『韓国が「反日国家」である本当の理由』  書籍関係

今日は、雪の中、朝からおでかけ。
昨年2月に亡くなった
義兄を偲ぶ会です。
あいにくの雪の中、
遠い親戚の出席はかなわず、
席も半分ほどしか埋まらなかったですが、
それでも、
故人の写真がスライドショーで上映される中、
遺族と思い出を語り合う、
とても良い集いでした。

雪の中、どうなるかと思いましたが、
バス停までは、
車道の車のわだちを歩いたので、
靴の中に雪が入ることはありませんでした。
「根性無し」の京葉線は予定通り止まっているので、
バスで東西線の浦安まで行き、
茅場町で日比谷線に乗り換え、
北千住で常磐線に乗り換えて柏駅まで、
約2時間かかりました。

これから雪のたびに
この「偲ぶ会」を思い出すことでしょう。


〔書籍紹介〕

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このブログでもたびたび触れているように
慰安婦問題での世界中のいいふらし、
「東海」表記の外国での強制、
ハルビン駅での安重根記念館の設置と、
日本をおとしめるために狂奔する
韓国の姿は、
私から見ると、
やはやビョーキとしか思えないが、
その根本にある「病理」を解説したのが、
この本。

題名に「韓国人が書いた」と付いているように、
日本人ではなく、
韓国内部の人間が書いた、という点がポイントだ。

著者の崔碩栄(チェ・ソギョン)氏は
1972年ソウル生まれ。
韓国の大学で日本学を専攻し、
1999年渡日し、大学に。
2009年韓国へ帰国し、
著作活動を開始。
現在、フリーライターとして活躍している。

ネイティブではないのに、
すごい日本語能力を持ち、
分析力もあり、
相当優秀な人材だと思われる。

この本の著述意図は、
「はじめに」で明確に語られている。

日本に10年間滞在し、
長年韓国で培われた「常識」が
一夜で「非常識」になるような経験をする。
その違いを多くの資料と情報で確かめたところ、
「当たり前」だと思っていたことの中に、
数多くの間違いと矛盾が見つかった。
韓国の教科書、新聞、TV、政府の発表から
次々に出て来る間違いと矛盾に当惑する。
それを韓国人の友人に話すと、
その話を信じてくれなかった。
著者は彼らの認識を変えることが不可能に近いことだと気づく。
そして、こう書く。

韓国人はなぜこのような認識を持つようになったのか、
という単純な好奇心から私の作業が始まった。
資料を調べたり、
韓国社会を客観的に観察したりするうち気付いたのは、
韓国社会で生まれ、育った人は
自然に「反日型人間」になるように仕組まれた社会構造、
つまり、「反日システム」が形成されているということである。
限られた情報だけを提供する人々、
そして、それを利用する人々が構築、運営する
「反日システム」の中では、
日本は「悪い国」にほかならない。
もしかしたら、「反日システム」が教え込むように
日本は実際「悪い国」かもしれない。
しかし、そう判断するのは
自分の目で日本を見て、
自分で経験してからでも
遅くないのではないだろうか。
他人が、テレビが、
先生が教える情報には
伝達者の「意図」が含まれる可能性が高いからだ。
私はそう考え、
「反日システム」について、
さまざまな角度から検証を進めていった。
すると、その中から、
なぜ、韓国人は日本に対して
これほどまで過剰に反応するのか、
「反日」を国是として
掲げているような言動を取るのか。
その理由が見えてきた。
それをまとめたのが本書である。

こうして、7つの章から構成する。

第1章 韓国の高校生が見ている世界
第2章 反日教育の実態
第3章 韓国歴代政権の「反日」と反日主義の構築
第4章 反日で得する人々
第5章 韓国が認めたくない日本の姿
第6章 韓国が反日国家でなくなるために
第7章 日本社会への提言

特に、第2章 反日教育の実態 がすさまじい。

マスコミによる不正確な情報発信が危険であることはいうまでもないが、
それよりも恐ろしいことがある。
それは「教育」によって
幼い頃から頭の中に刻み込まれる知識である。
大人になってから目にするニュースは
自分で選択することもできるが、
子供の頃から学校で聞かされるないようは
一方的な入力であり、
自己修正することも、
懐疑的に考えることも難しいからだ。

そして、二人の抗日運動をした人物の偉人伝に触れる。
そのうち、柳寛順について触れよう。
柳寛順は、1919年3月1日に起きた
万歳運動の先頭に立った10代の女子生徒で、
「韓国のジャンヌ・ダルク」と呼ばれている。
捕らわれ、刑務所の中で死亡した。
その際、柳寛順は拷問され、
遺体が6つの分断されていたのだという。
しかし、拷問を受けたことも
遺体が切断されたとの証拠は存在しない。
いつの間にか「都市伝説」のように伝承されたのである。

