『エンジェル フライト』  書籍関係

暑いですね。
郵便局に行ったら、
人がいません。
屋外も人通りがありません。
町全体がとろけるようです。


〔書籍紹介〕

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副題に「国際霊柩送還士」とあるように、
海外で亡くなった人の遺体を日本で受け入れ、
遺族のもとに送り届ける会社、
エアハース・インターナショナルを巡るドキュメントだ。

外国で亡くなった人は、
何らかの事件や事故に関わった方が多く、
遺体の多くは損傷されて届く。
現地のエンバーミング(防腐処理)が不十分で
腐敗が進み、
変色したり変形したりして送られて来るものもある。
また、飛行機では遺体は荷物として取り扱われるから、
気圧の差で、
体液がもれてしまう遺体も多い。

エアハースの仕事は、
そのような損傷のある遺体を
復元し、化粧をほどこし、
筆で彩色し、
生前に変わらぬ綺麗な状態にして
遺族に届ける仕事だ。

想像しただけで気の重くなるような仕事だが、
エアハースの社員たちは、
遺族と遺体の面会する瞬間、
空港で「じゃあ、行ってくる」と言って笑った
最後の顔で
家族のもとに帰してあげたい、
という思いで取り組む。

だが、遺族は決まって喜んでくれた。
「あんなに遠い国から、
私たちのもとに帰してもらって、
本当にありがとう」
と言う人もいれば、
「眠っているように見える。
穏やかな顔が帰してくれてありがとう」
と言う人もいる。
だが、どちらにしても
遺族の口から聞こえてくる言葉は、
恨みごとではなく
感謝の言葉なのだった。

そのために、
社長の木村利恵の息子の利幸は
休みの日にはデパートの化粧品売場に行って、
ファンデーションの肌色を探し求めたりするという。
角の尖ったスポンジで
注意深いファンデーシンを載せていくと、

その人が一瞬この体に戻ってきたと思える瞬間がある。

と筆者の佐々涼子は書く。

遺体を動かしたり、
処置する間、
利幸らは、絶え間なく遺体に話しかける。
「よかったね。
お父さん、これで娘さんたちに会えるよ。素敵になった」
「お父さんとお母さんが待っているよ。
おかえりなさい。
よく帰ってきたね」

ある日、羽田に戻ってきたのは
転落して亡くなった男性だった。
妻は現地で本人確認している。
利幸は柩の鉄板を開けて中を確認した。
その人の後頭部はつぶれ
頭蓋骨の中には脳が入っていない。
そこから防腐液と血液が流れ出していた。
顔面は複雑骨折して
卵の殻が割れたようになっていた。
顔は血液で腫れ上がり、
眼球はそれを支える脳がないので
落ちくぼみ
顔の奥に引っ込んでいる。
顔の皮膚は後頭部が失われたことで
横に広がってしまっていた。
利幸は失われた頭蓋から手を入れて、
血液を全部取り去ると
液漏れがないように、
小さなじょうろを使って洗浄した。
眼球が元の位置に納まるように、
脳に代わるもので底上げをしなければならない。
脱脂綿を固く丸めて芯を作り、
頭部に慎重に詰めていて眼球を支える。
頭の内部にぎっしり脱脂綿を詰め終わると、
後頭部の欠損部分は修復剤で形作っていく。
そして今度はそこに、
横に広がってしまっていた皮膚を伸ばして貼りつけていった。
顔が立体的な形に戻る。
顔面の骨はいくつもの破片になって
皮膚の下で顔の中に落ちていた。
そこをパズルのピースを当てはめるように、
口の中からピンセットを入れて修復していく。
欠損があったので、
そこには綿を詰めて直した。
顔の輪郭ができたところで、
パスポートを横に置き、
鼻の形、目の形、口の形を慎重に直していく。
ワックスで均し、そこにファンデーションで色を載せていった。
時間が逆に戻る。
その人が、その人らしさを取り戻して
穏やかに微笑んだのを利幸は見た。
<おかえりなさい。奥さんが待っていますよ>
利幸は新しい棺に遺体を納めると、
作業を終了した。

遺族に遺体を送り届けに行く。
柩を家に安置し、
利幸は「ご確認ください」と
柩の小窓を開けた。
それを覗き込んだ途端、
妻は「ああ・・・」と叫ぶと、
柩に取りついて泣いた。
「ありがとうございます・・・。
あの人です・・・。ありがとう・・・」
親族に対面させることなどできるはずがないと
あきらめていた妻は、
夫を親族に対面させた。
みな大泣きしていた。
妻は上がりがまちのところで正座すると、
頭を床にこすりつけるようにして
何度も何度も礼を言った。

その逆に、
日本で亡くなった外国人の遺体を
遺族の要望で、
外国に送還する仕事もしている。
中でも、日本人とフランス人の間に生まれた理沙という少女が亡くなった後、
フランスに住む親族のために
エンバーミングをほどこし、
生前のままの姿にして送る話も涙を誘う。
日本で生まれて一度も会っていない孫娘と、
亡くなった姿ででも対面できたことは、
遺族の慰めとなった。
次の紹介するのは、理沙の母親の言葉。

