中国の世論  政治関係

毎日新聞に↓の記事が出ていた。

中国がロシアに対し、
従来日本領と位置づけてきた
北方領土の領有を承認する代わりに、
沖縄県の尖閣諸島を「自国領」とする
中国の主張を支持するよう、
水面下で打診していることが分かった。
働きかけは2010年に始まり、
現在も続いているとみられるが、
極東開発に日本の協力を求めるロシアは、
中国の提案に応じない構えだ。
日露外交筋が明らかにした。

同筋によると、
10年秋、
中露両国の外交関係者による非公式協議の場で
中国側がロシア側に打診した。
中国は「ロシアの北方四島領有を認める用意がある」と提案したが、
ロシアは「北方領土は日露間で協議する」と受け入れなかった。

これが中国の卑怯な手口。
これが外交の現実。
中国の顔色をうかがっている間に、
こういうことが密かに行われていたのだ。

また、産経新聞からは、↓の記事が配信されていた。

尖閣諸島への領海侵犯を繰り返し、
東シナ海上空に防空識別圏を一方的に設定するなど、
中国が膨張主義的な政策を取り続けている。
その国に対し、
日本が政府開発援助(ODA)をいまだに続けている。
その額は実に、1年で300億円。
日本固有の領土である尖閣諸島を虎視眈々と狙い、
歴史問題を振りかざして
国際社会における日本の名誉を
徹底的におとしめようとしている中国に資金提供とは…。
にわかには信じられないが、
動かぬ事実でもある。(笠原健)

■対中ODAは3兆6500億円に上る

ODAは、低利で資金を貸す円借款、
返済義務のない資金を供与する無償資金協力、
技術や知識のある専門家の派遣や開発計画を支援する技術協力
の3つに大別されている。

中国に対するODA供与は昭和55年に始まった。
以来、平成23年度まで、
日本は円借款3兆3164億円、
無償資金協力1566億円、
技術協力1772億円を
中国に対して供与している。

円借款はかつて中国国内の空港・港湾、鉄道・交通網整備、発電所などの
大型インフラ整備に投下され、
中国の経済発展を支える基盤となった。
しかし、
「インフラの整備は結果的に中国の軍事力増強を下支えすることになりかねない」
「円借款が中国国内でどのように使われているか不透明な部分がある」
などの批判を受けて、
20年の北京オリンピック前までに
新たな供与を終了することで日中両国政府が折り合い、
19年12月に日中双方が確認した6つの案件を最後に
円借款を新たに供与することを中止した。
だが、無償資金協力と技術援助についてはいまだに継続されている。

外務省が出している
24年のODAに関する国別データブックによると、
23年度の中国に対する無償資金と
技術協力の額の合計は約41億円に上る。
ただ、これはあくまでも外務省分であって、
経済産業省や文部科学省などほかの省庁を合わせた数字はさらに跳ね上がる。

■中国に1年に300億円も「贈与」する日本

改めて外務省が出している24年版ODA白書をみてみると、
23年の中国に対する無償資金協力は約1300万ドル、
技術協力は2億8700万ドルの計約3億ドルに上る。
1ドル100円で換算してみると、
300億円にも及ぶ資金が日本から中国に流れていることになる。

低利で資金を貸し出す円借款は、
中国が拒否しない限り、
いずれ日本に回収される。
しかし、無償資金協力と技術協力は「贈与」であり、
日本には1円も返ってこない。

円借款の供与中止を決めた際、
無償資金協力と技術援助が継続されたのは、
黄砂、感染症、大気汚染など対策や留学生を軸とした人材交流を深めて、
日中両国の互恵的な関係を構築しようという狙いがあった。
背景には巨額の資金を提供する円借款では日本国内の理解は得にくいが、
環境対策や日系企業の進出を念頭に置いた
中国国内の社会制度整備に対する援助ならば、
大きな反対の声は上がらないだろうとの読みも政府内にはあったという。

だが、中国国内で発生した微小粒子物質「PM2・5」が流れ込むことに伴う
日本国内での健康被害への懸念や
頻発する反日暴動による日系企業への甚大な被害などを考えたら、
こうした無償資金協力や技術協力が
どの程度効果を上げているのかは極めて疑わしいといえるのではないか。

■無償資金協力と技術協力は残ったが…

無償資金協力と技術協力の継続を決めた当時、
外務省内には留学支援などの人材育成について
「将来の中国を担う幹部候補生を
『親日派』に育成する意義は大きい」
との声があったが、
中国国内に吹き荒れる反日の嵐をみれば、
こうしたもくろみは完全に外れたといえる。