これについては、
遺体を引き取り、死装束を着せた欧米人教師ミス・ワルターの証言がある。
「1959年私が韓国を訪問した時、
迎えにきた人々にインタビューを求められた。
その時私は彼女の遺体は切断されていなかったことをはっきり証言した。
私はきれいに保管された彼女の体に服を着せたのだ」


これに対して、当時の新聞は、こう書く。
「これに対する倭奴たちの復讐は、
少女の肉体を
6つに切断し、
石油缶に入れたことだった」
「学校に戻って
遺体の入った箱を開けてみて
皆仰天した。
遺体は複数に切られていて
全身は傷だらけだった」
そして、数々の柳寛順伝が、このように描写する。
「看守たちは寛順姉さんを拷問室に連れて行った。
棒で殴り、足で蹴り、
気絶すると水をかけ再び殴り始める。
数日後、お姉さんは
血だらけになって監房に戻ってきた」
「看守長は柳寛順を廊下に連れ出し、
鞭を振り下ろしました。
肉が飛び散り、骨が見えた。
気絶すると監房に投げ込みました。
それでも足りなかったのか
取調室に連れていき拷問を加えました」
「日本人看守たちは柳寛順を連れ出し、
足で蹴りながら暴言を浴びせました。
逆さ吊りにして水をかけ、
膀胱が破裂するまで殴り、飢えさせました。
また、地下の独房に監禁しました。
槍で刺された傷はだんだんひどくなりました。
そして、拷問で破裂した膀胱のせいで
体が腐っていったのです」

「講釈師、見て来たような嘘を言い」というが、
この筆者たちは、
どこでこの惨状を見ていたのであろうか。
見てもいないものを
勝手に創作して、
子供たちに伝えるのは、いけないことではないのか。
しかも、直接の証言では
「きれいに保管された体」と言っているのに。

子供に「歴史」を教えるのはいいが
嘘を教えてはいけない。
そして、嫌悪、嫉妬、憎しみ、差別の感情を教えてはいけない。
子供のとき頭に入った感情は
大人になっても影響を及ぼすからだ。

筆者は、反日の理由として、
日韓併合と朝鮮統治があるが、
現在韓国社会に広がっている反日感情は
単純に「過去」だけでは説明しきれない部分が多い、
と指摘する。
過去が原因であれば、
今より終戦直後の方がもっと強かったはずだ
、と。
そして、後になればなるほど
反日感情が強くなっている事実を指摘する。

日本と韓国の多様な資料に接した結果、
気付いたことがある。
それは、
@現在見られる韓国の反日感情は
 「過去」に起因するものではない、
A韓国社会には社会的「システム」として
 反日感情を生産、維持する装置がある、
Bその「システム」の中に生まれ、育った人々は
 自分が限られた情報と報道しか見ていないことを認知できない
ということである。


そして、歴代大統領
自分の政権維持の手段として
「反日」を使ったことを指摘する。
しかし、大統領の中には、
そのようなことはもうやめよう、
と表明した人もいる。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は
「在任期間中(日本に対して)過去の歴史問題について言及しない」
と宣言した。
また、李明博(イ・ミョンバク)大統領は、
「(式典演説の度に)日本への謝罪を求めることはやめる」
と表明した。
しかし、自らの支持率が下がると、
「反日カード」を切ったのである。

このように、
政府が真っ先に立って、
「反日」を口にすることが
益々反日の気運を高めていった。

そして、「反日」をビジネスに利用する人々の存在。
たとえば「独島」(竹島)をイベントに仕立て上げる人々。
日本統治期に徴用されたことへの賠償を取ってみせる、
と言って会員を募り、会費を取る様々な団体。
そして、反日で人気取りをしようとする政治家たち。
また、反日のニュースで売り上げを伸ばす新聞を始めとするマスコミ。
様々な学者、研究家、活動家・・・。
このように反日でなければ困る人々が韓国社会には蔓延しているのである。

映画「マトリックス」の仮想世界に生きる人々が
仮想社会を現実だと認識しているのと同じく、
韓国で生まれ育った人々は
日本に対する偏向したイメージを持っている。
韓国人の頭の中に映っている日本は、
侵略戦争(文禄の役、太平洋戦争)を起こした国、
戦争犯罪に対して反省も謝罪もしない国、
韓国の島である独島(竹島)を日本の領土だと主張する国、
歴史を歪曲している国である。
肯定的ナイメージは
報道されることが少ないため、
良い印象とはいえない。
日本に対する固定観念に
ひびが入る契機があるとすれば、
「韓国」というカプセルの外側に飛び出したときである。
その「外側」とは、
外国(日本を含む)へ旅立ち、
第三者の評価に接した時である。

