半沢直樹原作本2冊  書籍関係

今朝、新聞の1面を見て、げんなりした。

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韓国、どこまでやるのか。
ユネスコまで動員して、
そんなに日本を貶めたいか。
これも告げ口外交の一つではないか。

フランスの漫画祭の展示内容も見たが、
韓国の少女が野原に一人で出て、
野犬に襲われる描写で、
野犬がその後、日本の軍人の変身する、とか、
少女にアヘンを打って、
日本兵が次々に犯す場面とか、
終戦間際に
秘密を守るために
慰安婦たちが銃殺されるとか、
事実に異なることが平然と展示されている。

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絵も描写も
描いた人の品性を疑うような代物だ。

しかし、この問題では、
韓国はもはや制御出来ない地点まで来ている。
国をあげて世界的世論を喚起して、
70年前のことで
日本に非を認めさせたいのだ。
しかし、強制連行の事実はないのだから、
安倍政権が安易に妥協するとは思えない。
韓国のご機嫌を取ったらどうなるかは、
河野談話と村山談話で懲りているはずだ。

そうなると、慰安婦問題を認めることを前提とした
日韓首脳会談は永遠に開かれないだろう。
まあ、開かれなくてもいいので、
ここは、韓国の取り巻く状況に変化が生じて、
(韓国は今、中国に近寄っているが、
やがて老獪な中国によって、
痛い目にあうだろう)
相手が折れて来るのを待てばいいが、
その間に世界に変な宣伝が行き渡らないように、
反論と実証だけはちゃんとしておくべきだろう。

実は、4月に
またミュージカルを観にソウルに行こうと思っていたが、
何だか、もう韓国には行きたくなくなった
私のような親韓の人間にそんな気にさせるのだから、
重症だ。
新大久保のリトル・コリアも閑古鳥が鳴いているという。


〔書籍紹介〕

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テレビドラマで大ヒットを飛ばした
「半沢直樹」の原作本
今のところ全部で4部作だが、
ドラマ化されたのは、
この第1作「オレたちバブル入行組」
第2作「オレたち花のバルブ組」までで、
第3作「ロスジェネの逆襲」
第4作「銀翼のイカロス」(週刊ダイヤモンドに連載中)がドラマ化されれば、
「半沢直樹2」となるだろう。

「オレたちバブル入行組」は、
バブル期に産業中央銀行に入った半沢らが、
その後東京第一銀行との合併を経て、
東京中央銀行の中堅となり、
(第一勧業銀行がモデルと思われる)
「旧S」と「旧T」との軋轢と
団塊世代の負の遺産に苦しみながら
業務を遂行する姿を描く。
特に半沢は、融資した西大阪スチールの破綻で
融資の責任を問われることと闘う。
何より半沢に課せられたのは、
融資した5億円の回収で、
西大阪スチールの東田社長の隠し財産を行方を追って奮戦する。

見どころは、
融資の責任を半沢に押しつけようとする支店長の根回しによる
本社融資部のヒアリングで
その融資が支店長の強引な方策で決定したことを主張する姿だ。
組織の人間でありながら、
組織の強引な意志に抵抗する半沢の姿を応援したくなる。

「オレたち花のバブル組」は、
5億円の回収をひっさげて
東京本部営業部に異動した半沢が
老舗ホテルの伊勢島ホテルの担当を任されることになる。
伊勢島ホテルは本業不調の果てに手を出した
資産運用で120億円の巨額損失を出したばかり。
しかも、金融庁の検査の時期で、
伊勢島ホテルが不良債権に分類されると、
東京中央銀行も貸し倒れ引き当て金で
危機に瀕することになる。
120億円の補てんがなるかどうか半沢の奮闘は続く。
これに同期の仲間近藤が出向先のタミヤ電機で
社長と課長の抵抗にあい、苦労する話がからむ。
どちらも大和田常務がからむ話で、
タミヤ電機の不正融資と
伊勢島ホテルの運用失敗の情報の時期が鍵になる。

