『東京オリンピック』  映画関係

朝の4時55分に目ざましをかけて、
ブエノスエイレスのIOC総会の様子を視聴。
ついに2020年のオリンピックの東京開催が決まりました。

↓はこの日のヤフーの画面。

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第1回投票で42票の第1位、
26票ずつで同票のイスタンブール、マドリッドの間で決戦投票が行われて、
イスタンブール49票、マドリッド45票。
イスタンブールとの間での第2回投票の結果、
東京60票、イスタンブール36票で東京に決定。
圧勝と言っていいでしょう。
(ちなみに、前回の時は、
東京34票、デトロイト10票、ウィーン9票、ブリュッセル5票で、
1回の投票で決まっています。)

その前のプレゼンテーションは大変な出来ばえで、
福島原発の汚染水問題も
安倍総理の明確な回答は見事でした。

4年前の敗北の原因をよく分析しての、
一丸となっての勝利といえるでしょう。

1964年以来、
2度目、56年ぶりの開催。
あと7年
私は70歳を越えていますが、
生涯2度目のオリンピックのために
もうしばらく生き延びようと思います。

1964年10月10日
前日までの雨が嘘のように晴れた
開会式の様子が目に浮かびます。

つい先日、
BSで市川崑「東京オリンピック」を放映していました。
オリンピックの翌年、
昭和40年(1965年)3月20日に公開されたこの映画、
学校動員を含め、2300万人が観ました。
この記録は、
今も破られていません。

私はその「学校動員」で、
目黒の映画館まで
武蔵小山にあった高校から出かけて観ました。
その後も、一人で出かけて、
4,5回観た記憶があります。
その思い出をたどってみましょう。

まず、映画は太陽のアップから始まります。

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続いて、工事現場の鉄球

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オリンピックへ向けて、
東京の都市改造が行われています。

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建築された競技施設がインサートされ、

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まず、英語タイトル。

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建物にかぶせて、

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オリンピックの歴史が語られます。

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ナレーターは三國一朗さん。

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そして、東京の雑踏、
おびただしい車、都電、バス、
重なる電線にかぶせて、

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メインタイトル

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続いてギリシャでの聖火採火式から

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聖火リレー

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イスタンブール、ベイルートの中近東から、
インド、香港のアジアを通り、
沖縄から広島へ。

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当時の警護は、
ロープも張らず、
警官が先に走って通路を作るというなごやかさ。

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富士山の麓を行く聖火。

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これは、そのために走らせた、いわば「やらせ」。
当時はそんなにやかましいことは言いませんでした。

聖火を見守る人々の顔ですが、
今よりもっと平べったい顔をしています。

聖火が東京都庁(現在の新宿ではなく、今の国際フォーラムのあった場所にあった)
に到着したところで、

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プロローグは終わり。
この間10分27秒。
黛敏郎の音楽に乗って、軽快な展開です。

一転、開会式

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今のような派手なアトラクションはなく、
午後2時ぴったりに入場行進から始まります。

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古関裕而作曲の「東京オリンピックマーチ」
今も耳に蘇ります。

東西ドイツの統一選手団。

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金メダルの国歌演奏は、
ベートーベンの9番からの「喜びの歌」でした。
先頭を行く男性が
隣の人と雑談する音声がちゃんと収録されています。

アメリカ選手団。

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ここでも、女性選手が「うるさい!」と一喝する音声がとらえられています。

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当時はソ連。現ロシア。
この頃は鉄のカーテンが崩れるなどとは夢にも思いませんでした。

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最後を飾る日本選手団の入場。

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こんな映像↓が随所にはさまります。

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市川監督の関心は変わったところにあります。
このブログみたいです。

日本らしい、よく統制の取れた、真面目な行進。

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赤いブレザーに難色を示した男子選手もいたとか。

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天皇陛下開会宣言

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戦後の廃墟から
オリンピックを開催できるほど復興した日本の姿に
胸をよぎるものは何だったでしょうか。

聖火最終ランナーは、広島出身のランナー坂井義則さん。

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広島の原爆投下の1時間半後に生まれました。

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この聖火台は、川口の鋳物工場の手作り。

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自衛隊の飛行機により、
東京の空に五輪の輪が描かれました。
私は高校の近くの友人宅の物干し台の上で見ました。

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開会式までで26分34秒。

画面は一挙に陸上男子100m決勝へ。

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当時はヘイズが世界最速の男でした。

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砲丸投げのソ連の選手が
ほつれてしまったゼッケンを何度となく押し込む姿。
これを撮影したのは、山本晋也監督です。

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客席には、長島さん、王さんの姿も。

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そういえば、長島さんの奥さんは、
オリンピックのコンパニオンでした。

80mハードルを正面から捕らえた斬新なカット。

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陸上だけで50分あまりをかけています。

体操の名花は、チェコのチャフラフスカ
コマネチが登場するずっと前の話です。
ここで黛敏郎は、美しい音楽を付けました。

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お気づきですか?
水泳選手はまだキャップもかぶらず、水中メガネも付けていません。

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日本の金メダル第1号は、重量挙げの三宅選手

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このあと、レスリング、ボクシング、柔道、
サッカー、ホッケー、乗馬、
その他の競技の描写が続きます。

自転車競技。

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農村部にコースを設定。

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道路で観戦するお百姓さんたち。

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民家の庭からのショット。
これは衝撃的でした。

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女子バレー決勝
道路から車がいなくなったという伝説が伝わっています。

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観戦中の美智子さま

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優勝決定直後の大松博文監督
誰も近づこうとしません。

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表彰台の河西昌枝さん。

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この時が日本の女子バレーのピークでした。

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映画の最後を飾るのは、マラソン。
中でもアベベの連覇はすごく、
映像はアベベに集中。
この正面の映像から

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横から撮ったスローモーションの映像が続きます。

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このワンカット映像は1分57秒。
哲学者然としたアベベだからこそ成り立つ映像です。

2位争いは、競技場に持ち越されました。

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ヒートリー円谷幸吉を抜く瞬間。

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でも、3位までに入れてよかった。

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表彰台に立つアベベ。

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メインスタジオに日章旗が上がるのは、円谷の功績。

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彼は、昭和43年1月9日、自殺してしまいます。
「父上様母上様 三日とろろ美味しうございました」
で始まり、沢山の食べたものに、
「美味しうございました」と感謝し、
「父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒 お許し下さい」
と謝り、
「幸吉は父母上様の側で暮しとうございました」
で終わる遺言を残して。

閉会式

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選手が一団となって入場するのは、
東京オリンピックからです。
きっかけは、誘導上のミスだといいます。

振られる白いハンカチ。

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聖火が消えていくショットに続き、

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このような文字が出ます。

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そして、次のメキシコ大会へ。

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最後は再び、
太陽のアップでフェイドアウト。

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休憩付き、
2時間49分28分の映画は、
「芸術か記録か」の論争を巻き起こしました。
後に記録を重視した別編集のものも作られましたが、
後世に残る記録映画として、
市川崑監督の「東京オリンピック」は燦然と映画史に輝いています

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