というわけで、
外国に行った韓国人が、
日本の評価が高く、
韓国の評価が低いことに
憤慨し、畏怖する姿が描かれる。

第6章 韓国が反日国家でなくなるために
では、

韓国社会が築いてきた固い殻を破り、
外に飛び出すために
何が必要だろうか。
この章では、
韓国社会が気付いた洞窟、
つまり反日の社会システムから飛び出し、
真実を確かめられるようになる方法について考えてみたい。

として、
まず「捨てるべきもの」として、次の3つを上げる
@日本がすべて悪いという結論ありきの解釈                    
A民族主義的な性向
B魔女狩りとバッシング

特にBについては、
ソウル大学の歴史学者である李教授に与えられたバッシングが強烈だ。

李教授が2004年テレビの討論番組で
「(日本の)公権力による強制的な慰安婦動員の証拠はまだ見つかってない」
と発言すると
マスコミ、市民団体、政党、一般市民から怒りの声が噴出した。
彼が勤めている大学には
彼の辞職、解雇を求める声が殺到し、
インターネットは彼を批判する声で埋めつ尽くされるなど
ものすごいバッシングが起きたのだ。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
2006年に開かれたあるシンポジウムで、
李教授は乱入した市民団体の人々に
胸倉をつかまれ、
引き倒され、
蹴られる、殴られるという暴行を受けた。
顔面と腹部を殴られた李教授は
血を流しながら救急車が運ばれるほどの事態となった。
市民団体の人々は
終戦時の現代史に関する李教授の歴史観を問題視したのだが、
これでは学問に対する明白なテロ行為である。
学者の主張に対する反論が
論文でも、コラムでも、声明文でもなく、
拳と足蹴りだったのだ。

そして、「持つべきもの」としてて、次の3つを上げる。
@懐疑的に考える姿勢
A第三者の意見を尊重する姿勢
B異説にも耳を傾ける姿勢

そして、第7章 日本社会への提言
では、
日本人の「加害者」としての罪意識に触れる。

過去の歴史について、
相手の苦痛と苦悩について
同情の気持ちを持つこと、
悲しむことは人間が持つ崇高な精神だ。
しかし、それだけでは絶対に関係が
回復、改善されていくことはない。
韓国社会にも寛容の精神は必要だが、
日本社会が韓国に対して気を使い、
一方的な加害者の立場に
自ら立ち続けることも望ましくない。
いつまでもそのような加害者の意識を持って
相手を眺めることこそ
韓国に対して失礼だ、
という見方もできるのではないだろうか。
韓国も被害意識とコンプレックスから
自分の力で抜け出さなけれはならない。
そのため、
同等な立場で助言と叱咤を惜しまないことこそ
「友情」であり、
日本社会に期待したい行動である。

冒頭に、筆者が優秀な人間である、
と書いたが、
優秀な人間だからこそ、
初めて、「反日」のシステムから脱却し、
政府の方針や反日ビジネスの桎梏から
離れた目で書くことの出来た
韓国の反日の正体の暴露である。

この書物が発刊されたのは、
平成24年10月23日。
朴槿惠(パク・クネ)大統領が登場するより前である。

朴槿惠大統領が
なお一層の反日態度を示し、
「加害者と被害者の関係は千年たっても変わらない」
と述べたのを聞いたら、
筆者はどう思うであろうか。

いずれにせよ、
この本で、
韓国社会には、
反日を生み出すシステムがあることが分かった。
そのシステムをなくすことは大変だろう。
いや、最近は益々その力が強くなっているように見える。

日本が相手にしてくれないのを見ると、
今度は外国に出掛けて
日本をおとしめる行動を取る。
最近筆者は、
反日のエネルギーが
もはや制御できないところまで来ている
モンスターのように、
と述べているが、
今の状態を見て、どう思うであろうか。

私自身は、
韓国社会の反日は、
もはや「病理」の世界まで入っていると思っている。
いつまでも過去のことにエネルギーを割くより、
そのエネルギーを他のことに向けた方が
国として発展するのではないか。
しかし、そのことに思いをやれず、
国を上げて反日に地道を上げる姿を見る時、
韓国は情けない国だな、
韓国人は悲しい人々だな、と同情の念さえ起こる。
誰かが「もうこんなことはやめよう」と言うべきで、
その責は国家的指導者が取るべきだが、
朴槿惠大統領は先頭に立って反日に火を注ぐ。
「愚かな大統領」だと言わざるを得ない。