半沢たちが採用されたのは、
バブル真っ盛りの時期。
その後、銀行の評価は凋落し、
いい目をほとんど見ない世代となる。
それを作者は「バブル入行組」と揶揄したわけだが、
その中には、
それ以前の団塊世代への強烈な反感がある。
そして、銀行にかけた夢の崩壊。
半沢はネジ工場を経営する父親と
次のような会話を交わす。

「夢を見続けるってのは難しいもんだ」
しみじみと言った父の言葉は、
いまも半沢の心に残っている。
「それに比べて
夢を諦めることのなんと簡単なことか」

それは、
後で、
同じバブル入行組の同僚との会話でも出て来る。

「ほざけ。いつまでも夢を見てろよ」
渡真利は皮肉っぽく言う。
「夢と思っていたものが、
いつのまにか惨めな現実にすり替わる。
そういう気持ち、
お前にはわからんだろう」
「そんなことはないさ」
半沢は否定した。
「夢を見続けるってのは、
実は途轍もなく
難しいことなんだよ。
その難しさを知っている者だけが、
夢を見続けることができる。
そういうことなんじゃないのか」

正直なところ、
半沢は、銀行という組織には
ほとほと嫌気がさしていた。
古色蒼然とした官僚体質。
見かけをとりつくろうばかりで、
根本的な改革は
まったくといっていいほど進まぬ事なかれ主義。
蔓延する保守的な体質に、
箸を上げ下げにまでこだわる幼稚園さながらの管理体制。
なんら特色ある経営方針を打ち出せぬ無能な役員たち。
貸し渋りだなんだといわれつつも、
世の中に納得できる説明ひとつしようとしない
傲慢な体質──。
もうどうしようもないな、と思う。
だから、オレが変えてやる──そう半沢は思った。

出向先でひどい仕打ちを受ける近藤の再生の部分も感動的だ。
ある時、ことごとく近藤の邪魔をして来た課長に言う。

「人生は変えられる」
野田の平板な眼の中で、
小さな驚きが鋭く弾けた。
「だがそれには勇気がいる。
いまのあんたは
いじけたサラリーマン根性丸出しの、
見苦しいオヤジだ。
ノーに比べたら、
イエスは何倍も簡単なんだ。
だけどな、
オレたちサラリーマンが
イエスとしかいえなくなっちまったとき、
仕事は無味乾燥なものになっちまうんだよ」


仕事は二の次で
余暇を楽しめればいい。
そう考えたこともある。
しかし、一日の半分以上も
時間を費やしているものに
見切りをつけることは、
人生の半分を諦めるのに等しい。
誰だって、できればそんなことはしたくないはずだ。
いい加減に流すだけの仕事ほどつまらないものはない。
そのつまらない仕事に
人生を費やすだけの意味があるのか?

ドラマ化の際、
題名を「半沢直樹」という主人公名にしたのは、
プロデューサーのセンスで、
ヒットの要因の一つだと思われる。

それと同じように、
ドラマの中のキーワードとして「倍返し」を挿入したこと。
実は、この小説の中で、
「倍返し」という言葉が出て来るのは、
3回しかない。(他に似た表現が1回)

「オレは基本的に性善説だ。
相手が善意であり、
好意を見せるのであれば、
誠心誠意それにはこたえる。
だが、やられたらやり返す。
泣き寝入りはしない。
十倍返しだ。
そして──潰す。
二度とはい上がれないように」

この言葉を流行語になるような
決めセリフにしたところに、
脚本家のセンスが光る。

他にドラマ化する際に加えられた改変は、
大和田常務との間に
父の事業の融資を断り、
父を自殺させた張本人、
という半沢との関係を創作したことで、
ドラマに対立軸が生まれた。

それと、
オネエ言葉の黒崎金融庁検査官に
片岡愛之介という配役を得て、
黒崎対半沢の対立軸を作ったこと。

大和田も黒崎も
大阪時代から登場させている。

これらは脚色者の功績で、
それだけドラマが面白くなったのである。

続編「ロスジェネの逆襲」の読書感想は、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20131228/archive






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