歌舞伎座庭園と『オテロ』  オペラ関係

今日は灼熱の銀座に出かけました。

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今日の歌舞伎座

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只今、三部制で上演中。

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歌舞伎座には屋上庭園があり、

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前から気になっており、
時間があったので、行ってみました。

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屋上庭園に行くには、
一旦地下に降ります。

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セブンイレブンの奥に入口があります。

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このエレベーターで5階へ。

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ここにもお土産物屋さんがあります。

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ギャラリーは有料。

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庭園はご覧のとおり。

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「先人の碑」というのがあります。

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歌舞伎座創業以来の

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先人の功績を讃えるもの。

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左右の瓦は、

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第4期歌舞伎座のもの。

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この桜は、

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「阿国桜」

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この石灯籠は、

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黙阿弥の石灯籠

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この階段は、

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五右衛門階段と申します。

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目の前に瓦屋根が。

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回廊は写真の展示。

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歌舞伎座を彩った名優たちの写真。

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模型は、第1期歌舞伎座。

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第2期歌舞伎座。

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第3期歌舞伎座。

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先代の第4期歌舞伎座。

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ここから見た昭和通り。

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三原橋の交差点には、

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このブログの管理人とは無関係ですが、
気になるお店があります。

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足袋や手拭い、和装品を扱うお店。

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地上げ屋の攻勢に耐えて、今も店を構えています。
大野屋については、↓をクリック。

http://www.ginza-oonoya.com/

さて、今日の目的地の東劇

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METライブビューイングアンコール上映の、
今日が初日。

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9月27日までで、
↓がスケジュール。

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今日はヴェルディ「オテロ」

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実は、私はMETライブビューイングは皆勤賞、
でした。
昨年の11月までは。
この「オテロ」が南アフリカ旅行の日程と重なってしまい、
ついに皆勤賞を逃し、
今日の再上映で初めて観ることになりました。

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今更紹介するまでもない
ヴェルディの傑作ですが、
この25番目のオペラ(1887年2月5日初演)と
その前の24番目のオペラ「アイーダ」(1871年12月24日初演)との間には、
15年余の歳月が流れたのです。

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「アイーダ」で集大成の頂点を極めてしまったヴェルディ。
もはや作曲の情熱は失せたのか、と思われ、
それだけに「オテロ」初演の際は、
待ちに待った新作に
ミラノはお祭騒ぎだったそうです。

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その期待に負けない、
円熟の極みの作品。
この時、ヴェルディは73歳でした。

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原作はシェイクスピア
戯曲からオペラへ移したものとしては、
最も成功したものとなりました。

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今回のMETの上演、
演出(エライジャ・モシンスキー)は正統的かつ重厚で、心理描写もしっかり。
主演のヨハン・ボータは、
初日の不調の後、
全公演を休んで、
この日に備えたらしく、
復調著しく、
大根と思っていましたが、
素晴らしいオテロを演じ、歌いました。

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対するデスデーモナは、名花ルネ・フレミング

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最近、ルネおばさんの出番が少なくなっていますね。
何より素晴らしかったのは、
イアーゴ役のファルク・シュトルックマン

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複雑な役を素敵に演じました。

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4回に渡る幕切れの音楽も
ヴェルディらしさ満載でドラマチック
初演のスカラ座の興奮が想像できます。

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この6年後、
26番目にして最後のオペラ「ファルスタッフ」は喜劇。
ヴェルディの最後の心境でしょうか。


さて、来期のMETライブビューイングは、
11月2日から上映開始。

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作品は、↓の10作

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入場料は3500円。
お得な3枚つづり9000円の回数券↓もあります。

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猪木さんのあきれた発言  政治関係

今日の緊急地震速報、驚かされましたね。
iPhoneが警告音を出したので、
見ると、奈良で地震、
東京にも来る、という知らせ。
奈良が震源地で東京まで揺れるようなものは
大地震に違いない、
と身構えていても、
何も揺れない。

娘の話だと、
会社でiPhoneを持つ人のが一斉に鳴り始めたといい、
その後でツイッターで「地震が来る!」が広がり、
やがて「揺れてません@大阪」「揺れてません@奈良」
などというのがつぶやかれたそうだ。

