『許されざる者』  映画関係

〔映画紹介〕

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クリント・イーストウッド監督、1992年の作品を
「悪人」の李相日監督リメイク
しかも渡辺謙さん主演となれば、
いやがおうにも期待が膨らむ。

たとえ別物だと言っても、
人様の作り上げた作品を
もう一度撮り直そうというのだ。
元の映画と比較されるのは宿命、
それだけの覚悟がリメイクには要求される。
重いプレッシャーがかかるわけだが、
アカデミー賞作品賞・監督賞・助演男優賞・編集賞受賞作の
再映画化となれば、
更に重い重圧にさらされたことだろう。

そのチャンレンジ精神は見上げたものだが、
では、リメイクとして成功しているかというと、
点は辛くならざるを得ない。
なにしろ元となるものは、見事な完成品なのだ。
時代と場所を置き換えただけなら、
リメイクする必要はなく、
元作品以上のプラスを付け加えなければ
観客は納得しない。

そのプラスアルファーはあったか。

時代は明治の初頭。
場所は北海道。
幕府軍の残党狩りが行われ、
開拓民が入植する荒ぶれた大地。

この置き換えはうまくいっている。
最初、馬が走り、雪の中に放置された馬の死体を取り囲むあたり、
映像が見事で期待できる展開。
そして、開拓村での女郎に対する傷害事件から
犯人に懸賞金がかけられ、
その賞金首を巡って、
刀を捨てた十兵衛のもとを
昔の仲間が訪ねて来、
貧困故に再び刀を取る十兵衛が
件の村に向かう。

元作品では、
訪ねて来るのは賞金稼ぎの若造だが、
本作では昔の戦友というところが違う。
若造に当る人物は後でアイヌとして参加して来る。

ここで、主人公の十兵衛に
幕府軍の残党で「人斬り十兵衛」として恐れられた男
という過去がつきまとう。
若造もアイヌだというアイデンティティーが付く。
これは余計ではなかったか。
どうも日本の脚本家は
登場人物の「存在証明」を付けたがる節がある。
この過去と出自の問題は
映画に不要な要素を加えたような気がしてならない。

あとは
元作品通りに展開する。
セリフもかなり重なるから
元作品に対するリスペクトが並でないことは分かる。

ただ、佐藤浩市の戸長(町長)大石一蔵役は少々やりすぎ。
特に最初に出会った十兵衛の顔を
「悪党には目印が必要だ」
と切り刻むが、
あれではただの残虐な異常者だ。
ジーン・ハックマン
「俺がこの町の正義を守る」
という過剰な自負心はうかがえない。

ラストの皆殺しも過剰な展開。

また、十兵衛を変えた女房に対する貞節の念
もっと描いてほしいところ。
元作品は、
十兵衛に当るウィリアムの妻・クローディアの母親が
一人娘がなぜ
酒浸りで残忍な
札付きの悪党と結婚したのか
という疑問の一つのくくりがあり、
妻の与えた影響というのが強調されていた。

顔を傷付けられた女郎・なつめと十兵衛の心の交流も
なつめが父親の姿を十兵衛に重ならせるなど、
原作とは違く、
余分な日本的ウェットさだ。
最後、アイヌの青年となつめが
十兵衛の家に向かうところで、
突然なつめのナレーションが流れて驚いた。
こういう不統一は困る。
このラストの改変が本作の最大の改変ではないか。
元作では、
その後、ウィリアムが西部に行って成功したという噂を流して終わる。
「別な人生」をみつけたというラストだ。
本作のラストは雪の中を彷徨する十兵衛のカットで終わるが、
極貧にあえぐ子供たちのために
再び殺戮の道を行ったなら、
その結果も十字架も背負って生きたらいい。
最後の十兵衛の涙は全くの余計だ。

というわけで、
一通り元作品は「置き換え」てなぞってはいるものの、
重要なところで余分な要素が入っている。
北海道の素晴らしい自然描写と
重厚なセット、
凝りに凝った撮影以外は印象に残るものがない。

帰宅後、1992年版の「許されざる者」を再見したが、
見事なカメラワークと演技、
そして、全編を貫く、
重く暗い雰囲気
深い深い絶望感
圧倒された。
もちろん監督が変われば雰囲気も変わるが、
一つの世界が完璧に構築された名作を
わざわざリメイクした成果は
今回の作品からは感じられなかった。