葬儀にはフランス中から親族が集まってきてくれました。
お義父さんとお義母さんも、
ものすごく泣いて、
おじやおばも泣きました。
でも言うんですよ。
「なんて可愛いの?」
「本当に美人ね」
って。
そして私に「ありがとう」って。
こんなに遠くまで連れてきてくれて
ありがとうって。
あの日から10日が経っていました。
なのに、ちっとも変わっていない。
誰もが「この技術はすごい」って驚いていました。
亡くなった直後の顔のままだったら、
私は誰にも会わせたくなかったと思います。
たぶんみんな目をそむけるでしょう。
それでは理沙がかわいそうだから。
でもいつまでも見ていたいほどかわいかった。
エリックの祖母はもう80歳を過ぎていて、
杖をついた小さなおばあさんなんですが、
彼女が私をぎゅーっと抱きしめてこう言うんです。
「私ももうすぐあっちへ行くから、
天国でリサを見つけてあやしてあげるよ。
顔を覚えられてよかったよ」って。

この仕事を通じて見えているものもある。

改めて国際霊柩送還というものを考えてみると、
不思議な行為だと思う。
たとえ遺体の処置をしても、
医療的な手術のように命を救うわけではないし、
蘇生するわけでもない。
腐りやすい遺体を遠い国から家族のところへ戻し、
生きている時と同じ顔に修復してお別れをするのだ。
なぜ次の日には骨にしてしまうというのに
わざわざ合理的とは思えない行為をするのだろう。
科学の発達した世の中だ。
生命の失われた体を
ただのたんぱく質のかたまりだと済ませてしまうこともできるだろう。
しかし我々は
いくら科学が進歩しようとも、
遺体に執着し続け、
亡き人に対する想いを手放すことはない。
その説明のつかない想いが、
人間を人間たらしめる感情なのだと思う。
私には、亡くなった人に愛着を抱く人間という生き物が
悲しくも愛おしい。
亡くなったのだからもうどこにもいない、
と簡単に割り切れるほど、
人は人をあきらめきれないのだ。

それは理屈を超えた
日本人の死生観だ。

今の日本で、
死後の世界についてどう思うかと問えば、
魂の存在を信じていると言いきる人は少ないだろうし、
生まれ変わりや神の存在についても
肯定する人はそう多くはないだろう。
だが、はたして私たちは本当にそう思っているのだろうか。
育っていく環境でそういうふうに答えるのが常識的だと思ったから、
今そんな考えを持っているに過ぎないのではないだろうか。
なぜなら一方で、
これに反する想いが遺族の心にあるのを感じるからだ。
もし家族のひとりが異国で命を落としたら、
遺体がどんな状態であってもかまわない、
一部分だけであってもいい、
戻ってきてほしいと願うだろう。
まず間違いなく
亡くなった人が異国で
「さびしがっている」と思い、
日本に「帰りたがっている」と感じるに違いない。
要するに人々は、
死後の世界などはないと口では言いながらも、
亡くなった人の心は
亡くなったあともまだ存在していると
心のどこかで信じているのだ。

佐々涼子は取材に当たり、
エアハースの社長である木村利恵に
「あなたに遺族の気持ちがわかるんですか?
それを書けるっていうんですか?」
と当初断られたという。
何度かの取材依頼により、
ようやく受け入れられた結果がこの本だ。
この作品で第10回開高健ノンフィクション賞を受賞している。

今、エアハースは、
共同経営者で会長・山科昌美(男性)と
社長の木村利恵と息子の利幸、娘の桃と
川崎慎太郎らの社員数名の
家内工業的な会社だ。
そのことについては、
山科がこのように言っている。

「この会社は、
よくや悪くも、
彼女(木村利恵)の人格がそのまま会社のカラーになっている。
二代目が育たないうちに倒れられたら、
この会社は立ちゆかない」

遺体をモノとしてしか取り扱わない
悪質業者がいる中、
エアハースの存在は貴重だ。
もし私が外国で死ぬようなことかあったら、
是非、エアハースにお願いしたい。

山科の言葉に、次のようなものがある。

親を失うと過去を失う。
配偶者を失うと現在を失う。
子を失うと未来を失う。


なお、エンジェル・フライトとは、
読む前は、
「Angel Flight」だとばかり思っていたが、
違った。
正しくは「Angel Freight」
freightは「貨物」の意味で、フレイトと発音するが。
木村利恵は亡くなった人が翼に乗って旅をするのが
「天使のフライト」のようだと、
国際霊柩送還のことを「エンジェルフライト」と呼ぶようになった。
エアハースの処置車の後ろの扉には、
柩を運ぶ二人の天使の絵があしらわれ、
Angel Freightの文字がある。↓

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なお、「国際霊柩送還」は、
エアハースの登録商標。
また、「Angel Flight」は、
別に団体があり、
オーストラリアで、
遠隔地に住む患者の搬送を行う
ボランティアの操縦士らによって構成された慈善団体。

本作品「エンジェル フライト」を紹介するテレビ番組は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=sjMNl9S3qeI





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