映画館でiPhoneを切り忘れていた人など、
どうしたのだろう。

こんなミスをしていると、
「オオカミが来た」で、
いざという時、本気にしないのではないか。


ところで、
アントニオ猪木参議院議員(日本維新の会)が
8月5日、
日本外国特派員協会で記者会見した。

猪木さんは7月25日から30日にかけて
北朝鮮を訪問したばかり。

「外交チャンネルを私以上に持っている政治家は、多分いない」
と自画自賛。
そして、
「友好関係が崩れてしまう疑問があった」
という理由で拉致問題にはかかわらないようにしてきたが、
参院選当選を機に、
「公人としてこういう(拉致問題解決に向けた)
期待が色々寄せられる中で、
本当の話を伝えていかないと」
と方針転換した模様。

しかし、猪木氏は、
日本国民は拉致問題に関して
一方的な見方しかできていないと受け止めているようで、
「この拉致問題において日本の人たちが、
テレビで毎日あれだけ(拉致関連のニュースを)見ましたから、
結果的には、
これが『洗脳された』という言い方はちょっと語弊があるかも知れませんが、
その位に『拉致、拉致、拉致』という。
よく私は講演でも、
『では、拉致が解決したら、我々は幸せになれますかね?』
というと、皆さん『えっ?』という顔をして、
そうすると、今まで凝り固まっていた考え方、
色んな視点をちょっと変える。
そうすると、もっと知恵が出てきて、解決をどうしましょうと(なる)」

そして、
「日本の拉致(被害者)名簿の中にある、
何百人か分かりませんが、
数字がどんどん変わっていた中で、
日本の中で死んでいる人もいる。
そういうような拉致名簿を(北朝鮮側に)提出して
解決しようとしても、
これは向こう側からした時に
『そんないい加減なこと言ってくるなよ』(となる)」

更に、
「これは二国間の問題ですから、
世界に回って訴える話ではない。
だったら、チャンネルをしっかりつくって、
そこで一対一で話をするような環境を(整えることが重要)。
その環境(整備)を私はやってきて、
いつでも(拉致問題関係者を)お迎えするという話にはできている」

度重なる独自制裁が意味を失っていることも指摘し、
その上で、
「『外交に勝利無し』という言葉がある。
相手も国民がいる。
これは北朝鮮に限ったことではない。
日本にも国民がいる。
どこかで落としどころを決めなければ、
片一方だけが勝っても、
片一方が負けても不平不満が出る」

と述べたという。

あきれた発言と言うしかない。

『では、拉致が解決したら、我々は幸せになれますかね?』

という「我々」とは一体誰のことなのか。
猪木さんなのか。
猪木さんを含む日本国民なのか。

このことについては、
拉致で不幸になった人がおり、
その方たちが幸せになることが第一義であって、
「我々」など介入する余地はないのだ。
くれぐれも
「拉致が解決しないと不幸なままの人がいる」
ということを忘れてはならない。
拉致問題については当事者がおり、
当事者でない者の幸せを語っても仕方あるまい。

忘れてならないのは、
この犯罪が
国家的に一方的になされ、
全く罪のない人たちが
日本国内で拉致され、
外国に連れ去られて
不自由な暮らしをしている、
それが国の指示でなされた国家的犯罪ということだ。

求めるのが拉致以前の原状復帰であるのは当然である。

それを主張することが「洗脳」だというのか。

「世界を回って訴える話しではない」
などとよく言えるものだ。
2国間でやってもらちがあかないから、
世界的世論を作ろうというのに。

頭が悪いのだとしか思えない。

それか、よほど北朝鮮に心情的に寄る何かがあるのだろう。

「外交チャンネルを私以上に持っている政治家は、多分いない」
と言うなら、
評論家的なことをいう前に、
まず豊富な「外交ルート」やらを使って
拉致被害者を戻すことをしたらいい。
そうしたら、
あんたの言うことを認めてやろう。

第一、外交交渉は
一極にまとめてやるべきなのに、
何をしに北朝鮮に行ったのか。
その上、こんな話を記者クラブでやっていれば、
「日本の国論はまとまっていない」
と北朝鮮に思われるだけだ。