これがリメイクでなければ、
これだけの作品はそれなりの評価を得るだろうが、
リメイクの重荷は大きい。
なにも完成された作品を作り直す必要はない。
創作者であるなら、
オリジナルで勝負すべし。

5段階評価の「3.5」



タグ: 映画

ロシア旅行記A モスクワ・その2  旅行関係

ロシア旅行記の続きです。

クレムリンを出て、赤の広場に向かいます。

途中にあるのが、歴史博物館

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その前にあるのが、ジューコフ元帥の銅像

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広場の入口、ヴァスクレセンスキー門

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元々17世紀に建てられたものですが、
パレードの邪魔になるからと
スターリンによって1931年に破壊されてしまいました。
現在の門は、
ソ連崩壊後の1995年に再建されたものです。

門の正面にはイベルスカヤ礼拝堂があり、

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「門の聖母マリア」と呼ばれています。

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入ってすぐにあるカザンの聖母教会

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1612年のポーランド軍の侵攻を防いだことを記念して建設されましたが、
これも1936年に、
やはりスターリンの命令で破壊され、
1993年に再建されました。

赤の広場

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イベントの後片付けが行われていました。
ソ連時代には
5月1日のメーデーと
11月7日の革命記念日にパレードが行われたことから
「赤い」広場と思われていますが、
実は、赤の広場=クラースナヤ・プローシャチの
「クラースナヤ」は
現代ロシア語では「赤い」ですが、
古代スラブ語では「美しい」という意味。
つまり、「赤の広場」は元々「美しい広場」という名前だったのです。
広場の起源は15世紀末までさかのぼることが出来、
ここには商人たちが露店を出していたといいます。
この広さを埋めた露店。
どんな光景だったのでしょうか。

赤の広場に面して、
クレムリンの反対側に建つのが
グム百貨店

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ロシアの国立百貨店。

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1921年にレーニンの命により開設されたもの。

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夜10時まで開店とは、意外に長時間経営。

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1893年に建てられた工場を

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1953年に大改装。

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中は3階までの吹き抜けで、

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3つのアーケードが並んでいます。

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かつては食料品や日用品が売られていましたが、

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今は有名ブランド品店や土産物屋が並びます。

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エスカレーターは昇りのみ。下りは階段で。

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南側の出口を出たあたりにあるロブノエ・メスト

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かつて、ここで皇帝が全国に布令を読み上げ、
重罪人に対して判決を言い渡し、
処刑を執行した場所でもあります。

その側にあるのが、
聖ワシリー寺院

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前にあるのは、ミーニンとポジャルスキー像
二人は1612年にモスクワをポーランド軍から解放した英雄です。

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別名ポクロフスキー聖堂といいます。
1560年、対モンゴルの戦勝を記念して
イワン雷帝により建てられました。
設計したのはポストニクとバルマの二人。
そのあまりの美しさに驚いたイワン雷帝が、
二度とこのような美しい建物が出来ないように、
二人の目をくりぬいてしまったといいます。

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9つの玉ねぎのようなドームがありますが、
ねぎ坊主はそれぞれ一つずつが教会となっています。

250ルーブル払うと中に入れます。
ロシア正教の教会には珍しく撮影OK

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天井も

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壁も

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イコンで埋めつくされています。

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イコン(ギリシア語: εικν, ロシア語: Икона, 英語: Icon, ドイツ語: Ikon)とは、
イエス・キリスト、聖人、天使、聖書における
重要出来事やたとえ話、
教会史上の出来事を画いた画像のことで、
特に正教会で盛ん。

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迷路のような通路を通ります。

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壁にも様々な装飾がなされています。

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イコンの数々をご鑑賞下さい。

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きれいな歌声が流れてきましたが、
合唱隊が、CDを売っていました。

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この上が、玉ねぎ。

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ようやく迷路から脱出です。

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この後、事件が。
集合場所のグム百貨店脇に
一人現れなかったのです。
しばらく待った後、
添乗員さんを残して、
ガイドさんと共にレストランへ。

