戦時徴用訴訟と『悪韓論』  政治関係

↓は、今朝の産経新聞

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戦時中の韓国人徴用に対する賠償支払いを巡る判決について、
日本企業の敗訴が確定した場合は、
「重大な国際法違反だ」
として、国際司法裁判所への提訴などの
法的対応を取る方針であることを
日本政府が韓国政府に対して伝えていた、
というもの。

この問題については、
このブログでも度々取り上げている。

8月18日「韓国の戦時徴用訴訟」

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130818/archive

8月6日「遠ざかるゴール」

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130806/archive

7月9日「70年前の昔」

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130709/archive

ようやく日本政府も腰を上げ、
国際司法裁判所という
一つ上の段階での措置を求めるようになったか、
というのが実感だ。

そういえば、
昨年、竹島に李明博大統領が上陸した際に、
時の民主党政権が
国際司法裁判所に提訴する、と言っていたが、
あれもいつの間にかうやむやになってしまった。

国際間の紛争の解決のために
国際司法裁判所があるのだから、
そこへ提訴するのは当たり前の話だ。
躊躇する方がおかしい。

朴槿恵(パク・クネ)大統領は、
反日を色濃く出しているのは、
「親日家」と言われた父親の影を払拭するためだと
当初言われていたが、
どうもそれだけではなく、
根っからの「嫌日家」らしいことが分かってきた。
なにしろ、大統領就任後、そろそろ1年たとうというのに、
日韓の首脳会議さえ開こうとしない。
そればかりか、
諸外国を訪ねて
「日本の歴史問題」について言いふらして回る。
言われた相手国首脳も戸惑っている。
二国間の親密のための会合で、
何ら興味のない日本の歴史認識について言及されては、
相手は戸惑うばかりだろう。
「あなた、何しに来たんですか」
と訊きたいのが本音だろう。

先日も中国に出かけて、
伊藤博文を暗殺した安重根の碑
事件現場であるハルピン駅頭に建立するという提案さえしている。

日本政府の反応は「安重根は犯罪者だ」で、
それはそれで波紋を起しているが、
どこかで誰かが、
アメリカのワシントンは米国人にとっては英雄だが、
英国にとっては反逆者。
国によって見解が違うのは当然だから、
そのことには、触れずにいる
と書いていたが、
それが大人の対応というもの。
わざわざ第三国に出かけて
そんな提案をするというのもどうかしている。

なにしろ、この大統領、
「被害者と加害者の関係は
千年変わらない」

と宣言した。
つまり、「和解は永遠に出来ない」
と言ったと同じことだ。
政治家としては、疑問符がつく。

歴史認識というが、
日韓基本条約締結時、
あれだけ多額な賠償金を支払っているのだ、
謝罪は終わっていると見るのが普通なのに、
ことあるごとに
過去の問題を持ち出す。
歴代の大統領の中でも特異な存在だ。


そんな時、↓の本を読んだ。

〔書籍紹介〕

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著者の室谷克実氏は、時事通信社でソウル特派員をしていた方。
その立場で、
韓国人の本質に迫る。

本の表紙裏にこのようにある。

「勤勉で高学歴な国民、
急成長する経済力、
世界に冠たる技術力──
すべては、貧しき内実を華やかの外見で糊塗する
隣国の悪しきまやかしだった。
李王朝時代から続く
凄まじい差別意識、
異様なまでの学歴崇拝、
熟練工も育たない歪んだ技術蔑視。
それが彼らの姿である。
冷厳な眼で韓国を捉えてきた論客が、
韓国メディア自身が図らずも報じていた
「外華内貧」の実態を見ながら、
その底流にある思考、行動、風習に迫る。

まさにそのとおりの本書だが、
特色は、その根拠を
韓国の新聞や出版物の中から丹念に拾っていることだ。
新聞の片隅に掲載された
一行の記事から
その本質に迫る内容。
しかも、数字的裏付けも豊富。