こんな男が国会議員だとは。
比例当選の弊害だ。
日本維新の会は、
猪木さんを除名処分にすべきだろう。

私は拉致問題に対する反応は、
その人の正義感や愛国心を測るリトマス試験紙だと思っている。
その点で、
猪木さんは落第だ。


『エンジェル フライト』  書籍関係

暑いですね。
郵便局に行ったら、
人がいません。
屋外も人通りがありません。
町全体がとろけるようです。


〔書籍紹介〕

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副題に「国際霊柩送還士」とあるように、
海外で亡くなった人の遺体を日本で受け入れ、
遺族のもとに送り届ける会社、
エアハース・インターナショナルを巡るドキュメントだ。

外国で亡くなった人は、
何らかの事件や事故に関わった方が多く、
遺体の多くは損傷されて届く。
現地のエンバーミング(防腐処理)が不十分で
腐敗が進み、
変色したり変形したりして送られて来るものもある。
また、飛行機では遺体は荷物として取り扱われるから、
気圧の差で、
体液がもれてしまう遺体も多い。

エアハースの仕事は、
そのような損傷のある遺体を
復元し、化粧をほどこし、
筆で彩色し、
生前に変わらぬ綺麗な状態にして
遺族に届ける仕事だ。

想像しただけで気の重くなるような仕事だが、
エアハースの社員たちは、
遺族と遺体の面会する瞬間、
空港で「じゃあ、行ってくる」と言って笑った
最後の顔で
家族のもとに帰してあげたい、
という思いで取り組む。

だが、遺族は決まって喜んでくれた。
「あんなに遠い国から、
私たちのもとに帰してもらって、
本当にありがとう」
と言う人もいれば、
「眠っているように見える。
穏やかな顔が帰してくれてありがとう」
と言う人もいる。
だが、どちらにしても
遺族の口から聞こえてくる言葉は、
恨みごとではなく
感謝の言葉なのだった。

そのために、
社長の木村利恵の息子の利幸は
休みの日にはデパートの化粧品売場に行って、
ファンデーションの肌色を探し求めたりするという。
角の尖ったスポンジで
注意深いファンデーシンを載せていくと、

その人が一瞬この体に戻ってきたと思える瞬間がある。

と筆者の佐々涼子は書く。

遺体を動かしたり、
処置する間、
利幸らは、絶え間なく遺体に話しかける。
「よかったね。
お父さん、これで娘さんたちに会えるよ。素敵になった」
「お父さんとお母さんが待っているよ。
おかえりなさい。
よく帰ってきたね」

ある日、羽田に戻ってきたのは
転落して亡くなった男性だった。
妻は現地で本人確認している。
利幸は柩の鉄板を開けて中を確認した。
その人の後頭部はつぶれ
頭蓋骨の中には脳が入っていない。
そこから防腐液と血液が流れ出していた。
顔面は複雑骨折して
卵の殻が割れたようになっていた。
顔は血液で腫れ上がり、
眼球はそれを支える脳がないので
落ちくぼみ
顔の奥に引っ込んでいる。
顔の皮膚は後頭部が失われたことで
横に広がってしまっていた。
利幸は失われた頭蓋から手を入れて、
血液を全部取り去ると
液漏れがないように、
小さなじょうろを使って洗浄した。
眼球が元の位置に納まるように、
脳に代わるもので底上げをしなければならない。
脱脂綿を固く丸めて芯を作り、
頭部に慎重に詰めていて眼球を支える。
頭の内部にぎっしり脱脂綿を詰め終わると、
後頭部の欠損部分は修復剤で形作っていく。
そして今度はそこに、
横に広がってしまっていた皮膚を伸ばして貼りつけていった。
顔が立体的な形に戻る。
顔面の骨はいくつもの破片になって
皮膚の下で顔の中に落ちていた。
そこをパズルのピースを当てはめるように、
口の中からピンセットを入れて修復していく。
欠損があったので、
そこには綿を詰めて直した。
顔の輪郭ができたところで、
パスポートを横に置き、
鼻の形、目の形、口の形を慎重に直していく。
ワックスで均し、そこにファンデーションで色を載せていった。
時間が逆に戻る。
その人が、その人らしさを取り戻して
穏やかに微笑んだのを利幸は見た。
<おかえりなさい。奥さんが待っていますよ>
利幸は新しい棺に遺体を納めると、
作業を終了した。