ワシリー寺院の脇を通ったので、
色々な角度から撮影出来ました。

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見れば見るほど美しい教会を後ろから。

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夕食は、このレストランで。

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前菜が出て、

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スープが出て、

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メインはキエフ風カツレツ

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途中が「迷子」さんが合流。
百貨店の中で一行を見失い、
赤の広場をウロウロ。
警官と話しているところを添乗員さんに発見されたそうです。
よかった、よかった。


ホテルに戻った後、
どこの都市に行っても地下鉄に乗る私の願望がむくむくと沸き上がり、
ホテルのパンフレットにあった
↓のような、ごく大雑把な地図を頼りに、

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行き着きました、地下鉄乗り場。

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モスクワには、↓のような地下鉄網が張りめぐらされています。

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切符の自動販売機。

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料金は30ルーブル(100円位)

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紙製のチケット。

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改札口にかざします。

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かなり地下は深い。

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殺風景なホーム。

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「地下宮殿」と呼ばれる豪華な地下鉄の装飾は
初期の頃の地下鉄です。

キエフスカヤ地下駅。

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コムソモリスカヤ地下駅。

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ノヴォスロボツカヤ地下駅。

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革命広場地下駅。

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できれば、こうした駅も行きたかったのですが、
時間がないので、一駅だけ。

電車が入って来ました。

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ごつい車体。

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車内の様子。

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映像で路線図が示されます。

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進行状態の表示。

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日付や時刻の表示も。

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吊り革はなし。この棒につかまれ、と。

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一駅先の駅。

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ここには、こんなオブジェも。

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帰りは違う車体の電車が来ました。

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ここで、ブエノスアイレスのように
丸の内線がやって来たら、笑えるのですが。

↓は、ブエノスアイレスの地下鉄での丸の内線車両の再利用の様子。

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再び中の様子。

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帰りのエレベーターは自動的に出口へ。

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出るのにチケットは要りません。

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たった一駅の地下鉄旅行でした。

3日目は、モスクワ郊外の「黄金の環」に向かいます。



『空飛ぶ広報室』と直木賞候補作  書籍関係

〔書籍紹介〕

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前回の直木賞候補作。
作者は「図書館戦争」「県庁おもてなし課」など
映画化作品も多い有川浩(ありかわひろ)。


航空自衛隊に入った空井大祐は、
長年の夢だった
ブルーインパルスに入れるようになった28歳の春、
その道を断たれた。
何の責任もない交通事故に巻き込まれて重傷を負い、
その障害から
パイロット資格を剥奪されたのだ。
その空井に新たな辞令が発せられ、
赴任した先は
防衛省航空自衛隊航空幕僚監部広報室だった。

広報室はユニークな人間の集まりだ。
ミーハーでアイドルグループのメンバーをそらんじている鷺坂一佐(室長)。
昇進試験を拒否し、
一曹のまま、広報の仕事の継続性を重んじる比嘉一曹。
その比嘉と以前別な部署で仕事をし、
比嘉に劣等感ともつかず、
優越感ともつかない不思議な感情に悩まされる片山一尉。
片山と防衛大学校の剣道部で一緒だったことがあり、
女性であることの悩みから解放されていない柚木三佐。

これらに
帝都テレビの女性記者で
自衛隊に偏見を持っている稲葉リカがからむ。

一般人からみれば
偏見と先入観と無理解に満ちた目で見られる自衛隊という組織を
どうしたら分かってもらうかが広報室の役目。
その一般人の代表者が稲葉リカで、
物語は空井とリカの成長物語として描かれる。

自衛隊の広報というものがどういうものか、
どんな制約を受けてなされているか、大変興味深く読んだ。
特に戦闘機への体験試乗を巡る話が面白かった。

中で、流布されているという
各自衛隊の性質を言い表した言葉というのが面白い。

空=勇猛果敢・支離滅裂
陸=用意周到・動脈硬化
海=伝統墨守・唯我独尊
統幕=高位高官・権限皆無
内局=優柔不断・本末転倒
そして、
防衛記者会=浅学非才・馬鹿丸出し
というオチもつく。