ケリー米国務長官は13日、
米韓外相会談後の記者会見で、
日韓両国が4月下旬のオバマ大統領のアジア歴訪までに
歴史問題を克服し、
関係改善を図るべきだとの考えを示したという。
そんなことを言う以上、
どうやって関係改善を図るかを示さなければなるまい。
しかし、今起こっている日韓間の軋轢は、
みんな韓国側が仕掛けたことだ。
ケリー長官こそ、
韓国に対して
「もう、こんなことはやめたらどうか」
と言うべきではないのか。

関連本については、↓をクリック。

室谷克実「悪韓論」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20131125/archive

黒田勝弘「韓国 反日感情の正体」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20131207/archive

そして、最後は、↓に突き当たる。

曽野綾子「70年前の昔」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130709/archive


『新しき世界』  映画関係

2月15日、夜中1時30分の
マンション前駐車場の様子。

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廊下。

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中庭。

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マンション前。

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2週連続での降雪。
前回より今度の方が
積もるようです。


〔映画紹介〕

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これはすごい映画だ。

韓国最大の犯罪組織ゴールド・ムーン。
絶対的権力者である会長が事故(陰謀?)で死に、
その跡目争いが起こる。
ナンバー2はお飾りで、
その後に続くジュングと
中国マフィアとの関係を持つチョン・チョンが
後継候補として注目されていた。
チョン・チョンとは
若い頃からのつながりで、
義兄弟のような関係にあるジャソンは
実は警察の潜入捜査員
既に8年を経過、
組織の中での重みも増していたが、
使命を終えて警察に戻れる日を心待ちにしていた。

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そのジャソンを組織に送り込んだのは、
警察のカン課長で、
跡目相続争いに介入し、
ゴールド・ムーンの組織を刷新する
「新世界プロジェクト」を発進させた。
そんな中、
潜入捜査員の存在に気づいたチョン・チョンは
ある日、ジャソンを呼び出し・・・。

というわけで、
犯罪組織の跡目争いと
潜入捜査員の発覚
を太いストーリーラインにして、
男たちの憂鬱と哀愁を描く。
その目論見はほとんど完璧に成功している。

軽薄な男に見えながら、
実は大きな器量を持ったチョン・チョン役の
ファン・ジョンミンが中々の男前の演技を見せる。

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警官である出自と
犯罪組織の一員である自分との
狭間で苦しむジャソン役のイ・ジョンジェも緊張感のある演技。

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しかし、何よりカン課長を演ずるチェ・ミンシク
いぶし銀のような演技が
画面を引き締める。

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組織を壊滅させるために
秘密捜査員を送り込み、
その人生と命を左右することの苦衷を演じて見事。
さすが「オールド・ボーイ」の主演者!
しかし、韓国映画の役者はいい顔が揃った。

犯罪組織を舞台に
おのれの存在そのものについて問いかける
男の映画に、酔った。
「インファナル・アフェア」+「ゴッド・ファーザー」の
うたい文句も大げさではない。
音楽もいい。
どことなく映画「JSA」の音楽と似ているな、
と思ったら、まさに「JSA」を担当したチョ・ヨンウクだった。
監督は「悪魔を見た」の脚本を書いたパク・フンジョン

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しかし、血まみれ血みどろのシーンが多いので、
その手の映画が苦手な方は観ない方が無難。

5段階評価の「4.5」

予告編は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=zpTQdHEUqEg&feature=player_embedded


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『東海』表記と安倍首相とスリランカの元大統領  政治関係

今朝も又、うんざりするような記事

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「日本海」は日本が軍国主義に入るより
はるか前から使われていた歴史ある名称。
「東海」は、韓国から見て「東」というだけの、
韓国にしか通用しない名称。
だから、韓国で使う分には構わない。
しかし、わざわざ外国にまででかけて行って、
州の方針に介入することはないだろう。

というのが、まともな意見だが、
この意見が通用しないのが韓国国民の頭の中。
とにかく「日本」とあることが気に入らない。
外国の州の文書や教科書まで
「東海」と書かないと収まらない。
そのために狂奔する。
これを「愚かな情熱」と言う。

現地は韓国人が多い地域。
票を目当ての議員がそれに迎合する。
内心「どっちだっていいじゃねーか」
「東アジアの紛争をアメリカに持ち込むなよ」
と思っていても、口には出さない。
しかし、「日本と韓国はつまらんことで争っているんだな」
と思われるのは、少々釈然としない。
この問題は、韓国が一方的に攻撃している内容だからだ。

愚かな情熱でプッシュして、
アメリカの議員たちに
「不毛な選択」を迫る。
いつの日か、
世界から笑われる日が来るに違いない。


1月16日のアメリカの「中華ボイス」に、
次のような記事が載っていた。

アジア人の見分け方、
「澄み切った目=日本人」
「狡猾な目=韓国人」
中国人は?