遺族に遺体を送り届けに行く。
柩を家に安置し、
利幸は「ご確認ください」と
柩の小窓を開けた。
それを覗き込んだ途端、
妻は「ああ・・・」と叫ぶと、
柩に取りついて泣いた。
「ありがとうございます・・・。
あの人です・・・。ありがとう・・・」
親族に対面させることなどできるはずがないと
あきらめていた妻は、
夫を親族に対面させた。
みな大泣きしていた。
妻は上がりがまちのところで正座すると、
頭を床にこすりつけるようにして
何度も何度も礼を言った。

その逆に、
日本で亡くなった外国人の遺体を
遺族の要望で、
外国に送還する仕事もしている。
中でも、日本人とフランス人の間に生まれた理沙という少女が亡くなった後、
フランスに住む親族のために
エンバーミングをほどこし、
生前のままの姿にして送る話も涙を誘う。
日本で生まれて一度も会っていない孫娘と、
亡くなった姿ででも対面できたことは、
遺族の慰めとなった。
次の紹介するのは、理沙の母親の言葉。

葬儀にはフランス中から親族が集まってきてくれました。
お義父さんとお義母さんも、
ものすごく泣いて、
おじやおばも泣きました。
でも言うんですよ。
「なんて可愛いの?」
「本当に美人ね」
って。
そして私に「ありがとう」って。
こんなに遠くまで連れてきてくれて
ありがとうって。
あの日から10日が経っていました。
なのに、ちっとも変わっていない。
誰もが「この技術はすごい」って驚いていました。
亡くなった直後の顔のままだったら、
私は誰にも会わせたくなかったと思います。
たぶんみんな目をそむけるでしょう。
それでは理沙がかわいそうだから。
でもいつまでも見ていたいほどかわいかった。
エリックの祖母はもう80歳を過ぎていて、
杖をついた小さなおばあさんなんですが、
彼女が私をぎゅーっと抱きしめてこう言うんです。
「私ももうすぐあっちへ行くから、
天国でリサを見つけてあやしてあげるよ。
顔を覚えられてよかったよ」って。

この仕事を通じて見えているものもある。

改めて国際霊柩送還というものを考えてみると、
不思議な行為だと思う。
たとえ遺体の処置をしても、
医療的な手術のように命を救うわけではないし、
蘇生するわけでもない。
腐りやすい遺体を遠い国から家族のところへ戻し、
生きている時と同じ顔に修復してお別れをするのだ。
なぜ次の日には骨にしてしまうというのに
わざわざ合理的とは思えない行為をするのだろう。
科学の発達した世の中だ。
生命の失われた体を
ただのたんぱく質のかたまりだと済ませてしまうこともできるだろう。
しかし我々は
いくら科学が進歩しようとも、
遺体に執着し続け、
亡き人に対する想いを手放すことはない。
その説明のつかない想いが、
人間を人間たらしめる感情なのだと思う。
私には、亡くなった人に愛着を抱く人間という生き物が
悲しくも愛おしい。
亡くなったのだからもうどこにもいない、
と簡単に割り切れるほど、
人は人をあきらめきれないのだ。

それは理屈を超えた
日本人の死生観だ。

今の日本で、
死後の世界についてどう思うかと問えば、
魂の存在を信じていると言いきる人は少ないだろうし、
生まれ変わりや神の存在についても
肯定する人はそう多くはないだろう。
だが、はたして私たちは本当にそう思っているのだろうか。
育っていく環境でそういうふうに答えるのが常識的だと思ったから、
今そんな考えを持っているに過ぎないのではないだろうか。
なぜなら一方で、
これに反する想いが遺族の心にあるのを感じるからだ。
もし家族のひとりが異国で命を落としたら、
遺体がどんな状態であってもかまわない、
一部分だけであってもいい、
戻ってきてほしいと願うだろう。
まず間違いなく
亡くなった人が異国で
「さびしがっている」と思い、
日本に「帰りたがっている」と感じるに違いない。
要するに人々は、
死後の世界などはないと口では言いながらも、
亡くなった人の心は
亡くなったあともまだ存在していると
心のどこかで信じているのだ。