本編が終了した後に、
東日本大震災で被災した
松島基地の話が付け加わる。
災害現場での自衛隊の活躍は知っているが、
どんな心情でしているかが描かれていた。

「しかし、我々は自衛官ですから、
どんな状況にあっても
支援する側に回るのは当然の義務です。
被災したことは同じでも、
我々は有事の訓練を受けております」
「でも・・・隊員にもこちらに家族のある方がいるでしょう。
心配じゃないんですか」
尋ねたリカに、
広報班長は「もちろん心配です」と頷いた。
愚問だったと頬が火照る。
「ですが、自衛官はみんな妻や子に
言い聞かせていると思いますよ。
もし何かあっても
俺は家にいないから何とかやってくれ、とね。
それが自衛官と所帯を持つということです」
大きな災害があったとき、
一家の大黒柱は被災地へ急行する。
たとえ家族が同じ被災地にいたとしても、
見知らぬ他人を助ける任務を優先するのだ。

税金で訓練するのだから当然だ、
と言う者もいるだろう。
しかし、いくら給料をもらっているとはいえ、
そこまで見知らぬ他人に尽くせるものだろうか。

作者は、あとがきでこのように結ぶ。

自衛隊をモデルに
今までいろんな物語を書いてきましたが、
今回ほど平時と有事の彼らの落差を
思い知らされたことはありません。
ごく普通の楽しい人たちです。
私たちと何ら変わりはありません。
しかし、有事に対する覚悟があるという一点だけが違います。
その覚悟に私たちの日常が支えられていることを、
ずっと覚えていたいと思います。

直木賞の選考委員の評は辛かった。
「作家が取材の対象とこれほど一体化してはいけない。
いくら素晴らしい人たちで賞賛すべき仕事をしていようと、
作家はその奥にある何かトゲあるものを見なくてはいけないのだ」
「文字通り自衛隊の広報のような印象が残り、
感動がえられなかった」

まさにそのとおりだが、
直木賞候補になったこと自体、
一番驚いたのは、
作者の有川浩なのではないか。


というわけで、ようやく前回(第148回)の直木賞候補作
ようやく全て読み終えた。
順位を付けると、

1位:安倍龍太郎「等伯」(受賞作)
2位:西加奈子「ふくわらい」
3位:伊東潤「国を蹴った男」
4位:有川浩「空飛ぶ広報室」
5位:志川節子「春はそこまで」
6位:朝井リョウ「何者」(受賞作)

それぞれの感想文は、↓をクリック。

「等伯」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130215/archive

「ふくわらい」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130329/archive

「国を蹴った男」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130131/archive

「春はそこまで」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130125/archive

「何者」
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130518/archive


『クロワッサンで朝食を』  映画関係

〔映画紹介〕

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エストニアに住む中年女性アンヌは、
結婚、離婚、子育ての後、
老人ホームの仕事も
母親の介護でやめ、
とうとう母親も亡くし、
一種の脱け殻状態になっていた。
そんなところに、
パリでの家政婦の仕事が舞い込む。
エストニア人の老婦人の介護だという。

娘の勧めもあって、
あこがれのパリに飛び立つアンヌだったが、
待ち受けていたのは、
高級アパルトマンに住む
気難しく、偏屈で、気位の高い老婦人フリーダで、
さっそく
「家政婦など頼んでいない。
荷物をまとめて帰ってくれ」
と言われる。
実の雇い人で
カフェを経営するステファンに説得され、
留まるものの、
朝の食事を
「プラスチックを食べさせるつもりか。
クロワッサンはスーパーではなく、
パン屋で買うものだ

と注文が付く。
睡眠薬で自殺しないように
預かった薬箱の鍵についても
「ここは私の家だ、鍵をよこせ」
と迫られる。

そんなアンヌの慰めは、
夫人が眠った後、
夜のパリを散歩することだった。
やがて、ステファンがフリーダの若い愛人だったことや
カフェはフリーダがステファンに贈ったものだ、
などという事情が飲み込めて来る。
誠実に尽くすアンヌにフリーダも次第に心を開いてくれるようになるが、
よかれと思ってしたアンヌの計らいが
思わぬ結果を招いて・・・。

