女優賞・編集・作曲賞・歌曲賞・特殊視覚効果賞)
ディズニー映画で初の作品賞候補にもなった。
(他に監督賞・脚色賞・撮影賞・美術賞・衣裳デザイン賞・編曲賞・録音賞で候補に)
なお、タイトルでは、
原作者としてとは別に
「コンサルタント」としてトラヴァース夫人の名前が出て来る。

そして、50年後、
トラヴァース夫人の精神的外傷にまで
勝手に立ち入ったこの作品。
本人が観たら、怒りのあまり卒倒するに違いない。
(1996年に逝去。
存命中だったら、
舞台版ミュージカル「メリー・ポピンズ」も
許可しなかったでしょう。)

しかし、映画は創作物。
「メリー・ポピンズ」もあれで
ディズニーの歴史に残る作品になり、
本作も味わい深いものとなった。
ただ、本作、
夫人の過去の部分を創作しただけ
虚構性が強くなって納得性が薄れ、
そこが各賞で全てノミネート止まりであった理由であると思われる。
トラヴァース夫人を演じたエマ・トンプソンは、
どうしてアカデミー賞にノミネートされなかったのか不思議なほどの名演技
映画の中の登場人物としては初となるディズニーを演じた
トム・ハンクスも意外やはまり役。

5段階評価の「4」

名曲「2ペンスを鳩に」のシーンは、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=XHrRxQVUFN4&feature=player_embedded

歌曲賞を受賞した「チム・チム・チェリー」のシーンは、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=Tee7C1EOvDQ&feature=player_embedded#t=14


ついでに一つ想い出話を。
66歳のいい大人の言うこととしてはちょっと恥ずかしいですが、
高校生の頃、
童話にはまった時がありました。
その時の愛読書は、
「星の王子さま」「クマのプーさん」
そして、「風にのってきたメアリー・ポピンズ」

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当時は受験勉強の真っ只中で、
その最中に公開された「メリー・ポピンズ」を
大晦日の夜、有楽座で二度目の鑑賞。
「メリー・ポピンズ、
明日から僕は本格的な受験体制に入る。
しばらく君に会えないから、
最後に会いに来た」
とお別れを告げた。
翌日の新年からは、
テレビも映画も観ない生活。
そして、受験当日は、
小型版の「クマのプーさん」を
お守りとして、
シャツの下に忍ばせた。
今では赤面の至りですが、
懐かしい想い出です。



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