ところが、
中国に対するODA供与を改めて見直そうという目立った動きは
外務省に起きていない。
むしろ、無償資金協力や技術協力の成果や効果を強調している。
ODAに関する国別データブックは、
中国に対するODA供与について、
「両国民間の相互理解の増進も
日中関係の健全な発展を促進するために重要であり、
そのような分野におけるODAを通じた取組は
依然として一定の意義を有している」
と記している。

■中国は戦争賠償の代替とのとらえ方

そもそも中国側には日本によるODA供与は、
中国に対する戦争賠償の代替の意味合いを持っているとの認識がある。
昭和47年9月に出された日中共同声明の第5項では、
中国は日本に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言しており、
中国が戦争賠償の代替という認識を持っているとすれば完全な誤りだ。
しかし、平成12年5月に来日した中国の唐家●(=王へんに旋)外相(当時)は
「中国に対するODAは、
戦後賠償に代わる行為である」
との認識を示した。
つまり、
「日本がわれわれ中国に対して資金を提供するのは当然であり、
むしろ義務といえる」
という意識が彼らの根底にあるといっていい。

■まだ見えない見直し論

中国は22年に国内総生産(GDP)で初めて日本を追い抜き、
25年のGDPは名目で日本の約2倍となる。
中国は経済力をバックに軍事拡張を続け、
その海軍艦船は東シナ海や南シナ海をわが物顔で遊弋(ゆうよく)し、
西太平洋でも頻繁に軍事演習を展開している。
しかも公然と日本の固有の領土である尖閣諸島を奪い取ろうとしているのだ。
その国に対して資金援助をする必要はどこにあるのだろうか。

安倍晋三政権がどのような対中ODA政策を打ち出してくるのか
今のところ見えてきていない。
だが、その答えはもうとっくに出ているはずだ。
こんな対中ODA政策を放置していけば、
後世の物笑いの種になるのは間違いない。

私は北京オリッピックの前でODAは終了していたとばかり
勘違いしていたが、認識違いで
それは円借款であって、
「贈与」の形でのODAは密かに継続されていたのだ。
日本を抜いて世界第2位の経済大国、
しかも軍拡をしている国に
どうしてODAをする必要があるのか。
しかも、感謝の一言もない
人民にその事実を知らせないODAなど、
即刻やめるべし。


ところで、民間レベルでは、
対日本に対する論調が微妙に変化している。

2月3日、
昨年8月に、
旅行で東京を訪れた若い中国人女性のブログが、
ネット上で話題となっている。
以下はその概要。

私が特に好きなのが、
東京の地下鉄の自動販売機めぐりだ。
液晶パネルにタッチして購入するタイプのものまである。
驚いたのはアイスだ。
1本買ってみると、
持ち手の上の部分に受け皿が付いており、
暑さで溶けても手まで流れてこないように設計されている。
日本人の心遣いを心から尊敬した。
どうして私たちはここまで思い至らないのか。

私たちが訪れたカメラの機材を扱う中古店でも発見があった。
日本人は商売をするとき、
比較的良心的で、
客を騙そうとすることが少ない。
商品には“優品”“良品”などの表示があり、
買い手はすぐに商品の状態を把握できる。
値段も手ごろだった。

銀座で一番頭を悩ませたのは食事だ。
どれもおいしそうな日本料理ばかりで決められず、
自分のお腹が1つしかないことがうらめしかった。
友人は「東京で食事すると高いでしょう」と聞いてきたが、
実は北京で食べようと思えば500元(約8500円)はくだらないものが、
銀座では300元(約5000円)ほどで食べられるのだ。

日本の子どもたちはみなおとなしく、
おもちゃを欲しがって駄々をこねる子どもの姿は見られなかった。
道端で大小の便をする子どもも、
食事のときに汚く食べ散らかす子どもも、
大騒ぎをする子どももいなかった。
この話は、子を持つ一部の中国人たちに聞かせたい。

政治のことは私たちにはどうしようもない。
日本人はみなナイスで礼儀正しく、
よく笑う人たちだった。
車は歩行者に道を譲り、
歩行者はドライバーに頭を下げる。
どの店のサービスも世界一流な上、
何も買わなくてもお礼を言いお辞儀をする。
道行く人はできる限りサポートしようとしてくれる。

一方の私たちはどうか。
中国では、
中国人が金を払って買った日本車が破壊される。
素養とは本当に少しずつ養われるものだ。
日本人はこの方面では、
私たちの数十年先を行っている。
謙虚に、他人の長所や自己の欠点に向き合おう。
過激な人々は、きっと旅行が嫌いで、
一日中自分の殻に閉じこもっているに違いない。
外の世界を見なければ、
ネットの掲示板を荒らすことしかできない
偏狭な愛国主義者にしかなれないのだ。