というわけで、
女性版「最強のふたり」のような作品。
違うのが、
パリに住む異邦人の孤独が扱われていることで、
映画のフランス語題は「Une Estonienne a Paris」。
つまり、「パリのエストニア女」
「クロワッサンで朝食を」は、
日本で付けたもので、
うまい題名をつけたものだ。

エストニアでの事情から
パリでの老夫人との出会い、
反発、融和の経過が
大変ていねいに描かれており、
納得できる。
フリーダを
往年の名女優ジャンヌ・モロー
憎たらしく、そして可愛らしく演ずる。
85歳の主演映画だ。
アンヌを演ずるのは、
エストニアの女優ライネ・マギ
始め野暮ったかったアンヌが
パリの町になじんで次第にきれいになっていくところが見物。
ステファンを
パトリック・ピノー男前に演ずる。
ほとんど三人が中心の話だが、
役者の魅力が開花すると、
このような見事な映画が誕生する。

エッフェル塔をはじめ、
パリという町が魅力的に描かれ、
この町だからこそ
片隅に存在する異邦人の孤独が光を発するのだと分かる。

終盤、
アンヌがスーツケースを引きずって
夜のパリを彷徨する一方、
ステファンがフリーダに添い寝するあたりで
涙が止まらなくなった。
観光客がいなくなったシャイヨー宮で
たった一人でアンヌが眺めるエッフェル塔の美しいこと。

大都会の片隅で行われている
どこにでもある孤独と人の触れ合いによる癒しのドラマ
ちょっぴり苦く、少しだけ甘く、
その味加減がとてもいい。

監督はエストニアの新鋭イルマル・ラーグ
期待できる。

エストニアでは、家では靴を脱ぐんだと初めて知った。
また、映画の後、
スーパーではなく、
パン屋で大きなクロワッサンを買ったら、
本当においしかった。

5段階評価の「5」

タグ: 映画

ロシア旅行記@ モスクワ・その1  旅行関係

それでは、ロシア旅行記を始めましょう。

今回の飛行機はアエロフロート・ロシア航空
Аэрофлот — Российские авиалинии

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ソ連時代から存続する
ロシア連邦の航空会社です。
ロシア語でアエロ(Аэро)とは「航空」、
フロート(Флот)とは「艦隊」を示します。

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ロシアに旅行する人がそれほど多いとは思えませんでしたので、
空いてるかと思えば、何と満席

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そういえば、この便は、
モスクワ経由でパリまで行くのでした。

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曜日によっては、
モスクワ経由ロンドン行きもあります。

それだけではなく、
隣の席の男性は、
ツァーでクロアチアに行くのですが、
モスクワで乗り換えてウィーンに入り、
一泊した後、
バスで500q走ってスロベニアのブレット湖まで行くのだそうです。

つまり、欧州各地へのハブ空港として利用されているわけで、
アエロフロートの営業努力が伺えます。
ただ、安くチケットを出していることは確かなようで、
帰国後確認すると、
今度の飛行機はマイルの加算のないクラスでした。

テレビはさすがにパーソナル。

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映画は150本ほどあり、
そのうち日本語で観られるのは20本位でした。

遥かに眺める日本の土地。

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ほどなく昼食が出て、

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読書をしている間に、シベリア上空

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この雲の下にシベリアの大地があります。

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大戦後、抑留され、シベリアに骨を埋めた方々のことを思わざるを得ません。

アエロフロート航空といえば、
サービスが悪いのが有名。
というのも、
ソ連時代、「民間航空輸送」を業務とし、
小作農から政治局員までの
全ての人民が利用できるように運賃を低く設定し、
利用者は必要以上の機内サービスにかかる料金を含まない
「純粋な運賃」を支払うだけでよいシステムになっていたため。

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しかし、そんなことは大昔の話で、
途中、アイスクリームが出る位サービスは充実していました。

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早い夕食が出た後、

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飛行機はモスクワの町を眼下にして、
着陸。
飛行時間は9時間22分でした。

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途端にトラブル発生
私を含め、チェックインが早かった人の荷物は出てきたのに、
遅くチェックインした人の荷物が出て来なかったのです。
30分ほどして、
まるごと一つコンテナが発見されて荷物は出て来ましたが、
「やはりロシアだなあ」と思わせる始まりでした。