顔立ちだけでは西欧人の区別が難しいと
アジアの人たちが感じるように、
欧米人もアジアの人たちを
顔立ちで判断するのは難しいと
感じているに違いない。
このほど、
山東省にある教育関連のコンサルティング会社責任者、
楊敬(ヤン・ジン)氏は
米在住のアジア系住民の見分け方について意見を発表した。

楊敬氏は、
「米ニューヨークにはアジア系住民が多いが、
一目でどこの出身かわかる。
身なりがキレイで行動に秩序があり、
目が澄み切ったこざっぱりなアジア系住民は日本人に違いない。
平坦な顔立ちで、
目の奥に狡猾さをみてとれるのが韓国人。
気品があり明朗な印象を覚えるのは台湾人。
そして、目つきが凶暴で、
面相や行儀が悪いのは中国本土の人間だ」
と海外におけるアジア系住民の見分け方を紹介した。

まあ、顔のことだから、
あまり上等な記事とは言えないが、
海外旅行を多くしている私や娘の経験と一致するのは確か。
ニューヨークのチャイナ・タウンなどに行くと、
その感を強くします。


口直しに、
ウォール・ストリート・ジャーナル
2月12日に配信した記事。

過去への謝罪にうんざりな日本

学者で評論家の秋山信将氏の言葉を借りれば、
日本は第2次世界大戦で負けたことをはっきりと認め
深く謝罪する「グッド・ルーザー」役を演じ続け、
久しく二級国家としての地位に甘んじてきたが、
その役回りにすっかりうんざりしている。

秋山氏によれば、
それが安倍晋三首相の国内政治における
目を見張るような成功の一因である。
安倍首相は、
過去について謝罪することに嫌気がさした国民の上に
戦後ずっとのしかかってきた汚名を返上しようとしている。

だがそれはまた、
中国や韓国が安倍氏に対しあからさまな反発を示す理由でもある。
中韓は、日本がアジアで2000万人弱、
中国だけで約1000万〜1500万人の犠牲者を出した
戦時中の残虐行為を十分に謝罪していないと非難する。

日本を「普通」の国家にするという
安倍氏の取り組みの中には、
戦後の占領時代に制定された他に類のない
「戦争放棄」をうたった憲法の改正に向けての取り組みもある。
安倍首相は、ごくわずかではあるが防衛費を増額し、
地域を越えた外交の立役者として派手に振る舞っている。
一橋大学国際・公共政策大学院の秋山信将教授は、
「日本のナショナリストは
『グッド・ルーザー』として扱われることに
飽き飽きしている」
と指摘、
「もうこれ以上敗者ではいたくないと思っている」
と話す。

安倍氏がナショナリストであるのは疑いない。
日本の過去に対する誇りと
将来に対する自信を回復しようという
彼のキャッチフレーズは、
終戦後約70年間の敗北の重荷を
背負い続けたくないと思っている
日本の若い世代に特に共感を呼んでいる。

例えば、先週末行われた東京都知事選で、
元航空幕僚長の田母神俊雄氏は
20歳代の有権者から驚くほどの支持を集め、
表情の暗さや硬さにもかかわらず
同氏は16人の候補者のうち4位と善戦した。
田母神氏は、2008年に
日本が行った朝鮮半島の植民地化や
中国の一部占領を正当化するとともに
日本は米国の謀略で開戦に追い込まれたとの
考えを示唆する論文を執筆し
航空幕僚長を更迭された。

しかしながら、
こうした見解は安倍首相が昨年12月に参拝した
靖国神社に併設された遊就館の展示品の説明にもみられる。

安倍氏の参拝は
東アジア諸国に衝撃を与え、
ワシントンでは同氏の政治的な判断に疑問が投げ掛けられ、
中国からは
同氏は戦後のアジアの平和に挑戦する頑固な軍国主義者
だと非難を浴びせた。

だが、日本国内では
靖国参拝は安倍氏に大きなダメージを与えなかった。
最近の世論調査では、
安倍氏の靖国参拝を支持するとの回答が41%で、
反対は46%だった。

支持者が全員、右翼というわけではない。
世論調査の専門家や学者によれば、
支持者の多くは現職の首相の言動について
中韓から命じられる筋合いはないとの考えから
支持したのだという。
つまり、日本の国民は
日本が近隣諸国にもう十分に悔恨の情を示したとの
メッセージを送っているのだ。

