『死神の浮力』  書籍関係

今日のフィットネスクラブで聞こえて来た会話。

「昨日、良かったね」
「え? 何が」
「オリンピック」
「ああ」
「決まったね」
「でも、7年後だよ。
俺、駄目だ。
5年以内ならいいんだけど」

この人にとって、
5年後と7年後の違いは何なのでしょうか。

せっかく決まったオリンピックですが、
懸念することがあります。
開会式・閉会式の演出を誰がするのか。
記録映画の監督を誰がするのか。

市川猿之助(先代)が健在なら、
一も二もなく決まりでしょう。
あと、世界に通用する人というと、
「世界のニナガワ」か。
でも、7年後には84歳です。
劇団☆新感線のいのうえひでのり

北京の開会式を観た時、
「これ以上のものは出来ないから
東京でオリンピックは開かれない方がいい」
と思ったことがあります。

あっと言わせる、
斬新な開会式は期待できるのでしょうか。


〔書籍紹介〕

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「死神の精度」に続く
伊坂幸太郎の死神シリーズ。
前作は短編集だったが、
今回は長編
期待は大きい。

この作品での死神は、
病死や自然死ではなく、
不慮の死に遇う予定の人を訪れ、
その死が「可」であるか「見送り」であるかを判定する仕事。
特に本作の主人公である千葉は、
既に千年その仕事を続けており、
登場する時は雨が降り、
音楽が無類に好き、という特徴を持っている。

小説家の山野辺は、
1年前に娘を殺され、
その犯人として逮捕された本城は、
裁判で無罪判決を勝ち取る。
無罪になった原因は、
目撃者の老女が証言をひるがえしたことと、
子供と本城が一緒にいたところをビデオに撮っていた人がいたこと。
しかし、山野辺は本城が犯人である確証をつかんでおり、
自由の身になった本城を拉致監禁して、
その罪を贖わせる計画を妻と共に抱いていた。

そんな山野辺のところを
死神の千葉が現れる。
幼稚園時代一緒だった、という嘘を受け入れて
山野辺は千葉と行動を共にし、
本城に対する復讐に向かうが・・・

プロローグとエピローグをはさみ、
7日間の出来事として描かれる復讐劇は、
本城というサイコパスの反撃を受け、
思うにまかせない。
その難関を千葉が乗り越えていくところが読み所。
本城との知恵比べで山野辺は無力で
千葉一人の才覚のみで展開するところは、
ややもどかしい。
本城の仕掛けて来る罠も現実味が薄い。

背景に山野辺の父母との関わりや
その死が描かれる。
それだけでなく、
繰り返し述べられる死生観の論議は、
ややメッセージ性が強く、
読むのに疲れた。
パスカルやカントや渡辺一夫からの引用も多すぎる。

長年生きて(?)来た千葉が
江戸時代を引き合いに出す話とか、
時代に着いていけずにチグハグな反応をするところは
そこはかとないユーモアを漂わせる。

話巧者の伊坂幸太郎の筆によるものだから、
一気に読ませるが、
読後感は短編を水増しされたような印象。

前作は死神と死ぬさだめの者との緊張関係が強く感じられたが、
やはり、この題材は短編にこそふさわしい。

期待が大きかっただけに、
ややがっかりの作品だった。





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