2月1日、
日本華字紙・中文導報(電子版)は、
日本で暮らす華人主婦が、
「スーパーで頭のおかしな日本人女性に怒鳴られた」
という内容の記事を
華人向けネット掲示板に投稿し、
在日華人からの批判を浴びていると伝えた。

この華人主婦は、
病気の幼児を抱えてスーパーマーケットに行った。
体調のせいか、子供がぐずり出したので、
仕方なく袋詰めカウンターに座らせたところ、
そばにいた日本人の中年女性にきつく注意された。
華人主婦は頭に来て、
この日本人女性に言いかえしたため、
その場で口げんかに発展したという。

帰宅後、腹立ちの収まらない華人主婦は、
次の日に華人向けサイトの掲示板に
「昨日、頭のおかしな女性に会った」
と題したスレッドを投稿。
日本人女性を非難する内容の記事を掲載した。
だが、在日華人からは
この主婦を非難するコメントが殺到し、
炎上状態に。
その結果、華人主婦は自分の過ちに気づき、このように謝罪した。

「みなさんが『袋詰めカウンターは、日本人にとって食卓と同じ』
とご指摘下さったこと、
私はまったく知りませんでした。
以後、注意します。
みなさんからの善意のご指摘、ご指導、ご批判に
心から感謝します。
コメントがこれほど殺到するとは思ってもみませんでした。
袋詰めカウンターが地面ではないということは分かっていましたが、
食卓と同じほど清潔にしているとは考えが及びませんでした。
私の常識不足です。
私の今回の投稿が他の在日華人への警鐘になるのであれば、
この炎上が無駄ではなかったと思うことができるでしょう」


1月20日、中国新聞網は、
「東京で物乞いをする人を見ることは難しい」
とする記事を掲載した。

中国には乞食が多数存在する。
場合によっては乞食をした方が
仕事をするよりも儲かるというケースもあることが、
その数を増やしている一因であるとも言われている。

統計によると、
東京には2千人余りのホームレスが存在する。
普段、彼らは駅のごみ箱や電車内から乗客が捨てた雑誌を拾い、
夕刻になると、それらの雑誌を駅の近くの露店で売る。
彼らのほとんどが中年か老人だ。

日本には貧しい人のために「生活保護」という制度があり、
東京では毎月12万円ほどが受け取れるが、
多くのホームレスは受け取りを拒んでいる。
彼らは自分の生計は自分で立てることが
人としての尊厳だと感じているという。

中国とは対照的に、
日本のホームレスはなぜ物乞いをしないのか。
その理由について慶応大学社会学部の島田教授は
「まず、日本人は極端なまでの羞恥心を持っている。
たとえ餓死しても施しを請うことはない。
次に、楽をして物を手に入れる者は、
日本では軽蔑されるから。
最後に、日本の伝統的な武士道文化の中には、
『武士は食わねど高楊枝』の理念があるから」
と話している。


1月28日、
あるネットユーザーによる
「私が恨むべき日本はいったいどこに?」
と題するコラムが、
中国のインターネット上で話題となっている。
以下はその概要。

仙台の東北大学にいた時、
私は日本の子どもたちと交流する機会を持った。
心にわだかまりがなかったわけではない。
「彼らは日本人だ」という意識は常にあった。
しかし実際、彼らは清潔で礼儀正しく、
とても純粋で嫌いになれるような人物ではなかった。
私が憎むべき「日本」は仙台にはない。
私が憎むべき「日本人」は彼らであろうはずがない。
しかし、“あの”日本はいったいどこにあるのか?

よく「日本に行ったことがある中国人は、
日本への印象が変わる」といわれるが、
私にとってはまさにその通りだった。
彼らの礼儀正しさなどはもちろんそうだが、
私が気付いた最も重要なことは、
彼らも「人」であるということだ。

おかしな話かもしれないが、
私は日本を訪れる前、
日本には変態侵略者のキャンプが
いたる所にあると思っていた。
しかし、実際は我々と同じように静かに暮らす人々がいるだけだった。
彼らも私たちと同じように、両親がいるし、子どもがいる。
恋愛もするし、失恋もする。
喜んだり悲しんだりもする。

当然のことだ。
しかし、小さい子どもが泣きながら母親に甘えていたり、
女学生が手をつないで歩いていたり、
サラリーマンが険しい顔でたばこを吸っていたりする姿を見ていると、
「自分たちと何ら違いがない」という実感に包まれる。
彼らの祖先が中国に悪いことをしたからといって、
彼らがその罪をかぶらなければならないのか?
彼らの幸せは奪われるべきなのか?
そんな道理はあるはずもない。

中国では日本について、
まるで奇怪な場所であり、
宇宙人が住む街であるかのように紹介されている。
彼らは日本に行ったことがないと思われる。
彼らにとっての日本は地図の上の1ピース、
ニュースの中のたった2文字に過ぎない。