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タグについた「SVO」は空港を表すスリーレターコードで、
シェレメーチエヴォ空港(Sheremetyevo)空港のこと。
SU」は航空会社を表すツーレターコードで、
ソビエト連邦(Soviet Union)の名残です。

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空港スリーレターコードについて詳しく知りたい方は、↓をクリック。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%B8%AF%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89

航空会社ツーレターコードについて詳しく知りたい方は、↓をクリック

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%AA%E7%A9%BA%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89#IATA.E8.88.AA.E7.A9.BA.E4.BC.9A.E7.A4.BE.E3.82.B3.E3.83.BC.E3.83.89_.28IATA_Airline_Designators.29

1時間も無駄にして、ようやく空港の外へ。

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ホテルへ向かう途中、
変わった形の雲が出ました。

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火力発電所?

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ホテルの場所が分からなくてウロウロ。
マキシマ・イルビス・ホテルが変更になって、
姉妹ホテルのマキシマ・ザリャー・ホテルに変更。

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これについては、
帰国後4日目にトラピックスから手紙が来て、
ホテル立地地域の配管に問題が生じたことにより、
一部の部屋で水が出なくなる状態となったため、
現地で変更、
旅行業約款に伴う変更補償金<旅行代金250,000円の4%>として、
お一人様10,000円(一人部屋利用の場合は11,600円)を
をお支払いさせていただきます。
との連絡がありました。

場所も近かったし、
姉妹ホテルだし、
実感的には変更の印象もありませんでしたが、
やはり大手旅行会社
こういう時、しっかりしています。

それにしても帰国後の1万円余りの返金、
得したような気持ちです。

ただ、部屋は↓のようにお粗末でした。

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円からルーブルの両替レートは、
成田空港が1ルーブル=3.5円、
シェレメーチエヴォ空港が1ルーブル=4円でしたが、
ホテルにあった自動両替機は、

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1ルーブル=3.24円で一番良く、

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試してみると、操作も簡単で、
小銭を含めてちゃんと出て来て、

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たいしたもんだと思いました。

この日、夕食がつかなかったので、
ホテルの近くのスーパー(コンビニ程度)に
みんながでかけて繁盛したようです。

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レジのおばさんは
同僚と無駄話しをしながらで、
愛想なし。
いかにもロシアです。

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モスクワの位置は、ここ。↓

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市域人口は11,503,501(2010年)。
2011年の近郊を含む都市圏人口は1,368万であり、
世界第17位、ヨーロッパ第1位。
世界有数のメガシティです。

翌朝。
このあたりはモスクワの北部にあたり、
住宅街のようです。

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新しいビルの建築も盛ん。

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町にはマクドナルドも

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ケンタッキーもあります。

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ミュージカルもやられているよう。

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ロシア文字。○の真ん中に棒は「F」のようです。

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モスクワ名物の渋滞ではありません。
これ、路上駐車

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前向きに駐車しているのと後ろ向きに駐車するのが混在。

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中には横断歩道に駐車している車も。

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最初に連れて行かれたのは、
ノヴォデヴィッチ修道院

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1524年に建てられた女子修道院。
世界遺産です。

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しかし、外側からだけとは。
ここで、真っ先に土産物屋に連れていかれました。


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ロシア土産といえば、マトリョーシカ人形

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1900年のパリ万国博覧会で銅メダルを受賞したのを機会に、
ロシア各地で作られるようになりました。

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そのルーツとなるものはいくつかの説が挙げられています。

1890年代半ば、
モスクワ郊外に住む
S. I. マーモントフ夫人と
画家S. V. マリューチンと
ザゴルスクのろくろ師V. ズビョズドチキンによって、
モスクワの工房「子どもの教育」で制作されたという説。

19世紀末、
箱根にあった正教会の避暑館にやってきたロシア人修道士が、
本国への土産に持ち帰った箱根細工の入れ子人形(こけし・だるま・七福神)が
もとになったと言われている説。

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マトリョーシカの第一号が飾られている
セルギエフ・ポサードの博物館には
「日本に教わった」という縁起が記されており、
隣にはモデルとなったとされている
箱根七福神の入れ子人形も展示されているといいますから、
日本起源説もあながち嘘とも言えなさそうです。