だが近隣諸国では、
日本が永久に謝罪を続けることを広く期待している。
そうした感情を配慮している
日本の政界、学界、報道界の多くの人は、
安倍氏の靖国参拝に失望のため息をついた。
これらの人たちは、
参拝は道徳的な観点からは必ずしも間違ってはおらず、
やり方がまずいだけと言う。
それは、台頭する地域の覇権国、
中国をけん制する力の一つになることを
自らの新たな役割とすることで、
過去の戦時のイメージから脱するという
安倍氏の本当の課題に暗い影を投げ掛けた。

一方、安倍氏は軍国主義者であるとの
中国の見方に対して、
日本では共鳴する人はほとんどいない。
東京大学の高原明生教授(政治学)は、
国防費を爆発的に増加させ、
ミサイルや潜水艦を増強している中国と、
最近わずかばかり防衛費を増やした日本の
どちらが軍国主義者なのかと疑問を呈する。

安倍氏自身は、
「グッド・ルーザー」としての日本の地位に
終止符を打つという
彼の使命を
多少違うやり方で明確にしている。
「戦後レジームからの脱却」という表現を使っているのだ。
だが、安倍氏の政策課題の問題点は、
日本の歴史上の罪の大きさゆえに、
これ以上少しでも申し訳ないという
敗北の姿勢から離れると、
東アジア地域に計り知れない不安をもたらすことである。

ワシントンは、
安倍氏の憲法改正の方針をおおむね支持している。
また、日本が自衛のため
より多くの責任を持つことを歓迎している。
だが、安倍首相が近隣諸国をいら立たせていることには
警戒感を抱いており、
彼がナショナリズムを振りかざして
どこに行こうとしているのか漠たる不安を持っている。

外交問題評議会の日本担当上級研究員であるシーラ・スミス氏は、
「我々の問題は、
安倍氏がどういう人物で、
彼の戦略的目標が何であるのか分からないことだ」
と話す。
スミス氏によれば、
「安倍氏は自分に力があることを分かっている。
だが、彼にシナリオがあるのかどうかは私には分からない」
と語った。


「侵略の歴史」というが、
もう70年も前のことだ。
戦後処理は「日韓基本条約」(1965)
「日中平和友好条約」(1978)で終わり、
それ相応の賠償もしている。
それなのに、
ことあるごとに蒸し返すのは、
国際信義に反するし、
何より卑怯だろう。

最後に、
昨日放送された
「世界行ってみたらホントはこんなトコだった」
スリランカ編で紹介された
ジャヤワルタナ大統領(当時)の言葉を紹介。

1951年、
サンフランシスコ講和会議に
セイロン代表として出席したジャヤワルダナ大統領は、
その際の演説で、
「日本の掲げた理想に
独立を望むアジアの人々が
共感を覚えたことを忘れないで欲しい」

と述べ、
「我々は、日本に賠償を求めません。
憎しみは憎しみによっては消えず、
愛することによってなくなります」

と仏陀の言葉を引用して、
各国の賛同を得、
日本が国際社会に復帰できる道筋を作ったといいます。



半沢直樹原作本2冊  書籍関係

今朝、新聞の1面を見て、げんなりした。

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韓国、どこまでやるのか。
ユネスコまで動員して、
そんなに日本を貶めたいか。
これも告げ口外交の一つではないか。

フランスの漫画祭の展示内容も見たが、
韓国の少女が野原に一人で出て、
野犬に襲われる描写で、
野犬がその後、日本の軍人の変身する、とか、
少女にアヘンを打って、
日本兵が次々に犯す場面とか、
終戦間際に
秘密を守るために
慰安婦たちが銃殺されるとか、
事実に異なることが平然と展示されている。

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絵も描写も
描いた人の品性を疑うような代物だ。

しかし、この問題では、
韓国はもはや制御出来ない地点まで来ている。
国をあげて世界的世論を喚起して、
70年前のことで
日本に非を認めさせたいのだ。
しかし、強制連行の事実はないのだから、
安倍政権が安易に妥協するとは思えない。
韓国のご機嫌を取ったらどうなるかは、
河野談話と村山談話で懲りているはずだ。

そうなると、慰安婦問題を認めることを前提とした
日韓首脳会談は永遠に開かれないだろう。
まあ、開かれなくてもいいので、
ここは、韓国の取り巻く状況に変化が生じて、
(韓国は今、中国に近寄っているが、
やがて老獪な中国によって、
痛い目にあうだろう)
相手が折れて来るのを待てばいいが、
その間に世界に変な宣伝が行き渡らないように、
反論と実証だけはちゃんとしておくべきだろう。