私は韓国に行くたび、
「日本、負けてる」
と思う方だが、
それがいかに皮相的な受け止め方だったかと分かるほど、
韓国社会の病根は深い。

目次でいくつかの表題を拾ってみる。

・滅私奉公と逆の価値観
・大卒でなければ人間扱いされない
・大卒新人社員の平均年齢は28歳超
・大学を出ても半数は職がない
・「学歴過剰大国」症は昂進する
・「ニート大国」症候群も悪化する
・「超」短期退職者がいっぱい
・どんな汚い術を使おうと勝てばいい
・「韓国人は勤勉」とは外国人観光客向け
・大統領夫妻が美容整形した輝かしい歴史
・「謝罪させたい」という欲望
・「犯罪大国」でもある
・「技術大国」でなく「欺術大国」
・「民・民汚職」の常識

たとえば、このように書く。

私は、朝鮮半島の歴史の中で変容した儒教の一部が、
今日の韓国人の価値観や行動原理の中に色濃く残っていると思っているが、
今日の韓国を「儒教の国」とは考えない。
たとえば「孝」は儒教の基本的な考え方の一つだ。
「身体髪膚(しんたいはっぷ)、これを父母に受く。
敢えて毀傷(きしょう)せざるは、
孝の始めなり」
と孔子は説いている。
それなのに、首都ソウルに住む女性のほぼ半数は「整形済み」だ。
これは、朝鮮日報(09.12.22)が報じたところだ。
つまり敢えて毀傷している。
何が「儒教の国」であるものか。

そう言えば、日本には、
「親にもらった玉の肌」という言葉がある。

日常生活のレベルでは、
言い訳のための嘘がやたらに多い。
これは「自分の非は絶対に認めたくない」
「絶対に謝りたくない」
という頑迷なコリアン・マインドの表れだ。
言葉を換えれば「体面絶対文化」だ。
やはり<外華>の重視につながることだ。
そして、「体面絶対文化」の裏側には、
「相手に非を認めさせたい」
「相手に謝らせたい」
という欲望が渦巻いている。

それが、アメリカまで出かけて
元慰安婦の像を作ろうというメンタリティーか。

盧 武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は05年の3・1節の演説で
「韓日両国関係の発展には、
日本政府と国民の誠実な努力が必要だ」
「(日本が)心から謝罪し反省して賠償した後に
和解すべきだ」
などと述べ国民を煽り立てた。
過去の問題に関する一切の請求権は
日韓条約により解決済みなのに、
改めて日本の謝罪・反省・賠償を要求するというのだ。
まさに”ゆすり・たかり集団”のボスのような発言だ。

大統領ともあろう人が
日韓条約を知らないはずがない。
知っていてとぼけているとすれば、罪は深いが、
次のような特性によるものらしい。

韓国人には、自らが恥と感じる歴史事実はきれいに消去し、
都合が良いデマがあれば、
「そうだ、そうだ」と国民挙げて大合唱することで、
短時間にして「これはウリ国民がみんな知っている歴史的事実だ」
と思い込める国民的特性がある。
新たなデマの内容が国民的常識に昇華するや、
「事実はそうではない」と知る人々が
一斉に口を噤むのも、
その国民文化の一つだ。

こういう困った国民が隣人なのだ。
それにしても、
中国・韓国と来て、
なぜ日本のような「清廉潔白」を是とするような国が出来たのだろう。
やはり「武士道」の伝統に根ざしているような気がするのだが。

最後にこの本は次のように記述して終わる。

隣の国と仲が悪いのは、
当たり前の「世界標準」だ。
とりわけ、歴史捏造に基づく反日意識で
武装しているような隣の小国と、
親しく付き合う必要など、どこにもない。
『脱亜論』を説いた福沢諭吉の慧眼に、
いま改めて敬服し、
本書を終えることにしたい。





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