佐々涼子は取材に当たり、
エアハースの社長である木村利恵に
「あなたに遺族の気持ちがわかるんですか?
それを書けるっていうんですか?」
と当初断られたという。
何度かの取材依頼により、
ようやく受け入れられた結果がこの本だ。
この作品で第10回開高健ノンフィクション賞を受賞している。

今、エアハースは、
共同経営者で会長・山科昌美(男性)と
社長の木村利恵と息子の利幸、娘の桃と
川崎慎太郎らの社員数名の
家内工業的な会社だ。
そのことについては、
山科がこのように言っている。

「この会社は、
よくや悪くも、
彼女(木村利恵)の人格がそのまま会社のカラーになっている。
二代目が育たないうちに倒れられたら、
この会社は立ちゆかない」

遺体をモノとしてしか取り扱わない
悪質業者がいる中、
エアハースの存在は貴重だ。
もし私が外国で死ぬようなことかあったら、
是非、エアハースにお願いしたい。

山科の言葉に、次のようなものがある。

親を失うと過去を失う。
配偶者を失うと現在を失う。
子を失うと未来を失う。


なお、エンジェル・フライトとは、
読む前は、
「Angel Flight」だとばかり思っていたが、
違った。
正しくは「Angel Freight」
freightは「貨物」の意味で、フレイトと発音するが。
木村利恵は亡くなった人が翼に乗って旅をするのが
「天使のフライト」のようだと、
国際霊柩送還のことを「エンジェルフライト」と呼ぶようになった。
エアハースの処置車の後ろの扉には、
柩を運ぶ二人の天使の絵があしらわれ、
Angel Freightの文字がある。↓

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なお、「国際霊柩送還」は、
エアハースの登録商標。
また、「Angel Flight」は、
別に団体があり、
オーストラリアで、
遠隔地に住む患者の搬送を行う
ボランティアの操縦士らによって構成された慈善団体。

本作品「エンジェル フライト」を紹介するテレビ番組は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=sjMNl9S3qeI


遠ざかるゴール  政治関係

報告が遅れましたが、
が昨日まで韓国に行っていました。
キム・ジュンスのコンサートのためです。
8月中旬に「エリザベート」を観に行き、
私も9月にはソウルに行こうと思っています。
なにしろ、韓国には32回行き、
娘は1年半、韓国に語学留学に行きました。

このように、
我が家は韓国に親しみを感じています。
しかし、そんな親韓派の私でさえも、
最近の韓国の反日にはうんざりしています。


アメリカのグレンデール市に、
従軍慰安婦の像が設置された問題について、
一昨日のブログ↓で、

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130804/archive

公聴会に出席した日本人が発言した証言を取り上げました。
その中で、

「慰安婦たちは、志願した売春婦であり、性的奴隷ではなかった」

という主張は、
冷たく聞こえますが、
まぎれもない事実です。

当時は公娼制度があり、
遊廓があり、
強制連行などしなくても、
充分人は集まったのです。
慰安婦の収入は、
勤め人の給料より多かったといいます。

もちろん、いやいや、泣く泣く
その道を行った女性もいたでしょうし、
その方たちには同情を禁じ得ませんが、
その原因は貧困であり、
それは当時の国内でも同じでした。

戦後、倫理感覚が進み、
女性の人権も重視されるようになって、
売春そのものが否定されるわけですが、
当時の状況は、日本のみならず、
世界的にそうだったのです。
なにしろ、売春は
聖書の創世記にも出て来る、
「世界最古の職業」なのですから。

要するに、
過去の歴史の出来事を現在の
物差しで裁く
のが間違いなのです。
戦争にまつわる議論は、
どうしても
現在の価値観で過去を振り返って議論しがちです。

過去の出来事を反省しながら、
今の世界をより良くする、
という感覚が大切なのではないでしょうか。

この問題では
「軍による強制連行があったか」が問題となっていますが、
↓のウィキペディア「慰安婦問題と強制連行」を読めば、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E5%BC%B7%E5%88%B6%E9%80%A3%E8%A1%8C#.E6.85.B0.E5.AE.89.E5.A9.A6.E5.95.8F.E9.A1.8C.E3.81.A8.E5.BC.B7.E5.88.B6.E9.80.A3.E8.A1.8C