実は、4月に
またミュージカルを観にソウルに行こうと思っていたが、
何だか、もう韓国には行きたくなくなった
私のような親韓の人間にそんな気にさせるのだから、
重症だ。
新大久保のリトル・コリアも閑古鳥が鳴いているという。


〔書籍紹介〕

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テレビドラマで大ヒットを飛ばした
「半沢直樹」の原作本
今のところ全部で4部作だが、
ドラマ化されたのは、
この第1作「オレたちバブル入行組」
第2作「オレたち花のバルブ組」までで、
第3作「ロスジェネの逆襲」
第4作「銀翼のイカロス」(週刊ダイヤモンドに連載中)がドラマ化されれば、
「半沢直樹2」となるだろう。

「オレたちバブル入行組」は、
バブル期に産業中央銀行に入った半沢らが、
その後東京第一銀行との合併を経て、
東京中央銀行の中堅となり、
(第一勧業銀行がモデルと思われる)
「旧S」と「旧T」との軋轢と
団塊世代の負の遺産に苦しみながら
業務を遂行する姿を描く。
特に半沢は、融資した西大阪スチールの破綻で
融資の責任を問われることと闘う。
何より半沢に課せられたのは、
融資した5億円の回収で、
西大阪スチールの東田社長の隠し財産を行方を追って奮戦する。

見どころは、
融資の責任を半沢に押しつけようとする支店長の根回しによる
本社融資部のヒアリングで
その融資が支店長の強引な方策で決定したことを主張する姿だ。
組織の人間でありながら、
組織の強引な意志に抵抗する半沢の姿を応援したくなる。

「オレたち花のバブル組」は、
5億円の回収をひっさげて
東京本部営業部に異動した半沢が
老舗ホテルの伊勢島ホテルの担当を任されることになる。
伊勢島ホテルは本業不調の果てに手を出した
資産運用で120億円の巨額損失を出したばかり。
しかも、金融庁の検査の時期で、
伊勢島ホテルが不良債権に分類されると、
東京中央銀行も貸し倒れ引き当て金で
危機に瀕することになる。
120億円の補てんがなるかどうか半沢の奮闘は続く。
これに同期の仲間近藤が出向先のタミヤ電機で
社長と課長の抵抗にあい、苦労する話がからむ。
どちらも大和田常務がからむ話で、
タミヤ電機の不正融資と
伊勢島ホテルの運用失敗の情報の時期が鍵になる。

半沢たちが採用されたのは、
バブル真っ盛りの時期。
その後、銀行の評価は凋落し、
いい目をほとんど見ない世代となる。
それを作者は「バブル入行組」と揶揄したわけだが、
その中には、
それ以前の団塊世代への強烈な反感がある。
そして、銀行にかけた夢の崩壊。
半沢はネジ工場を経営する父親と
次のような会話を交わす。

「夢を見続けるってのは難しいもんだ」
しみじみと言った父の言葉は、
いまも半沢の心に残っている。
「それに比べて
夢を諦めることのなんと簡単なことか」

それは、
後で、
同じバブル入行組の同僚との会話でも出て来る。

「ほざけ。いつまでも夢を見てろよ」
渡真利は皮肉っぽく言う。
「夢と思っていたものが、
いつのまにか惨めな現実にすり替わる。
そういう気持ち、
お前にはわからんだろう」
「そんなことはないさ」
半沢は否定した。
「夢を見続けるってのは、
実は途轍もなく
難しいことなんだよ。
その難しさを知っている者だけが、
夢を見続けることができる。
そういうことなんじゃないのか」

正直なところ、
半沢は、銀行という組織には
ほとほと嫌気がさしていた。
古色蒼然とした官僚体質。
見かけをとりつくろうばかりで、
根本的な改革は
まったくといっていいほど進まぬ事なかれ主義。
蔓延する保守的な体質に、
箸を上げ下げにまでこだわる幼稚園さながらの管理体制。
なんら特色ある経営方針を打ち出せぬ無能な役員たち。
貸し渋りだなんだといわれつつも、
世の中に納得できる説明ひとつしようとしない
傲慢な体質──。
もうどうしようもないな、と思う。
だから、オレが変えてやる──そう半沢は思った。