たとえ誰かから批判されても、
これだけは言いたい。
私が出会った日本人はみな素晴らしかった。
日本社会には文明と秩序が根付いている。
私はそこで温かい援助を受け、心からの笑顔を見た。
私は日本でばかにされたと感じたことはなかった。
自分の生活がしっかりしていれば、
他人を恨む必要はないのだ。
自分が他人を尊重すれば、
他人も自分を尊重してくれる。
日本に対する“妄想”は日本に行ってなくなった。


昨年10月6日、
南方都市報(電子版)によると、
米国の旅行会社で働く台湾人女性ガイド・劉芸慧(リウ・イーホイ)さんが、
「中国人観光客の素養」について自身の体験談を語った。

2012年、中国人の海外旅行者は延べ7700万人に達し、
中国人観光客の観光消費力は米国を抜いて世界一になった。
同時に、中国人観光客のマナーの悪さが
世界各国で問題になっている。
米紙ニューヨーク・タイムズは先月、
中国人観光客を「最も嫌われている観光客」に認定した。
その理由には、
「いつも大量の現金を所持する」
「外国の文化や習慣などを理解しない」
「バスの乗り降りにも秩序がない」
「並んで待つという概念もない」
などを挙げている。

台湾人ツアーガイド・劉さんは、
中国本土からの観光客だけでなく、
香港や台湾、日本からのツアーも担当している。
彼女の頭痛の種は
中国本土人の時間のルーズさだ。
ホテル出発の集合時間が来ても、
彼らは寝坊していたり、
のんびり朝食をとっていたりする。
30分の遅刻は当たり前で、
ツアー客の部屋を回って催促することもしばしばだという。

その点、日本人のツアー客は
集合時間の10分前には
全員集まっており、
定刻通りに出発できる。
これまでに遅刻した日本人は1人もいなかったという。
観光バスの中でも、
中国人客は菓子の袋や果物の皮などのごみ、
読み終わったパンフレットなどをそのまま車内に放置していくが、
日本人ツアー客はビニール袋にきちんと入れて持ち帰るため、
車内にはごみ一つ落ちていない。

米国を拠点とする作家で、
中国評論新聞社の特別コメンテーターの一嫺(イーシエン)氏は、
「中国人観光客全員が嫌われ、
歓迎されていないというのは正確ではない。
しかし、一部の中国人観光客のマナーに欠ける行為が、
全体のイメージを損ねているのは確かだ」
と語っている。


これも昨年9月20日、
中国メディア・新浪新聞中心は、
東京が2020年の夏季オリンピック開催都市に
選ばれた大きな理由の1つとして、
「東京で何かをなくしてもほぼ確実に戻ってくる。
たとえそれが現金でも」
とフランス語でアピールした
プレゼンター・滝川クリステルさんの
「おもてなしの」スピーチを挙げるとともに、
拾ったものをネコババしない日本人の素養の高さの原因を分析した。

滝川クリステルさんは、
ブエノスアイレスで開催された国際オリンピック委員会総会で、
フランス語で最終プレゼンテーションを行い、
日本の「おもてなし」を紹介した。

「見返りを求めないホスピタリティの精神が、
日本の文化に深く根付いています」
と語り、具体的な例として、
「もし、東京で何かをなくしたならば、
ほぼ確実にそれは戻ってきます。
たとえそれが現金でも」と訴え、
実際に昨年、現金3千万ドル(約30億円)以上が
落とし物として東京の警察に届けられたと紹介し、
「東京は世界で最も安全な都市」とアピールした。

日本人が拾ったものをネコババしない原因は、
国民の素養が全般的に高い以外に、
法律による制限も関係している。
日本の刑法によると、
拾ったものを警察に届けなければ、
遺失物横領罪に問われ、
1年以下の懲役または10万円以下の罰金などに処せられる。

また、ほんの気の緩みからネコババし、
“前科”がついてしまうことは、
日本ではまったく割が合わないという事実も、
日本人がネコババしないことと大いに関係がある。
前科があると、その人の一生の信用に関わることとなり、
就職や結婚など、人生の大きな節目で
さまざまな影響を受けることになるからである。

さらに、日本には、
遺失物などの取り扱いを定めた「遺失物法」がある。
その規定によると、
「遺失主は、遺失物の拾得者に対し、
遺失物の実際の価値の5〜20%の
“お礼”を渡さなければならない」
と定められており、
実際には10%のお礼が習慣化しているという。

こうした公平無私で、
人情味を備えた法律なども、
日本人が拾ったものをネコババしないという
素養の高さを側面からサポートしているのである。


民間人はよく見ている、
と思います。
こうした地道な声が
中国を変えることになればいいのですが、
無理かなあ。





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