強制連行はなかった、
という主張の方に理があることは明らかです。


数日前の産経新聞の「オピニオン」に、
宮家邦彦さんが、
「ムーブ・ザ・ゴールポスト」
ということを書いていました。

ワシントンに出張した際、
諸機関や議会関係者と話した際、
次のようなロジックを展開したといいます。

@1945年、日本は「生まれ変わった民主主義国家」として
 再出発した。
A1965年、長い交渉の末に、韓国と基本条約を結び、
  請求権も含め懸案を処理した。
B1995年には、村山談話で、戦争と植民地支配に対し
  「心からのおわび」を表明した。
C民間で「アジア女性基金」を立ち上げて、日本国民から集めた
  償い金を女性たちに届けた。
D1945年以来、70年近く、日本が行った努力はかくも丁寧、
  かつ真摯なものだった。
Eフットボールで言えば、50ヤードも前進したのに、
  ゴールポストは逆に遠のいた。
F心ある多くの日本国民が中国や韓国との関係改善を
  望んでいることは間違いない。
G同時に、多くの日本国民は、
  韓国や中国がゴールポストを動かし、
  日本のゴールを永久に認めないのではないかと
  心を痛めているのである。

ある米国政府関係者は、
「こんな説明を聞いたのは、初めてだ」
と言ったそうです。

日韓基本条約では、
「日韓間の両国間及び国民間の請求権に関する問題は
完全かつ最終的に解決されていること」

が確認されています。

この協定において、
当時世界最貧国のひとつであった韓国に対して、
日本は国交と同時に合計5億米ドル
及び民間融資3億米ドルの経済協力支援を行いました。
当時の韓国の国家予算は3.5億米ドル程度で、
韓国はこの経済協力金を基として、
ダムや高速道路を整備し、漢江の奇跡を成し遂げました。

日本側は条約の交渉の過程で、
韓国人への個人補償を日本政府が行うことを提案していましたが、
韓国側はこれを拒否、
韓国政府が一括で経済協力金を受け取り、
韓国政府が個人補償を行うということで両国間の合意がなされました。
しかし、実際には個人補償は非常に小さい規模でのみ行われ、
経済協力金の大半は
前述したように韓国のインフラ整備に費やされたのです。

しかし、最近、
戦時中、日本に強制徴用された韓国人元徴用工5人が
三菱重工業に損害賠償を求めた訴訟の差し戻し控訴審で
韓国の釜山高裁は、
1人当たり8000万ウォン(約700万円)を支払うよう
命じる判決を言い渡しました。
日本企業への賠償命令は新日鉄住金に次ぎ2件目です。
韓国内では同様の訴訟が
この1年で4件提起されており、
一連の判決を受け、新たな訴訟を起こす動きもあります。

既に書いたように、
植民地支配にかかわる請求権の問題を
1965年の日韓国交正常化時に決着させたにもかかわらず。

条約で決着がついた内容を
司法が否定する。
めちゃくちゃです。

↑のCの「アジア女性基金」は、
民間で財団法人を立ち上げて、
日本国民から集めた償い金を
285名のフィリピン、韓国、台湾の
元従軍慰安婦の方に届けたもので、
個人的請求権は放棄したにもかかわらず、
韓国の従軍慰安婦にも支給されました。
大部分は「政府からではない」と拒絶し、
受け取った人は故無き差別を受けました。

村山談話は、
日本が
「植民地支配と侵略によって、
多くの国々、
とりわけアジア諸国の人々に対して
多大の損害と苦痛を与えました」
と述べ、
「痛切な反省の意」
「心からのお詫びの気持ち」
を表明したものです。

そして、日韓首脳会談のたびに
「おわび」を繰り返しています。

それでもなお「歴史認識」を突きつけて来る。

まさに宮家さんが言うとおり、
「ゴールポストを動かし続けている」のです。

竹島問題にしても、
日本の主張など聞く耳を持たず、
ほとんど「宗教的雰囲気」になっているといいます。
「制度化された反日」と言う人もいます。
これが隣国だと思うと情けない。