出向先でひどい仕打ちを受ける近藤の再生の部分も感動的だ。
ある時、ことごとく近藤の邪魔をして来た課長に言う。

「人生は変えられる」
野田の平板な眼の中で、
小さな驚きが鋭く弾けた。
「だがそれには勇気がいる。
いまのあんたは
いじけたサラリーマン根性丸出しの、
見苦しいオヤジだ。
ノーに比べたら、
イエスは何倍も簡単なんだ。
だけどな、
オレたちサラリーマンが
イエスとしかいえなくなっちまったとき、
仕事は無味乾燥なものになっちまうんだよ」


仕事は二の次で
余暇を楽しめればいい。
そう考えたこともある。
しかし、一日の半分以上も
時間を費やしているものに
見切りをつけることは、
人生の半分を諦めるのに等しい。
誰だって、できればそんなことはしたくないはずだ。
いい加減に流すだけの仕事ほどつまらないものはない。
そのつまらない仕事に
人生を費やすだけの意味があるのか?

ドラマ化の際、
題名を「半沢直樹」という主人公名にしたのは、
プロデューサーのセンスで、
ヒットの要因の一つだと思われる。

それと同じように、
ドラマの中のキーワードとして「倍返し」を挿入したこと。
実は、この小説の中で、
「倍返し」という言葉が出て来るのは、
3回しかない。(他に似た表現が1回)

「オレは基本的に性善説だ。
相手が善意であり、
好意を見せるのであれば、
誠心誠意それにはこたえる。
だが、やられたらやり返す。
泣き寝入りはしない。
十倍返しだ。
そして──潰す。
二度とはい上がれないように」

この言葉を流行語になるような
決めセリフにしたところに、
脚本家のセンスが光る。

他にドラマ化する際に加えられた改変は、
大和田常務との間に
父の事業の融資を断り、
父を自殺させた張本人、
という半沢との関係を創作したことで、
ドラマに対立軸が生まれた。

それと、
オネエ言葉の黒崎金融庁検査官に
片岡愛之介という配役を得て、
黒崎対半沢の対立軸を作ったこと。

大和田も黒崎も
大阪時代から登場させている。

これらは脚色者の功績で、
それだけドラマが面白くなったのである。

続編「ロスジェネの逆襲」の読書感想は、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20131228/archive



『アメリカン・ハッスル』  映画関係

〔映画紹介〕

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これは面白い
「ザ・ファイター」「世界にひとつのプレイブック」を作った
デヴィッド・O・ラッセル監督の好調が続く。

ハッスルとは、アメリカの俗語で詐欺のこと。

天才詐欺師のアーヴィンは、
パートナーで愛人のシドニーと共に
完全犯罪を続けて来たが、
ついにFBIに逮捕される。
しかし、交換条件として、
捜査官のリッチーから
捜査協力を強いられる。
それは、
アトランティック・シティの
カジノ利権に群がる政治家とマフィアを
偽のアラブの大富豪を使って罠にはめる作戦だった。
その目的のために
賄賂の金を用意して
市長カーマインに近づくが、
危険を察知した市長は逃げ、
その後、アーヴィンは市長の信頼を得て、
作戦は進行するが・・・。

賄賂の金まで用意して
犯罪を誘発して行う
FBIのおとり作戦に驚かされる。
1970年代に実際に起こった汚職事件を題材にしている。

何より登場人物がみんなぶっ飛んでいて、
その演技合戦がこの映画の見どころ。
薄い髪を増毛し、詐欺行為に喜びを見出す
アーヴィンを演ずるクリスチャン・ベイル
その相棒で、リッチーとの間で心が揺れる
シドニーを演ずるエイミー・アダムス
功を急ぎ、上司も無視する捜査官
リッチーを演ずるブラッドリー・クーパー
アーヴィンの妻で、奔放な言動で作戦を台無しにしそうになる
ロザリンを演ずるジェニファー・ローレンス
市民のためを思い汚職に手を染める善意の市長
カーマインを演ずるジェレミー・レナー
それぞれ見事な演技で引きつける。

今度のアカデミー賞の主演男優賞にベイル、
主演女優賞にエイミー、
助演男優賞にクーパー、
助演女優賞にジェニファーと、
ノミネートの大盤振る舞い。
昨年のアカデミー賞において
「世界にひとつのプレイブック」で、
同様に4演技部門にノミニーを大量生産したのと同じ。
ということは、
ラッセル監督の時は
役者が頑張る

もしくは、
監督が役者の力を引き出す能力を持っているということだろう。
思わぬところでロバート・デ・ニーロも登場する。

登場人物がみんな一癖も二癖もあって、
お互いにだまし合う、
いかにも映画らしい展開。
たくらみにあふれ、
映画を観る楽しみを与えてくれる一篇。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=WR-S3voeQX4



タグ: 映画




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