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その他の土産物には、琥珀。

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ドイツからバルト三国、ロシアは琥珀の産地です。

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あとは食器。

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次は雀が丘

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モスクワ川南岸の丘陵地帯から
モスクワを見渡します。

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そこにあったオブジェ。

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近隣の子供たちがゲームをしていました。

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その脇にある三位一体教会

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ガイドさんが「活動している教会」と言っていましたが、
ロシアの教会は実際に礼拝をしているものと、

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博物館になっているものとがあるようです。

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その内部。

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今日は「聖ヨハネの記念日」と言っていました。

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この首から見て、聖ヨハネとは、
サロメの踊りで首を切られた
洗礼ヨハネのことらしい。

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モスクワ大学

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対岸に見えるのは、ゴーリキー公園

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このスペースシャトルは本物だそうです。

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モスクワ川に立つピョートル大帝の銅像。

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ここはコローメンスコエ

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14〜17世紀の教会や木造建築が建っています。

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このような道を歩いていくと、

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こんな教会があります。

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中の様子。

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1532年に建てられた
ヴォズネセニエ教会。
上の方がロケットのような形をしています。
世界遺産です。

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その他、周辺に様々な教会が建ちます。

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ピョートル大帝が住んだ小屋。

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このあたりはリンゴがなっており、
落ちたリンゴを袋に一杯入れて持ち帰っている人がいました。

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ロシア最初の昼食は、
こんなレストランらしからぬところで。

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野菜サラダと

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きのこのグラタン。

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日本で言うグラタンとは随分違うものが出ました。

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そして、クレムリンへ

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この建物の中でプーチン大統領が執務しています。

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クレムリンは、
モスクワ川沿いにある旧ロシア帝国の宮殿。
ソ連時代には、
ソ連共産党の中枢が置かれたことから、
ソ連共産党の別名としても用いられました。
現在もロシア連邦の大統領府や大統領官邸が置かれています。
正面には赤の広場があり、
両方合わせて世界遺産です。

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ロシア語ではクレムリは「城塞」を意味し、
中世ロシアにおいて、
多くの都市は中心部にクレムリンを備えていました。
しかし、単にクレムリンと言った場合は、
モスクワにあるクレムリンを指すことが多いです。

城壁の総延長2.25km。
20の城門を備え、
内部には様々な時代の様式による宮殿や大聖堂が林立しています。

今日は、トロイツカヤ塔から入ります。

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このレリーフのままに、

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衛兵の交代が行われていました。

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兵隊の服装を直します。

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はい、衛兵の出来上がり。

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城壁がこんなにも厚い。

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中の様子。

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城塞ですから、

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大砲が並びます。

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尖塔の星が、いかにもロシアです。

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クレムリン大会宮殿。今はコンサートホール。

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ここは、寺院の建ち並ぶところ。

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イワン大帝の鐘楼

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ブラゴベシェンスキー大聖堂

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ウスペンスキー大聖堂

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クレムリンの中心に位置し、
ロシア帝国の国教大聖堂として君臨。
皇帝の戴冠式も行われました。

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この中に入ってみました。

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あらゆる壁がイコンで埋まっています。

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まさにロシア正教は、イコンの文化です。

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しかし、こうした教会が
無神論のソ連時代にどうして保存されたのか。
普通なら破壊されるところです。
ガイドに訊くと、
これらの教会は博物館として残されたそうです。

そこで、莫高窟を思い出しました。
紅衛兵が様々な寺院や仏像を破壊した時、
周恩来が「莫高窟には手を出すな」と言って、
莫高窟が無傷のままに残されたことを。
ソ連においても、
教会建築の文化的価値を認めた誰かが
「博物館として保存しよう」
と提言したに違いありません。
こうした、物事の分かった人によって
文化は守られたんですね。

鐘の皇帝

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1735年に作られた
高さ6.14m、重さ200トンの世界最大の鐘。
鋳造中の事故でひびが入り、
未完成となりました。

大砲の皇帝

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重量40トンの大砲。
1586年当時は世界最大口径の大砲でした。

大砲に見送られて

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外へ出ると、

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外の壁際に

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無名戦士の墓が。

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この後、赤の広場に向かいます。





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