「このようなことはよくないのではないか」
「日本の言い分も聞いたらどうか」
「もう、過去のことを言うのはやめよう」
という声はないのでしょうか。
あったとしても、
表に出しにくいのでしょう。
「宗教的雰囲気」と言われるゆえんです。

それでも、娘や私は、韓国に行く。

韓国国民も
もう少し冷静になってもらいたいものです。


『終戦のエンペラー』  映画関係

先日、紹介した
浦安市による「おたっしゃ度チェックリスト」
「結果アドバイス」というのが戻って来ました。

このことについては、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130702/archive

「生活機能」「運動機能」「栄養状態」
「口腔機能」「閉じこもり」
「認知症」「うつ」
の7項目について、いずれも「心配ありません」

「総合判定結果」も「心配ありません」で、
「日頃から健康管理などに気を使われている
成果があらわれています。
65歳からの健康づくりは、
病気の予防に加え、
運動や家事、外出など、
自立した生活を送る能力(生活機能)を
低下させないこと(介護予防)が大切です。
今後も、いきいきと
元気な生活を送りましょう」
と解説されています。

アドバイス、ありがとうございます、
という感じです。
ちなみに、
カミさんも「心配ありません」で、
当分、夫婦揃って
健全な老後の生活を送れそうです。

しかし、評価の悪い人は、
どのようなことが書かれているのでしょうか。


〔映画紹介〕

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終戦秘話は日本側の立場で描いたものは沢山あるが、
この作品は、アメリカ側の視点で描く。
それだけに大変期待した。

冒頭、広島の原爆投下と
空襲にあった東京の廃墟が描かれ、
東京に向かうマッカーサーの飛行機の中。
200人の敵兵の出迎えに
丸腰で臨むことの危惧が検討され、
「問題なし」というフェラーズ准将の意見が取り入れられる。
厚木飛行場に着いたマッカーサーは、
コーンパイプをくわえ、
千両役者のごとくポーズを取る。
第一生命ビルに設置された総司令部で、
フェラーズ准将は
天皇側近の逮捕を命じられ、
天皇を処刑すべきかどうかの是非について
10日間で報告せよとの命令を受ける。
出発する軍人たち。
連行される天皇の側近たち。
天皇を中心に壁に張り出された写真が
尋問すべき者たちの配置を示す。

快調な演出と音楽で
期待感が高まったのは、
ここまで
ここから後、
フェラーズ准将がアメリカで知り合った日本人娘との恋愛模様がからむと、
すっかり安っぽくなる。
三時間で行けるはずもない静岡への調査行など、全く不要。

東條英機、近衛文麿、木戸幸一ら実在の人物への尋問も、
結果として出て来たものが
午前会議での明治天皇の御製
「四方の海 みな同朋(はらから)と 思う世に
など波風の 立ちさわぐらん」
を天皇が詠まれ、
天皇は戦争を望んでいなかった、
ということと、
終戦が天皇の裁可でなされたということだけでは、
あまりにも平凡。
誰でも知っている話でしかない。

むしろ、日本娘との恋などさっさと割愛して、
フェラーズの専属通訳の高橋を通じて
戦前の天皇制の日本人の精神構造に踏み入った方がよかったのではないか。
その点、あまりにもハリウッド的な脚本の手違いが残念。
通訳の高橋役の羽田昌義が好演なだけに惜しまれる。

「ラストサムライ」が
日本人以上に日本精神を描いたアメリカ映画だったように、
この映画も日本映画を超えた
日本人の精神構造と天皇制への心情に触れるかと
期待した私が馬鹿だった。

ただ、最後のマッカーサーと天皇の面会は見せる。
この時、マッカーサーは天皇の人間性に
大きな感銘を受けたと言われる。
これが歴史の重さというものだろう。

                       
5段階評価の「3.5」

なお、木戸幸一の口から語られる
天皇の玉音放送の録音盤の争奪戦については、
東映が「八月15日の動乱」(1962)で描いている。
ツタヤディスカスにもないが
ネットで観ることができる。↓

http://www.showtime.jp/app/detail/contents/h00cnm010100277814753/

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